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第四章 塔の上
068.お茶会(夜)
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最初に感じたのは、むせかえるような甘い香りだった。
それに、男女の体臭が混ざり合って、無数の手が絡みつくかのように、まとわりついてくる。
鼻腔から侵入した香りが染み込んで、全身を満たすような錯覚に陥る。
柔らかい綿で縛られているように、苦痛は感じないのに自由が利かない。
身体だけでなく思考も。
「っ!」
後ろではなく前に倒れたのは幸運だった。
いつの間にか縄梯子から手が離れていた。
もし、後ろに倒れていたら、今頃地面に赤い花を咲かせていただろう。
それはそれで綺麗かも知れない。
いや、この高さだと、そこまではいかないか。
全身の骨がバラバラになった肉塊ができるくらいだろう。
ダメだ。
思考が上手くまとまらない。
「あら?深夜のお茶会に興味があったの?昼間のお茶会に誘ったつもりだったのだけど」
その声に、少しだけ我に返る。
一瞬考えたのは、私が罠にはまったんだということだ。
だけど、すぐに勘違いだと悟る。
もし、そうなのだとしたら、こんな香りを室内に満たした状態で、罠にはめた当人が同じ部屋にいるはずがない。
つまり、この状態は、当人にとって日常ということだ。
「・・・・・正気?」
こんな状態に身を置くということに、正気を疑いたくなる。
そして、ほんの少しできた思考の余裕で思い出す。
この香りには覚えがある。
思い出したくないけど、嗅いだ覚えがある。
以前はお茶にしていたけど、薬草茶だと言っていたから、その薬草を香として焚いたのだろう。
あのお茶と同じ香りだ。
しかも、香として焚いているから、香りは何倍にもなって部屋を満たしている。
前回、部屋に入ったときに感じた甘い香りは、普段からこんなことをしているから、部屋自体に香りが染み込んでいるのだろう。
「あなたも参加する?」
この声にも聞き覚えがある。
つられてそちらを向くと、予想通りの姿でその女性はいた。
何も身にまとっていない。
いや、ある意味、あれは身にまとっているというのだろうか。
同じく何も身につけていない男性達が、その女性にまとわりついている。
「あなたにはアーサーがいるから誘わなかったのだけど、もしかして拗ねちゃったのかしら?」
複数の男性と交わりながら、王妃が私に声をかけてきていた。
*****
深呼吸できないのが恨めしい。
少ない呼吸で心を落ち着ける。
意識を強く持っておかないと、朦朧としてくる。
それに意識を強く持ったとしても、それほど長い時間は持たないだろう。
身体の中から湧き出るような甘い疼きが、全身に広がり始めている。
いずれは、これに逆らえなくなる。
「パーティーの最中だったのですね。失礼しました」
とりあえず、無断でここを訪れたことを謝罪する。
縄梯子が見えたから好奇心で登ってきました。
そう言えば、許してもらえるだろうか。
そんな幼稚な言い訳が頭に思い浮かび、すぐにそれを頭から追い払う。
夜に縄梯子が見える距離まで来ること自体が、普通はあり得ない。
「気にしないで良いわ。興味があるなら誘うのはやぶさかではないもの」
興味なんかない。
反射的にそう答えそうになって堪える。
相手は王妃だ。
本来ならその誘いを受けるのは光栄なことなのだろう。
