シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第三章 赤ずきん

055.狼

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「・・・・・いいわ」

 シンデレラ様の言葉を確認し、私は扉を開けてプルーンとともに部屋の中に侵入する。
 それと同時に、メイド服に隠してあるナイフに手を触れ、いつでも引き抜けるようにする。
 けど、まだ引き抜かない。
 このナイフは見せないことに価値がある。

「っ!」

 影が襲い掛かってくる。
 躱すことはできない。
 後ろには護衛対象がいる。
 左腕で顔を庇った瞬間に、こちらを押し倒してくるような衝撃を受ける。

 ガッ!

 ナイフでは押し戻せないと判断して、脚で蹴りつけて押し戻す。
 暗い部屋の中に戻っていく影。
 後ろから届く僅かなランタンの灯りでは、襲撃者の姿は輪郭しか分からない。
 ただ、獣のような息遣いを感じた。
 剣や槍で正面から戦う兵士でも、ナイフで後ろから刺す暗殺者でもない。
 嗅覚で獲物を見つけ、身体能力で襲い掛かってくる獣だ。
 視界の端には、プルーンが似たような相手に襲われているのが見えた。

「灯りをっ!」

 小さく鋭い声で後ろにいるレモンとピーチに指示を飛ばす。
 人間が相手なら、暗闇の中でも後れを取るつもりはない。
 自分の気配を殺し、相手の気配を捉え、気付かれないうちに仕留める。
 けど、野生の獣を相手に、そんな戦い方をするつもりはない。
 獣の嗅覚に人間は敵わない。
 そして、獣の身体能力にも同様に敵わない。
 人間が獣に勝つためには、槍や弓など間合いのある武器を使う、罠を仕掛ける、などが必要だ。
 そして武器で戦うなら、たとえ自分の姿を晒すことになったとしても、相手の姿を確認する必要がある。
 暗闇の中では、気配を捉えるのも、攻防をするのも、こちらが一瞬遅れる。
 その一瞬が命取りだ。

「シッ!」

 獣が跳びかかってくるタイミングに合わせて、すれ違いざまにナイフを振るう。
 獣は私が腕を振るったのを見えていたようだったが、手ごたえはあった。
 おそらく、私が素手で攻撃したように見えたのだろう。
 実際、私の手は獣には触れなかったが、透明な刃が届いたのだ。
 このナイフは王子が開発した特殊なガラスでできていて、私が所属する部隊に支給されたものだ。
 これなら灯りがつくまでの時間は稼げそうだ。
 再び獣が跳びかかってくる。
 私は再度、ナイフを振るう。
 しかし、今度は刃が肉を裂く感覚が無い。

「(躱されたっ!)」

 そう思った瞬間には、押し倒されていた。
 そのまま、私の肩を噛みちぎろうと牙がメイド服に突き刺さる。

「このっ!」

 ナイフは押し倒された衝撃で落としてしまった。
 獣の側頭部を拳で殴り、自分の上から強引にどかせる。

「アップル、大丈夫?」
「シンデレラ様、下がってくださいっ!」

 制止しようとするが、それより一足早く、護衛対象が前に出てしまう。
 それと同時に、灯りがつけられ、獣の姿が浮き彫りになる。

「若い娘?」

 人間であることには気づいていた。
 けど、こんな街で家事手伝いか店の売り子でもやっていた方が似合いそうな娘だとは思わなかった。
 でも、血走った目と唸り声が、彼女が先ほどの獣であることを物語っている。

「シンデレラ様っ!」

 娘が標的をシンデレラ様に買えて跳びかかるのと、シンデレラ様が横に大きく腕を振るうのは、ほぼ同時だった。

「ギャッ!」

 見えたのは、赤い霧のようなものが、シンデレラ様の前に舞ったことだけだった。
 そこへ真正面から踏み込んだ娘が、悲鳴を上げてのたうち回る。

「縛っておいて」
「か、かしこまりました」

 護衛対象にフォローされるなど恥ずべきことだ。
 これ以上の醜態を晒さないように、メイド服から紐を取り出して素早く娘を縛り上げる。
 この紐もナイフと同じで、王子が開発したものだ。
 細いが丈夫で、刃物でも切断するのは苦労する。
 普段は対象の首に巻き付けることが多いが、今回はただ縛るだけの用途になった。

「プルーンは・・・」

 見ると、プルーンに襲い掛かっていた方の娘も同じような状態になっていた。
 それをおこなったであろうシンデレラ様を見ると、視線を前に向けていた。

「レモン、ピーチ。アレは任せてもいい?」
『承知しました』

 部屋の奥からは、先ほどの娘達と同じ獣のような娘達が、こちらに向かって近づいてきていた。
 それを迎撃に向かうレモンとピーチ。
 すでに灯りで部屋の中は照らされている。
 姿が見えていれば、遅れを取ることはないだろう。
 私はシンデレラ様を護衛すべく、そちらへ向かう。

