シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第二章 白雪

045.姉

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 罰だと思った。
 これは、私の罪に対する罰なのだと。

 義理の妹シンデレラにおこなってきた長年の仕打ち。
 実の妹アナスタシアの想いを知りながら自分だけが王子に抱かれ続けたこと。

 これは、その罪に対する罰だ。
 私は自分が弱い人間だということを知っている。
 義理の妹シンデレラをイジメることが悪いことだと知っていたのに、母の言葉に逆らえなかった。
 実の妹アナスタシアが王子に憧れているのを知っていたのに、王子に抱かれる快楽に逆らえなかった。
 それが原因で私は罪を犯した。
 人には罪に至る七つの欲望というものがあるらしい。

 傲慢。
 強欲。
 嫉妬。
 憤怒。
 色欲。
 暴食。
 怠惰。

 だけど、それらを犯さなかったとしても、人は罪を犯すと思う。
 私はそれらの欲望に溺れることができるほど、強い人間ではない。
 色欲が無かったとは言わないけど、臆病な私はただ流されるままに、それを受け入れただけだった。
 だから、私は常に罪悪感を感じていた。
 二人の妹に対して、常に申し訳ないと思っていた。
 義理の妹シンデレラが姿を消したときに、できるだけ捜索に協力したもの、せめてもの罪滅ぼしのつもりだった。
 そして、王子が襲われたときに庇ったのも、同じ理由だ。
 実の妹アナスタシアの想い人を殺させるわけにはいかない。
 屋敷を襲撃してきた人間が刃物を持っているのを見たときに咄嗟に身体が動いたのは、私にしては上出来だったと思う。
 そのおかげで、王子を庇うことができた。
 代わりに自分が毒を受けてしまったけれど、それは罰なのだから仕方がない。
 罪には罰があって当然だ。
 そんなことを考えながら、私は死に至るまでの時間を、夢の中で漂っていた。

「・・・・・・・・・・きろ」

 微かに聞こえるのは王子の声。
 それだけが私の救いだ。
 少しだけ罪を償った証。

「・・・・・起きろ」

 図々しいとは思いつつも、最期にもう少しだけ声が聞きたくなった。
 耳を澄ませ、瞳を開ける。

「おい、起きろ」

 耳元で囁かれるのは王子の声。
 その声が、王子が無事であることを教えてくれる。

「・・・・・よかった」

 掠れる声で、それだけを言う。
 毒が効いているのだろうか。
 まるで、長い間、声を出していなかったように、口も喉も乾いていて、声が上手く出ない。

「それは、こっちの台詞だ」

 目の前には、王子の安堵したような顔。
 まるでキスをするかのように、距離が近い。
 唇を重ねた回数は数えきれないけれど、明るい場所でそれをするのは、どこか気恥ずかしい。
 それ以上のことも数えきれないくらいにしているのに、不思議な感じだ。

「・・・・・明るい?」

 ふと、気付く。
 今はまだ真夜中のはずだ。
 夜明けまでの時間は長い。
 もしかして、気を失っていたのだろうか。
 そう思って周囲を見回すと、見たこともない部屋だった。
 それにベッドに寝かされている。

「あれ?私・・・」

 起き上がろうとするけど、腕に力が入らない。
 なんとか身体をよじっと起き上がろうとしていると、何をしたいのか察してくれた王子が、私の身体を起こしてくれた。

「大丈夫か?」
「あ、はい」

 周囲を見回すが、やはり見覚えが無い。
 いや、一度だけ訪れた王子の寝室に似ている。

「ここは・・・きゃっ」

 ふいに感じた抱きしめられる感覚に、思わず生娘のような悲鳴を上げてしまう。
 なんだか、こうされるのも久しぶりな気がする。
 私を抱きしめてきたのは、目の前の王子だった。
 けど、王子は私を押し倒すでもなく、ただ抱きしめている。

「王子?どうしたんですか?」

 こういう抱かれ方をするのは、初めてかも知れない。
 押し倒されるでもなく、服を脱がされるでもなく、ただ抱きしめられている。
 悪い気分じゃない。
 でも、王子が私の言葉に返事をしてくれない。
 それを不安に思い始めたところで、別の声が聞こえてきた。

「薬は効いたみたいね」

 そちらに視線を移すと、そこには見知らぬ男性が立っていた。
 いや、男性じゃない。
 それに、見知らぬ相手でもない。

「シンデレラ」

 髪を短くして男装しているけど判る。
 そこにいたのは、一年も姿を消していた義理の妹である、シンデレラだった。

「姉さんが起きて嬉しいのは分かるけど、『そういうこと』をするのは、もう少し体力が回復してからにしてあげてよ、チャラ王子」
「そ、そんなことをするわけがないだろう!俺を何だと思っている!」
「姉さんが倒れたのは、『そういうこと』をした直後だったと思うけど?」
「倒れた原因は違うだろうが!」

 王子が私から離れて義理の妹シンデレラに言い返している。
 離れていく人肌に寂しさを感じたが、おかげで王子の顔がよく見えた。
 目元に雫が流れているけど、あれは涙?

