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第二章 白雪
044.妹
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私はトレメイン家の次女、アナスタシア。
貴族の令嬢であるはずの私が、馬車を操る御者だけを連れて、城へ向かっていた。
以前、舞踏会で城を訪れたときは、母と姉、それに何人かの使用人達と一緒だった。
けど、今は馬車に乗るのは私一人だ。
「・・・・・」
道中で見た、のどかな景色。
王都へ近づくに連れて、賑やかになる景色。
その全てが、私を苛立たせる。
私がこんなに不幸なのに、なぜ周りはこんなにも平和なのだ。
「・・・はぁ」
幸せが逃げていくと言われているのは知っているけど、溜息が漏れるのを止められない。
そもそも、こんなことになったのは、全てあの女のせいだ。
思い返してみれば、私が物心ついたときから、常に私の幸せにケチをつけ続けてきた女。
母の再婚相手の連れ子であるシンデレラだ。
私たち母娘の家庭に入り込んだ邪魔者。
あの女さえいなければ、幸せな家庭は完璧になるはずだった。
だから、私は子供の頃から努力をしてきた。
小さい頃は、あの女の持ち物を池に沈めたり、成長してからは、あの女の服に針を仕込んだり。
あの女が自分から私たちの家庭から出て行きたくなるように、頑張った。
そして、その努力を母は褒めてくれた。
だから、私はさぼったりせず、子供の頃から努力を続けることができた。
その努力を神様が見ていたくれたのだろう。
一年ほど前、私と姉は舞踏会へ行き、王子と一夜を共にすることができた。
母は喜んでくれたし、将来を想像して、私も幸せな気持ちになった。
「それなのに・・・」
王子はその後も私たち母娘の屋敷を訪れた。
王子の弟という人物がシンデレラを捜しに来たのには驚いたけど、どうでもよかった。
あの女が屋敷からいなくなるなら、願ったり叶ったりだ。
それよりも王子だ。
てっきり、私たち姉妹を迎えて来てくれたのだと思ったのに、私たち姉妹を置いて城へ帰っていくのだ。
それでも、逢引に来てくれているのだと考えたら、嬉しかった。
王子が人目を忍んで会いに来てくれるというのも、ロマンチックだ。
そう思った。
でも、そうじゃなかった。
王子は毎回、姉だけを寝室に呼ぶのだ。
最初は一人ずつ交代で呼んでくれると思っていた。
けど、姉だけを呼ぶのだ。
「なにがダメだったんだろう」
舞踏会の夜、私は頑張った。
王子に悦んでもらおうと、それこそ気を失うまで、頑張ったのだ。
胸もお尻も姉の方が大きくて魅力的なのは認める。
だから私は、全身を使って、いっぱい動いて、王子を悦ばせた。
姉にだって、負けていないはずだ。
それなのに、呼ばれるのは姉だけ。
私は少しずつ心が嫉妬に染まっていくのを止められなかった。
そんなときに声をかけてきたのは、魔女だった。
黒い衣装に身を包んで顔は見えなかったけど、魔女だと思う。
だって、私の願いを叶えてくれると言ったんだから。
『王子を眠りにつかせてあげる。起きるまで看病すれば、きっと王子はあなたの虜になるでしょう』
魔女はそう言った。
だから、私はその手を取った。
私の願いを叶えてくれない神様に祈るのは、もう止めた。
願いを叶えてくれるなら、魔女の力を借りた方が、よっぽどいい。
私は魔女に言われた通り、夜に屋敷の門の鍵を開けた。
けど、結果は私の願い通りにはならなかった。
しばらく姿を消していたシンデレラが、突然姿を現して邪魔をしたのだ。
ようやく居なくなったと思ってせいせいしていたのに、どこまでも忌々しい。
そんなに私に嫌がらせをして楽しいのだろうか。