「このナイフ・・・最初の一撃で仕留められなかったら、後は普通のナイフと一緒ね。投げナイフにして本数を用意した方がいいんじゃない?」

 シンデレラ様が、私が落としたガラスのナイフを返してくれる。
 その刃は血に濡れていた。
 二撃目が躱されたのは、このせいだろう。
 血で濡れていては、透明な刃の意味がない。
 そもそも死角から刺すなら普通のナイフで事足りるし、正面から戦うなら一撃で仕留められる可能性は低い。
 それでも不意打ちには使えるだろうけど、確かに刃が透明であることを有効に活用できていない。
 確かにシンデレラ様の言うことは理に適っている。
 任務が終わったら報告しようと思う。
 けど、今はまだ任務中だ。

「醜態を晒して申し訳ありません」
「気にしないでいいわ。私も地下で狩りをすることになるとは思わなかった。それより噛まれていたみたいだけど、大丈夫だった?」
「はい。このメイド服は防刃繊維でできておりますから」

 これも王子が開発したものだ。
 刃物による攻撃から身を護ってくれる。
 重量のある剣や槍で攻撃されたら衝撃は防げないが、私達の任務では役に立つ。
 鎧のように音を立てることはないし、普段から身につけていても怪しまれない。
 これが先ほどの獣の牙・・・いや娘の噛みつきから護ってくれたのだ。

「あの、シンデレラ様。先ほどの赤い霧は・・・」

 今度は私の方から気になっていることを尋ねる。

「霧?ああ、トウガラシの粉末とか、刺激の強いスパイスとか、まあ色々ね」
「凄い威力ですね」

 それをかけられた娘はいまだに悶絶している。
 まともに呼吸ができないらしく、顔中から様々な液体を漏らしながら、喘いでいる。

「熊にも効くくらいだからね」

 もし、あれを自分にかけられたらと思うと、ぞっとする。
 暗殺者からナイフを向けられるよりも怖ろしい。

「それにしても、まさか食べようとしてくるとは思わなかったわ。まるで狼ね」
「はい」

 その言葉に同意する。
 娘の攻撃は人間のものではなかった。
 ただ、本能のままに襲い掛かってきていた。
 その本能の源は、おそらく食欲だ。
 食べることに対する欲求、もしくは、食べられることに対する恐怖。
 そのどちらからだ。

「向こうも片付いたみたいね」

 レモンとピーチが娘達を縛り上げている。
 傷は負わせているが、殺してはいないようだ。
 二人と合流する。
 これで襲い掛かってくるものはいなくなったようだ。
 改めて部屋の中を見回す。

 そこは簡単に言えば檻だった。
 鉄格子がかかっているわけではない。
 ただの大きい部屋。
 けど、そこにいる人間達を見て、檻という言葉を連想した。

 部屋にいたのは数十人の人間がいた。
 そして、いるのは二種類の人間だ。
 一種類目は、先ほどの獣のような人間。こちらは人数が少ない。先ほどの四人だけのようだ。
 二種類目は、私達が入ってきたにも関わらず何の反応も見せない人間。部屋にいるほとんどの人間がこちらだ。
 どちらも例外なく腕に包帯を巻いている。
 滲む血は包帯に染み込んでから時間が立っているのだろう。
 黒く変色している。
 そしてそれが包帯全体に広がっているところから、長い期間、血を流し続けていることが分かる。
 健康状態はそれほど悪くはないように見えた。
 ただ、まともではない。
 一種類目の人間は手負いの獣。
 二種類目の人間は肉食動物に食べられる直前、いや食べられている最中の草食動物のように見えた。
 ここは、それらを閉じ込めておくための檻だ。

 部屋は思ったより清潔だった。
 糞尿の匂いが充満しているといったこともない。
 でも、だからこそ微かな異臭に気づいた。
 それの出所も。

「うっ・・・」

 視界に『ソレ』が入った瞬間、喉の奥にせり上がってくるものを感じた。
 吐くことは無かった。
 任務の前は、数時間前から食事を取ることはない。
 吐くような物は胃に残っていない。
 それでもせり上がって来ようとする胃酸をなんとか飲み干す。
 視線を逸らすと、プルーンが青い顔をしていた。
 レモンとピーチも同様だ。

「あなた達は、部屋の外で誰か来ないか見張っていて」
「わ、わかりました」

 シンデレラ様の指示に従い、二手に分かれて出入口に向かう。
 出入口は二つある。
 私達が入ってきた扉と、部屋の奥にもう一つだ。
 私とプルーンは部屋の奥になる扉の方へ向かう。
 途中、『ソレ』が視界に入らないように、視線を扉に固定する。

 殺された人間、そして殺した人間は見たことがある。
 そんなものを見たところで、吐きそうになったりはしないし、動揺もしない。
 でも、『ソレ』はそういったものではなかった。

 ふと、私はシンデレラ様の横にいたメフィくんのことが気になった。
 あんな子供をわざわざ連れてきたのだ。
 ただの子供だとは思っていない。
 けど、私達の同類だったとしても、部屋の中の光景は普通ではない。
 ショックを受けていないか気になったけど、私には部屋の方を伺う勇気は無かった。
 部屋の外に出るとき、部屋の中から響いてくるシンデレラ様の声だけが、耳に入ってきた。

「この中で死にたい人は誰?」
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