シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第二章 白雪

033.誘い

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 チャラ王子は、一通り愚痴をこぼした後、仕事に戻っていった。
 どうも、疲れているところに根も葉もない噂をされていることに、イライラしているようだった。
 だけど、兵士の目撃証言もあるから、チャラ王子の言うことを信じる者はいないようだ。

「実際のところはどう思う?」

 チャラ王子が去った後、ストーカー王子が訊いてくる。

「どちらでもいいんじゃないですか?夜這いに行った女性が相手にされなくて見栄を張ったか、チャラ王子が嘘を言っているか、どちらかでしょうけど」

 どっちだったとしても、大して変わらない。
 噂好きのメイドが盛り上がるだけだろう。

「じゃあ、お開きにしましょうか」
「あ、うん」

 喋り足りないのか、ストーカー王子が名残惜しそうにしていたが、結局この日はこれでお開きになった。

 *****

 数日が経過した。
 最近の私の日課は、こんな感じだ。

 午前中は、自室で朝食を取った後、城の中や庭園を見て回る。
 たまに、メイド達を手伝うこともある。

 昼になったら、食堂で昼食を取る。
 だいたい、エミリーと世間話をしながらだ。

 午後も、城の中や庭園を見て回る。
 途中で工房に行って、ストーカー王子とお茶を飲むこともある。

 そして、夕方になったら、自室に戻って夕食を取る。
 傍から見たら、仕事もせずに、ぶらぶらしているようにしか見えないだろう。

「まるっきり、ニートですな」
「うるさいわよ」

 ニートという言葉がどんな意味かは分からなかったが、誉め言葉でないことだけは分かった。

「だって、仕方ないじゃない。仕事っていっても、狩りや薬草取りはできないし、雑用をしようとすると止められるし」

 私にできる仕事なんて、それくらいだ。
 でも、仮にも王子の婚約者候補である私がそんなことをしようとすると、周りが止めてくる。
 だから、メイドの手伝いをするときも、軽い荷物を運ぶのを手伝うくらいしか、させてもらえない。
 掃除や洗濯をしようとすると、間違いなく止められる。

「周りの人間は、王子との仲を深めて、正式な婚約者になることを求めているのではないですかな?」
「肝心の王子が工房に籠りっきりじゃない」

 まあ、王族の婚約者なんかになったら動きづらくなるし、都合が良いのだけれど。
 でも、いつまでもこんな生活を送っていると、面倒なことになりそうだし、なんとかする必要はある。
 そして、その準備も行ってきた。

「でも、そろそろかも知れないわね」
「何がですかな?」

 知っているだろうに、メフィがそんなことを言ってくる。

「昼間の話、聞いていたんでしょ」

 私は昼食を取りながら聞いたことを思い出していた。

 *****

「第一王子に言い寄る女性が増えているみたいなんですよ。新人のメイドも色気づいちゃって」
「ふぅん。関係を持ったら、メイドを辞めさせられるって知らないの?」

 昼食を取りながら、いつものようにエミリーと世間話をする。
 内容は、エミリーが大好きな城の中で起きているゴシップネタだ。
 彼女にとっての娯楽は、そのくらいしかないらしい。
 ちなみに他のメイドには、メフィを可愛がることを楽しんでいる者もいるが、実は密に玉の輿を狙っているという噂も聞く。
 周囲から見たら、メフィは王子の婚約者候補である私の弟だ。
 そのメフィと結婚すれば、晴れて王族の一員になる可能性があるというわけだ。
 チャラ王子に言い寄るよりは、可能性が高いように思えるのだろう。
 一部には、メフィを今から理想の男性に育てるのだと言っているメイドもいるらしいが、そっちは好きなようにして欲しい。
 その努力が実ることはないだろうけど。
 それはともかく、今はエミリーと会話することにする。

「半年くらい前に入ったメイドだから、知らない可能性はありますね。でも、知っていたとしても、玉の輿の可能性があるなら、行動しちゃうんじゃないですか?何事も行動しないと結果は出ませんし」
「そんなものかな」
「第一王子、しばらく女性と関係を持たなかったのに、最近は毎日のように女性を自室に連れ込んでいるみたいですからね。最後のチャンスだと思われているんじゃないですか?特定の相手と結婚しちゃったら、正妃になれる可能性はゼロになりますし」
「そうなんだ」

 隣国の姫との婚約の話もあるし、なおさらなのかな。
 側妃や愛妾の道は残されているだろうけど、正妃がいてはアプローチもしづらいのは想像に難くない。
 私がそんなことを考えている間にも、エミリーのお喋りは続く。
 ゴシップネタは人に話してこそ娯楽として成り立つのだろう。

「でも最近、別の噂もあるんですよ」
「どんな噂?」
「ほら、前に第一王子の部屋から出てきた女性が、捨てられた女性の怨念なんじゃないかって、噂があったじゃないですか。あれが再燃しているんですよ」
「その噂、まだ続いていたんだ。まあ、オカルトも噂話のネタとしては定番だけど」
「ちゃんと、根拠もあるみたいですよ」
「根拠~?」
「あ、信じてませんね」

 それはそうだろう。
 オカルトやミステリーの根拠ほど信用できないものはない。
 神隠しが起きて霊界に繋がる場所があるって噂になったけど、真相はただの駆け落ちだったり、館の主人が密室で殺されたから幽霊の仕業だって噂になったけど、真相は痴情のもつれで夫人が犯人だったり。
 と考えたところで、メイド達と楽しそうに昼食を取るメフィの姿が視界に入る。