嫌な女だ。
シンデレラが邪魔をした結果、王子は眠りにつくことなく、姉が眠りにつくことになった。
それどころか、王子は姉だけを連れて城へ戻り、二度と屋敷に現れることは無くなってしまった。
しかも、シンデレラまで王子の弟に連れられて城へ行った。
私の願いと全然違う。
なんで、私だけ置いて行かれなきゃならないんだろう。
不幸を嘆く私に声をかけてきたのは、別の魔女だった。
もう魔女は信用できないと拒絶したのだが、魔女はこんなことを言ってきた。
『王子に会いに城へ行きなさい。そして、王子と一緒に眠りにつくのです。同じときを過ごせば、王子の心もあなたに傾くでしょう』
ロマンチックだと思った。
一緒に眠りについて、一緒の夢を見る。
それは、理想的な夫婦の形じゃないだろうか。
誰も邪魔することはできない。
『わかったわ』
私は魔女から願いを叶える魔法の薬を受け取って、城を目指している。
*****
城に着いた私は、メイドに連れられて歩いている。
やがて辿り着いたのは、扉の前だ。
「お客様をお連れしました」
メイドが扉を開ける。
そして、促されるまま、私は部屋の中へ入った。
そこでは、数人の男女がお茶会を開いていた。
「ひさしぶりだな」
王子が声をかけてくれた。
私は幸せに心が浮つくのを感じる。
けど、それも次に声をかけてきた人物のせいで台無しになる。
「ひさしぶりね、アナスタシア」
あの女だ。
私たち母娘の幸せを壊した忌々しい女、シンデレラだ。
彼女は屋敷にいたときのみすぼらしい服とは違う、闇夜のように黒いドレスを身にまとっていた。
私が着ているドレスよりも高級そうなドレスだ。
しかも、あろうことか、私のことを呼び捨てにしてきた。
「っ!」
憎しみに表情が崩れそうになるのを、必死に取り繕う。
城に来た目的は彼女じゃない。
「何をしに来たの?」
シンデレラがお茶を飲みながら、こちらに尋ねてくる。
席から立とうともしない。
それどころか、メイドも私を席につかせようともしない。
王子もそれを咎めようともしない。
まるで、私のことなど眼中にないかのようだ。
「姉の・・・姉の見舞いに来ました」
私は惨めな気持ちになりそうになるのを耐え、その言葉を振り絞る。
見舞いという理由は、魔女から薬をもらうときに、一緒に教えられた内容だ。
家族の見舞いに来ることは不自然じゃない。
王子も断れないはずだからと。
そんな理由なんかなくても王子は会ってくれると思っていたけど、この雰囲気を感じると理由があって助かったと思ってしまう。
「いいだろう。俺が案内してやろう」
そんな私に、そう言ってくれたのは王子だった。
やっぱり、王子は優しい。
きっと私の願いを叶えてくれるはずだ。
「ついて来い」
私は、一度も振り返ることなく前を歩く王子に、ついて行った。
*****
「屋敷から連れてきたときから、ずっと眠ったままだ」
一ヶ月ぶりに見た姉は、雪のように白いドレスを着せられていた。
病人が着るような白い服じゃない。
まるで、ウェディングドレスみたいだ。
私が茫然とそれを見ていると、王子が口を開く。
「起きて話すこともできないからな。せめて着飾るくらいは、させてやろうと思ってな」
「そう・・・ですか」
私は眠り続ける姉に嫉妬を感じずにはいられない。
なんで、このドレスを着て王子の横にいるのが、私じゃないんだろう。
悔しさが込み上げてくる。
「だが、それもあと少しの辛抱だ。目を覚まさせる目途はついた」
そう言って王子は、姉に愛しむような優し気な瞳を向ける。
とてもじゃないけど、私はそれを見ていられなかった。
「王子様っ!」
私は嫉妬で狂いそうになる心のままに、王子に抱き着く。