もっとも、光栄なのは、その誘いがまともならだ。
「せっかくのお誘いですけど、遠慮しておきます」
乱交パーティーのお誘いなんか御免だ。
王女は男に跨りながら、ゆらゆらと揺られている。
跨られている男が、激しく腰を振っているからだ。
さらに王妃は、両手で男達の股間にあるものを弄んでいる。
それだけではなく、二本の手で足りない男達の分は、長い髪を巻き付かせている。
具体的に何を弄んでいるかは、薄暗い部屋では、はっきりとは見えない。
けど、目を凝らそうとは思わない。
凝らしたくない。
この薄暗さに目が慣れて、はっきりと見えてしまう前に、退散したい。
「そう?今日は綺麗なドレスを着ているみたいだから、きっとみんなの人気者になると思ったのだけど、残念だわ」
王妃の言葉に、男達の視線がこちらに集中する。
ぞわっとした。
全身を舐めまわされるような感覚が走る。
その感覚を嫌だと思わなかった自分に、嫌悪感を覚える。
香の催淫効果が効いてきてしまっているようだ。
「他の娘を誘ったこともあるのだけど、私のことを無視して快楽に溺れるだけになっちゃうから、最近は誘っていなかったの」
アダム王子が、王妃のもとを訪れるときに女を連れていくと不機嫌になると言っていたけど、それが原因か。
「でも、あなたはその辺りもわきまえているようだから歓迎よ」
私がまだ正気を保てているから、そう思ったのだろう。
けど、ギリギリだ。
私がまだこうしていられるのは、私も薬草を燃やした煙を利用することがあって、間違って自分が吸いそうになったときの対処方法を知っているからに過ぎない。
でも、それも限界だ。
一刻も早く退散する必要がある。
「おそれいります」
本音を言えば、すぐにでも身をひるがえしたい。
けど、こんな目に遭ったのだ。
せめて、ここへ来た目的を果すために、情報を得ようとする。
時間はそれほどかからなかった。
情報はすぐに手に入った。
そもそも、既に視界には入っていたのだ。
王女の下で一心不乱に腰を打ち上げている男性。
あれは騎士団長だ。
一人だけ年齢が上だから分かった。
他の男達は王女に翻弄されているが、騎士団長だけは自発的に動いているように見えた。
もっとも、それも、自発的に見えているだけで、自発的にさせられているだけかも知れないけど。
何はともあれ、情報は手に入った。
もう、ここにいる必要はない。
いや、これ以上、ここにいると危ない。
「今日はこれで失礼します」
私は、王妃に対する礼儀を保ったまま、窓から出てその場を後にする。
窓から出入りしている時点で礼儀も何もないだろうけど、そもそも男達を窓から招き入れているのは王妃自身だ。
文句はないだろう。
「いつでもいらっしゃい」
立ち去る私に、王妃がそんな声をかけてきた。
*****
手を離して縄梯子から落ちなかった自分を褒めてあげたい。
縄に触れるたびに、チクチクした縄の表面が指先をくすぐる。
縄の感触なんて意識したことはない。
森にいた頃は木登りだってしていたのだ。
「催淫効果のある香を焚いた部屋で乱交とかっ!姉さんが貞淑に思えるくらいのビッチじゃないっ!」
私は愚痴をこぼしながら自室に向かう。
こうでもして気を強く持っておかないと、腰が抜けてへたり込んでしまいそうだった。
そうしたら、一晩中立ち上がれない気がする。
新鮮な空気を吸えばマシになるかと思ったけど、効果は消えてくれない。
いったん吸ったら、抜けてくれるまで効果が続くのだろう。
