シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第四章 塔の上

073.陥落

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 こうして塔を見上げていると、最初にアダム王子とここを訪れたときのことを思い出す。
 けど、今日は隣にいるのは、アーサー王子だ。

「そのドレス似合っているね」
「なによ今更。前にも見せて・・・いなかったっけ?」

 あまり見せたことが無かったかも知れない。
 城で暮らすようになってからは、ずっと男装だった。
 それ以来、ドレスを着たのは、深夜にアダム王子の寝室に忍び込んだときと、シルヴァニア王国の道中だけだ。
 その両方にアーサー王子はいなかった。
 初対面のときの舞踏会と、王様に謁見したときには着たから、全く見せていないわけではないけど。

「ドレス姿を見たのは、ひさしぶりだよ。それに、ウィッグもいいけど、また髪を伸ばしたら?ドレスには長い髪の方が似合っているよ」
「髪は伸ばしていたわけではなくて、トレメインの屋敷にいたときは、滅多に切る機会がなかっただけなんだけど・・・まあ、考えておくわ」

 城に来た当初は動きづらいからという理由で、短髪と男装にしたんだけど、最近はどっちでもいい気がしてきた。
 服の下に色々仕込むには、実はドレスの方が隙間が多いことに気づいたのだ。
 それに、引きずるほど裾が長いドレスじゃなければ、走るのにも支障はない。

「さて、じゃあ、気を引き締めていくわよ」
「今から行くのはお茶会なんだけどね」

 アーサー王子がそう言ってくるが、そんな言葉で気楽になれるわけがない。
 むしろ、これから向かうのは戦場と言ってもいい。
 しかも、宣戦布告はしてある状態だ。
 そして、私達はこれから足を踏み入れるのは敵地なのだ。

「それはそうと、一緒に来なくてもいいのよ。あの王妃は何をしてくるか分からないんだから、命の危険はないだろうけど、ひどい目に遭うかも知れないわよ」

 実際、私はひどい目に遭った。
 けど、私の忠告にアーサー王子は首を横に振る。

「だからだよ。そんなところへ、シンデレラを一人で行かせられないよ。ほら、一応、婚約者なわけだし」
「ならまあ、止めないけど」

 最後の確認を終え、私達二人は塔を登った。

 *****

「なかなか、おもしろい趣向だったわ」

 一言で言うと、王妃は不機嫌だった。
 心なしか、少しやつれているようにも見える。
 しかし、男と関係を持てなくなったらやつれるとか、どうなんだろう。
 王妃は本当に淫魔の類なんだろうか。
 男から精を吸収しないと栄養不足になるのかな。

「気に入ってもらえましたか?」

 王妃が私の仕業だと気付いている点に驚きはしない。
 予想通りだ。
 むしろ、作戦の効果が出ていることに安心し、気が楽になった。
 落ち着いて交渉できそうだ。

「ええ、たまには新鮮でよかったわ」

 不機嫌でも、やつれていても、王妃は優雅さを失わない。
 そこは大したものだと思う。

「充分に堪能したから、そろそろ止めてくれていいわよ」

 ここからだ。
 本音を言えば、これ以上、作戦を継続するのは面倒だ。
 私としても止めたい。
 けど、素直にそれを伝えてしまっては、王妃が喜ぶだけだ。
 何も私に得なことなどない。
 王妃の願いで止めたかのように見せかけ、その対価を引き出すのだ。

「いえいえ、まだご満足いただけるほど、おもてなしできているとは思えません」

 まずは、軽く牽制してみる。
 しかし、王妃は余裕の表情を崩さない。

「どんなに美味しいご馳走でも、食べ続ければ飽きてしまうわ。そうしたら、違うものを食べたくなるでしょう?そういうときは、いつも通りのものを食べたくなるものよ」

 つまり、飽きる前に、いつもの状態に戻せということだろう。
 でも、ここで頷くくらいなら交渉の場になんか来ていない。

「ですが、おもてなしを途中で終わらせるなんて、こちらが満足できません」

 止めて欲しかったら、こちらを満足させる条件を提示してみろ。
 そういう意味合いのことを言ってみる。
 さて、どんな条件を出してくるだろう。

「その心遣いは嬉しいのだけど・・・そうね。もてなしてくれたお礼をさせてもらえないかしら?それで終わりにしましょう」
「そうですね。そうしましょうか。それで、どんなお礼を頂けるのでしょうか?」
「なにがよいかしら?大抵のものなら、あげられると思うわよ」

 どうやら、こちらの希望を叶えてくれるようだ。
 悪くない提案だ。
 この感触なら、よほど無茶を言わなければ、要求が通るだろう。
 あまり無茶な要求をすると報復が怖いから、そこそこな願いにしておく方がいいだろう。
 何を要求しよう。

