シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第二章 白雪

041.種

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「場所は覚えているわよね」

 私は、ぽんぽんと軽く身体を叩いて送り出す。
 あっという間に小さくなっていく姿を見送りながら考える。

「早ければ数日中に返事が来ると思うけど・・・」

 手紙には現在までに手に入れた情報を書いた。
 それが一番重要だと教えてもらった。
 けど、もう一つ、同じくらいに重要なことも教えてもらった。
 早さだ。

「ただ待っているわけにもいかないわよね」

 返事が来た時点で、全てが終わっていたら意味がない。
 だから、準備はしなくちゃいけない。

「狩りをするには、餌と罠と武器かな」

 獲物をおびき寄せる餌はチャラ王子。
 罠はシェリーに流させる予定の情報。
 武器が足りないな。
 獲物を仕留めるための武器が。

「一撃で致命傷を与えるのが理想だけど・・・」

 その場で襲撃者を撃退するだけの武器では意味がない。
 こちらが欲しいものを手に入れた後で、相手に反撃させない武器が必要だ。

「理由を無くして、力を削って・・・」

 黒幕の目的は、チャラ王子との婚約を潰すこと。
 この目的が達成されれば、襲撃者を送る理由はなくなる。
 そして、この目的自体は双方が望んでいないので、どうとでもなる。
 国同士の交渉という面では、どちらから言い出すかによって、有利になったり不利になったりはするだろうけど、その辺りは王子達に任せよう。
 問題は、力を削れるかどうかだ。
 これをしておかないと、将来的に同じことが起きる可能性がある。

「できれば長期間、効果があるものがいいんだけど、何かないかな?」

 私は、そんなことを考えながら、もはや日課となった城の中の散歩をしていた。

 *****

「こんにちは」

 新たに散歩のコースになった部屋を訪れる。

「あ、シンデレラ・・・様」

 ベッドの上で上半身を起こしているシェリーが、こちらを向く。
 窓の外を眺めていたようだ。
 飽きないんだろうかと思うが、片腕と両足が満足に動かせない状態では、他にすることもないんだろう。

「具合はどう?」

 あれから数日しか経っていない。
 怪我がそんなにすぐに治るはずはないけど、精神面の影響も見ておきたかった。
 なにせ、私が最後に見たときは発狂寸前だったし、その後も憔悴していたと聞いている。

「じっとしていれば、痛みはそれほどではありません」

 以前はもっと反抗的な態度だった気がするけど、今回はすんなり答えてきた。
 もっとも、だからこそ、彼女は監視こそついているが、牢に入れられていないとも言える。
 ちなみに監視には、看病という名目で、エミリーがついている。

「つまり、我慢できなくはないけど、じっとしていても痛むってことね」

 私は、シェリーの言葉を正しく理解し、そう言葉を返す。
 というか、目の下にある隈を見れば、言葉が無かったとしても分かる。
 痛みであまり眠れていないんじゃないだろうか。

「痛み止め、あげようか?」

 薬学を習う中で、そのような効果のある薬草も教えられた。
 だから、そう提案したのだが、シェリーは首を横に振る。

「いえ、必要ありません」
「依存性は少ないわよ?」

 無いとは言わないが、怪我をしたときに使う程度なら、問題ないレベルだ。
 それを気にしているのかと思ったのが、どうやらそれでもないようだ。

「それは気にしていないです」

 そう答えてきた。
 では、なんだろうか。
 あれかな。
 新しい趣味に目覚めたとか。
 痛みが快楽になる系の趣味だ。
 しかし、そんな私の考えを察したのか、それも否定してくる。

「何を考えていらっしゃるか分かりませんが、たぶん違うと思います」
「ふーん」

 痛み止めがいらないというなら、無理強いはしない。
 ちょっとした親切心だったけど、それを押し付けるつもりはない。
 もともと、ここには別にシェリーの治療に来たわけじゃない。
 何か新しい情報でも手に入らないかと思って、世間話をしにきただけだ。

「我慢強いのね」

 ちょうど良いので、流れでそう話しかける。
 まあ、我慢強いというのは、誉め言葉ではないんだけど。
 我慢する必要のないことを我慢するのは、意味が分からない。
 それこそ、それ系の趣味くらいしか、理由が思い浮かばない。
 すると、シェリーは何かに耐えるような表情をしながら、話し始めた。

「故郷にいたときは、毎日血を流していましたから」

 そう言えば、メアリーからの報告で聞いた気がする。
 かなり、どうでもいいことに、血が使われていたみたいだ。

「鈍く続く痛みと、貧血による怠さと寒さは、慣れています」

 慣れるものではないと思う。
 おそらく、それは慣れではなくて、苦痛に耐えることを諦めたのだろう。
 苦痛を当たり前のこととして、受け入れたのだ。

「あの頃は、痛みを我慢するより、血を作るために食べることに必死でした」

 だから、食べるしかなかった。
 そんな懺悔のような感情が、シェリーの顔に見え隠れしている。
 飢えて死ぬより、食べて生きることを選んだだけなんだから、気にしなくていいと思うんだけど。

