シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第三章 赤ずきん

057.狩人

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 王女は上機嫌だった。
 懸案だった王子との婚約の話は、理想的な形で破棄することができた。
 父は『病気』で倒れた王子の代わりに、その弟と婚約をさせたがっていたようだが、その話も無くなった。
 もし、成立しそうだったら、王子の弟にも『病気』になってもらう必要があったから、手間が省けた。
 そう言えば、王子の弟との婚約を断った女は、なかなか肝が据わっていた。
 使者として来ているにも関わらず、父の機嫌を損ねることも恐れず、その場で王子の弟との婚約を断ってきたのだ。
 王子の弟が自分に夢中だからという理由を言っていたが、あれは自分の方が魅力があると、挑発していたのだろうか。
 いつもなら、美しいと思いあがっている女など叩き潰すところだが、今日の王女は機嫌がよかった。
 無礼な態度も笑って許せる気分だった。
 それに、気の強い女は嫌いでは無かった。
 そういう女を食すと、その活力も取り込める気がするからだ。
 もっとも、他国の者なので、そう簡単に食すことはできない。
 それだけが、少し残念だった。

「しばらくは、今の生活を満喫できそうね」

 王女は上機嫌だった。
 食事を運んでくるはずの侍女が、何も持たずに青い顔で報告をしてくるまでは。

「ひ、姫・・・」
「あら、どうしたの?」

 王女は笑顔で問いかける。
 もう王子の件は片が付いた。
 今は他に、それほど困難な指示はしていない。
 だから、大抵のことであれば許すつもりだった。

「あ、あの・・・」

 主が問いかけているというのに、侍女はなかなか報告をしない。
 しかし、王女の方には急かして聞きたい事柄は無かったので、気長に待つ。
 鏡の前に立ち、自らの姿を確認する。
 これは朝の日課だった。
 同じことを昼や夜にも行っているが、とにかく日課だ。
 バランスの取れた肢体。
 曇りの無い笑み。
 完璧な美しさだ。
 それを保つために、自らの全身を確認する。
 頭の上から爪先までを確認した頃、ようやく侍女は決心がついたようだった。

「・・・地下の人間達が消えました」
「・・・・・」

 侍女が何を言っているか分からなかった。
 言葉の意味は分かる。
 しかし、報告の内容が分からなかった。
 だから、何の感情も沸いてこない。
 鏡の中の顔は無表情だった。

「もう一度、言ってくれるかしら?」
「ひっ!」

 侍女が引きつったような声を上げる。
 王女には、彼女が何に怯えたのかが判らなかった。
 自分は何も怒ってなどいない。
 事実、鏡の中の顔は怒りなど浮かべていない。

「ち、地下の人間達が消えました」
「・・・そう」

 王女は一つ一つ確認していくことにする。
 物事を解決するには手順というものがある。
 それには正しい情報が必要だし、それに基づいて正しい順番で対処していく必要がある。
 短気は醜い。
 焦りは美しくない。

「消えた人間は何人?」
「羊が・・・全てです」
「・・・・・」

 羊は数十匹は残っていた。
 冬になり、新しい羊を入荷するまでは、充分に足りる量だったはずだ。
 それが一斉にいなくなるなど、あり得るのだろうか。
 単純な疑問として、王女はそんなことを考えた。

「お、狼は残っています」

 少しでも良い情報を話そうとしたのだろう。
 侍女がそう付け加えてくる。
 しかし、その情報により、状況の不可解さが増す。
 羊が全ていなくなったのに、狼だけが残っている理由が分からない。

「羊の行き先はわかっているのかしら?」
「不明です」
「不明?狼達は残っているのでしょう?確認していないの?」
「も、もちろん、狼達には話を訊いています。昨夜、地下に侵入者があり、その者達に狼達が気絶させられている間に、羊達が連れ去られたようです」
「それを先に言いなさい!」
「も、申し訳ありません!」

 王女の語気が強くなる。
 羊達がいなくなったことも問題だが、それ以上に侵入者の方が問題だ。
 地下の部屋にことは、王も知らない。
 王女しか知らないことだった。
 万が一、それが外部に漏れるようなことがあれば、王女の平穏な生活が脅かされる可能性がある。
 王女にとって、それは看過できることではなかった。

「兵士達もまだ見つけていないのね?」
「は、はい。念のため、王都を出入りするための門にも確認に行かせましたが、羊を連れ去ったと思われる者達は見つかっていません」
「あの数の羊をひそかに連れ出すことなんてできないと思うけど・・・どこに隠しているのかしら?」

 犯人はまだそう遠くに行っていないのかも知れない。
 ならば、時間の勝負になる。

「今すぐに犯人の捜索を開始しなさい。侵入者の顔を見ただろうから、狼達も連れていっていいわ」
「しかし、狼達はまだ『調教』が終わっていませんが・・・」

 狼達は『食生活』に馴染んだ者達だが、心が壊れていることが多い。
 だから、役目を与えて『調教』することにより、役に立つようにしていた。
 『調教』が終わっていない状態で外に出すと、余計な騒ぎを起こして目立つ可能性がある。
 しかし、王女はそのリスクよりも、犯人を追わせることを優先することにする。

