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第二章 白雪
030.七人
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「シンデレラは、どんな様子?」
工房から自室に戻ったところで、僕は尋ねる。
「毎日、城の中を見て回っているようですね。許可なしに歩ける範囲は一通り回っているようです」
「そう」
毎日、僕の工房にもやって来るけど、少し世間話をしたら別のところへ行ってしまう。
「毎日、同じところを歩き回って、飽きないのかな」
「そう思うなら、もう少し親睦を深めたら、どうですか?悪い癖が出ていますよ、王子」
研究に集中すると、他のことに目が行かなくなるのは自覚している。
今も『ガラス』の製造に毎日長時間を費やしている。
でも、理由はそれだけじゃない。
シンデレラを連れ帰って安心したのもあるけど、彼女と一緒に過ごして何をしたらいいのか分からない。
彼女と会話をすると心が弾むのは確かだし、いつも一緒にいたいと思うけど、じゃあ何かをしたいかと言われると、思いつかない。
そんなわけで、僕と彼女はそれぞれ自由に過ごして、一日一回会話をする程度だ。
なんとなく、それで満足してしまっている。
「そのうち、愛想をつかされてしまうんじゃないですか?そうなったら、もう、王子と結婚してくれそうな人は現れないかも知れませんよ」
「え?ど、どうしようか?何か彼女がやりたいこととか知らない、メアリー?」
僕は満足していても、彼女はそうではないかも知れない。
そう考えると、なんだか急に不安になってきた。
「存じ上げません。でも、庭園の隅々まで歩き回っているようですので、身体を動かすことが好きなのではないでしょうか?逆に、本を読んだり、刺繍をしたりといった、部屋の中で過ごすことには興味がないようです。装飾品にも見向きもしません」
「街にでも連れていったら、喜ぶかな?」
「どうでしょう?物欲があまり無いようにお見受けしますので、街中よりも草原を馬で駆ける方が好みではないかと思います。あのユニコーンは、シンデレラ様が自ら乗ってきたのですよね」
「そうだよ」
ユニコーンは目撃例がほとんどない伝説の聖獣と言われている。
けど、実際に見ると、頭に角が生えている以外は、見た目は普通の馬と変わらない。
そして、今は他の馬達と一緒に大人しく世話をされている。
だから、城の人間は、ちょっと変わった馬程度にしか思っていないようだ。
でも、シンデレラを連れて城へ帰る道中で一緒だった人間は知っている。
あのユニコーンは、シンデレラの言葉を、つまり人間の言葉を完璧に理解している。
もし、そのことを知らない人間が、あのユニコーンを馬と同様に考えて、目の前で秘密を喋ったりしたら、その秘密は筒抜けになるだろう。
ただし、ユニコーンは人間の言葉を喋ることができないので、実際にはさほど影響はないだろうが。
「・・・・・」
「どうしました?」
本当にそうだろうか。
言葉を喋ることができないだけで、意志疎通の手段が無いわけじゃない。
YESやNOなら、頷くか首を横に振るかでできる。
賢い馬という程度の認識しか無かったが、妙に気になってきた。
「王子?」
「・・・いや、なんでもないよ」
まあ、考えても仕方がない。
今は馬小屋で大人しくしているし、あのユニコーンを連れて出るときに考えることにしよう。
「シンデレラは馬に乗れるけど、僕はあまり馬に乗れないと思ってね。馬に乗って出かけるのは難しいかな」
そう言って、誤魔化す。
すると、メアリーは冷静な口調で、とんでもない言葉を返してきた。
「なら、シンデレラ様がユニコーンに乗れなくなるようなことをしてはいかがでしょうか?親睦も深まるでしょうし、アレも一種の運動でしょうから、手っ取り早いですよ」
「な、なにを!?」
思わず顔が赤くなる。
「ユニコーンの乗れている時点で、シンデレラ様が処女なのは確実です。王子の婚約者候補としての条件は満たしていますから、後は王子がシンデレラ様をユニコーンに乗れなくすれば、正式な婚約者として決定じゃないでしょうか?」
「婚前交渉はマズいだろう!?」
「いいえ、身体の相性を確かめておくことも、健全な夫婦生活を送るためには大切なことで・・・」
「そ、その話は追々でいいよ!?」
からかっているのだと思うけど、至極、真面目な顔で言ってくるから困る。
