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第二章 白雪
042.来訪
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午前は城の中を散歩して、途中でシェリーの様子を見がてら世間話。
昼は食堂で昼食を取りながら、エミリーの噂話に付き合い情報収集。
午後は二人の王子とメアリー、そしてメフィとお茶会して作戦会議。
これが最近の日常だ。
そして、今はお茶会中。
「そう言えばシンデレラ、ユニコーンはどうしたの?逃がしたの?馬の世話をしている人間が残念がっていたけど」
ストーカー王子が、そんなことを言ってきた。
作戦会議とは言っても、そんなにネタがあるわけじゃない。
他愛ない話もする。
「ちょっと、お使いに行ってもらっているだけよ。でも、残念がっているって何?」
「そりゃ、ユニコーンは幻とも言われている存在だしね。目にするだけでも貴重な上に、あれだけ白くて綺麗な毛並みだから、目の保養になるんじゃないかな」
そんなものか。
見世物にしたら、お金を取れるかな。
餌をたっぷりあげて頼んだら、協力してくれるだろうか。
そんなことを考えていると、チャラ王子が機嫌悪そうに口を開いた。
「ところで、例の件はどうなっている?何も動いていないようだが?」
毎日、眠ったままの義理の姉の様子を見に行っているようだから、気になるのだろう。
義理の姉を起こすためには、隣国の姫から送られてくる暗殺者から、眠り薬、もしくは、それの解毒薬を手に入れる必要がある。
その作戦が進んでいないことに苛立っているのだと思う。
だけど、不眠不休で頑張れば事態が動くわけではないし、急かされても困る。
「動いてはいますよ。シェリーを使って、黒幕にも偽情報を流させてます」
「俺の襲撃計画を継続中という内容だったか。だが、それではいつまで経っても次が来ないだろう」
王子が自分を襲う者を待ちわびるというのも、どうなのだろう。
けど、言いたいことは分かる。
「いつまでもその内容だと不自然ですから、次の情報を流させていますよ」
「どんな内容だ」
「チャラ王子は、トレメイン姉妹に夢中で、他の女に手を出さなくなったって」
「・・・なんで、そんな噂を流す必要がある」
「噂っていうか、事実だよね。兄上、毎日通っているし」
ストーカー王子の話に、チャラ王子は微妙な表情をする。
実際に事実だから、否定できないのだろう。
しかし、客観的に言われると複雑な心境というところだろうか。
「それは、どうでもいい。それで、なぜそんな噂なんだ?」
あ、誤魔化した。
まあ、イジメて拗ねられても面倒だから、教えてあげるか。
「そういうことにしておけば、夜這いにみせかけて襲撃するのが困難だってことになるじゃないですか」
女遊びを再開したという内容と、それなのに襲撃計画が進んでいないという内容を矛盾させないには、都合のよい内容だったのだ。
「だが、それでは襲撃に手こずっているということにしかならないだろう?」
確かに義理の姉に夢中というだけでは、そうだろう。
だから、ちょっと流す噂を工夫した。
チャラ王子は気づかなかったみたいだけど、
「あと気になったんだけど、なんで『姉妹』なの?それだと兄上がシンデレラにも夢中ってこと聞こえるよ」
ストーカー王子は気づいたようだ。
さすがは、ストーカー。
執着心が強いせいだろうか。
「トレメイン姉妹って私のことじゃないですよ。王様の前でも、そう言いましたし」
だから私は、あの屋敷にはいたけど、あの屋敷の人間の家族ではない。
城で仲良くなった人間にも、聞かれたときにはそう答えている。
私の境遇を噂で知っているせいか、疑われたことは無い。
そういうわけだから、『妹』にあたるのは一人しかいない。
私の言葉の意味に気づいたのだろう。
二人の王子が怪訝な顔をする。
「なぜ、そんな噂を流した?俺があの娘を抱いたのは一度だけだぞ」
「シンデレラのことじゃないというの分かったけど、城の人間はシンデレラのことだって思うんじゃないの?もう一人は城にいないわけだし」
「それは・・・」