歩くたびに、ぐっしょりと濡れた下着が内腿やお尻に触れて、気持ち悪い。
下着を脱ぎ捨てたいけど、こんなところに濡れた下着を残していくなんて、痴女みたいなマネはできない。
「はぁはぁはぁ」
色々考えるのは明日だ。
自室に辿り着く。
それだけを考える。
多少、人目についても仕方がない。
アルコールに酔ったとでも言っておけば、なんとかなるだろう。
上気した顔は、酔っているようにも見えるはずだ。
最短距離を進む。
途中、いつもお茶会をしている部屋の前を通り過ぎる。
「師匠には諦めるように言っておくしかないわね」
それでも騎士団長に抱かれたいのであれば、乱交パーティーに参加するしかないだろう。
けど、恩人がそんなことになるのは、あまりいい気分ではない。
初恋は実らないというし、いい経験になるだろう。
あの歳で初めての経験というのも、貴重なはずだ。
「アダム王子っ!私を王妃に関わらせたのは、貸しにしておくからねっ!」
思えばアダム王子の護衛をさせられたのが、この災難の始まりだ。
王妃のことを中途半端に知っているせいで、妙に油断してしまった。
男と不貞を働いているのは予想していたが、まさか自ら催淫効果のある場所に身を置いているとまでは予想できなかった。
せいぜい、相手の男に薬を盛っているくらいだろうと思っていた。
いっそ、あの塔がどんなところか知らなければ、もう少し警戒したのに。
アダム王子には貸しを返してもらうし、王妃には仕返しする。
逆恨みだとは分かっているけど、そんなことを考えてしまうくらいに、頭が朦朧としている。
「アーサー王子はまだ工房にいるのかな?」
別に会いたいわけじゃないけど、なんとなくそんな考えが頭に浮かんだ。
メアリーに聞いた話だと、工房にこもって夢中になると、そのまま徹夜してしまうこともあるということだった。
そう言えば、そのメアリーは、以前、アーサー王子の手伝いをしたことがあるようなことを言っていた。
その話を聞いたときは大して気にしなかったけど、どこまで手伝ったんだろう。
思わず想像した途端、下着の湿り気が増したような気がする。
「急がないと」
もう何も考えないようにしようと思いながら、歩みを早める。
そんなときに声が聞こえてきた。
「シンデレラ?」
声のしてきた方を見ると、アーサー王子とメアリーが連れ立って歩いていた。
先ほどの想像が、意図せず思い出されてしまう。
「二人でお楽しみだった?邪魔してごめんなさい」
そう言って通り過ぎようとする。
普通に考えれば、仕事が終わって工房から帰っているところにメイドが付き添っているだけ、ということは分かる。
けど、先ほどの想像が頭に残っているせいか、ついそんなことを言ってしまう。
「ちょ、ちょっと、シンデレラ!何を言っているんだよ!」
慌てたようにアーサー王子が近づいてくる。
おそらくは私の言葉を否定しようとしたのだろう、
「ち、近づいちゃダメ!」
自分の状態を知られるのも嫌だし、今の状態で男に近寄られるのもマズい。
そう思ったのだけど、少し遅かったみたいだ。
普段は意識したこともないアーサー王子の体臭が鼻腔をくすぐる。
私は蜜に惹かれる蝶のように、アーサー王子に寄りかかるように、ふらふらと倒れ込んでしまう。
「ん・・・・・」
最初に浮かんだのは甘いという感想だった。
蜂蜜よりも甘い。
砂漠で見つけた水滴を求めるように、アーサー王子の唾液を啜る。
口の中に溜まったアーサー王子と自分の唾液の飲み込んだ瞬間、かろうじて我に返ることができた。
ドンッ!