まあ、ソレも重要なのは確かなのだろうけど。
「・・・それで?そう言うってことは、メアリーの目から見て、シンデレラは合格ってことでいいのかな?」
メアリーは、シンデレラの世話をさせるために彼女につけたメイドだけど、役目はそれだけじゃない。
彼女が僕の妃として相応しいかを判断するための材料を集めるための観察者であり、相応しいと判断された場合の教育者でもある。
「金銭や権力には興味が無いようですし、そういう面では問題ありません。性格は少し粗野ではありますが、王様との謁見を無事に乗り越えたようですので、場をわきまえた行動もできると思われます。貴族としての教育を受けていないとお聞きしていましたので礼儀作法が心配でしたが、それほど酷くはありません。身近に貴族がいたので、見て覚えたのかも知れませんね」
「結論は?」
「シンデレラ様は問題ありません」
それを聞いて安心した。
でも、少し引っかかる答え方だった。
予想はついているが、あえて尋ねる。
「『シンデレラは』ってことは、他に問題があるってこと?」
「わかっていて聞いておられるのでしょう?シンデレラ様の弟のことです」
やはり、そうか。
「あの子供はなんなのですか?いえ、そもそも子供なのですか?私には、あの子供が老獪な策士にしか見えません」
「他のメイド達には評判がいいみたいだけど?」
「他のメイド達の前では、完璧に子供として演じているようですね。それができる時点で普通の子供じゃありません。それに・・・」
メアリーは一呼吸おいて、言葉を続ける。
「あの子供は、私の正体に気づいていました」
「・・・なんだって?」
「シンデレラ様が髪を切ったとき、私がショックで気を失った『フリ』をしていたのを、見破られていました。そのせいで、私がいる場では話さない情報が聞けるかと思ったのですが、当てが外れました」
「気のせいってことは?」
「声の向きが常にこちらを向いていましたから、気を失っていないことを知っていて、逆にこちらを観察していたのでしょう。しかも、おそらく、わざとこちらに分かるようにしていました」
「何のために、そんなことを」
「隠れて探っても無駄だということを忠告したかったのでしょう」
なんてこった。
メフィの奴、そんなことをしていたのか。
しかし、当然か。
彼を騙せるわけがない。
気になるのは、わざわざメアリーに忠告したことだ。
シンデレラのためだと思いたいけど、油断はできない。
実際、僕も牢にいた重罪人を消されてしまった。
表立って騒ぎになってはいないけど、実は父や重臣が対応に苦心している。
最初は脱獄が疑われたのだが、見張りの兵に気づかれず、しかも形跡も残さずに脱獄するのは無理だということで、今は原因不明だが死んだのではないかという方向で考えられている。
病死ということで処理すればよいのだが、消えた人間の中には、外交のカードになる可能性があった人間も含まれている。
安易に病死として公表してしまえば、遺体を要求される可能性もあるのだ。
それを、どうするかの対応に苦心しているというわけだ。
ちなみに、結局、僕は名乗りでていない。
決して責任を負うのが怖かったわけではない。
けど、どう説明したらいいかが、どうしても思いつかなかったのだ。
正直に言ったとしても、頭がおかしくなったと取られる上に、状況を混乱させるだけだ。
そのような理由で、僕は罪悪感に苛まれながらも、あの出来事を隠し続けている。
「シンデレラの弟・・・メフィについては、監視するだけで、無理に調べようとはしなくていいよ」
「それで、大丈夫でしょうか?」
「ああ」
大丈夫ではないが、そうしないと被害が増える可能性がある。
「わかりました。これでは、こちらからの報告は以上になります」
「ありがとう」
これで定期報告は終わったのだけど、今日はこちらからも用事がある。
「それでは失礼します」
「あ、ちょっと待って」
メアリーを呼び止め、テーブルの上に数個の試作品を置く。
メフィから製造方法を教わってから、最初に作ったものだ。
「これは・・・ガラス?のナイフですか」
「新しい試作品だよ。持ってみて」
僕の言葉にメアリーが試作品の中から1本を手に取る。
握り具合を確かめたり、刃を指で叩いてみたりして、感想を返してくる。
「軽いですね。それに強度もあるようです」
「使えそう?」