「お話の最中、失礼します」
私が説明しようとしたとき、メアリーが横から声をかけてきた。
「どうしたの?」
「シンデレラ様にお客様です」
「こいつに客?」
「シンデレラにお客さん?」
王子二人が不思議そうにする。
私に尋ねてくる友人がいないとでも思っているのだろうか。
失礼な。
まあ、いないんだけど。
「誰?」
「美しいご婦人です」
「ご婦人?・・・チャラ王子のお客さんじゃないの?」
「おいっ!」
「いえ、シンデレラ様のお客様です」
妙に断言するな。
私を尋ねてくる可能性がある夫人なら義理の母親が考えられるが、可能性は低いと思う。
用事もないし、屋敷で最後に見た感じだと私に会いたくもない様子だった。
じゃあ、誰だろう。
その疑問は続くメアリーの言葉で解決した。
「ユニコーンに乗っていらっしゃいましたから」
それで義理の母親という可能性は消えた。
二人も娘を産んでいる義理の母親が乗れるわけがない。
ついでに言うと、義理の妹という可能性も無くなった。
そうすると、心当たりは一人しかいない。
あの人だ。
「わかった。会いにいくわ」
けど、美しいというのは、どうなんだろう。
醜いというつもりはないけど、美しいというのは、お世辞だとしても言い過ぎじゃないだろうか。
そんなことを考えながら、私はその人物へ会いにいった。
*****
その人物を見た瞬間、私は自分の勘違いを悟る。
言い過ぎじゃなかった。
確かに美しいといって、差し支えない容姿だ。
だけど、それとは別に新しい疑問が生まれる。
「・・・誰?」
年齢は結婚適齢期よりは上だと思う。
子供の一人二人は居てもおかしくなさそうだ。
けど、逆に経験豊富そうな色気が滲み出ている。
服装も露出が多めで、どことなく煽情的だ。
なんていうか、性欲を持て余して、屋敷の使用人に手を出していそうな、奥様って感じだ。
こんな知り合いはいない。
あの人だと思ったのだけど、違ったようだ。
じゃあ、誰だろうと考えていると、こちらに気づいた女性が声をかけてくる。
「おお、ひさしぶりじゃな」
にこやかに手を振ってくる姿を見ても、やはり見覚えはない。
「メフィの知り合い?」
私は隣についてきていたメフィに尋ねる。
あのユニコーンはもともとメフィが連れてきたものだし、可能性としてはあり得なくはないはずだ。
けど、半ば予想していた通りに、メフィは首を横に振る。
「知りませんな。しかし、この者は・・・」
メフィが何かを言いかけたところで、女性が再び口を開く。
「なんじゃ、薄情なやつじゃな。一年間も一緒に暮らしておったというのに、もう忘れたのか?」
そんなことを言ってきた。
「・・・昔、屋敷にいた使用人?」
それなら可能性はある。
私が子供の頃なら、覚えていなくても、おかしくはない。
でも、私は何となく予感がしていた。
「そんなわけがなかろう。せっかく、わしの知識を授けてやったというのに、恩知らずじゃのう」
あまり納得したくはないのだけど。
「・・・・・師匠?」
「ふむ。なかなか珍妙な姿をしておりますな。ただの人間のようですが、見た目の年齢と実際の年齢の差異が大きい」
やっぱり、あの人か。
魔女なのは知っていたけど、なんの冗談だろう。
「ようやく、気付いたか。城へ来るから、オシャレをしてきたのは確かじゃが、服が変わったくらいで気づかないとは」
「その色気過多の服のせいじゃないわよ、ババア!なによ、その姿は。悪魔と契約でもしたの?」
そう、私を尋ねてきたのは、かつて私に魔術書をくれた魔女でもある師匠だ。
しかし、年齢がおかしい。
もう、くたばる寸前の老婆だったはずだ。
それが、30歳~40歳は若返っている。
メフィが似たようなことをしていたから、咄嗟に悪魔との契約を疑った。
もともと魔術書は師匠が持っていたものだから、それができてもおかしくはない。
けど、どうやら違うようだ。
「そんなことをせずとも、見た目を若返らせるだけなら、魔女の秘薬でなんとでもなるわい」
「秘薬?」
「ほれ、おぬしが狩った獲物があったじゃろ」
そう言えば、師匠と別れたのは、大物を狩った直後だ。
「一人では食べきれないのでな。せっかくなので、成分を抽出して使ってみたのじゃ。おかげで、皮膚年齢が若返ったわい」
