シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第三章 赤ずきん

058.帰路

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 のんびりと起きて朝食を摂る。
 最後なので挨拶をしてから宿を引き払う。
 食糧とお土産を買い込んでから出発する。
 王都の出入口である門も、特に問題なく通過する。
 これで使者としての役目は終わり。
 後は帰るだけだ。
 まあ、帰るまでがおつかいだから、もう少しだけ気は抜けないんだけど。

「シンデレラ様」

 馬車に揺られていると、メイドの一人が話しかけてきた。
 行きと同じく、同じ馬車には五人のメイドが乗っている。
 話しかけてきたのは、その中の一人であるアップルだ。

「地下に捕らえられていた娘達はどうしたのかお聞きしてもよろしいですか?」

 あのとき、メイド達は部屋の中から出して、扉の外を見張らせていた。
 再び部屋の中を覗いたら娘達がきれいさっぱり消えていたから、気になっているのだろう。

「捕らえられていたねぇ」

 地下から出た後で気づいたのだけど、あそこは別に鍵なんかはかけられていなかった。
 私達に襲い掛かってきた者が監視役だったとしても、それ以外の娘達の方が数が多い。
 その気になれば、どうとでもなるはずだ。
 娘達は犯罪者というわけでもないし、逃げようと思えば、逃げることができたと思う。
 だけど、あそこにいた娘達はそれをしなかった。

「どうかなさいましたか?」

 私の言葉が聞こえたのだろう。
 アップルが尋ねてくる。
 彼女もあの部屋を見ているから意見を聞いてみよう。

「あの娘達、なんであそこから逃げなかったんだと思う?」

 アップルは私の問いにしばし考える。
 質問の意図を考えているのだろう。
 やがて思い当たったのか答えてきた。

「帰るところが無いからでしょう」
「帰るところが無い?あの娘達にも故郷はあるでしょう?」
「正確には帰ることができないということですね」
「帰ることができない?」
「帰っても、良くてて奴隷として売られるだけですから」
「ああ、そういうこと」

 もともと口減らしされた娘達だ。
 アップルは『良くて』と言ったけど、『悪ければ』帰っても似たような状況になるだけということか。

「王都で働き口を見つけることもできそうだけど」
「どうでしょう。小さな農村で育った娘が、知り合いもいない街で仕事を探すのは、難しいのではないでしょうか」
「そういうものかな」

 娼館があるようだったから、雇ってくれるところはありそうな気がするけど、ああいうのも技術が求められるんだろうか。
 騎士達が全員行っていたみたいだし、王都だとレベルが高いとか。

「でも、シンデレラ様の言葉で、あそこから逃げたということは、勇気が無かっただけかも知れませんね。背中を押して欲しかったんじゃないでしょうか」

 アップルは、私の説得で娘達は逃げたのだと、考えたようだ。
 地下の部屋へ行く通路自体が隠し通路だから、もう一本くらい隠し通路があってもは無い。
 そこから逃がしたとでも考えたんだと思う。
 でも、どうして、そう考えたのだろう。
 ああ、娘達が逃げない理由を尋ねたからかな。
 そう勘違いしてくれていた方が都合がいいのは確かだけど、どうしようか。
 彼女達には同じような仕事をお願いすることもあるだろうから、本当のことを話してもいいんだけど。

「お姉ちゃんは、みんなが苦しそうにしてたから、解放してあげたんだよ」

 私が迷っていると、メフィが話に混ざってきた。
 喋り方は猫かぶりモードだ。

「そうなの。シンデレラ様は優しいお姉様ね」
「うん」

 メフィを膝の上に乗せてイチャイチャしていたメロンがそんなことを言ってくる。
 彼女はずいぶんとメフィのことを気に入っているみたいだな。
 まあ、他のメイドも何かとメフィの世話を焼いて可愛がっているけど。
 メフィは何かフェロモンでも出しているのだろうか。

「きっと、娘達もシンデレラ様に感謝しているでしょう」
「・・・そうだといいけどね」

 楽になったのは確かだろう。
 けど、感謝しているかは分からないし、それを確かめるすべもない。
 望みを叶えてあげたという形ではあるけれど、私がやったことは恨まれてもおかしくない行動なのだ。
 実際、期間に余裕があれば、村の収穫量を回復させてから、娘を逃がすという方法もあった。
 その方法であれば娘達を逃がしたとしても露頭に迷うことは無いだろう。
 でも、そんな期間は無かったし、あったとしても他の国にそんなに過剰な干渉は難しい。
 ようするに、どうしようもなかった。
 だから、私は選ばせた。
 楽になるか苦しみ続けるか。
 楽にしてあげた人には、メフィへの対価になってもらった。
 ほぼ全員が楽になるのを選んだのは、予想外ではあるけど狙い通りではある。
 私にとって都合がよかったのは確かだ。

「あとは、王女様がどういう行動に出るかよね」
「逃げ出した娘達を連れ戻そうとするかと言うことでしょうか?」
「それは心配していないわ」

 それが不可能だということは知っている。
 存在しない人間を連れ戻すことはできない。
 それにブービートラップも仕掛けてきた。
 かかるかどうかは微妙なところだけど。