「重さがないので、相手の武器を押し返したり、相手に押し込むことには、使いづらいかも知れませんね」
「投擲したり、急所を刺したりすることには?」
「最適ですね。光を反射しづらいようですから、暗闇なら特に」
「やっぱり、そっち方面の使い道になるか・・・」
最初は騎士が持つ剣にすることも考えた。
しかし、この素材はいくら透明だといっても、昼間なら輪郭は見えてしまう。
真っ平にすれば話は別だろうが、そうした場合の用途は窓ガラスくらいしか思い浮かばない。
それで考えたのが、暗闇で使う武器だ。
「とりあえず、7本作ったから、他の人にも渡しておいて」
「ありがたく、頂戴いたします」
「試作品だから、使い勝手が悪かったら教えて」
「わかりました。ですが、私達がこれを使う機会は、滅多に無いと思いますが・・・」
「そうだといいんだけどね」
メアリー達がこれを使うということは、そうとう追いつめられた場合だけだ。
攻める側でも、防ぐ側でも、それは同じだ。
だから、普段なら使う機会など、滅多にない。
けど、今はその滅多にない機会が起きる可能性がある。
というよりも、実際に起きた。
あのときは、シンデレラが対処してくれたけど、次があったとしても彼女を危険には晒したくない。
「もしかして、シンデレラ様のお屋敷で襲撃を受けた件でしょうか?」
「ああ。あれで終わりとは思えない。また来る可能性は低くないと思う」
それに、大っぴらには言えないが、兄は自ら隙を見せようとしている。
「城にいる間は、警備の兵士が対処してくれると思いますが」
「だといいけど、妙な薬を使うみたいだから、油断はできないよ。メアリー達も気をつけてね」
「わかりました。それでは、失礼します」
「シンデレラのこと、よろしくね」
「はい」
礼をして、メアリーは部屋を出ていった。
「さて、次は何を作ろうかな」
兄のことは心配だけど、僕ができることは少ない。
なら、少しでも助けになるよう、普段通りのことをするだけだ。
「その前に、明日はこちらからシンデレラに会いにいくかな」
よく考えたら、ここ数日は工房に籠りっきりで、自分の方からシンデレラに会いに行っていない。
彼女の方から会いに来てくれるからいいけど、そうでなければ一言も喋らなかった可能性もある。
メアリーの言葉ではないけど、愛想をつかされないように、できるだけこちらから会いにいくようにしよう。
そんなことを考えながら、その日はベッドに入って眠りについた。
*****
深夜。
城のほとんどの者は寝静まっているが、一部の者はこの時間でも仕事をしている。
例えば、警備の兵士達である。
「ふあっ」
欠伸を噛み殺す。
周りに人の目は無いが、もし欠伸をしているところを見られでもしたら、処罰されてもおかしくない。
この時間でも警備をする必要がある場所は、限られている。
城の出入口や重要な施設、そして王族の寝室の前などだ。
そして、ここは王子の寝室の前だった。
少し前までは、部屋の中から嬌声が聞こえてくることもあったが、最近ではそんなことも無くなった。
妙な気分にならなくて済むが、あまりにも静かだと緊張感を保つのに苦労する。
交代制なのがせめてもの救いだが、その時間まではもうしばらく間がある。
「ご苦労様です」
「っ!」
そんなことを考えていたところに、背後から声をかけられて、びくっとなる。
声は女性のものだった。
慌てて振り返ると、髪の長い女性が音も立てずに扉を開け、王子の部屋から出てくるところだった。
真っ黒なドレスを着ており、妖しい雰囲気を醸し出している。
「だ、誰・・・」
「しっ!」
こちらが声を上げそうになるのを、こちらの唇に人差し指を当てて、止めてくる。
「王子が寝ています。お静かに」
「あ、ああ・・・」
意表を突かれて、動揺してしまう。
部屋の中から声は聞こえて来なかったので、今夜は『お楽しみ』ではないはずだった。
「『ひさしぶり』だからでしょうか、ぐっすりと寝てしまいましたので、起こさないようにしてください」
「わ、わかった」
何か特殊なプレイでもしていたのだろう。
女性があまりにも冷静にしていたので、深く考えることもなく、そう判断して頷く。
「夜遅いですが、私はこれで失礼します。隣国の姫との婚約を控えていて、王子様も世間体を気にするようになったようですから」
なるほど、と思う。
考えてみたら当然だ。
あれだけ派手に女遊びしていたのに、突然それを止められるわけがない。