王族に不用意に接触すれば、護衛の騎士が引き離そうとするだろうが、この部屋には私と王子しか入ってきていない。
王子は驚いたようだったが、私のことを受け止めてくれた。
「お慕いしております。姉の見舞いとは口実で、私は王子様に会いに来たのです」
顔を上げて王子を見上げる。
こうして触れ合うのは一年振りだ。
私の瞳は潤んでいるに違いない。
「お願いです。私を抱いてください。眠ったままの姉より、きっと満足させて差し上げます」
「・・・・・」
王子は表情を見せない顔で、じっと私を見つめてくる。
私はひたすら祈りながら、その視線を受け止め続ける。
心臓の鼓動が激しくなり、破裂しそうに感じた頃、王子が答えを返してくれた。
「・・・いいだろう。夜になったら、俺の部屋に来るといい」
「ありがとうございますっ!」
祈りは通じた。
私は心が弾むのを感じながら夜を待った。
*****
コンコンッ。
私は王子の部屋まで来ると、扉をノックする。
前回、王子に抱かれに来たときは、姉と二人だった。
今回は私一人だ。
「入れ」
「失礼します」
私は優越感に浸りながら、扉を開く。
姉には一歩先を越されてしまったかも知れない。
だけど、姉が寝ている間に、きっと姉を追い越してみせる。
そんな決意を胸に、私は部屋へ足を踏み入れる。
部屋の中は暗闇だった。
窓から入る月明りだけが、部屋に王子がいることを教えてくれる。
パタンッ。
扉を閉めて、部屋の中に王子と二人だけになる。
私は一年振りの行為を期待し、我慢ができそうもない。
意識して頑張らなくても、朝まで続けてしまいそうだ。
「脱げ」
王子は私がベッドに上がる前に、ドレスを脱ぐことを要求してくる。
王子も我慢ができないのだろう。
私は逆らう必要性も感じず、言われた通りにドレスを床に脱ぎ散らかす。
「王子」
一糸まとわぬ姿になった私は、ベッドの横に立つ王子に近づいていく。
ようやく願いが叶う。
狂おしいほどの想いとともに両手を王子に向けて伸ばす。
そして、もう少しで王子に触れるというところで、私は自分の腕がそれ以上、前に進まないことに気づいた。
「?」
不思議に思って腕を動かそうとすると、両腕が掴まれている感触がある。
さらに暗闇で目を凝らすと、両側に人影がある。
「シンデレラ!」
忌々しいあの女が、今また私の邪魔をする。
振り解こうとするが、しっかり掴まれた腕は動かない。
「これ、そんなに暴れるでない」
反対側では見知らぬ女性が、同じように腕を掴んで、私を押さえ込んでいた。
いや、お茶会で見たような気もする。
「離してっ!」
私は女性に掴まれている方の腕も必死に動かすが、こちらも振り解けない。
助けを求めるように王子に目を向けるが、王子はただ暗闇の中に佇むだけだった。
「師匠」
「うむ」
私が振り解けないことを確認すると、シンデレラは女性に声をかける。
それに応じた女性は、片方の手で私を押さえたまま、もう片方の手を私に伸ばしてきた。
「きゃっ!」
その女性は、あろうことか、私の中に指を入れてかき混ぜてきた。
「やめてっ!」
そこに触れていいのも、かき混ぜていいのも、王子だけだ。
悲鳴を上げるが、シンデレラも女性も、私を拘束する手を緩めることは無かった。
「どう?師匠」
「やはり、秘部に薬を仕込んで王子と交わるつもりだったようじゃな」
女性は私から指を引き抜くと、シンデレラに返事を返す。
それを聞いたシンデレラは今度は、部屋の入口へ声をかける。
「解毒薬はありそう?」
つられてそちらを見ると、そこではメイドが私が脱いだドレスを調べているところだった。
「勝手に触らないでっ!」
私は叫ぶが、メイドは私の声が聞こえた様子もなく、シンデレラにだけ返事を返す。