それで、こんな効果が出るのだろうか。
捕まえた獲物は、大物ではあるけど、珍しくもない動物だったはずだ。
確か、猪だったろうか。
それ以前にも、私も食べたことがあるけど、別に若返ったりはしなかった。
成分を抽出するというのが重要なのだろうか。
そんなことを考えていると、心当たりがあるのか、メフィが呟いた。
「それは、もしかして、コラーゲンのことですかな?確かに肌を若く保つ効果はありますが・・・」
「おや、ずいぶんと博識な子供がおるな。その幼さで大したものじゃ。わしの弟子になるか?」
そう言って師匠がメフィの頭を撫でる。
「いえ、遠慮しておきましょう」
「そうか。残念じゃのう。その幼さでその賢さなら、わしを超える逸材だと思ったのじゃが」
「お褒めいただき光栄です」
「うむうむ。礼儀正しい子供じゃ。ちょっと見た目が若返ったくらいで、わしのことが分からない薄情な弟子とは大違いじゃ」
「ちょっとじゃないでしょ、ちょっとじゃ」
判れという方が無茶だろう。
それはともかく、師匠はメフィが気に入ったのか頭を撫で続けている。
弟子にするのを断られたことを残念がっているようだけど、その正体が自分より長生きしている存在だって気づいているのだろうか。
まあ、ここで説明するのも面倒だから、訊かれたら答えればいいか。
「それで師匠は何しにここへ?」
手紙に知恵を借りたいと書いたのは確かだけど、まさか本人がここまでくるとは思わなかった。
森の奥に暮らしていたくらいだから、てっきり人間嫌いか身を隠しているのかと思っていたんだけど。
「愛弟子を手伝いにきたのじゃ。おぬしには色々教えたが、実践は初めてだろうから心配でのう」
「それは、ありがとうだけど、その色気過多の服はなによ?」
そんな服で城の中を歩いたら、兵士に捕まるんじゃないだろうか。
風紀を乱すとかの理由で。
すると、師匠が何やら語り始める。
「わしは考えたのじゃ。わしは、もう老い先短い」
以前の姿なら素直に納得した台詞だけど、今の姿を見るとなんとなく納得できない。
でも、とりあえず先を聞くことにする。
「死ぬのは怖くないが、わしは人生の中で得てきた知識や経験を、わしの命とともに灰にするのは、もったいないと思っておったのじゃ。じゃが、それは、おぬしに引き継ぐことができた」
師匠がしみじみと語っている。
まあ、教えてもらったことが役立っているのは確かだ。
薬学の方は助かっている。
戦術の方は使う機会が少なそうだけど、わざわざ言わなくてもいいだろう。
今回のような小さい作戦ならともかく、戦争に参加する機会はないと思う。
「もはや、心残りは無いが、できれば若いことにできなかったことをしたい。そう考えたのじゃ」
師匠の話は続いている。
まあ、好きなように生きたらいいと思う。
私に迷惑がかからないなら、特に止めるつもりは無い。
ちょっとくらいなら、協力してもいい。
「それで、したいことって?」
私がそう尋ねると、師匠は少し頬を赤く染めて、答えてきた。
見た目が若返ったせいか、こんな仕草にも妙な色気がある。
でも、中身が老婆だと知っていると、なんだかイラッと来る。
歳を考えろ。
「うむ。わしは若い頃、侵略の危機に晒された祖国を救うために奔走しておった。軍の中で舐められないように、男装までしてのう。おぬしの今の姿を見たとき、弟子は師に似るものだと思ったものじゃ」
私は別にそういう理由じゃないけど。
ドレスみたいな動きづらい服装で生活させられるのが、鬱陶しかっただけだ。
「そんな人生だったから、男と友情は育めても、愛情は育めなくてのう」
まあ、戦争中は軍の規律も厳しいだろうから、無理もないだろう。
でも、今の話で、なんとなく師匠の願いの予想がついた。
「じゃあ、結婚して家庭でも持ちたいってこと?」
いい歳してと思わなくもないけど、老人が一人寂しく死んでいくのも忍びない。
奥さんを無くしたお爺さんとかなら、相手を見つけられるかも知れない。
そう考えたのだけど、
「いいや、ぶっちゃけ、処女を捨てたい」
などと言ってきやがった。
「もう処女の血を使うこともないだろうし、処女のまま死ぬのはもったいなくてのう」