反射的にアーサー王子の身体を突き飛ばす。
自分から倒れ込んでおいて悪いとは思ったけど仕方がない。
そんな余裕は無かった。
「な・・・な・・・・・」
突き飛ばされたアーサー王子は、軟弱なように見えて、それでも男だからだろう。
倒れるようなことは無かった。
顔は赤くて、口から漏れる声は言葉になっていなかったけど。
「ご、ごめんなさい」
突き飛ばしたのは、私が悪い。
その判断ができたらから謝罪は口にできたけど、それが限界だった。
ふらついていたところに、アーサー王子を突き飛ばしたことでバランスを崩し、私はへたり込んでしまう。
腰が抜けて、足に力が入らない。
弱気な言葉を口にしたせいか、気を強く持つことで保ってきた思考力も限界だ。
けど、このままアーサー王子を頼るのは、なんだか負けた気がする。
ぱくっ。
私は手持ちの薬を口の中に放り込む。
床の冷たい感触が少しだけ気持ちいい。
そんなことを考えながら、私は諦めるように意識を手放した。
それに、男女の体臭が混ざり合って、無数の手が絡みつくかのように、まとわりついてくる。
鼻腔から侵入した香りが染み込んで、全身を満たすような錯覚に陥る。
柔らかい綿で縛られているように、苦痛は感じないのに自由が利かない。
身体だけでなく思考も。
「っ!」
後ろではなく前に倒れたのは幸運だった。
いつの間にか縄梯子から手が離れていた。
もし、後ろに倒れていたら、今頃地面に赤い花を咲かせていただろう。
それはそれで綺麗かも知れない。
いや、この高さだと、そこまではいかないか。
全身の骨がバラバラになった肉塊ができるくらいだろう。
ダメだ。
思考が上手くまとまらない。
「あら?深夜のお茶会に興味があったの?昼間のお茶会に誘ったつもりだったのだけど」
その声に、少しだけ我に返る。
一瞬考えたのは、私が罠にはまったんだということだ。
だけど、すぐに勘違いだと悟る。
もし、そうなのだとしたら、こんな香りを室内に満たした状態で、罠にはめた当人が同じ部屋にいるはずがない。
つまり、この状態は、当人にとって日常ということだ。
「・・・・・正気?」
こんな状態に身を置くということに、正気を疑いたくなる。
そして、ほんの少しできた思考の余裕で思い出す。
この香りには覚えがある。
思い出したくないけど、嗅いだ覚えがある。
以前はお茶にしていたけど、薬草茶だと言っていたから、その薬草を香として焚いたのだろう。
あのお茶と同じ香りだ。
しかも、香として焚いているから、香りは何倍にもなって部屋を満たしている。
前回、部屋に入ったときに感じた甘い香りは、普段からこんなことをしているから、部屋自体に香りが染み込んでいるのだろう。
「あなたも参加する?」
この声にも聞き覚えがある。
つられてそちらを向くと、予想通りの姿でその女性はいた。
何も身にまとっていない。
いや、ある意味、あれは身にまとっているというのだろうか。
同じく何も身につけていない男性達が、その女性にまとわりついている。
「あなたにはアーサーがいるから誘わなかったのだけど、もしかして拗ねちゃったのかしら?」
複数の男性と交わりながら、王妃が私に声をかけてきていた。
*****
深呼吸できないのが恨めしい。
少ない呼吸で心を落ち着ける。
意識を強く持っておかないと、朦朧としてくる。
それに意識を強く持ったとしても、それほど長い時間は持たないだろう。
身体の中から湧き出るような甘い疼きが、全身に広がり始めている。
いずれは、これに逆らえなくなる。
「パーティーの最中だったのですね。失礼しました」
とりあえず、無断でここを訪れたことを謝罪する。
縄梯子が見えたから好奇心で登ってきました。
そう言えば、許してもらえるだろうか。
そんな幼稚な言い訳が頭に思い浮かび、すぐにそれを頭から追い払う。
夜に縄梯子が見える距離まで来ること自体が、普通はあり得ない。
「気にしないで良いわ。興味があるなら誘うのはやぶさかではないもの」
興味なんかない。
反射的にそう答えそうになって堪える。
相手は王妃だ。
