シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第二章 白雪

027.材料

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「いらっしゃい、シンデレラ・・・って、その髪!」

 工房の中に居たのは、ストーカー王子だった。
 挨拶もそこそこに、私の髪が短くなっていることに反応する。
 やはり、マズかったのだろうか。
 メアリーは卒倒したくらいだし。
 でも、そのやりとりは、もう済んでいる。
 何度もするのは面倒なので、簡単に説明することにする。

「長くて、鬱陶しかったので」
「あ、そう?でも、その服装は・・・」
「似合っていませんか?」
「いや、似合っているよ。動きやすそうだ」

 貴族の令嬢としての女性らしさには、あまりこだわりがないのだろう。
 ストーカー王子の反応は、その程度だった。
 ふと、メアリーの方を見ると、呆れたような表情をしていたが、王子が納得しているのにメイドが納得しないわけにはいかないのか、何も言って来なかった。
 これで男装していても、何も言われないだろう。

「後でシンデレラのところに行くつもりだったんだけど、城を出ていた間に色々とやることが溜まっていて遅くなったんだ。ゴメン」
「お気になさらずに」

 ストーカー王子がいない方が動きやすいし。

「それで、王子はなぜここに?ここは、工房だと聞きましたが」

 普通は王子が滞在するような場所ではない。
 様子を見に足を運ぶくらいはあるだろうが。
 私の疑問にストーカー王子が答える。

「僕がここの工房を管理しているからだよ。技術開発をおこなう工房の1つで、正式な役職なんだよ。ほら、前に見せた眼鏡もここで作ったんだ」

 ただの趣味かと思ったけど、実益も兼ねていたのか。
 いや、趣味に傾倒した息子に、王様が無理やり役職を与えた可能性もあるか。
 そんなことを考えていると、メフィは工房を眺めているのに気づいた。

「ふむ。工学、化学、生物学・・・様々な設備が揃っていますな。この時代にしては、なかなかのものです。熟練の職人や長年研究している学者には敵わないでしょうが、充分に実用的です」
「へぇ」
「熟練の職人や長年研究している学者には敵わないか。当たり前だけど、耳が痛いな」

 ストーカー王子はそう言うが、その年齢で複数の分野で実用的な技術を持っているのは、そこそこ凄いことなのではないだろうか。
 1つのことを極めた専門家も優秀だろうが、それは視野が狭くなりがちであることを意味する。
 新しいものを生み出すのは、専門家の集まりか、もしくは複数の分野に知見があり実用的な技術を持つ個人だ。
 技術力の粋を集めるなら前者だろうが、専門かはプライドが高く意見がまとまり難い。
 それに対して、個人であれば、それはない。
 問題は資金面だろうが、王子であれば、それも解決する。
 本当に実用的なものを開発しているかにもよるが、思ったより重要や役職なのかも知れない。

「これは都合がよいですな。ここで契約を果しましょうか」
「契約?」
「それってアレのこと?」

 メフィの言葉に、ストーカー王子はピンとこなかったようだが、私は予想がついた。
 メフィを呼び出した理由であるアレだ。
 となると、ここから先は関係のない人間に見せるのはマズい。
 私がメアリーの方に視線を向けると、彼女は工房の中には入っていなかった。
 手前で待機している。
 都合がよいが、何故だろう。

「私は王子様の許可なく、工房の中に入ることはできませんから」

 そうだったのか。
 私とメフィはそのまま入ってしまったけど、よかったのだろうか。
 ストーカー王子の方を見ると、理由を説明してくれる。

「機密情報があるのは確かだけど、どちらかというと理由は危険だからかな。ここには水に見えるけど触れるだけで肌が焼ける薬品や、小麦粉に見えるけど水に入れると爆発する薬品なんかもあるからね。僕がいるときはいいけど、いないときに掃除にでも入って怪我をするといけないから」

 先に言って欲しい。
 私も師匠のところで薬学を学んでいたから、工房に置いてあるものに無闇に触ることはないけど、爆発するほどのものは扱ったことがない。

「メアリー、悪いけど、先に戻っていてもらえるかな。ちょっと実験をすることになりそうだから」
「ですが、シンデレラ様の付き添いは・・・」
「僕がするよ」
「わかりました」

 ストーカー王子が工房に籠るのは、よくあることなのだろう。
 メアリーは素直に去っていった。
 それを確認した後、ストーカー王子は扉を閉める。

「それで、もしかして、契約っていうのはガラスの靴の製造方法を教えるって件のこと?」

 王子も気づいたようだ。
 緊張しているように見える。
 屋敷での出来事を見ているから当然か。

「ええ、そうです。正確にはガラスではありませんが」
「それは、僕以外の職人や学者が聞いても大丈夫だろうか?」

 ストーカー王子がそんな要望を出してきた。
 理由はわかる。
 未知の素材の製造方法など、本来なら一人の手に負えるものではない。
 だが、メフィは首を横に振る。

「私が契約したのは、『あなた』に製造方法を教えるということです。それ以外の人間に教えるつもりはありません。もし、教えるとしたら、より多くの対価が必要になりますが、どうなさいますか?」

 メフィが私の方を見る。
 契約者はあくまでも私ということだろう。
 正直、そこまで深く考えていたわけではないが、この条件は都合がよかったと思う。
 あれの製造方法は、面倒事のきっかけになりそうな気がする。
 というか、既になっている。
 なにせ、たった一度、舞踏会へ履いて行っただけで、王族に目をつけられたのだ。
 だから、私の答えは決まっている。