「その歳で処女に価値があると思っているのか、ババア。ふざけんな」
老い先短い師匠の願いとはいえ、ちょっと協力できそうもない。
昼は食堂で昼食を取りながら、エミリーの噂話に付き合い情報収集。
午後は二人の王子とメアリー、そしてメフィとお茶会して作戦会議。
これが最近の日常だ。
そして、今はお茶会中。
「そう言えばシンデレラ、ユニコーンはどうしたの?逃がしたの?馬の世話をしている人間が残念がっていたけど」
ストーカー王子が、そんなことを言ってきた。
作戦会議とは言っても、そんなにネタがあるわけじゃない。
他愛ない話もする。
「ちょっと、お使いに行ってもらっているだけよ。でも、残念がっているって何?」
「そりゃ、ユニコーンは幻とも言われている存在だしね。目にするだけでも貴重な上に、あれだけ白くて綺麗な毛並みだから、目の保養になるんじゃないかな」
そんなものか。
見世物にしたら、お金を取れるかな。
餌をたっぷりあげて頼んだら、協力してくれるだろうか。
そんなことを考えていると、チャラ王子が機嫌悪そうに口を開いた。
「ところで、例の件はどうなっている?何も動いていないようだが?」
毎日、眠ったままの義理の姉の様子を見に行っているようだから、気になるのだろう。
義理の姉を起こすためには、隣国の姫から送られてくる暗殺者から、眠り薬、もしくは、それの解毒薬を手に入れる必要がある。
その作戦が進んでいないことに苛立っているのだと思う。
だけど、不眠不休で頑張れば事態が動くわけではないし、急かされても困る。
「動いてはいますよ。シェリーを使って、黒幕にも偽情報を流させてます」
「俺の襲撃計画を継続中という内容だったか。だが、それではいつまで経っても次が来ないだろう」
王子が自分を襲う者を待ちわびるというのも、どうなのだろう。
けど、言いたいことは分かる。
「いつまでもその内容だと不自然ですから、次の情報を流させていますよ」
「どんな内容だ」
「チャラ王子は、トレメイン姉妹に夢中で、他の女に手を出さなくなったって」
「・・・なんで、そんな噂を流す必要がある」
「噂っていうか、事実だよね。兄上、毎日通っているし」
ストーカー王子の話に、チャラ王子は微妙な表情をする。
実際に事実だから、否定できないのだろう。
しかし、客観的に言われると複雑な心境というところだろうか。
「それは、どうでもいい。それで、なぜそんな噂なんだ?」
あ、誤魔化した。
まあ、イジメて拗ねられても面倒だから、教えてあげるか。
「そういうことにしておけば、夜這いにみせかけて襲撃するのが困難だってことになるじゃないですか」
女遊びを再開したという内容と、それなのに襲撃計画が進んでいないという内容を矛盾させないには、都合のよい内容だったのだ。
「だが、それでは襲撃に手こずっているということにしかならないだろう?」
確かに義理の姉に夢中というだけでは、そうだろう。
だから、ちょっと流す噂を工夫した。
チャラ王子は気づかなかったみたいだけど、
「あと気になったんだけど、なんで『姉妹』なの?それだと兄上がシンデレラにも夢中ってこと聞こえるよ」
ストーカー王子は気づいたようだ。
さすがは、ストーカー。
執着心が強いせいだろうか。
「トレメイン姉妹って私のことじゃないですよ。王様の前でも、そう言いましたし」
だから私は、あの屋敷にはいたけど、あの屋敷の人間の家族ではない。
城で仲良くなった人間にも、聞かれたときにはそう答えている。
私の境遇を噂で知っているせいか、疑われたことは無い。
そういうわけだから、『妹』にあたるのは一人しかいない。
私の言葉の意味に気づいたのだろう。
二人の王子が怪訝な顔をする。
「なぜ、そんな噂を流した?俺があの娘を抱いたのは一度だけだぞ」
「シンデレラのことじゃないというの分かったけど、城の人間はシンデレラのことだって思うんじゃないの?もう一人は城にいないわけだし」
「それは・・・」
「お話の最中、失礼します」
私が説明しようとしたとき、メアリーが横から声をかけてきた。
「どうしたの?」
「シンデレラ様にお客様です」
「こいつに客?」