「見つかった薬の瓶は1つだけです。荷物も調べさせましたが、解毒薬らしき物は無さそうです」
メイドの言葉に、私は激昂しそうになる。
勝手にドレスに触ったばかりか、荷物まで調べているという。
けど、使用人の責任は主人の責任だ。
なんとか怒りを抑えて、私は王子に感情をぶつける。
「王子っ!これは、どういうことですかっ?何で私がこんな目にっ!」
しかし、暗闇に目が慣れて見えてきた王子の顔は、冷ややかだった。
「どういうことかだと?俺は自分の命を狙ってきた女を抱くほど、酔狂ではないぞ」
「なっ!それは誤解ですっ!私は王子と一緒に・・・」
「もういい、口を塞げ」
王子の命令で、私はメイド達によって猿ぐつわをかまされる。
「むーーーっ!むーーーーーっ!」
言葉を続けようとするが、声が口から出ていかない。
これじゃあ、私の想いが王子に届かない。
「結局、解毒薬は手に入らずか」
王子が落胆した声を出している。
「でも、眠り薬は手に入りましたよ」
シンデレラがそれに応える。
「諦めるのは早いぞ。薬の成分を調べれば、わしが解毒薬を作れるかもしれん」
シンデレラが師匠と呼んだ女性が、さらに言葉を重ねる。
「本当か、ご婦人」
私とは関係なく、会話は続く。
「むーーーっ!むーーーーーっ!」
私は声を上げようとするが、会話に参加することはできない。
ダメ。
早くしないと時間が無くなる。
「うむ。薬に侵された人間だけから調べるのは難しいが、薬の現物があれば調べやすいからのう」
興奮して全身を巡る血液の流れが速くなったせいだろうか。
魔女からもらった薬が効いてくるのが早い気がする。
教えてもらった時間が経過していないのに、意識が遠くなってきた。
王子と契りを交わすくらいの時間はあったはずなのに。
「ちょうど、モルモットもいるしね」
憎い女の声を耳にしながら、私は意識を手放した。
貴族の令嬢であるはずの私が、馬車を操る御者だけを連れて、城へ向かっていた。
以前、舞踏会で城を訪れたときは、母と姉、それに何人かの使用人達と一緒だった。
けど、今は馬車に乗るのは私一人だ。
「・・・・・」
道中で見た、のどかな景色。
王都へ近づくに連れて、賑やかになる景色。
その全てが、私を苛立たせる。
私がこんなに不幸なのに、なぜ周りはこんなにも平和なのだ。
「・・・はぁ」
幸せが逃げていくと言われているのは知っているけど、溜息が漏れるのを止められない。
そもそも、こんなことになったのは、全てあの女のせいだ。
思い返してみれば、私が物心ついたときから、常に私の幸せにケチをつけ続けてきた女。
母の再婚相手の連れ子であるシンデレラだ。
私たち母娘の家庭に入り込んだ邪魔者。
あの女さえいなければ、幸せな家庭は完璧になるはずだった。
だから、私は子供の頃から努力をしてきた。
小さい頃は、あの女の持ち物を池に沈めたり、成長してからは、あの女の服に針を仕込んだり。
あの女が自分から私たちの家庭から出て行きたくなるように、頑張った。
そして、その努力を母は褒めてくれた。
だから、私はさぼったりせず、子供の頃から努力を続けることができた。
その努力を神様が見ていたくれたのだろう。
一年ほど前、私と姉は舞踏会へ行き、王子と一夜を共にすることができた。
母は喜んでくれたし、将来を想像して、私も幸せな気持ちになった。
「それなのに・・・」
王子はその後も私たち母娘の屋敷を訪れた。
王子の弟という人物がシンデレラを捜しに来たのには驚いたけど、どうでもよかった。
あの女が屋敷からいなくなるなら、願ったり叶ったりだ。
それよりも王子だ。
てっきり、私たち姉妹を迎えて来てくれたのだと思ったのに、私たち姉妹を置いて城へ帰っていくのだ。
それでも、逢引に来てくれているのだと考えたら、嬉しかった。
