シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第二章 白雪

035.捕縛

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「あ・・・」

 私はメイド服を着た暗殺者が窓から落ちていくのを見送った。

「思い切ったことをするなぁ」

 ここは三階。
 しかも、城の部屋は天井が高い。
 つまり、私が飛び降りたら間違いなく足の骨を折る高さだということだ。
 しかし、あの暗殺者は足の骨を折らない自信があるのだろう。
 これで私は暗殺者を取り逃がしたことになる。

「まあ、狙い通りなんだけど」

 私が暗殺者なんかと、やり合えるわけがない。
 奇襲で針に染み込ませた麻酔薬を打った後は、わざと逃げるように仕向けた。
 扉に向かって来たら素直に道を譲って、その後で城の兵士に捕らえてもらうつもりだった。
 窓へ向かって行った場合も同じで、城の兵士に捕らえてもらうつもりだった。
 ただし、多少の時間稼ぎをする細工はしておいた。
 森で狩りをするときによく使っていた罠を仕掛けておいたのだ。
 仕留めることはできないけど、動きを封じることができる。

「でも、窓ガラスを割らなくても、窓を開けるくらい待ったのに」

 暗殺者は窓を破って飛び降りて行った。
 当然、大きな音が真夜中に響くことになった。

 バンッ!

 激しい音を立てて扉が開かれる。
 警備の兵士が異常を察知したのだ。

「王子!大丈夫ですか!」

 暗殺者を王子の部屋へ通す間抜けな兵士だけど、さすがに窓ガラスが割れれば異常事態だと察することくらいはできるらしい。
 慌てて駆け込んできた。
 さて、どうしよう。
 チャラ王子は、未だにベッドで眠っている。
 こちらは別に間抜けというつもりはない。
 なぜなら、私がそうなるようにしたからだ。
 いつもは、この状態の方が便利だからそうしたのだけど、今は少し都合が悪い。
 兵士に状況を説明するのが面倒だ。

 部屋の中には黒いドレスを着た女性。
 窓には割れたガラス。
 ベッドには眠ったままのチャラ王子。

 明らかに、黒いドレスを着た女性、つまり私が怪しい。
 しかも、兵士は黒いドレスを着た女性が私だということに気づいていない。
 何度も深夜にチャラ王子の部屋から出ているのに、気付いた様子がないのだ。
 仕方が無いので、私だということが分かるようにしてやる。

「王子が襲撃を受けました。賊は窓から庭へ逃げました。すぐに兵士を向かわせてください」

 長い髪のウィッグを外しながら、警備の兵士にそう告げる。

「シ、シンデレラ様?」

 短髪の女性など、この城には私しかいない。
 そして私はストーカー王子の婚約者候補だ。
 これで分からないようなら、この兵士は辞めさせた方がいい。

「賊が逃げます!早く!」
「わ、わかりました!」

 私の喝に、兵士が部屋を出て走っていく。
 今度はなかなか素早い行動だったけど、警備の兵士としてその行動はどうなんだろう。

「チャラ王子を放っておいていいのかな」

 それが警備の兵士としての本来の任務だろうに。
 私は考える。
 暗殺者がうろついているかも知れない状況で、睡眠薬を嗅がせて眠らせたままのチャラ王子を置いていくのは、少しマズい気がする。
 かと言って、ここに残っているのも避けたい。
 色々と聞かれると面倒だし、拘束される可能性もある。

「はぁ」

 チャラ王子を起こしてから、この場を去ることにする。
 起きてからは護衛を呼ぶなりなんなり、本人に任せればいいだろう。
 そう思って、ベッドに近づこうとしたところで、声をかけられた。

「シンデレラ様」
「わあっ!」

 声を上げた自分を恥じるつもりはない。
 そして、声を上げなかった暗殺者を褒めたい。
 思っていた以上に暗闇で背後から声をかけられるのは心臓に悪い。

「メ、メアリー?」

 扉のところに立っていたのは、城の中で私の世話をしてくれているメイドだった。
 口から漏れた言葉が疑問形になったのは、彼女を見間違えたからではない。
 この異常事態の中、あまりにもいつも通りに彼女がそこにいたからだ。
 一瞬、この事態を認識していないのではないかと思った。
 だけど、それはあり得ない。
 窓ガラスは割れたままだし、警備の兵士もいないのだ。

「はい」

 彼女はただ私の質問に答える。
 その顔には、状況に対する緊張も、ここにいる私に対する警戒も浮かんでいない。

「あなたは第二王子の婚約者候補でしょう。第一王子の寝室などにいては、あらぬ疑いをかけられてしまいますよ」

 もっともな苦言だ。
 ただし、状況にそぐわない。
 いや、そうでもないかも知れない。
 あらぬ疑いをかけられる可能性はある。
 夜這いではなくて暗殺だけど。
 毒が塗られたナイフは私の手の中にある。
 暗殺者に渡さないために拾ったのだけど、もし暗殺者が捕まらなかった場合、疑いをかけられるのは私だ。

「すぐに自室にお戻りください」

 メアリーはそう言って、扉から離れて道を開けてくれる。
 そこまでされて、ようやく私は理解した。

「・・・わかったわ」

 都合がいいのは確かだ。
 先ほど私を目撃した兵士も、彼女が上手く対処してくれるのだろう。
 口止めか別の手段かは知らないけど。
 その日、私は彼女に促されるまま、自室に戻って睡眠を取った。

 *****

 いつもより少しだけ遅い時間に起きて朝食を取る。
 朝食を部屋に運んでくれたメアリーは特に何も言わなかった。
 だから、私も何も聞かない。

「今日は出かけないのですかな?」

 朝食後も部屋から出ない私にメフィが問いかけてくる。
 別にメフィだけ出かけてもいいんだけど、メフィはそうしない。

「今日はのんびりしたい気分なのよ」
「ふむ、深夜の散歩はお終いですかな?」
「ええ、散歩は飽きたしね」

 メフィは私が何をしていたかを知っている。
 そして、おそらくは昨日、何が起きたのかも知っている。

「次はどうしますかな?」
「次か。そうね・・・」

 最初の目的は達成した。
 今までと同じことを繰り返す必要はない。
 次の段階へ進むタイミングだ。
 だけど、どっちに進むのかは、私が決めることになるのか、別の人間が決めることになるのか、それはまだ分からない。
 だから、こう答える。

「演劇かしら?」
「ほう、優雅ですな」

 私の答えに、メフィが興味深そうな顔をする。

「それで、鑑賞する側ですかな?それとも、演じる側ですかな?」

 脚本を作りながら、役者を鑑賞する。
 そのつもりだったけど、昨日の様子だと、

「演じる側かしら」

 どうやら、私も脚本に従う役者だったようだ。
 なら、脚本家に今後の演出を訊きに行く必要があるだろう。

「喜劇か悲劇か楽しみですな」
「観客は気楽でいいわね」

 その日、私は昼食も自室で取った。
 そして午後、お茶会に参加するために工房へ向かった。
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