シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第一章 灰かぶり

020.契約

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「・・・・・」

 私は王子(弟)の言葉を考えていた。
 要するに王子(弟)は、ガラスの靴の製造方法を知るために、一年間も私を追い続けていたというわけだ。
 恋とか愛とか、そういう色っぽい動機ではなかったらしい。

 はぁ。

 前回、私の方から断っておいて図々しいことを言うつもりはないが、ちょっと期待してしまっていたのは確かだった。
 プロポーズ紛いの台詞を聞かせてきたり、一年間も追い続けてくれたり、熱烈なアプローチをされて、嬉しくないわけがない。
 だけど、とんだ期待外れだった。
 断った私に期待外れと言う権利はないかも知れないけど、不覚にもがっかりしてしまった。

 はぁ。

 色々なことが馬鹿馬鹿しくなってきた。
 一年間も森に身を潜めていたのは、なんだったのだろう。
 師匠から教わったことは有意義で、充実した時間だったとは思うけど、なんだか目的を失ったような喪失感がある。
 断ったら、また追いかけてくるかも知れないけど、ガラスの靴の製造方法を教えれば、もう付きまとわれることはないだろう。
 それにしても、王子(弟)もよくこんなことのために根気が続いたものだ。
 そんなにも、ガラスの靴が魅力的だったのだろうか。
 その根気に敬意を表して、期待に応えることにする。

「わかりました。製造方法を教えます」

 私はとびっきりの笑顔をストーカー王子に向ける。
 もう、王子(弟)の呼び方はストーカー王子で充分だ。
 冗談で、ちょこちょこ、そう呼んでいたことはあったけど、今は本心からそう思う。
 相手の迷惑も考えずに追いかけてくるのは、ストーカー以外の何者でもない。

「あ、あの・・・」

 ストーカー王子が口を開こうとするが、私は言葉を被せるように先に話し出す。

「教えたら、もう追いかけて来ないでくださいね。私は一緒には行きませんから」
「!」

 私の言葉を聞いて、ストーカー王子が驚愕した顔を見せてくる。

「違う!そうじゃないんだ!」
「なにがでしょう?製造方法が知りたいんですよね?」
「そうだけど、そうじゃないんだ!」

 言っている意味が分からない。
 せっかく希望通りにしてあげようというのに、なにを言っているのだろう。
 もう、話に付き合うのも嫌になってきて、私は目的の場所へ向かって歩き出す。

「待ってくれ!」

 ストーカー王子が追いかけてくるが、私は足を止めることなく、歩き続けた。

 *****

 やってきたのは、先ほど撃退した暗殺者のところだ。
 その場所へ来ると、護衛の騎士が見張っていた。
 そして、予想外なことに、チャラ王子までいた。

「なぜ、こんなところに?」
「解毒薬を持っていないかと思ってな」

 どうやらチャラ王子は、ビッチ姉さんのために、行動しているらしい。
 ただの女好きかと思っていたけど、思ったよりは甲斐性があるようだ。
 ストーカー王子にも見習って欲しい。
 もう、どうでもいいけど。

「それで、お前はなぜこんなところへ?弟との話は終わったのか」
「ええ、要求は伺いました。だから、その準備をしようと思いまして」
「要求?・・・ああ、なんとなく分かった。女慣れしていない弟で悪いな」
「お気になさらず」

 チャラ王子は、後ろからついてくるストーカー王子を見て、なにかに気づいたらしい。
 なぜか私に謝罪をしてくるが、適当に返事を返しておく。
 もともと、謝られることなどされていないし、気にしていないのは本当だ。

「この暗殺者・・・要りますか?」

 私はチャラ王子にそう確認する。
 この場で立場が上の者は、チャラ王子かストーカー王子だ。
 そして、襲われたのはチャラ王子だから、彼に確認するのが適切だと思ったのだ。

「依頼者を吐かせたいが無駄だろうな。こいつはおそらくプロだ。吐くことはないだろう。下手をすれば自害する可能性もある。解毒薬も持っていなかった」
「不要と判断されたと理解してよろしいでしょうか?」
「ああ。まあ、そうだが」

 ちょうど良かった。
 当てが外れたら、他を捜さなければならないところだった。

「では、私がもらっても、よろしいでしょうか?」
「お前が?なにをするつもりだ?姉の敵討ちというわけでもないだろう?」
「違います」
「・・・いいだろう。逃がすというのでなければ、好きにするといい。どうせ連れていっても死刑にするだけだ、殺しても見なかったことにしてやる」
「ありがとうございます」
「王子・・・」

 護衛の騎士が諫めるように声をかけるが、チャラ王子はそれを手で制する。
 話の分かる人物で助かる。
 これで、この暗殺者の所有権は私に移った。

「本当にこれを使うことになるなんてね」

 師匠はどこまで予測していたのだろう。
 偶然ということは無いと思う。
 もし何も予想していなかったのだとしたら、これを持たせることも無かっただろうから。
 私は荷物から魔術書グリモワールを取り出す。

