シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第二章 白雪

034.暗殺

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 少女の任務は、この国の情報を故郷の国へ送ることだった。
 簡単な任務。
 気楽な任務。
 そして、安全な任務だった。
 ここが他国で、少女が無断でこの国に侵入している危険性を差し引いたとしても、それは変わらない。
 少なくとも、少女が故郷の国にいるよりは、安全であることは間違いなかった。
 城の人間と親しくなるのは、任務の一環だった。
 メイドという立場で侵入している以上、この国の上層部だけが知る機密情報に触れる機会は無い。
 しかし、噂話というものは馬鹿にできない。
 特に城の中で流れる噂なら、なおさらだ。
 例えば、この国の王族や重臣が廊下を歩きながらこぼす愚痴。
 それはときに、この国を傾ける情報になり得る。
 そしてそれを、たまたま掃除中のメイドや、庭の手入れをしている最中の庭師が耳にすることがある。
 あるいは、もっと直接的に、王族や重臣の愛人が、睦言で聞くこともある。
 それらは、本来なら重大な情報漏洩だ。
 しかし、城で働く人間は、許可なく城の外へ出ることはできない。
 だから、普通なら、その情報は外部へ漏れることはない。
 少女の任務は、その油断をついて手に入れた情報を、故郷の国へ送ることだ。

「(はぁ)」

 指令の受け取りと入手した情報についての報告は、定期的に城へ訪れる商人を通じてやり取りすることになっている。
 商人は故郷の国の人間ではない。
 ただの商人だ。
 ただし、商人という人種は、金さえ払えば、どんな商品でも扱ってくれる。
 それは例えば、手紙などもだ。
 故郷の想い人へ向けた手紙。
 それに見せかけた、暗号を仕込んだ手紙も、届けてくれる。
 少女への任務変更の指令が来たのも、そんな手紙を装ってだった。

「(暮らしやすい国だったんだけどな)」

 故郷にいるときのような命の危険もない。
 親しい知り合いも多くできた。
 下心丸出しで近寄ってくる男もいるが、そんな男と家庭を築くのも悪くないと思える程度には、この国に愛着があった。
 けど、任務は果たさなければならない。
 離れていても、故郷にいる家族を見殺しにはできない。

「王子様に呼ばれまして・・・」

 目的の場所を警備している兵士に話しかける。

「通れ。あまり声を上げるなよ」
「ありがとうございます」

 あっさりと警備を潜り抜けることができた。
 ずさんな警備ということもできるが、これも少女の努力のたまものだった。
 いくら城で働くメイドとは言え、普通はそんなに簡単に王子の部屋へ通されることはないだろう。
 しかし、少女は警備の兵士と世間話をするくらいには親しかった。
 下心の透けて見える視線を向けてきたわりに、言い寄ってくることはなかったが、それでも少女に悪い感情は持っていないだろう。
 だから、簡単に通してもらえた。
 王子の女癖の悪さも大きな要因だろうが、それでも少女の努力がなければ、こうはいかなかっただろう。

「(これでこの国ともお別れね)」

 暗い部屋の中、扉を閉めながら思う。
 ここまで来れば、後は簡単だった。
 王子が起きていても寝ていても、任務を遂行できる自信がある。

「・・・王子様?」

 小声で話しかける。
 王子はベッドに入っていた。
 最近は忙しく疲れてる姿を目撃されているから、すでに眠りに入っているのだろう。

「・・・王子様?」

 もう一度声をかけるが反応はない。
 なら、方針は決まりだ。
 メイド服のポケットからナイフを取り出す。
 ナイフは、食事で使うものだ。
 こんなもので切り付けたところで、掠り傷をつけるのがせいぜいだろう。
 ただし、ナイフには、ここに来る前に毒を塗ってある。
 掠り傷で命を奪う猛毒だ。
 苦しむ間もなく眠るように息を引き取る。

「(王子様に恨みはないけど)」

 任務を遂行するために、王子が眠るベッドへ向けて一歩を踏み出す。

 ちくっ。

「っ!」

 反射的に痛みを感じた腕と逆方向に跳び退る。
 追撃は無い。
 けど、確かにいる。
 腕に感じた痛みは幻ではない。

 かちゃん。

 ナイフを構えようとして、腕に力が入らないことに気づく。
 激痛が走るわけではない。
 ただ、力が入らない。
 そして、腕を動かしたせいで、ナイフを落としてしまった。

「悲鳴を上げないってことは、暗殺者ってことでいいわよね」

 声が聞こえた。
 こちらの方向へ目を凝らす。
 今夜は月が欠けており、月明りは少ない。
 星の明かりで、かろうじて相手の姿を見つける。
 判ったのは、黒いドレスを着た女性だということだ。
 顔は暗闇に隠れて良く見えない。

「わ、私は王子様に呼ばれて・・・」
「私という先客がいるのに?」

 時間稼ぎの台詞を口にするが、相手は迷う素振りも見せず、言葉を返してくる。
 ダメだ。
 任務は失敗だ。
 咄嗟に逃亡経路を探す。
 候補は扉か窓だ。
 だけど、選択肢は1つしかない。
 黒いドレスの女性が、いつの間にか扉の前にいる。
 だから、そちらから遠ざかるように窓へ移動するしかなかった。