「契約は今のままで」
「僕もそれでいい」

 対価が増える、ということを心配したのだろう。
 ストーカー王子は私が答えを口にするのを心配そうにしていたが、内容を聞いて安心したようだ。
 でも、ストーカー王子一人では、製造方法を知ったとしても、製造できる量に制限があり過ぎる。
 その対策は分かっているが、後で契約違反と言われても厄介なので、この場で確認することにする。

「王子が覚えたことを他人に教えるのは、構わないわよね」

 私の問いに、メフィは気軽な様子で首を縦に振る。

「ええ。まあ、特別な機材や薬品を使いますから、教えたからといって、そう簡単に製造できるとは限りませんが」
「それでいいわ。そこは王子の腕次第だもの」

 私が挑発的にストーカー王子に視線を向けると、多少引きつりながらも頷く。

「はは。責任重大だけど、なんとかするよ」

 自信が無さそうな顔をしているが、目だけは真剣だ。
 自分の技術に、多少なりとも誇りを持っているのだろう。
 後はストーカー王子に頑張ってもらおう。

「私もいない方がいい?」
「いえ、あなたは契約者なので、かまいません。契約を果したかどうか確認する権利がありますからな」

 そういうことなら、一緒に見ていることにしよう。
 技術的なことは私には分かりそうもないが、メフィとの契約はストーカー王子に任せるわけにはいかない。
 契約者ではないこともそうだが、屋敷での様子を思い出すと、迂闊なことを言いそうで怖い。
 そういうわけで、現在、工房には私、ストーカー王子、メフィだけがいる。

「さて、それではさっそく・・・と言いたいところですが」

 最初の出だしから、メフィが困った顔を見せる。
 本当に困っているかは、分かったものではないが。

「機材の作り方や薬品の作り方から教えていては何十年もかかってしまいますが、それはあなた達にも都合が悪いでしょう。だから、機材と薬品はこちらで提供しようと思います」

 ありがたい提案だ。
 けど、これで喜ぶほど、私は考え無しじゃない。
 メフィはそれをタダとは言っていない。

「ですが、それらを呼び出すには生贄が必要です。この城に、居なくなっても構わない人間はいませんかな」

 案の定、そんな要求をしてきた。
 ストーカー王子が愕然としている。
 子供にしか見えないメフィが、平然とした口調でそんなことを言ってきたのが、信じられないのだろう。
 屋敷での出来事を見ていたはずなのに、呑気なものだ。
 けど、それは私も変わらないか。
 かつて、それほど深く考えずに使用人達を消してしまったにも関わらず、こうして再びメフィを呼び出している。
 犠牲者が出ているはずなのに、凄惨な光景を見ていないという理由で、どこか現実味がないからだ。
 私はもう感覚が麻痺しているのかも知れない。
 だからと言って、無闇に犠牲者を増やすつもりはないけど

「家畜とかじゃダメなの?別に人間じゃなきゃいけないってことはないんでしょ?」

 最初に呼び出したとき、メフィはカボチャから馬車を、ネズミから馬を呼び出した。
 生贄が人間に限定されていないことは知っている。
 そこを突いたつもりだったけど、そう甘くは無かった。

「この時代にも存在している馬車を呼び出すのと、この時代では間違いなく作れない機材や薬品を呼び出すのとでは、生贄の質も量も変わってきます。特に今回は使い捨ての道具ではなく、永続的に残る知識を伝えようとしているのです。生贄が増えるのはあたりまえでしょう」

 馬車、ユニコーン、ドレス、そしてガラスの靴。
 前回、多くの物を残していったのは、そういうことか。
 それは分かったけど、人間というのは難易度が高い。
 世の中、死んだほうがいいって人間は大勢いるけど、だからと言って法を無視して殺してしまっては、自分もその仲間入りだ。
 私が質を落として量を増やす方向で、代わりの生贄にできないか訊こうとしたところで、王子が先に口を開いてしまう。

「居なくなっても構わない人間なんかいないよ。それこそ、危険すぎて労働力にもできない終身刑のものくらいしか・・・」
「王子!」
「わかりました。その人間達を頂きましょう」

 遅かった。
 王子はおそらく、知らないから分からないのではなく、現実的に難しいということを示すために、具体例を挙げただけのつもりなのだろう。
 だけど、その台詞は居なくなっても構わない人間は存在するということを認めるものだ。
 そして、王子は私に協力することを宣言してしまっている。

 ズズズズズッ・・・

 屋敷で見たことがある孔が出現する。

「・・・え?」

 ストーカー王子が茫然とした声を上げるのには構わず、メフィがその孔に手を入れる。
 そして、見たこともない機材や、どんな薬品が入っているか分からない瓶などを、次々と机の上に並べていく。

「ふむ。こんなところですかな」

 メフィが満足そうな声を出す。
 必要なものが揃ったのだろう。
 牢に居たであろう、一生外に出ることは無いが、まだ生きていた人間達を生贄にして。

「・・・次に牢へ食事を運ぶ時間には、大騒ぎになるかも知れませんけど、後始末はお願いしますね」
「え?なんで?」

 やってしまったものは仕方がない。
 今さら迂闊なことを言ったストーカー王子を責めても仕方がないし、起きたであろう出来事を説明するだけにしておいた。
 なにはともあれ、これで必要なものは手に入った。
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