本来ならその誘いを受けるのは光栄なことなのだろう。
もっとも、光栄なのは、その誘いがまともならだ。
「せっかくのお誘いですけど、遠慮しておきます」
乱交パーティーのお誘いなんか御免だ。
王女は男に跨りながら、ゆらゆらと揺られている。
跨られている男が、激しく腰を振っているからだ。
さらに王妃は、両手で男達の股間にあるものを弄んでいる。
それだけではなく、二本の手で足りない男達の分は、長い髪を巻き付かせている。
具体的に何を弄んでいるかは、薄暗い部屋では、はっきりとは見えない。
けど、目を凝らそうとは思わない。
凝らしたくない。
この薄暗さに目が慣れて、はっきりと見えてしまう前に、退散したい。
「そう?今日は綺麗なドレスを着ているみたいだから、きっとみんなの人気者になると思ったのだけど、残念だわ」
王妃の言葉に、男達の視線がこちらに集中する。
ぞわっとした。
全身を舐めまわされるような感覚が走る。
その感覚を嫌だと思わなかった自分に、嫌悪感を覚える。
香の催淫効果が効いてきてしまっているようだ。
「他の娘を誘ったこともあるのだけど、私のことを無視して快楽に溺れるだけになっちゃうから、最近は誘っていなかったの」
アダム王子が、王妃のもとを訪れるときに女を連れていくと不機嫌になると言っていたけど、それが原因か。
「でも、あなたはその辺りもわきまえているようだから歓迎よ」
私がまだ正気を保てているから、そう思ったのだろう。
けど、ギリギリだ。
私がまだこうしていられるのは、私も薬草を燃やした煙を利用することがあって、間違って自分が吸いそうになったときの対処方法を知っているからに過ぎない。
でも、それも限界だ。
一刻も早く退散する必要がある。
「おそれいります」
本音を言えば、すぐにでも身をひるがえしたい。
けど、こんな目に遭ったのだ。
せめて、ここへ来た目的を果すために、情報を得ようとする。
時間はそれほどかからなかった。
情報はすぐに手に入った。
そもそも、既に視界には入っていたのだ。
王女の下で一心不乱に腰を打ち上げている男性。
あれは騎士団長だ。
一人だけ年齢が上だから分かった。
他の男達は王女に翻弄されているが、騎士団長だけは自発的に動いているように見えた。
もっとも、それも、自発的に見えているだけで、自発的にさせられているだけかも知れないけど。
何はともあれ、情報は手に入った。
もう、ここにいる必要はない。
いや、これ以上、ここにいると危ない。
「今日はこれで失礼します」
私は、王妃に対する礼儀を保ったまま、窓から出てその場を後にする。
窓から出入りしている時点で礼儀も何もないだろうけど、そもそも男達を窓から招き入れているのは王妃自身だ。
文句はないだろう。
「いつでもいらっしゃい」
立ち去る私に、王妃がそんな声をかけてきた。
*****
手を離して縄梯子から落ちなかった自分を褒めてあげたい。
縄に触れるたびに、チクチクした縄の表面が指先をくすぐる。
縄の感触なんて意識したことはない。
森にいた頃は木登りだってしていたのだ。
「催淫効果のある香を焚いた部屋で乱交とかっ!姉さんが貞淑に思えるくらいのビッチじゃないっ!」
私は愚痴をこぼしながら自室に向かう。
こうでもして気を強く持っておかないと、腰が抜けてへたり込んでしまいそうだった。
そうしたら、一晩中立ち上がれない気がする。
新鮮な空気を吸えばマシになるかと思ったけど、効果は消えてくれない。
いったん吸ったら、抜けてくれるまで効果が続くのだろう。
歩くたびに、ぐっしょりと濡れた下着が内腿やお尻に触れて、気持ち悪い。
下着を脱ぎ捨てたいけど、こんなところに濡れた下着を残していくなんて、痴女みたいなマネはできない。
「はぁはぁはぁ」
色々考えるのは明日だ。
自室に辿り着く。
それだけを考える。
多少、人目についても仕方がない。
アルコールに酔ったとでも言っておけば、なんとかなるだろう。
上気した顔は、酔っているようにも見えるはずだ。
最短距離を進む。
途中、いつもお茶会をしている部屋の前を通り過ぎる。