「シンデレラにお客さん?」
王子二人が不思議そうにする。
私に尋ねてくる友人がいないとでも思っているのだろうか。
失礼な。
まあ、いないんだけど。
「誰?」
「美しいご婦人です」
「ご婦人?・・・チャラ王子のお客さんじゃないの?」
「おいっ!」
「いえ、シンデレラ様のお客様です」
妙に断言するな。
私を尋ねてくる可能性がある夫人なら義理の母親が考えられるが、可能性は低いと思う。
用事もないし、屋敷で最後に見た感じだと私に会いたくもない様子だった。
じゃあ、誰だろう。
その疑問は続くメアリーの言葉で解決した。
「ユニコーンに乗っていらっしゃいましたから」
それで義理の母親という可能性は消えた。
二人も娘を産んでいる義理の母親が乗れるわけがない。
ついでに言うと、義理の妹という可能性も無くなった。
そうすると、心当たりは一人しかいない。
あの人だ。
「わかった。会いにいくわ」
けど、美しいというのは、どうなんだろう。
醜いというつもりはないけど、美しいというのは、お世辞だとしても言い過ぎじゃないだろうか。
そんなことを考えながら、私はその人物へ会いにいった。
*****
その人物を見た瞬間、私は自分の勘違いを悟る。
言い過ぎじゃなかった。
確かに美しいといって、差し支えない容姿だ。
だけど、それとは別に新しい疑問が生まれる。
「・・・誰?」
年齢は結婚適齢期よりは上だと思う。
子供の一人二人は居てもおかしくなさそうだ。
けど、逆に経験豊富そうな色気が滲み出ている。
服装も露出が多めで、どことなく煽情的だ。
なんていうか、性欲を持て余して、屋敷の使用人に手を出していそうな、奥様って感じだ。
こんな知り合いはいない。
あの人だと思ったのだけど、違ったようだ。
じゃあ、誰だろうと考えていると、こちらに気づいた女性が声をかけてくる。
「おお、ひさしぶりじゃな」
にこやかに手を振ってくる姿を見ても、やはり見覚えはない。
「メフィの知り合い?」
私は隣についてきていたメフィに尋ねる。
あのユニコーンはもともとメフィが連れてきたものだし、可能性としてはあり得なくはないはずだ。
けど、半ば予想していた通りに、メフィは首を横に振る。
「知りませんな。しかし、この者は・・・」
メフィが何かを言いかけたところで、女性が再び口を開く。
「なんじゃ、薄情なやつじゃな。一年間も一緒に暮らしておったというのに、もう忘れたのか?」
そんなことを言ってきた。
「・・・昔、屋敷にいた使用人?」
それなら可能性はある。
私が子供の頃なら、覚えていなくても、おかしくはない。
でも、私は何となく予感がしていた。
「そんなわけがなかろう。せっかく、わしの知識を授けてやったというのに、恩知らずじゃのう」
あまり納得したくはないのだけど。
「・・・・・師匠?」
「ふむ。なかなか珍妙な姿をしておりますな。ただの人間のようですが、見た目の年齢と実際の年齢の差異が大きい」
やっぱり、あの人か。
魔女なのは知っていたけど、なんの冗談だろう。
「ようやく、気付いたか。城へ来るから、オシャレをしてきたのは確かじゃが、服が変わったくらいで気づかないとは」
「その色気過多の服のせいじゃないわよ、ババア!なによ、その姿は。悪魔と契約でもしたの?」
そう、私を尋ねてきたのは、かつて私に魔術書をくれた魔女でもある師匠だ。
しかし、年齢がおかしい。
もう、くたばる寸前の老婆だったはずだ。
それが、30歳~40歳は若返っている。
メフィが似たようなことをしていたから、咄嗟に悪魔との契約を疑った。
もともと魔術書は師匠が持っていたものだから、それができてもおかしくはない。
けど、どうやら違うようだ。
「そんなことをせずとも、見た目を若返らせるだけなら、魔女の秘薬でなんとでもなるわい」
「秘薬?」
「ほれ、おぬしが狩った獲物があったじゃろ」
そう言えば、師匠と別れたのは、大物を狩った直後だ。
「一人では食べきれないのでな。せっかくなので、成分を抽出して使ってみたのじゃ。おかげで、皮膚年齢が若返ったわい」
それで、こんな効果が出るのだろうか。
捕まえた獲物は、大物ではあるけど、珍しくもない動物だったはずだ。