つまり、王子はようやく隠すということを覚えたのだ。
去って行く女性の背中を見つつ、そんなことを考えながら、警備の兵士は交代までの時間を過ごした。
工房から自室に戻ったところで、僕は尋ねる。
「毎日、城の中を見て回っているようですね。許可なしに歩ける範囲は一通り回っているようです」
「そう」
毎日、僕の工房にもやって来るけど、少し世間話をしたら別のところへ行ってしまう。
「毎日、同じところを歩き回って、飽きないのかな」
「そう思うなら、もう少し親睦を深めたら、どうですか?悪い癖が出ていますよ、王子」
研究に集中すると、他のことに目が行かなくなるのは自覚している。
今も『ガラス』の製造に毎日長時間を費やしている。
でも、理由はそれだけじゃない。
シンデレラを連れ帰って安心したのもあるけど、彼女と一緒に過ごして何をしたらいいのか分からない。
彼女と会話をすると心が弾むのは確かだし、いつも一緒にいたいと思うけど、じゃあ何かをしたいかと言われると、思いつかない。
そんなわけで、僕と彼女はそれぞれ自由に過ごして、一日一回会話をする程度だ。
なんとなく、それで満足してしまっている。
「そのうち、愛想をつかされてしまうんじゃないですか?そうなったら、もう、王子と結婚してくれそうな人は現れないかも知れませんよ」
「え?ど、どうしようか?何か彼女がやりたいこととか知らない、メアリー?」
僕は満足していても、彼女はそうではないかも知れない。
そう考えると、なんだか急に不安になってきた。
「存じ上げません。でも、庭園の隅々まで歩き回っているようですので、身体を動かすことが好きなのではないでしょうか?逆に、本を読んだり、刺繍をしたりといった、部屋の中で過ごすことには興味がないようです。装飾品にも見向きもしません」
「街にでも連れていったら、喜ぶかな?」
「どうでしょう?物欲があまり無いようにお見受けしますので、街中よりも草原を馬で駆ける方が好みではないかと思います。あのユニコーンは、シンデレラ様が自ら乗ってきたのですよね」
「そうだよ」
ユニコーンは目撃例がほとんどない伝説の聖獣と言われている。
けど、実際に見ると、頭に角が生えている以外は、見た目は普通の馬と変わらない。
そして、今は他の馬達と一緒に大人しく世話をされている。
だから、城の人間は、ちょっと変わった馬程度にしか思っていないようだ。
でも、シンデレラを連れて城へ帰る道中で一緒だった人間は知っている。
あのユニコーンは、シンデレラの言葉を、つまり人間の言葉を完璧に理解している。
もし、そのことを知らない人間が、あのユニコーンを馬と同様に考えて、目の前で秘密を喋ったりしたら、その秘密は筒抜けになるだろう。
ただし、ユニコーンは人間の言葉を喋ることができないので、実際にはさほど影響はないだろうが。
「・・・・・」
「どうしました?」
本当にそうだろうか。
言葉を喋ることができないだけで、意志疎通の手段が無いわけじゃない。
YESやNOなら、頷くか首を横に振るかでできる。
賢い馬という程度の認識しか無かったが、妙に気になってきた。
「王子?」
「・・・いや、なんでもないよ」
まあ、考えても仕方がない。
今は馬小屋で大人しくしているし、あのユニコーンを連れて出るときに考えることにしよう。
「シンデレラは馬に乗れるけど、僕はあまり馬に乗れないと思ってね。馬に乗って出かけるのは難しいかな」
そう言って、誤魔化す。
すると、メアリーは冷静な口調で、とんでもない言葉を返してきた。
「なら、シンデレラ様がユニコーンに乗れなくなるようなことをしてはいかがでしょうか?親睦も深まるでしょうし、アレも一種の運動でしょうから、手っ取り早いですよ」
「な、なにを!?」
思わず顔が赤くなる。
「ユニコーンの乗れている時点で、シンデレラ様が処女なのは確実です。王子の婚約者候補としての条件は満たしていますから、後は王子がシンデレラ様をユニコーンに乗れなくすれば、正式な婚約者として決定じゃないでしょうか?」
「婚前交渉はマズいだろう!?」
「いいえ、身体の相性を確かめておくことも、健全な夫婦生活を送るためには大切なことで・・・」
「そ、その話は追々でいいよ!?」
からかっているのだと思うけど、至極、真面目な顔で言ってくるから困る。
まあ、ソレも重要なのは確かなのだろうけど。
「・・・それで?そう言うってことは、メアリーの目から見て、シンデレラは合格ってことでいいのかな?」