王子が人目を忍んで会いに来てくれるというのも、ロマンチックだ。
そう思った。
でも、そうじゃなかった。
王子は毎回、姉だけを寝室に呼ぶのだ。
最初は一人ずつ交代で呼んでくれると思っていた。
けど、姉だけを呼ぶのだ。
「なにがダメだったんだろう」
舞踏会の夜、私は頑張った。
王子に悦んでもらおうと、それこそ気を失うまで、頑張ったのだ。
胸もお尻も姉の方が大きくて魅力的なのは認める。
だから私は、全身を使って、いっぱい動いて、王子を悦ばせた。
姉にだって、負けていないはずだ。
それなのに、呼ばれるのは姉だけ。
私は少しずつ心が嫉妬に染まっていくのを止められなかった。
そんなときに声をかけてきたのは、魔女だった。
黒い衣装に身を包んで顔は見えなかったけど、魔女だと思う。
だって、私の願いを叶えてくれると言ったんだから。
『王子を眠りにつかせてあげる。起きるまで看病すれば、きっと王子はあなたの虜になるでしょう』
魔女はそう言った。
だから、私はその手を取った。
私の願いを叶えてくれない神様に祈るのは、もう止めた。
願いを叶えてくれるなら、魔女の力を借りた方が、よっぽどいい。
私は魔女に言われた通り、夜に屋敷の門の鍵を開けた。
けど、結果は私の願い通りにはならなかった。
しばらく姿を消していたシンデレラが、突然姿を現して邪魔をしたのだ。
ようやく居なくなったと思ってせいせいしていたのに、どこまでも忌々しい。
そんなに私に嫌がらせをして楽しいのだろうか。
嫌な女だ。
シンデレラが邪魔をした結果、王子は眠りにつくことなく、姉が眠りにつくことになった。
それどころか、王子は姉だけを連れて城へ戻り、二度と屋敷に現れることは無くなってしまった。
しかも、シンデレラまで王子の弟に連れられて城へ行った。
私の願いと全然違う。
なんで、私だけ置いて行かれなきゃならないんだろう。
不幸を嘆く私に声をかけてきたのは、別の魔女だった。
もう魔女は信用できないと拒絶したのだが、魔女はこんなことを言ってきた。
『王子に会いに城へ行きなさい。そして、王子と一緒に眠りにつくのです。同じときを過ごせば、王子の心もあなたに傾くでしょう』
ロマンチックだと思った。
一緒に眠りについて、一緒の夢を見る。
それは、理想的な夫婦の形じゃないだろうか。
誰も邪魔することはできない。
『わかったわ』
私は魔女から願いを叶える魔法の薬を受け取って、城を目指している。
*****
城に着いた私は、メイドに連れられて歩いている。
やがて辿り着いたのは、扉の前だ。
「お客様をお連れしました」
メイドが扉を開ける。
そして、促されるまま、私は部屋の中へ入った。
そこでは、数人の男女がお茶会を開いていた。
「ひさしぶりだな」
王子が声をかけてくれた。
私は幸せに心が浮つくのを感じる。
けど、それも次に声をかけてきた人物のせいで台無しになる。
「ひさしぶりね、アナスタシア」
あの女だ。
私たち母娘の幸せを壊した忌々しい女、シンデレラだ。
彼女は屋敷にいたときのみすぼらしい服とは違う、闇夜のように黒いドレスを身にまとっていた。
私が着ているドレスよりも高級そうなドレスだ。
しかも、あろうことか、私のことを呼び捨てにしてきた。
「っ!」
憎しみに表情が崩れそうになるのを、必死に取り繕う。
城に来た目的は彼女じゃない。
「何をしに来たの?」
シンデレラがお茶を飲みながら、こちらに尋ねてくる。
席から立とうともしない。
それどころか、メイドも私を席につかせようともしない。
王子もそれを咎めようともしない。
まるで、私のことなど眼中にないかのようだ。
「姉の・・・姉の見舞いに来ました」
私は惨めな気持ちになりそうになるのを耐え、その言葉を振り絞る。
