シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

文字の大きさ
上 下
48 / 240
第三章 赤ずきん

048.ケーキとワイン

しおりを挟む
「レモン、敬礼の姿勢が乱れていますよ」
「申し訳ありません」

 メアリーの言葉に、レモンが右手の指を曲げる。
 どうやら両手で作っているハートが、僅かに左右非対称だったようだ。

「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません」

 上司としての責任感だろうか。
 メアリーが謝罪をしてくる。

「えっと、うん、気にしないで」

 というか、あのポーズ、敬礼だったんだ。

「その姿勢、手が疲れそうだし、楽にしてくれていいよ?」

 そう言うと、五人が一糸乱れぬ動作で、ポーズを解除する。
 まあ、うん、五人の連携はよさそうだ。

「MMQの実力は確かです。その力は、まるで魔法のようだと言われることもあります」
「魔法?」
「はい。料理を美味しく仕上げます」
「料理ねぇ」

 それはなんというか、メイドとしては優秀なんだろうけど、期待している方向と違う。

「食材は問いません。肉や野菜だろうと、敵対者だろうと・・・」

 なんだ、そっちか。
 期待している方向だった。

「心強いわね」

 自己紹介が終わり、メイド達は仕事に戻っていった。
 さて、これで人員は確保できた。
 残りは本題だ。

「それで師匠。ケーキとワインは、どんなものにしたらいいと思う?」

 相手は隣国の王女。
 とびっきりのものを用意する必要がある。

「そうじゃのう。ミートパイは食べ飽きているようじゃから、ポテトパイなんてどうじゃ?」

 ポテト・・・じゃがいもか。
 あれって確か、涼しい地方で育って短期間で収穫できるから生産性はいいけど、そればかり育てていると問題が出てくるはずだけど。
 ああ、なるほど。
 農地改革の失敗は、それが原因か。

「パンプキンパイも一緒に持っていくと良いかも知れんのう」

 複数の野菜を持っていく。
 つまり、連作障害で荒れた土地を回復させるってことだろうか。

「わざわざ、お腹を一杯にさせてあげるの?」
「うむ」

 これから攻めに行こうとする国の国力を回復させるのかと尋ねたのだが、師匠はこれを肯定してきた。
 普通に考えたら、自分を不利に、相手を有利にしているように思えるけど。

「今回の相手は誰じゃ?」
「それは、シルヴァニア王国・・・じゃないわね」

 別に戦争をしたいわけじゃない。
 そういうことか。

「王女の力を削げればいいわけか」
「そういうことじゃ」

 シェリーの話だと、王女が娘達を集めて『色々な役目』を与えているのは、口減らしされる人間がいるからという話だった。
 そういう人間がいなくなれば、王女が娘達を集められなくなるのは分かるけど。

「ずいぶん、気の長い話ね」

 数年規模の策略までは想定していなかった。
 私がうんざりしていると、師匠がその想定を否定してくる。

「心配せずとも、それほどかからん。今度の冬には効果が出るじゃろう」
「半年もないじゃない」

 今年、娘達を集められなくしたとしても、それほど効果があるものだろうか。
 前年に集めた娘達もいるだろうし。

「人間は食べ慣れた食事を食べられないと、まともな精神を保てなくなるものじゃ。偏食家の王女は『食材』の確保も大変じゃろう」
「・・・・・ミートパイの『材料』は、どんどん減っていくっていうわけね。いいわ、それでいきましょう」

 以前、師匠が言った通り、私が本格的な策を実践するのは、これが初めてだ。
 まずは、成功させることを考えよう。
 成果は後からついてくるはずだ。

「王子もそれでいい?・・・って、どうしたの?」

 師匠との話を終えて、アーサー王子を見ると、なぜか青い顔をしている。
 さっきまでは何ともなかったと思う。

「『ミートパイ』のくだりで、色々と想像してしまったようですな。なかなか、想像力が豊かなようです。技術者だけでなく、芸術家にも向いているかも知れませんな」

 メフィが状況を説明してくれる。
 ちなみに、メフィは当然のごとく、平然としている。
 私が見ていることに気づくと、アーサー王子はお茶を一口飲んで、先ほどの問いに答えてきた。

「ぼ、僕もそれでいいよ。王女の凶行は止めたいし」

 凶行ねぇ。
 私は別にそこまでとは思っていない。
 けど、王女の行為が気に入らないのは確かだ。
 私は狩りで獲物を殺すけど、長く苦痛を与えることはない。
 一息に仕留める。
 それは、味が落ちるのを防ぐためでもあるけど、糧となってくれる獲物に敬意を表しているからでもある。
 でも、王女の行為に、それはない。
 まあ、そんなわけなので、アーサー王子の言葉をわざわざ否定はしない。

「でも、その作戦で行くとしても、シンデレラにメリットはあるの?」

 確かに、ここまでの話でやろうとしていることは、ただ王女の力を削ぐことだけだ。

「せっかくだから、チャンスがあったらミートパイの『材料』をもらってこようと思っているわ」

 口減らしで差し出された娘達だから、王女に忠誠を誓っているわけではないだろう。
 こちらで引き取ることも可能なはずだ。

「そう。じゃあ、受け入れる準備はしておくよ」

 アーサー王子が嬉しそうに、そう返事をしてくるけど。

「・・・・・何人が残るかしらね」
「え?」
「ううん。よろしくね」

 訊かれてもいないのに、引き取った後の『使い道』を話すこともないだろう。

「それで、ワインは何を持っていくのですかな?」

 メフィが問いかけてくる。
 そちらは考えてある。

「一口で夢見心地になるような、とびっきりの銘柄を持っていく予定よ」

 *****

 それから数日。
 私はお茶を飲んだりしながら、くつろいでいた。
 でも、別にさぼっていたわけじゃない。
 準備に時間がかかっているのだ。
 そして、それに関して私ができることは、ほとんどない。
 できることと言えば、お茶を飲みながら、メイド達と世間話をする程度だ。