「証拠は残さなかったと思いますけど、何か気になることでもありましたか?」
「証拠は無くても、状況から私達の仕業だと判断しそうだけどね。でもまあ、そっちも心配していないわ」

 そもそも、あのブービートラップ自体が証拠になりそうな気がする。
 私達に繋がりそうな、あの薬を使ったのは失敗だった。
 あのときは、ちょっと感情的になっていたのかも知れない。
 でも、そのことは後悔していない。
 気になっているのは、今後のことだ。

「王女様が予想通りの異常者なら、勝手に自滅してくれると思う。娘達がいなくなった分を補充するために強引に人を集めれば、さすがにばれるだろうし」

 それが師匠の立てた作戦だ。

「王女様が予想よりまともなら、私達の脅威にはならないと思う。今までのようなことは止めるだろうし」

 可能性としては低いと思うけど、この場合も作戦は成功だと言えるだろう。

「問題は、王女様が予想以上の異常者だった場合よ。強引に人を集めても自滅しないように行動してきたら危険ね」

 人が大勢死んでも不自然じゃない状況。
 そんな状況なら王女が人を攫っても目立たないだろう。
 そして、そんな状況を生み出す方法は、いくつか考えられる。
 たちの悪いことに、王女はそれを実行できそうな立場にいる。

「でもまあ、今から心配しても仕方が無いし、蒔いた種が上手く育つことを祈りましょうか」

 そちらが上手くいけば、心配している状況になる可能性も低くなる。
 それに今は他に警戒しないといけないこともある。
 そんなことを考えていたら、馬車が止まった。

「どうかしたのでしょうか?」

 行きは盗賊に扮した村人が取り囲んできたことがあった。
 同じ道を通っているけど、恩も売っておいたから、帰りはそういう可能性は低いと思う。
 普通の盗賊の可能性もあるけど、たぶん違うと思う。

「見てきます」
「私も行くわ」

 メイド達が馬車から出ていくのについて、私も馬車を出る。
 そこにいたのは、予想通りの連中だった。

 *****

「申し訳ありません。荷を確認させていただけませんでしょうか」
「門を出るときに問題なかったはずだが」

 先頭の馬車に乗っていた騎士と、見たことのない女騎士が口論している。
 私はドレスの裾を踏まないようにしながら、そこへ近づいていく。
 着ているドレスは、行きに着ていたものと同じものだ。
 城では男装しているのに、道中でドレスを着ているのもおかしな話だけど、恩を売った村人達により深く印象付けるのが目的だ。

「どうしたの?」

 口論をしている騎士に問いかける。
 今回の旅では私が責任者という立場になっている。
 騎士が説明をする。

「シルヴァニア王国の者達らしいのですが、馬車の荷を確認させろと」
「ふーん?」

 それくらいはいいと思うのだけど、体面もあるのだろう。
 確認を求められるということは疑われているということになる。
 王都を出る門を問題なく通過しているのに確認を求められているのだから、なおさらだろう。
 騎士の言いたいことも分かる。

「我が国の『大切なもの』が盗まれたのです。無礼であることは承知していますが、なにとぞご協力をお願いします」

 女騎士がそう言って頭を下げてくる。
 女騎士の後ろには兵士の服装をした数人の女性がいた。
 けど、帯剣はしていない。

「追いかけてきてまで確認するくらいだから、よほど大切なものなんでしょう。確認させてあげて」
「しかし・・・」
「今回は王女様との婚約を断りに行った手前もあるから、心証は悪くしない方がよいでしょう」
「・・・わかりました」

 騎士は納得していなさそうだったけど、私の指示に従い女騎士と女兵士達に荷物の中身を見せていく。
 親書の内容はともかく、正式な使者として正式な手続きをして訪れた帰りで、こちらには何の落ち度もないのだから、騎士が不満そうな態度を取るのも分かる。
 けど、私としては逆にここで疑惑を無くしておいた方が都合がいい。
 おそらく、女騎士は王女の手の者だ。
 いなくなった娘を荷物に紛れさせていないかを確認しているのだろう。
 だけど、それが見つかる可能性が低いことは王女側も認識していると思う。
 本命は地下へ侵入した私やメイド達の姿を確認することだろう。
 まさか連れ出してくるとは思わなかった。
 それだけ王女も本気ということだろうか。

「何か見つかりましたか?」

 荷物の確認を終えた女騎士に、私は尋ねる。

「いいえ。ご協力感謝します」

 そう言いつつ、女騎士は後ろに控える女兵士達に視線を送る。
 女兵士達は首を横に振る。
 目的のモノが見つからなかったという意思表示だろう。
 私は、おや、と思った。
 私の方は見覚えがあるのだ。
 向こうに見覚えがないはずがない。

「それでは、これで失礼します」

 女騎士が背を向けて、乗ってきた馬に向かおうとする。
 それに後ろから女兵士達がついていくが、次の瞬間、女騎士の悲鳴が上がった。
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