「それは?」

 チャラ王子が見とがめてくるが、聞こえなかった振りをする。
 あまり説明したい内容ではない。
 ちらりとストーカー王子の方を見ると、私に何か言いたそうだったが、何も言ってこなかった。
 邪魔にはならないだろうと判断して、視線を外す。

 私は魔術書グリモワールを開くとページをめくっていく。
 そして、魔法陣が描かれたページで止める。
 師匠に教えてもらって、新たに知ったことがある。
 私はかつて、自分の部屋の床に魔法陣を描いた。
 だが、わざわざ、そんなことをする必要は無かったのだ。
 方法として間違っているわけではないのだが、魔術書グリモワールが手元にあるのなら、必要のない手順だ。
 私は指先を噛み切り、血を滲ませる。
 そして、その血を魔術書グリモワールに描かれた魔法陣に落とす。
 後は唱えるだけだ。

「私の名前はシンデレラ。呼び出しに応えて姿を現せ。生贄には、この人間を捧げる」

 魔術書グリモワールがあるのなら、すでにそこには魔法陣が描かれている。
 ならば当然、それを利用することもできる。
 他に必要なのは、自分の血と呼び出すための生贄、そして呼び出した後に払う願いの対価だ。

「「「・・・・・」」」

 私の奇行に王子や護衛の騎士が訝し気な顔をしている。
 だけどそれも、突如現れた暗殺者を掴む手を見たら、驚愕に変わった。

「な、なんだ!?」
「王子!お下がりください!」
「シンデレラ!」

 王子や護衛の騎士が動揺して騒いでいる。
 だけど私は目の前の光景を、ただ眺めていた。
 手は何も無い空間から生えていた。
 本当に唐突に、まるで空間に孔が空いているかのように、そこから生えていた。
 そして手は、自分が出てきた孔に引きずり込むように、暗殺者を少しずつ飲み込んでいく。
 やがて、完全に暗殺者を飲み込むと、それと入れ替わるように手、腕、肩と順番に孔から這いずり出してきた。

「あれ?」

 出てきたのは、10歳くらいの子供だった。
 かつて会った老紳士が出てくると思っていたのだが、予想が外れた。
 だけど、そう言えば、魔法陣から出てくる対象は選べなかった気がする。
 この可能性も予想すべきだった。
 以前の借りを返せないのが残念だが、目的は果たせるだろうからよしとする。
 私が子供に話しかけようとすると、先に子供の方が口を開いた。

「おひさしぶりです、美しいお嬢さん。今日は灰を身にまとっていないのですね」

 高い子供の声。
 しかし、妙に老成した話し方で言葉を紡いできた。

「・・・もしかして、あなたなの?」
「ええ、私です。今回は生贄が少なかったので、このような姿で失礼します」
「あ、そうなんだ。悪かったわね」

 新たな事実を知った。
 生贄の数で呼び出す対象の力の大きさが変わることは予想していたが、同じ対象だと年齢が変わるのか。

「シンデレラ・・・君は・・・」

 声が聞こえてきて、そちらに視線を向けると、ストーカー王子がこちらを見て呟いたようだ。
 チャラ王子と護衛の騎士は、目の前に広がる非日常的な光景についていけていないようだ。
 言葉を返して質問されても面倒なので、とっとと目的を果すために、子供に視線を戻す。

「それで?今回は願いと対価は用意されているのですかな?」
「もちろん。お試し期間は要らないわ」
「それはそれは。期待するとしましょう」

 こちらを試すような視線を向ける子供に、こちらも真っ直ぐ視線を返す。
 願いと対価は決まっている。

「以前、あなたが置いていったガラスの靴、覚えているでしょう?」
「アレですか。そう言えば、持ち帰るのを忘れていましたな」

 白々しく言ってくる子供。
 今にして思えば、アレが私の手元に残ったせいで、面倒ごとに巻き込まれた気がする。
 根拠のない推測だが、目の前の存在は、こうなることを予想していたのではないだろうか。
 この時代の技術では作れないものだと言っていたし、そんなものを持っている人間が、権力者に目を付けられないわけがない。
 まあ、それならそれでいい。
 どちらにしろ、これで終わりだ。

「あの素材の作り方を、この人間に教えて。知識を与えるだけじゃなくて、本人が作れるようにしてね」

 そう言って、ストーカー王子を指さす。
 これでストーカー王子の要求を果したことになる。
 ちなみに、2つめの言葉は契約を曖昧な内容にさせないためだ。
 もし、教えろとしか言わなかった場合、知識は手に入っても、材料や設備が無いせいで役に立たないといった状況になる可能性がある。
 そして、材料や設備を要求すると、別の対価を求めてくるのだ。
 それを防ぐ必要があった。

「ふむ。私との契約について少しは勉強されたようですが、思いの外、つまらない願いでしたな」

 あからさまに期待外れという顔をしてくる。
 期待に添えなくて申し訳ないが、私の今の願いがそれなのだから、どうしようもない。
 対価を払うことで満足してもらおう。

「対価は私の寿命で払うわ。願いに見合うだけの分をもっていってちょうだい」

 私は目の前の子供にそう告げた。
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