見舞いという理由は、魔女から薬をもらうときに、一緒に教えられた内容だ。
家族の見舞いに来ることは不自然じゃない。
王子も断れないはずだからと。
そんな理由なんかなくても王子は会ってくれると思っていたけど、この雰囲気を感じると理由があって助かったと思ってしまう。
「いいだろう。俺が案内してやろう」
そんな私に、そう言ってくれたのは王子だった。
やっぱり、王子は優しい。
きっと私の願いを叶えてくれるはずだ。
「ついて来い」
私は、一度も振り返ることなく前を歩く王子に、ついて行った。
*****
「屋敷から連れてきたときから、ずっと眠ったままだ」
一ヶ月ぶりに見た姉は、雪のように白いドレスを着せられていた。
病人が着るような白い服じゃない。
まるで、ウェディングドレスみたいだ。
私が茫然とそれを見ていると、王子が口を開く。
「起きて話すこともできないからな。せめて着飾るくらいは、させてやろうと思ってな」
「そう・・・ですか」
私は眠り続ける姉に嫉妬を感じずにはいられない。
なんで、このドレスを着て王子の横にいるのが、私じゃないんだろう。
悔しさが込み上げてくる。
「だが、それもあと少しの辛抱だ。目を覚まさせる目途はついた」
そう言って王子は、姉に愛しむような優し気な瞳を向ける。
とてもじゃないけど、私はそれを見ていられなかった。
「王子様っ!」
私は嫉妬で狂いそうになる心のままに、王子に抱き着く。
王族に不用意に接触すれば、護衛の騎士が引き離そうとするだろうが、この部屋には私と王子しか入ってきていない。
王子は驚いたようだったが、私のことを受け止めてくれた。
「お慕いしております。姉の見舞いとは口実で、私は王子様に会いに来たのです」
顔を上げて王子を見上げる。
こうして触れ合うのは一年振りだ。
私の瞳は潤んでいるに違いない。
「お願いです。私を抱いてください。眠ったままの姉より、きっと満足させて差し上げます」
「・・・・・」
王子は表情を見せない顔で、じっと私を見つめてくる。
私はひたすら祈りながら、その視線を受け止め続ける。
心臓の鼓動が激しくなり、破裂しそうに感じた頃、王子が答えを返してくれた。
「・・・いいだろう。夜になったら、俺の部屋に来るといい」
「ありがとうございますっ!」
祈りは通じた。
私は心が弾むのを感じながら夜を待った。
*****
コンコンッ。
私は王子の部屋まで来ると、扉をノックする。
前回、王子に抱かれに来たときは、姉と二人だった。
今回は私一人だ。
「入れ」
「失礼します」
私は優越感に浸りながら、扉を開く。
姉には一歩先を越されてしまったかも知れない。
だけど、姉が寝ている間に、きっと姉を追い越してみせる。
そんな決意を胸に、私は部屋へ足を踏み入れる。
部屋の中は暗闇だった。
窓から入る月明りだけが、部屋に王子がいることを教えてくれる。
パタンッ。
扉を閉めて、部屋の中に王子と二人だけになる。
私は一年振りの行為を期待し、我慢ができそうもない。
意識して頑張らなくても、朝まで続けてしまいそうだ。
「脱げ」
王子は私がベッドに上がる前に、ドレスを脱ぐことを要求してくる。
王子も我慢ができないのだろう。
私は逆らう必要性も感じず、言われた通りにドレスを床に脱ぎ散らかす。
「王子」
一糸まとわぬ姿になった私は、ベッドの横に立つ王子に近づいていく。
ようやく願いが叶う。
狂おしいほどの想いとともに両手を王子に向けて伸ばす。
そして、もう少しで王子に触れるというところで、私は自分の腕がそれ以上、前に進まないことに気づいた。
「?」
不思議に思って腕を動かそうとすると、両腕が掴まれている感触がある。
さらに暗闇で目を凝らすと、両側に人影がある。
