シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第三章 赤ずきん

052.到着

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「ここがシルヴァニア王国の王都か」

 着いたのは午後になってからだった。
 途中で訪れた村々は貧しい様子だったけど、王都はそこそこ活気があるようだ。
 そう考えて気づく。
 私は王都はおろか街で暮らしたことすらない。
 私が暮らしていたのは、屋敷、森、城だ。
 だから、他と比較して活気があるかどうかなんか分からない。
 まあ、店が開いていて客もいるみたいなので、経済は回っているのだろう。
 それにしても、思い返してみれば極端なところでばかり生活してきたものだ。
 そんな感傷に耽っていると、宿を探しに行っていた騎士が戻ってきた。

「案内します」

 馬車に乗ったままついていく。
 探しにいったとは言っても、別の国から使者として訪れた団体が泊まるような宿は、候補が決まっているらしい。
 それなりに高級な宿だから満室で泊まれないということもなく、大抵は断られることはない。
 今回も問題なく宿が取れたようだ。
 宿でくつろいでいると、城へ行っていた騎士も戻ってきた。

「王との謁見は三日後になります」

 他国の王からの使者とはいえ。いきなりその国の王様に会うことなんかできない。
 事前に謁見を申し込んでおく必要がある。

「思ったより早かったわね」

 運が悪いと一ヶ月以上待たされることもあるらしい。
 王女と婚約の話が出ている国からの使者だから、優先的に会ってくれるのかも知れない。
 もっとも、謁見の内容は、その婚約を断りにきたんだけど。

「みんな長旅お疲れ様。今日は自由時間にしましょうか」

 本番はこれからだけど、疲れていてはいい仕事はできない。
 細かい作戦を考えるのは、休息を取ってからだ。

 *****

 と思っていたのだけど。

「騎士達が全員、娼館に行くとは思わなかったわ」

 私は呆れ気味に呟いた。
 動きやすいから別にいいんだけど、よっぽど溜まっていたんだろうか。
 何がとは言わないけど。

「男なんてそんなものですよ」

 プルーンが妙に実感のある口調で、そんなこと言う。
 なんかあったんだろうか。
 突っ込むと面倒なことになりそうだから、突っ込まないけど。

「メフィくんは、そんな大人になったらダメよ」
「はい、メロンお姉ちゃん」

 メフィを膝の上に座らせてご満悦そうなメロンが、同意している。
 どうでもいいけど、くっつき過ぎじゃないだろうか。
 確かに好きにくつろいでとは言ったけど。

「シンデレラ様、お茶のおかわりはいかがですか?」
「ありがとう、アップル」

 現在はメイド達とお茶の最中だ。
 普段は給仕をする側の彼女達だけど、今は宿に泊まっていることだし、親睦を深めるためにも同じ席に座ってお茶を飲んでいる。

「ただいま戻りました」
「夜は冷えますねぇ」
「レモン、ピーチ、おかえり」

 外から戻ってきた二人をねぎらう。
 アップルが二人のお茶を入れているのを見ながら、成果を尋ねることにする。

「それで、どうだった?」

 二人は騎士達のように外に遊びに行っていたわけじゃない。
 ちょっとした、おつかいを頼んだのだ。

「シェリーさんの情報にあった隠し通路は使えそうです。内部までは潜入しませんでしたが、扉の存在は確認できました」

 シェリーには事前に『秘密の部屋』についての情報を教えてもらっている。
 もともと彼女がいた場所であり、王女とその侍女だけが知っている秘密の場所でもある。
 今回の旅において、私にとっては、そこが一番の目的だ。
 アダム王子とエリザベート王女の婚約破棄は、私にとっては、ついででしかない。

「見張りは?」
「兵士が二人。隙をついて通り抜けるのは可能ですけど、扉を開けようとすると気付かれる可能性があります」

 できれば気付かれるのは避けたい。
 気付かれてしまうと、謁見が中止される可能性があるし、拘束されることにもなりかねない。

「となると、謁見が終わった日の夜かしらね」

 そして、朝一番に王都を離れれば、不自然ではないだろう。
 シェリーの情報だと、王女とその侍女の他に『秘密の部屋』の存在を知っている人間はいないということだから、兵士を動かしてまで追ってくることは無いはずだ。

「ありがとう。基本的な方針は決まったわ」

 その日は、それでメイド達とのお茶会は終わった。

 *****

 謁見の日までは、やることがない。
 宿でゴロゴロしていてもいいのだけど、せっかく他国へ来ているのだからと、王都をブラブラすることにした。
 さすがに街中でドレス姿はあり得ないので、男装をしている。

「この串焼き美味しいわね」
「ふむ。これはワインではなくエールを飲みたくなりますな」

 この国に来た目的を考えると、のんびりし過ぎな気もするけど、別にかまわないだろう。
 緊張したからといって成功率が上がるわけでもないし、他国であまり派手に活動して目立つわけにもいかない。