「じゃあ、シェリーの元同僚は、お城の周辺の村から来た人間が多いんだ?」

 シェリーの傷はほぼ癒えていた。
 メアリーと一緒にお茶会の給仕をする程度には日常生活を遅れている。
 ただ、腱が少し傷ついたのか、少し足を引きずるようにしているのを見かける。
 歩くのには問題ないようだけど、走ることはできないかも知れない。
 けど、少なくとも表面上は、私に恨み言を言ってくることはない。
 こうして世間話にも乗ってきてくれる。

「はい。歩いて数日の範囲から来た人間がほとんどです。それ以上の距離となると移動も大変ですから」
「ふーん、城から遠い村の場合は、どうするの?」
「村を訪れる商人に奴隷として売られます。実はそっちの方が村にとっては都合がいいんです。村の収入になりますから」
「城に働きに行った人間は、本人の希望ってこと」
「そうです。奴隷に売られるのが嫌で、自らの希望で王女の元に行ったのです。もっとも、奴隷として売られた方が幸せだったかも知れませんが」

 そんな他愛のない話をしながら、時間を潰していた。

「シンデレラ、いいかい?」

 そこへやってきたのは、最近、忙しそうにしているアーサー王子と師匠だ。
 メアリーが席を勧めて、お茶の用意をする。

「父上との話はついたよ。あと、馬車と護衛の騎士の準備もできた」
「こっちも荷物の準備もできたぞ」

 アーサー王子と師匠がそれぞれ教えてくれる。
 どうやら、待っていた知らせのようだ。

「両方とも早かったわね。もう少し時間がかかると思っていたけど」
「兄上がドリゼラさんにべったりで仕事をさぼっているからね。一時的に僕が代理で任された権限を最大限に活用させてもらったよ」
「季節がよかったからのう。準備はそれほど難しくなかったわい」

 それは何よりだ。
 これで出発できる。

「行くのは予定通り、私とメフィ、それとMMQのメイドさん達ね」

 馬車の御者と護衛の騎士もいるけど、そちらはおまけだ。
 私の計画に関わらせるつもりはない。

「師匠は留守番をお願い。シェリーは師匠のお世話をしてあげて」
「わかりました」
「留守番はいいが、別に世話をしてもらわなくても大丈夫じゃぞ?」
「ごめん、言い方が悪かったわね。シェリー、師匠が見境なく男漁りしないように見張っておいて」
「わかりました」
「おぬしは、わしを何だと思っておるんじゃ!?」
「色ボケ婆さんでしょ」

 婆さんと言えないくらい見た目が若返ったから、なおさらたちが悪い。
 たまに、騎士や兵士が師匠を見て、見とれているのを見かけることがある。
 同意の上なら止めるのも無粋だとは思うけど、色気過多の衣装のせいで、見境なく手を出したり出されたりしそうで心配だ。

「まあ、後腐れない遊びか、生涯連れ添うくらいの本気だったら、かまわないわよ」
「わしだって、初体験はろまんちっくにしたいわい」
「頬を染めるなババア」

 歳を考えろ。
 でも、そうだな。
 騎士一筋で独身を貫いてきた老騎士とかがいれば、お似合いかも知れない。
 そんな都合のいい人間がいるとは思えないけど。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

大自然の魔法師アシュト、廃れた領地でスローライフ

さとう
ファンタジー
書籍1~8巻好評発売中!  コミカライズ連載中! コミックス1~3巻発売決定! ビッグバロッグ王国・大貴族エストレイヤ家次男の少年アシュト。 魔法適正『植物』という微妙でハズレな魔法属性で将軍一家に相応しくないとされ、両親から見放されてしまう。 そして、優秀な将軍の兄、将来を期待された魔法師の妹と比較され、将来を誓い合った幼馴染は兄の婚約者になってしまい……アシュトはもう家にいることができず、十八歳で未開の大地オーベルシュタインの領主になる。 一人、森で暮らそうとするアシュトの元に、希少な種族たちが次々と集まり、やがて大きな村となり……ハズレ属性と思われた『植物』魔法は、未開の地での生活には欠かせない魔法だった! これは、植物魔法師アシュトが、未開の地オーベルシュタインで仲間たちと共に過ごすスローライフ物語。

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

エンジニア(精製士)の憂鬱

蒼衣翼
キャラ文芸
「俺の夢は人を感動させることの出来るおもちゃを作ること」そう豪語する木村隆志(きむらたかし)26才。 彼は現在中堅家電メーカーに務めるサラリーマンだ。 しかして、その血統は、人類救世のために生まれた一族である。 想いが怪異を産み出す世界で、男は使命を捨てて、夢を選んだ。……選んだはずだった。 だが、一人の女性を救ったことから彼の運命は大きく変わり始める。 愛する女性、逃れられない運命、捨てられない夢を全て抱えて苦悩しながらも前に進む、とある勇者(ヒーロー)の物語。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

処理中です...