「諦めなさい、ここは3階よ。飛び降りたとしても、足が折れて逃げられないだろうし、自害しようとしても死にきれないわよ」

 そう言いながら、黒いドレスの女性は、床に落ちたナイフを拾う。
 わざわざ、それを拾う理由。
 それは、明らかだ。
 僅かに逸れた視線が戻らないうちに、窓ガラスを破って身を投げだした。

「あ・・・」

 黒いドレスの女性の呆けた声を聞きながら、重力に引かれて地面に落ちていく。

「この高さならっ!」

 人間は頭が重いから、高いところから落ちると、頭が下になる。
 そうならないように、足が地面を向くように、必死にバランスを取る。
 自害するつもりはない。
 黒いドレスの女性は足が折れるといったが、この高さから飛び降りても、そうなるとは限らない。
 幸い下は庭園で、石畳はなく、柔らかい地面だ。
 上手く衝撃を吸収すれば、足を折らずに済むかも知れない。
 たとえ骨にヒビが入ったとしても、暗闇に紛れれば逃げ切れる可能性もある。

「っ!」

 恐怖を感じながらも、目を逸らすことなく地面を見つめ、タイミングを計る。
 そして、足が地面に着いた瞬間、地面が消えた。

「ぎゃっ!」

 深さは大したことはなかった。
 膝まで埋まらない程度だ。
 だけど、着地のタイミングを狂わせるには充分な深さの落とし穴が、そこにはあった。

「性格が・・・悪いっ!」

 さらに、落とし穴には、尖った木の枝が敷き詰められていた。
 深さから考えて、殺すことが目的じゃない。
 足を使いものにならなくして、逃げられないようにすることが目的だ。
 皮を裂き、肉に刺さり、腱を傷付ける。
 たちが悪い。
 骨を折った方がマシだ。
 骨なら綺麗に折れれば元通りに繋がる可能性がある。
 けど、これだと刺さった枝が折れたら身体の中に残るし、腱が切れたら一生歩けなくなる。

「何が・・・足が折れて・・・逃げられないよっ!」

 吐き捨てながら、足に刺さった枝を引き抜く。
 枝の欠片が残って激痛が走るが、幸い腱は切れていないようだった。
 黒いドレスの女性は飛び降りることを見越して、こんな罠を仕掛けたに違いない。
 そして、飛び降りることを誘導するために、あんなことを言ったのだ。

「絶対・・・逃げてやるんだからっ!」

 激痛に耐え、足を引きずりながら、歩き出す。
 城で働いていたのだ。
 逃げ道も身を隠せそうな場所も熟知している。
 早く走れなくても、隠れながら逃げることはできる。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 絶え間ない痛みが、足を突き抜け、頭に刺さる。
 滲み出る血に命の危険を感じ始めた頃、ようやく裏門まで来ることができた。
 怪我をした足では壁を乗り越えて城の外に出ることは無理だ。
 門から歩いて出るしかない。

「おい!どうした!」

 当然のように門番に見つかる。
 ここには、まだ王子を襲撃した知らせは届いていないようだ。
 二人の門番が通常の警備をおこなっているだけだった。

「と、突然、襲われて・・・」

 怪我を装う必要はない。
 実際に怪我をしており、服は血に染まっていた。

「ここで待っていろ!すぐ医者を連れてきてやるからな!」

 一人の門番が医者を呼びに行こうとする。
 門番は二人いるので、一人が持ち場を離れても大丈夫という判断からの行動だろう。
 だけど、今はそれだと都合が悪い。

「いえ、王子様が襲撃されたようです。私に構わず警備を・・・」
「なにっ!」

 門番が驚愕に声を上げる。
 どうせ、ここに戻ってくることはない。
 後のことを考える必要はないので、本当のことを伝える。

「俺は状況を確認してくる。お前はこのメイドに医者を連れてきてやれ」
「わ、わかった」

 慌ただしく二人の門番が走り去っていく。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 狙い通りの反応をしてくれたことに感謝しつつ、再び歩き始める。
 城から出てしまえば、あとは暗闇に紛れて逃げ切ることができる。
 城に侵入するときに使った名前は、この国に実際にいた貴族の娘の名前だ。
 その娘はもういないが、彼女の家族はそのことを知らない。
 追手がかかったとしても、しばらくはそちらに目が向くだろうから、多少は時間が稼げるはずだ。

「こ、ここまで来れば」

 朦朧とする頭で足を踏み出した瞬間、私は腕に痛みを感じた。
 黒いドレスの女性に刺された方とは逆の腕だ。
 目を向けると、唐突に避けた皮膚から、冗談のように血が噴き出している。

「シンデレラ様も詰めが甘いですね」

 幻聴のような声を聞きながら、急速に暗くなっていく視界とともに、意識を失った。
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