「シンデレラ!」
忌々しいあの女が、今また私の邪魔をする。
振り解こうとするが、しっかり掴まれた腕は動かない。
「これ、そんなに暴れるでない」
反対側では見知らぬ女性が、同じように腕を掴んで、私を押さえ込んでいた。
いや、お茶会で見たような気もする。
「離してっ!」
私は女性に掴まれている方の腕も必死に動かすが、こちらも振り解けない。
助けを求めるように王子に目を向けるが、王子はただ暗闇の中に佇むだけだった。
「師匠」
「うむ」
私が振り解けないことを確認すると、シンデレラは女性に声をかける。
それに応じた女性は、片方の手で私を押さえたまま、もう片方の手を私に伸ばしてきた。
「きゃっ!」
その女性は、あろうことか、私の中に指を入れてかき混ぜてきた。
「やめてっ!」
そこに触れていいのも、かき混ぜていいのも、王子だけだ。
悲鳴を上げるが、シンデレラも女性も、私を拘束する手を緩めることは無かった。
「どう?師匠」
「やはり、秘部に薬を仕込んで王子と交わるつもりだったようじゃな」
女性は私から指を引き抜くと、シンデレラに返事を返す。
それを聞いたシンデレラは今度は、部屋の入口へ声をかける。
「解毒薬はありそう?」
つられてそちらを見ると、そこではメイドが私が脱いだドレスを調べているところだった。
「勝手に触らないでっ!」
私は叫ぶが、メイドは私の声が聞こえた様子もなく、シンデレラにだけ返事を返す。
「見つかった薬の瓶は1つだけです。荷物も調べさせましたが、解毒薬らしき物は無さそうです」
メイドの言葉に、私は激昂しそうになる。
勝手にドレスに触ったばかりか、荷物まで調べているという。
けど、使用人の責任は主人の責任だ。
なんとか怒りを抑えて、私は王子に感情をぶつける。
「王子っ!これは、どういうことですかっ?何で私がこんな目にっ!」
しかし、暗闇に目が慣れて見えてきた王子の顔は、冷ややかだった。
「どういうことかだと?俺は自分の命を狙ってきた女を抱くほど、酔狂ではないぞ」
「なっ!それは誤解ですっ!私は王子と一緒に・・・」
「もういい、口を塞げ」
王子の命令で、私はメイド達によって猿ぐつわをかまされる。
「むーーーっ!むーーーーーっ!」
言葉を続けようとするが、声が口から出ていかない。
これじゃあ、私の想いが王子に届かない。
「結局、解毒薬は手に入らずか」
王子が落胆した声を出している。
「でも、眠り薬は手に入りましたよ」
シンデレラがそれに応える。
「諦めるのは早いぞ。薬の成分を調べれば、わしが解毒薬を作れるかもしれん」
シンデレラが師匠と呼んだ女性が、さらに言葉を重ねる。
「本当か、ご婦人」
私とは関係なく、会話は続く。
「むーーーっ!むーーーーーっ!」
私は声を上げようとするが、会話に参加することはできない。
ダメ。
早くしないと時間が無くなる。
「うむ。薬に侵された人間だけから調べるのは難しいが、薬の現物があれば調べやすいからのう」
興奮して全身を巡る血液の流れが速くなったせいだろうか。
魔女からもらった薬が効いてくるのが早い気がする。
教えてもらった時間が経過していないのに、意識が遠くなってきた。
王子と契りを交わすくらいの時間はあったはずなのに。
「ちょうど、モルモットもいるしね」
憎い女の声を耳にしながら、私は意識を手放した。
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2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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