「今は、毎日少しずつ痛みが減っていくのは怪我が治ってきている証拠ですし、食事も怪我を治すためですから・・・変な話と思われるかも知れませんけど、嬉しいんです」
「そう」

 まあ、本人が痛みを感じて悦んでいるのなら、好きにさせておこう。
 それより、今の話を聞いていて、ちょっと気になることがあった。

「そう言えば、シェリーの故郷って、そんなに作物が育たないの?寒い地方だって聞いたけど」

 メアリーの報告を聞いたときは、さらっと流してしまったけど、よく考えればおかしな話だ。
 国民を養えない土地なら、そもそも国として成り立たないだろう。
 国があるということは、それなりに収穫できるものがあるはずだ。
 もしくは、農業ではなく、別の方法で収入を得て食糧を手に入れるのかも知れないけど、それはどちらでもいい。
 とにかく、最近の十数年は戦争も極端な異常気象も起こっていないのに、なんでそんなに国民が飢えているんだろう。
 そう思って、訊いてみた。

「収穫量は、ギリギリ冬を越せるかどうかといったところですね。だから、ちょっとした気候の変化で収穫量が落ちると、人数を減らさないと冬を越せないときがあります」

 シェリーも減らされた側というわけだ。
 だけど、まだ疑問がある。

「畑はそんな状態だとしても、山や森で食べられるものを集めたり、狩りをしたりはしていないの?」

 それをすれば、もう少し余裕があるんじゃないだろうか。
 少なくとも、口減らしの必要がないくらいにはできるような気がする。

「昔はしていたそうですけど、最近は森が減っているせいもあって、冬越しの食糧を集められるほどではないですね」
「森が減った?」

 森って、そんな簡単に減るものだろうか。

「昔、農地拡大っていって、森を切り開いて畑にしたそうなんです。それで寒さに強い作物を選んで育てることで、かなり生活も豊かになったらしいです」
「それなのに、今はギリギリなの?人口が増え過ぎたとか?」
「いえ、徐々に収穫量が減っていったみたいです。私が生まれる前のことなので、あまり詳しくはありませんけど」

 畑を増やして、寒さに強い作物を育てているのに、不作なのか。
 森を減らしてまで畑を増やしたのに、賭けが裏目に出たみたいな感じだ。
 だけど、それだけだろうか。
 最初はよかったのに、徐々に悪くなっていったというところが気になる。
 種類を絞って育てているみたいだから、気候が変化して育たなくなったとかだろうか。
 私が物心ついてからは、そんなことがあったような記憶はないけど。

「畑で何を育てているか教えてくれる?」
「え?ええ、いいですけど・・・」

 私は、教えてもらった作物の名前を頭の片隅に覚えておく。
 どんな情報が役に立つか分からない。
 とりあえず、情報は何でも集めておこう。

「あの、私、これからどうなるんでしょう?傷が治ったら、牢に入れられるんでしょうか?」

 世間話もネタが無くなってきて、そろそろ別の場所へ行こうかと思い始めた頃、シェリーがそんなことを訊いてきた。
 そう言えば、言っていなかった。

「ああ、そうそう。あなたは、私がもらったから。今のところ牢に入れるつもりはないわよ」
「私がシンデレラ様の・・・侍女ということですか?」

 侍女か。
 侍女とは、貴族の身の回りの世話をする役目だったと思う。
 ちょっと違うな。
 自分の世話くらいは自分でできる。
 シェリーには、もう少し違うことを色々とやってもらうつもりだ。
 共犯者だろうか。
 それも、ちょっと違うな。
 共犯者はストーカー王子で間に合っている。

「駒、かな」
「駒、ですか」

 言い方は悪いけど、それが一番近い気がする。
 私だけじゃ手が足りないときに、代わりに動いてもらうつもりだ。

「不満?」

 シェリーに尋ねる。
 それなら、それで構わない。
 操作できない駒は必要ないから、メフィへの対価にでもなってもらおう。
 そう考えながら、答えを待っていると、シェリーが微笑みながら口を開いた。

「駒になれば、この国に居られるということですよね。精一杯、ご奉仕させていただきます」

 そして、そんな下心を含んだ言葉を返してきた。
 なるほど。
 それがシェリーの願いで、それを叶えている間は、裏切らないということだろう。
 逃げられる心配も無さそうだし、都合がいい。
 せいぜい、利用させてもらおう。
 私は右手を前に出す。

「よろしくね」

 シェリーは手足の中で、唯一無事な右手で握手に応えてきた。
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