「冗談に決まっているでしょ。大きな声を出さないでよ。寝起きの人間もいるんだから」
「わ、わかっているっ」

 王子と義理の妹シンデレラが随分と親し気だ。
 二人は顔を合わせたことは無かったはずだけど、私が知らなかっただけで会ったことがあったのだろうか。
 そんなことを考えていると、義理の妹シンデレラが今度は私に声をかけてきた。

「体調はどう?姉さん」
「え、ええ。身体に力が入らないけど、気分は悪くないわ」
「まだ、体温が低いからかな。寝ていた間は、筋力の低下も最小限になっていたはずだけど」

 先ほどから義理の妹シンデレラが、私のことを姉と呼んでいる。
 屋敷では、そんな風に呼ばれたことはない。
 なんだか不思議な感じだ。
 けど、ここには母もいないようだし、私は義理の妹シンデレラに自分のことをお嬢様と呼ばせるつもりはない。
 義理の妹シンデレラが自分のことをそう呼ぶのが不自然であることは、私にも分かっている。
 物心ついた頃から母に言われ続けてきた実の妹アナスタシアは、義理の妹シンデレラが自分のことをお嬢様と呼ぶことを当然のことだと思っていたようだけど。

「まあ、そのうち身体も動くようになるでしょう。なにはともあれ、目が覚めてよかったわ。おはよう、姉さん」
「お・・・はよう?」

 私は状況を理解できないまま、義理の妹シンデレラに目覚めの挨拶を返した。

 *****

「そうですか、私は一ヶ月も眠ったままだったのですか」

 あれから少しだけ身体が動くようになった私は、体温を上げるために温かいお茶を飲みながら、話を聞いていた。
 私が寝かされていた部屋にメイド達がお茶の用意をしてくれて、王子や義理の妹シンデレラを含めた数人とお茶会を開いている。

「解毒薬が効いてなによりじゃ。じゃが、わしも初めて作ったものでな。もし、体調に異変を感じたら言うがよい」
「ありがとうございます」

 まるで老婆のような話し方をする女性に、私は礼を言う。
 どうやら、この女性が解毒薬を作ってくれたらしい。

「結局、私の力を借りずに起こすことができましたか。見事なものですな」

 妙に老成した話し方をする子供が、感心したような声を出す。
 王子の弟だろうか。
 それとも女性の子供だろうか。
 どちらかだと思うが、なぜか一緒にお茶を飲んでいる。

「シンデレラが頑張ったからね。あまり危険なことはして欲しくなかったけど、怪我をすることなく解決して、ほっとしたよ」

 そう言ったのは、王子の弟だ。
 義理の妹シンデレラを捜しに屋敷にきたときに、私も会っている。

「俺からも礼を言っておいてやる。とはいえ、俺も根も葉もない噂を流されたり、迷惑をかけられたからな。貸し借りは無しだろう」

 ぶっきらぼうに言う王子に、彼の弟がからかうように声をかける。

「そんなことを言って、兄上が一番喜んでいるじゃないか。シンデレラのお姉さんが目を覚ましたとき、泣いて抱き着いて・・・」
「よけいなことを言うな!」

 その言葉を聞いて、王子が視線を逸らす。
 そして、その視線が私と重なって、慌てて視線をもとに戻す。
 横顔が少し赤く見えるのは気のせいだろうか。
 なぜか私の顔も熱くなってくる。
 別に今さら王子に一目惚れをしたとかじゃない。
 ただ、私の目が覚めたことを、そんなに喜んでくれるとは思っていなかったから、つられて私も嬉しくなってしまった。

「まあ、『妹』のおかげで、お前が目を覚ますことができたのは確かだ。感謝しておけ」
「はい。ありがとう、シンデレラ」
「どういたしまして、姉さん」

 確かに、感謝しなければならないだろう。
 長年、あんな仕打ちをしてきた私を、義理の妹シンデレラは助けてくれたのだ。
 恨まれても仕方がないというのに。

「・・・今まで、ごめんなさい」
「?なにが?」

 自然に漏れた言葉に、義理の妹シンデレラは全く心当たりが無いといった反応を返してきた。
 それが、本当に気付かなかったのか、気付いていて気付かないフリをしたのかは、分からない。

「ううん、何でもない。ありがとう」
「お礼は一回で充分よ」

 けど、私は義理の妹シンデレラに許された気持ちになった。
 だけど、それで私がやってきたことが、無かったことになるわけじゃない。
 謝罪と感謝は、態度で示さなきゃならないだろう。
 私は今後の人生で、彼女を裏切ることはしてはならない。
 たとえ、こちらが裏切られたとしても、こちらから裏切ることはしてはならない。
 それが、私が罪を償う唯一の方法だと思うから。
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