メアリーは、シンデレラの世話をさせるために彼女につけたメイドだけど、役目はそれだけじゃない。
彼女が僕の妃として相応しいかを判断するための材料を集めるための観察者であり、相応しいと判断された場合の教育者でもある。
「金銭や権力には興味が無いようですし、そういう面では問題ありません。性格は少し粗野ではありますが、王様との謁見を無事に乗り越えたようですので、場をわきまえた行動もできると思われます。貴族としての教育を受けていないとお聞きしていましたので礼儀作法が心配でしたが、それほど酷くはありません。身近に貴族がいたので、見て覚えたのかも知れませんね」
「結論は?」
「シンデレラ様は問題ありません」
それを聞いて安心した。
でも、少し引っかかる答え方だった。
予想はついているが、あえて尋ねる。
「『シンデレラは』ってことは、他に問題があるってこと?」
「わかっていて聞いておられるのでしょう?シンデレラ様の弟のことです」
やはり、そうか。
「あの子供はなんなのですか?いえ、そもそも子供なのですか?私には、あの子供が老獪な策士にしか見えません」
「他のメイド達には評判がいいみたいだけど?」
「他のメイド達の前では、完璧に子供として演じているようですね。それができる時点で普通の子供じゃありません。それに・・・」
メアリーは一呼吸おいて、言葉を続ける。
「あの子供は、私の正体に気づいていました」
「・・・なんだって?」
「シンデレラ様が髪を切ったとき、私がショックで気を失った『フリ』をしていたのを、見破られていました。そのせいで、私がいる場では話さない情報が聞けるかと思ったのですが、当てが外れました」
「気のせいってことは?」
「声の向きが常にこちらを向いていましたから、気を失っていないことを知っていて、逆にこちらを観察していたのでしょう。しかも、おそらく、わざとこちらに分かるようにしていました」
「何のために、そんなことを」
「隠れて探っても無駄だということを忠告したかったのでしょう」
なんてこった。
メフィの奴、そんなことをしていたのか。
しかし、当然か。
彼を騙せるわけがない。
気になるのは、わざわざメアリーに忠告したことだ。
シンデレラのためだと思いたいけど、油断はできない。
実際、僕も牢にいた重罪人を消されてしまった。
表立って騒ぎになってはいないけど、実は父や重臣が対応に苦心している。
最初は脱獄が疑われたのだが、見張りの兵に気づかれず、しかも形跡も残さずに脱獄するのは無理だということで、今は原因不明だが死んだのではないかという方向で考えられている。
病死ということで処理すればよいのだが、消えた人間の中には、外交のカードになる可能性があった人間も含まれている。
安易に病死として公表してしまえば、遺体を要求される可能性もあるのだ。
それを、どうするかの対応に苦心しているというわけだ。
ちなみに、結局、僕は名乗りでていない。
決して責任を負うのが怖かったわけではない。
けど、どう説明したらいいかが、どうしても思いつかなかったのだ。
正直に言ったとしても、頭がおかしくなったと取られる上に、状況を混乱させるだけだ。
そのような理由で、僕は罪悪感に苛まれながらも、あの出来事を隠し続けている。
「シンデレラの弟・・・メフィについては、監視するだけで、無理に調べようとはしなくていいよ」
「それで、大丈夫でしょうか?」
「ああ」
大丈夫ではないが、そうしないと被害が増える可能性がある。
「わかりました。これでは、こちらからの報告は以上になります」
「ありがとう」
これで定期報告は終わったのだけど、今日はこちらからも用事がある。
「それでは失礼します」
「あ、ちょっと待って」
メアリーを呼び止め、テーブルの上に数個の試作品を置く。
メフィから製造方法を教わってから、最初に作ったものだ。
「これは・・・ガラス?のナイフですか」
「新しい試作品だよ。持ってみて」
僕の言葉にメアリーが試作品の中から1本を手に取る。
握り具合を確かめたり、刃を指で叩いてみたりして、感想を返してくる。
「軽いですね。それに強度もあるようです」
「使えそう?」
「重さがないので、相手の武器を押し返したり、相手に押し込むことには、使いづらいかも知れませんね」
「投擲したり、急所を刺したりすることには?」
「最適ですね。光を反射しづらいようですから、暗闇なら特に」