確か、猪だったろうか。
それ以前にも、私も食べたことがあるけど、別に若返ったりはしなかった。
成分を抽出するというのが重要なのだろうか。
そんなことを考えていると、心当たりがあるのか、メフィが呟いた。
「それは、もしかして、コラーゲンのことですかな?確かに肌を若く保つ効果はありますが・・・」
「おや、ずいぶんと博識な子供がおるな。その幼さで大したものじゃ。わしの弟子になるか?」
そう言って師匠がメフィの頭を撫でる。
「いえ、遠慮しておきましょう」
「そうか。残念じゃのう。その幼さでその賢さなら、わしを超える逸材だと思ったのじゃが」
「お褒めいただき光栄です」
「うむうむ。礼儀正しい子供じゃ。ちょっと見た目が若返ったくらいで、わしのことが分からない薄情な弟子とは大違いじゃ」
「ちょっとじゃないでしょ、ちょっとじゃ」
判れという方が無茶だろう。
それはともかく、師匠はメフィが気に入ったのか頭を撫で続けている。
弟子にするのを断られたことを残念がっているようだけど、その正体が自分より長生きしている存在だって気づいているのだろうか。
まあ、ここで説明するのも面倒だから、訊かれたら答えればいいか。
「それで師匠は何しにここへ?」
手紙に知恵を借りたいと書いたのは確かだけど、まさか本人がここまでくるとは思わなかった。
森の奥に暮らしていたくらいだから、てっきり人間嫌いか身を隠しているのかと思っていたんだけど。
「愛弟子を手伝いにきたのじゃ。おぬしには色々教えたが、実践は初めてだろうから心配でのう」
「それは、ありがとうだけど、その色気過多の服はなによ?」
そんな服で城の中を歩いたら、兵士に捕まるんじゃないだろうか。
風紀を乱すとかの理由で。
すると、師匠が何やら語り始める。
「わしは考えたのじゃ。わしは、もう老い先短い」
以前の姿なら素直に納得した台詞だけど、今の姿を見るとなんとなく納得できない。
でも、とりあえず先を聞くことにする。
「死ぬのは怖くないが、わしは人生の中で得てきた知識や経験を、わしの命とともに灰にするのは、もったいないと思っておったのじゃ。じゃが、それは、おぬしに引き継ぐことができた」
師匠がしみじみと語っている。
まあ、教えてもらったことが役立っているのは確かだ。
薬学の方は助かっている。
戦術の方は使う機会が少なそうだけど、わざわざ言わなくてもいいだろう。
今回のような小さい作戦ならともかく、戦争に参加する機会はないと思う。
「もはや、心残りは無いが、できれば若いことにできなかったことをしたい。そう考えたのじゃ」
師匠の話は続いている。
まあ、好きなように生きたらいいと思う。
私に迷惑がかからないなら、特に止めるつもりは無い。
ちょっとくらいなら、協力してもいい。
「それで、したいことって?」
私がそう尋ねると、師匠は少し頬を赤く染めて、答えてきた。
見た目が若返ったせいか、こんな仕草にも妙な色気がある。
でも、中身が老婆だと知っていると、なんだかイラッと来る。
歳を考えろ。
「うむ。わしは若い頃、侵略の危機に晒された祖国を救うために奔走しておった。軍の中で舐められないように、男装までしてのう。おぬしの今の姿を見たとき、弟子は師に似るものだと思ったものじゃ」
私は別にそういう理由じゃないけど。
ドレスみたいな動きづらい服装で生活させられるのが、鬱陶しかっただけだ。
「そんな人生だったから、男と友情は育めても、愛情は育めなくてのう」
まあ、戦争中は軍の規律も厳しいだろうから、無理もないだろう。
でも、今の話で、なんとなく師匠の願いの予想がついた。
「じゃあ、結婚して家庭でも持ちたいってこと?」
いい歳してと思わなくもないけど、老人が一人寂しく死んでいくのも忍びない。
奥さんを無くしたお爺さんとかなら、相手を見つけられるかも知れない。
そう考えたのだけど、
「いいや、ぶっちゃけ、処女を捨てたい」
などと言ってきやがった。
「もう処女の血を使うこともないだろうし、処女のまま死ぬのはもったいなくてのう」
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