「・・・・・」

 まあ、稀に真実であることも、あるかも知れない。

「それで、その根拠って?」

 私はエミリーに続きを促す。

「その女性が部屋から出てくるのは、何人もの兵士が見ているんですけど、部屋に入るところを誰も見たことがないらしいです」
「こっそり入ったってだけじゃないの?」
「部屋の入口には警備の兵士がいるから無理ですよ」
「隠し通路があるとか?」
「それなら、帰りもその通路を通ればいいじゃないですか」
「ふぅん、確かに妙な話ね」
「はい。だから、最初はただの噂だったんですけど、最近は警備に穴があるんじゃないかって話も出ているみたいですね」

 それは、ご愁傷様だ。
 でも、そうか。
 そんな噂が出始めているのか。

 *****

「噂の影響で警備が強化される可能性がありますな」

 メフィがそんな予想をする。
 やはり、話を聞いていたようだ。

「ただし、警備をしている兵士からすれば、持ち場を離れることも居眠りすることもしていないのに、警備が甘いと言われているようなものですから、納得はできないでしょう。そのせいか、すぐに警備が強化されるという事態にはなっていないようですが」
「チャラ王子は何ともなっていないわけだしね」

 ストーカー王子とお茶会をしていると、たまに愚痴をこぼしにやってくる。
 少しずつ、毒を盛られていることもない。
 メフィがやらかしたことの後始末で、疲労は溜まっているようだけど。

「でも、いくら何ともなっていないって言っても、部屋から不審人物が出てきているのに、呑気なものね」
「普段の行いというやつですな。王子が女性の部屋を尋ねることも、王子の部屋へ女性が出入りすることも、頻繁にあったようですから」

 最近は本人が否定しているようだが、以前は半ば公然の秘密だったようだ。
 そんな背景があるから、警備担当の上の人間も、本腰を入れていなかったのだろう。
 でも、女を抱く気力がないほど疲労している様子の王子と、メイドにまで広まっているほどの噂のせいで、動かざるを得なくなったようだ。
 警備の強化が検討されているという噂も聞こえてきている。
 だけど、そうなると困る人間も出てくる。
 一時期は女遊びを止めたのに再び再開した王子に、言い寄っている女性達だ。

「チャラ王子に言い寄る女性にしてみたら、警備が強化される前が最後のチャンスよね」

 なにせ、今までは言い寄れば一度は抱いてもらえたのだ。
 自分の魅力や性的な技術に自信がある女性なら、それは唯一にして最大のチャンスだったろう。
 けど、そのチャンス自体が無くなるかも知れないのだ。
 当然、焦るだろう。
 そしてそれは、股が緩い女性に限った話ではない。

「襲撃者にとってもですな」

 その通りだ。
 身分の高い人間への襲撃というのは、昼間や屋外で行うものではない。
 盗賊が商人の馬車を襲うならともかく、護衛の付いている人間への襲撃は、できるだけ隙をつく必要がある。
 人目が多く襲う側が見つかりやすい昼間や、標的に逃げられる可能性が高い屋外など、論外だ。
 多くの人間が寝静まり気付かれずに標的に近づくことができる深夜に、標的を逃がす可能が少ない屋外で実行するのが、最適なのだ。
 その条件を満たす場面の1つが、本人が眠りに入った寝室だ。

「舞台は整えてあげたわよ」

 私はじきに来るであろう襲撃者に向けて言い放つ。
 毎日女性を自室に連れ込むチャラ王子。
 警備が強化される直前という状況。
 最大のチャンスにして、最後のチャンス。
 この状況を作るのは苦労した。

「さあ、いらっしゃい」

 おそらくは、これから数日が勝負だろう。
 私も準備を整えることにする

 *****

 深夜。
 王子の部屋に近づく人影がある。
 上司が警備の強化を検討している時期だ。
 本来なら警戒すべき状況だが、部屋の入口を警備する兵士は、その様子を見せない。
 なぜなら、兵士はその人物の顔を知っていたからだ。
 だが、警戒はしないといっても、任務は果たす必要がある。

「こんな時間にどうした?」

 兵士は部屋に近づく人物に、そう問いかける。
 近づいてきた人物はメイドだった。
 食堂で顔を見たことがある。
 半年くらい前に入って来た新人だが、特別美人ではないが愛嬌のある少女で、すぐに城に馴染んだ。
 彼女を狙っている同僚もいるし、チャンスがあれば自分も、と考えたのを覚えている。
 入ったばかりで知り合いの少ない少女は、声をかければ仲良くなれる可能性が高い。
 もっとも、誰にでも愛想のよい少女なので、未だに深い仲になった人間はいないようだ。
 そんな少女が、王子の部屋にやってきた。
 次の言葉は兵士にも予想できた。

「王子様に呼ばれまして・・・」

 やっぱりか、と兵士は思う。
 そして残念にも思う。
 王子に呼ばれてここに来たということは、しばらくしたら少女はこの城を去ることになるだろう。
 そうなるくらいなら、自分が手を出しておけばよかったと思う。
 なにせ、王子は女には困っていないのだ。
 メイドの一人くらい、兵士が手を出しても怒りはしないだろう。
 だが、それも全ては遅い。
 今さら、王子に抱かれるのは止めておけ、と言うわけにもいかない。

「通れ。あまり声を上げるなよ」
「ありがとうございます」

 落胆しながら、メイドの少女が部屋の中に入っていくのを見送る。
 そして、兵士は警備の任務に戻った。

 ガシャン!

 部屋の中から何かが割れる音が聞こえてきたのは、少女が入ってからしばらくしてからのことだった。
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