 ・・・・・

 ホントに何を要求しよう。
 しまった。
 考えてきていない。
 とにかく、王妃より有利な状況に持っていきたいとしか考えていなかった。
 事前にメフィに今回の目的は何かと聞かれていたのに。
 まさか、メフィへの対価にできるものを要求するわけにもいかないし、どうしよう。

「どうしたの?なにがよいの?」

 王妃は笑顔だ。
 私が答えるのを楽しんでいるようにも見える。
 私はホントに王妃より有利になれているんだろうか。
 少し不安になる。
 この不安を払拭するためには、

「将来、嫁いびりをしないでもらえれば、それでかまいません。嫁姑の確執って怖いって聞きますし、姑とは仲良くしたいんですよ」

 そんな言葉が口から漏れた。
 我ながら、間抜けな要求だと思う。
 王妃に嫌がらせをしておいて、その要求がよりにもよって、仲良くして下さい、と言っているのだ。
 でも、一度口にしたからには、もう訂正はできない。
 どうやら、私は今回、無駄働きになりそうだ。
 けど、もうそれでいいや。
 もともと、今回のことは、アダム王子や師匠に頼まれたのを手伝っただけで、私としては王妃に対して思うところは・・・無いとは言わないけど、そんなに無い。
 だから、考えてみたら、目的も何も無いのは当然だ。
 王妃から報復を受けないようにだけしておこう。

「・・・・・」
「・・・・・」

 私の要求を聞いた、王妃はきょとんとしている。
 気まずい。
 そう言えば、アーサー王子が一言も発しないな。
 そちらに視線を移す。
 すると、アーサー王子は私と王妃から視線を逸らして、我関せずとお茶を飲んでいた。
 面倒ごとに関わらないつもりか。
 護るためについてきた、みたいなことを言っていたのに。

「・・・・・ぷっ!」

 私がアーサー王子をジト目で見ていると、突然、噴き出すような声が聞こえてきた。

「あははははっ!」

 先ほどまでの優雅さはどこへやら。
 王妃が大声を上げて笑っている。
 私の要求がよほど面白かったらしい。

「あはははは・・・・・なるほど、仲良くね。いいわ、仲良くしましょう」

 ひとしきり笑った後、王妃は私の要求を認めてきた。
 一応、これで交渉は成功したことになるのだろう。
 もう、そういうことでいいや。

「王や王子に言えないことがあれば、私に言いなさい。相談に乗るわよ」
「・・・ありがとうございます」

 私は憮然で礼を言う。
 王妃の機嫌も直ったようだから、報復を受けることもないだろう。
 相談に乗るとまで言ってくれたから、それなりに気に入ってもらえたのだろう。
 塔に閉じ込められている王妃に相談して役に立つことがあるかは知らないけど。

「私に相談するのは頼りないって顔をしているわね」

 どうやら、顔に出てしまったらしい。
 王妃が言葉を付け加えてくる。

「もともとMMQの娘達を育てたのは私なのよ。何人かはアーサーに譲ったけど、残りは今も私の言うことを聞いてくれるから、それなりに力になれるとは思うわよ」

 ・・・・・

 もしかして、思いがけない強力なコネを手に入れることができたのだろうか。
 アーサー王子の方を、ちらっと見ると、首を縦に振ってきた。
 どうやら、王妃がMMQを組織したというのは真実らしい。

「それから・・・」

 王妃は、ちょうど自分のティーカップにお茶のおかわりを注ぐために近づいてきた侍女のスカートを、おもむろに捲り上げた。

「きゃっ!」

 侍女(?)が慌ててスカートを押さえるが、見えてしまった。
 本来あるべきものが無かった。
 いや、本来無いはずのものがあった。

「シンデレラ!見ちゃダメだ!」

 その不自然さに、無意識に目を凝らそうとしてしまったところで、アーサー王子に視界を塞がれる。
 塞がれた視界のまま、王妃の声が耳に入ってくる。

「趣向を楽しんだというのは、本当のことよ。ひさしぶりに、この娘をたっぷりと堪能したわ」
「ラプンツェル様!お戯れはお止め下さい!」
「母上!はしたない真似は止めて下さい!」

 無かったのは下着。
 あったのは、男性の股間にしか無いはずの突起物だ。
 ええと、なんだっけ。
 男の娘って言ったっけ。
 なるほど。
 アダム王子が王妃は女性を連れていると不機嫌になるって言っていたのに、侍女は普通にいるからおかしいと思っていたのだ。
 その疑問が解消された。
 うん。
 納得した。

 ・・・・・

 なんだろう。
 私も少し混乱しているようだ。
 でも、ひとつだけ分かったこともある。
 王妃を男断ちさせるという私と師匠の作戦は、どうやら失敗していたらしい。
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