「師匠には諦めるように言っておくしかないわね」
それでも騎士団長に抱かれたいのであれば、乱交パーティーに参加するしかないだろう。
けど、恩人がそんなことになるのは、あまりいい気分ではない。
初恋は実らないというし、いい経験になるだろう。
あの歳で初めての経験というのも、貴重なはずだ。
「アダム王子っ!私を王妃に関わらせたのは、貸しにしておくからねっ!」
思えばアダム王子の護衛をさせられたのが、この災難の始まりだ。
王妃のことを中途半端に知っているせいで、妙に油断してしまった。
男と不貞を働いているのは予想していたが、まさか自ら催淫効果のある場所に身を置いているとまでは予想できなかった。
せいぜい、相手の男に薬を盛っているくらいだろうと思っていた。
いっそ、あの塔がどんなところか知らなければ、もう少し警戒したのに。
アダム王子には貸しを返してもらうし、王妃には仕返しする。
逆恨みだとは分かっているけど、そんなことを考えてしまうくらいに、頭が朦朧としている。
「アーサー王子はまだ工房にいるのかな?」
別に会いたいわけじゃないけど、なんとなくそんな考えが頭に浮かんだ。
メアリーに聞いた話だと、工房にこもって夢中になると、そのまま徹夜してしまうこともあるということだった。
そう言えば、そのメアリーは、以前、アーサー王子の手伝いをしたことがあるようなことを言っていた。
その話を聞いたときは大して気にしなかったけど、どこまで手伝ったんだろう。
思わず想像した途端、下着の湿り気が増したような気がする。
「急がないと」
もう何も考えないようにしようと思いながら、歩みを早める。
そんなときに声が聞こえてきた。
「シンデレラ?」
声のしてきた方を見ると、アーサー王子とメアリーが連れ立って歩いていた。
先ほどの想像が、意図せず思い出されてしまう。
「二人でお楽しみだった?邪魔してごめんなさい」
そう言って通り過ぎようとする。
普通に考えれば、仕事が終わって工房から帰っているところにメイドが付き添っているだけ、ということは分かる。
けど、先ほどの想像が頭に残っているせいか、ついそんなことを言ってしまう。
「ちょ、ちょっと、シンデレラ!何を言っているんだよ!」
慌てたようにアーサー王子が近づいてくる。
おそらくは私の言葉を否定しようとしたのだろう、
「ち、近づいちゃダメ!」
自分の状態を知られるのも嫌だし、今の状態で男に近寄られるのもマズい。
そう思ったのだけど、少し遅かったみたいだ。
普段は意識したこともないアーサー王子の体臭が鼻腔をくすぐる。
私は蜜に惹かれる蝶のように、アーサー王子に寄りかかるように、ふらふらと倒れ込んでしまう。
「ん・・・・・」
最初に浮かんだのは甘いという感想だった。
蜂蜜よりも甘い。
砂漠で見つけた水滴を求めるように、アーサー王子の唾液を啜る。
口の中に溜まったアーサー王子と自分の唾液の飲み込んだ瞬間、かろうじて我に返ることができた。
ドンッ!
反射的にアーサー王子の身体を突き飛ばす。
自分から倒れ込んでおいて悪いとは思ったけど仕方がない。
そんな余裕は無かった。
「な・・・な・・・・・」
突き飛ばされたアーサー王子は、軟弱なように見えて、それでも男だからだろう。
倒れるようなことは無かった。
顔は赤くて、口から漏れる声は言葉になっていなかったけど。
「ご、ごめんなさい」
突き飛ばしたのは、私が悪い。
その判断ができたらから謝罪は口にできたけど、それが限界だった。
ふらついていたところに、アーサー王子を突き飛ばしたことでバランスを崩し、私はへたり込んでしまう。
腰が抜けて、足に力が入らない。
弱気な言葉を口にしたせいか、気を強く持つことで保ってきた思考力も限界だ。
けど、このままアーサー王子を頼るのは、なんだか負けた気がする。
ぱくっ。
私は手持ちの薬を口の中に放り込む。
床の冷たい感触が少しだけ気持ちいい。
そんなことを考えながら、私は諦めるように意識を手放した。
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