「メフィ、あなたエールなんか飲むんだ。お上品なワインしか飲まないイメージがあるけど」
「私を呼び出した人間には様々な種類がいましたからな。そういうものを好む階級の人間もおりました」
「どちらにしろダメよ。あなた今、子供の姿なんだから」
「それは残念ですな」

 今日はメイド達とは別行動だ。
 彼女達はメフィを連れ回したがっていたようだけど、たまには姉弟で歩きたいという理由をつけて、こうして二人きりになっている。
 もちろん、本当にそういう理由というわけではなく、作戦の実行前に話しておきたかったからだ。

「ところで、メフィ。なんで、あのメイド達の前だと、猫かぶってるの?メアリーやシェリーの前だと、本性を表しているじゃない」
「猫をかぶっているとは失礼ですな。10歳の子供とは、あのような感じではないですかな」
「その発言をしている時点で、猫かぶってるって認めているようなものじゃない」
「おや、そうですかな」

 明らかに誤魔化す気のない台詞に少しイラッとする。

「私、あたなのお子様モードを見ると、いまだに鳥肌が立つんだけど」
「私もまだまだ未熟というわけですな。精進するとしましょう」
「だから、しないでいいんだってば」

 そんなことを話しながら歩くけど、それが本題じゃない。

「街の人達の王女様に対する評判はいいみたいね」
「そのようですな。将来は婿を取って女王になって欲しいという意見もあるようです」
「アダム王子との婚約が成立しなくても、それほど問題はないわけか。でも逆に、アーサー王子を婿に寄こせとか言ってきそうね」
「政略結婚としては、悪い話ではないでしょうな」

 それならそれでいいんだけど、ただその場合、王子は若くして『病死』になりそうではある。
 それは不憫なので、一応、それは阻止する予定にしている。

「王女は好物の『ミートパイ』については、上手く隠しているみたいね」
「そのようですな。ですが、気付く者は気づきます」
「城に入っていった人数と出ていく人数の差は大きくなる一方だものね」

 消えた人間がどうなったかを推測する者も出てくるだろうけど、王女の評判を考えると下手なことを言う者もいないのだろう。
 この辺りは、事前に予測していた通りだ。
 でも、少し気になることもある。

「途中で寄って来た村は毎年餓死者を出しているのに、王都にいるとそんな様子は見受けられないわね」

 農業は不調だけど、他が好調だから、国としては成り立っているのだろうか。
 特産品があるなんて話も聞かないけど。

「戦争や災害のように、一気に損害が発生したわけではないですからな。人間は特別な出来事もないのに、生活水準を下げることはありません。少しずつ蓄えを使って損害を埋めているのでしょう」
「でも、村の話だと毎年収穫量が減っているって言っていたわよね。蓄えを使う量も毎年増えていくんじゃない?」
「そうでしょうな。そして、気付いたときには手遅れというわけです」
「そんなに頭の悪い人達ばっかりかな?そんなことになる前に誰かが気付くんじゃない?」
「気付くでしょうな。だから、手遅れになるのです」
「ふーん?」

 気付くのに手遅れになる?
 気付いても、どうしようもないから?
 違うな。
 それなら、気付かない場合と一緒だ。
 どうにかしようとするから、それが手遅れになることに繋がる。
 そういうことか。

「足りないものを手に入れる手っ取り早い方法は何かわかりますかな?」
「あるところから取ってくる。なるほどねぇ」

 余力がないところまで行ってしまえば、そんな発想も浮かばないだろうけど、余力があるうちなら、そんな発想も浮かぶわけか。

「あなたの師匠の立てた作戦は、なかなか理にかなっていると思いますよ。他国に利益を与えるように見えて、自国の被害を防ぐのですからな。相手の国を侵略するつもりがないのであれば、悪くない手でしょう」
「どうせなら、もう少し恩を売ってもいいと思うけど」
「相手の国にもプライドがあるでしょうからな。恩を押し売りしても、仇で返されることになりかねません」
「メンドクサイわね」

 私は国家間の交渉には向かないようだ。
 内容は理解できるけど、どうしても回りくどいと思ってしまう。

「損して徳とれ、ということですよ。売り買いだけでは手に入らないものもあります」
「徳ねぇ」

 ずいぶんと計算高い『徳』だ。
 それに、私がしようとしていることを考えたら、皮肉な言葉だと思う。

「まあ、私は聖人君子じゃないからね。きっちり、お代はいただいていくわよ」
「ええ、私もそれを期待しています。あなたの願いを叶えた対価は、返却期限を設けていないだけで、無償にしたわけではありませんからな」
「わかっているわよ」

 結局、この国の状況がどうだったとしても、やることは変わらないということだ。
 『お代』をもらって、王女の『偏食』を治してあげる。
 感謝されてもいいくらいだろう。
 しばしの休息を終えて、私は謁見に臨む。
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