「手に負えなくなったら屠殺してかまわないわ」
「わ、わかりました」

 侍女が王女の命令を実行するべく部屋を出ていこうとする。

「ところで、私の食事は準備できるのかしら?」
「す、すぐにお持ちします」

 そう返事をして、逃げるように侍女が出ていく。

「・・・次の羊を入荷するまで、しばらく『入浴』も『食事』もできないかも知れないわね」

 もともと、『入浴』も『食事』も美しさを保つために始めたものだ。
 実際、それらを始めてから、肌は潤っている。
 それができなくなるということは、数ヶ月もの間、美しさを保てないことを意味する。
 犯人は必ず始末するとして、羊が取り戻せるかというと、その可能性は低い。
 殺しているか、逃がしているかしていると思われるからだ。

「・・・・・」

 ガシャンッ!

 鏡に映った顔に表情が浮かびかけるのを見て、それが浮かびきる前に、王女は鏡を叩き割る。
 怒りに表情が歪むなど、王女の美意識からすれば、許容できるものではなかった。
 鏡を割ったことで少し冷静になった王女は、自分にそんな表情を浮かべさせかけた犯人について考える。
 羊だけ連れ去った。
 狼は殺していないのに置いていった。
 目的は何だろう。
 羊や狼の家族が連れ戻しに来たという可能性は低いだろう。
 王女は羊や狼を無理やり連れて来たわけではない。
 羊や狼が自ら『職』を求めてやって来たのだ。
 実際には王女の『食』になったわけだが、それは羊や狼の家族は知らないはずだ。
 やはり、考えても目的が分からなかった。
 だから王女は逆に考えることにした。
 犯人のメリットになることではなく、王女である自分のデメリットになることを考える。
 王女がしていることを公開することだろうか。
 確かにそれは困るが、しかしそれなら狼を置いていく理由がない。
 羊だけがいなくなって、王女が困ることを考える。
 それはすなわち、『入浴』と『食事』ができなくなることだ。
 他人にとって、王女に対する嫌がらせ以上の意味があるとは思えないが、とにかくそれだ。
 王女は、そこまで考えて、ふと疑問に思う。

「今日の食事に使う分の羊を置いていったのは何故かしら?」

 解体中の羊は一匹だけだ。
 嫌がらせが目的なら、それくらい運べるだろう。
 たとえ運べなかったとしても、食べることができなくすることはできる。
 しかし、犯人は置いていった上に、食べることができる状態のままにした。

「・・・・・」

 王女が自分の推測に答えを出した頃、先ほどの侍女が戻ってきた。

「遅くなり申し訳ありません。お食事をお持ちしました」

 王女はテーブルに置かれた料理を観察する。
 見た目は、いつもと変わらない。
 香りにも、おかしなところはない。

「・・・・・」
「あ、あの、どうかなされましたか?」

 あまりにも、いつも通りだった。
 非常事態が起こっているにも関わらず、いつも通りだ。
 しかし、羊の残りはもういない。
 まるで、最期の晩餐のようだと、王女には感じられた。

「・・・・・せっかく用意してもらったけど、今は食欲がないからやめておくわ」
「そ、そうですか」

 侍女は複雑そうな表情をしたが、自分が責められているわけではないので、それ以上は何も言わなかった。

「片付けてちょうだい。そうそう、もったいないから、あなた達で食べていいわよ」
「あ、ありがとうございます」

 侍女が手付かずの料理を下げて部屋を出ていく。
 それから数時間後、王女は侍女達の部屋を訪れ、彼女達が眠りについているのを見つけた。
 揺らしても起きる様子はない。
 見たことがある症状だった。

「そう・・・あの国の仕業なのね」

 王女は謁見の間で見かけた男装をした娘のことを思い出していた。
 あの薬を使ったのは、あの国に対してだけだ。
 だから、少なくとも、あの国の使者達が犯人の関係者であることは明らかだった。

「でも、手駒も減ってしまったし、お返しは来春以降かしらね」

 王女に残っている手駒は、犯人・・・つまりあの国の使者達を追っている侍女と狼達だけとなった。
 それも、無事に戻ってくるかどうかは分からない。
 しかし、冬になれば羊は手に入るはずだ。
 今年の夏は冷夏だったので、例年よりも作物の収穫量は少なくなる見込みだ。
 つまり、『職』を求めて、放っておいても王女のもとへ羊はやって来るだろう。

「それまで、首を洗って待っていなさい」

 焦りは美しくない。
 王女は、先の楽しみのことを想像して、笑みを浮かべる。
 しかし、王女は知らなかった。
 収穫量が減ることを防ぐために、男装をした娘が種を配っていたことを。
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