「やっぱり、そっち方面の使い道になるか・・・」
最初は騎士が持つ剣にすることも考えた。
しかし、この素材はいくら透明だといっても、昼間なら輪郭は見えてしまう。
真っ平にすれば話は別だろうが、そうした場合の用途は窓ガラスくらいしか思い浮かばない。
それで考えたのが、暗闇で使う武器だ。
「とりあえず、7本作ったから、他の人にも渡しておいて」
「ありがたく、頂戴いたします」
「試作品だから、使い勝手が悪かったら教えて」
「わかりました。ですが、私達がこれを使う機会は、滅多に無いと思いますが・・・」
「そうだといいんだけどね」
メアリー達がこれを使うということは、そうとう追いつめられた場合だけだ。
攻める側でも、防ぐ側でも、それは同じだ。
だから、普段なら使う機会など、滅多にない。
けど、今はその滅多にない機会が起きる可能性がある。
というよりも、実際に起きた。
あのときは、シンデレラが対処してくれたけど、次があったとしても彼女を危険には晒したくない。
「もしかして、シンデレラ様のお屋敷で襲撃を受けた件でしょうか?」
「ああ。あれで終わりとは思えない。また来る可能性は低くないと思う」
それに、大っぴらには言えないが、兄は自ら隙を見せようとしている。
「城にいる間は、警備の兵士が対処してくれると思いますが」
「だといいけど、妙な薬を使うみたいだから、油断はできないよ。メアリー達も気をつけてね」
「わかりました。それでは、失礼します」
「シンデレラのこと、よろしくね」
「はい」
礼をして、メアリーは部屋を出ていった。
「さて、次は何を作ろうかな」
兄のことは心配だけど、僕ができることは少ない。
なら、少しでも助けになるよう、普段通りのことをするだけだ。
「その前に、明日はこちらからシンデレラに会いにいくかな」
よく考えたら、ここ数日は工房に籠りっきりで、自分の方からシンデレラに会いに行っていない。
彼女の方から会いに来てくれるからいいけど、そうでなければ一言も喋らなかった可能性もある。
メアリーの言葉ではないけど、愛想をつかされないように、できるだけこちらから会いにいくようにしよう。
そんなことを考えながら、その日はベッドに入って眠りについた。
*****
深夜。
城のほとんどの者は寝静まっているが、一部の者はこの時間でも仕事をしている。
例えば、警備の兵士達である。
「ふあっ」
欠伸を噛み殺す。
周りに人の目は無いが、もし欠伸をしているところを見られでもしたら、処罰されてもおかしくない。
この時間でも警備をする必要がある場所は、限られている。
城の出入口や重要な施設、そして王族の寝室の前などだ。
そして、ここは王子の寝室の前だった。
少し前までは、部屋の中から嬌声が聞こえてくることもあったが、最近ではそんなことも無くなった。
妙な気分にならなくて済むが、あまりにも静かだと緊張感を保つのに苦労する。
交代制なのがせめてもの救いだが、その時間まではもうしばらく間がある。
「ご苦労様です」
「っ!」
そんなことを考えていたところに、背後から声をかけられて、びくっとなる。
声は女性のものだった。
慌てて振り返ると、髪の長い女性が音も立てずに扉を開け、王子の部屋から出てくるところだった。
真っ黒なドレスを着ており、妖しい雰囲気を醸し出している。
「だ、誰・・・」
「しっ!」
こちらが声を上げそうになるのを、こちらの唇に人差し指を当てて、止めてくる。
「王子が寝ています。お静かに」
「あ、ああ・・・」
意表を突かれて、動揺してしまう。
部屋の中から声は聞こえて来なかったので、今夜は『お楽しみ』ではないはずだった。
「『ひさしぶり』だからでしょうか、ぐっすりと寝てしまいましたので、起こさないようにしてください」
「わ、わかった」
何か特殊なプレイでもしていたのだろう。
女性があまりにも冷静にしていたので、深く考えることもなく、そう判断して頷く。
「夜遅いですが、私はこれで失礼します。隣国の姫との婚約を控えていて、王子様も世間体を気にするようになったようですから」
なるほど、と思う。
考えてみたら当然だ。
あれだけ派手に女遊びしていたのに、突然それを止められるわけがない。
つまり、王子はようやく隠すということを覚えたのだ。
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