シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第一章 灰かぶり

019.後始末

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 どうしよう。
 とりあえず笑ってみたはいいが、状況を考えれば、間違いなく不謹慎だ。
 王子(弟)と一緒に姿を現した護衛らしき騎士も、訝し気な顔をしている。

「ようやく会えた。いや、それよりも、この状況は・・・」

 王子(弟)が我に返って、部屋の中を見渡す。
 あ、これは、面倒なことになりそうだ。
 先に行動を起こさないと、マズい。

「詳しい話は後にしましょう」

 そう言って、自分の身体を包んでいた黒いマントを外す。

「うわっ!」

 すると、なぜか王子(弟)が慌てて顔を背ける。

「あ、あれ?ドレスじゃない?」
「?」

 王子(弟)は何を言っているのだろう。
 私がいきなりドレスを脱ぐとでも思ったのだろうか。
 それ以前に、マントの下は色気もへったくれもない服装だ。
 森で活動しやす服だし、下はズボンを穿いている。
 そんなことを考えながら、マスクを外して気づいた。
 『草』の煙だ。
 少し吸い込んで幻覚を見たのかも知れない。
 けど、私は痴女じゃない。
 マントは、裸体を晒している義理の姉にかける。
 男達の視線から隠す意味もあるが、身体を冷やすのがよくない。

「ナイフが掠ったのね。傷は大したことないけど・・・」

 問題は毒だ。
 私は義理の姉の状態を確認していく。

「呼吸は正常・・・脈は正常・・・熱も出ていない?」

 一見すると、体調が悪いようには見えない。
 私は義理の姉の頬を、ぺちぺちと叩く。

「けど、意識を失っているし、反応もしない」

 暗殺者が毒を使わなかった可能性はある。
 あるいは麻痺や睡眠に関する毒物だ。
 だけど、少し気になる。
 こうも反応しないものだろうか。

「・・・医者はいますか?」

 私は王子や護衛の人間に尋ねる。

「いや、ここには連れてきていない」

 答えたのは王子(兄)だ。
 義理の姉を心配そうに見ている。
 この様子を見ると、義理の姉にも少しは勝ち目があるだろうか。
 お姫様は手強いと思うが、せいぜい頑張って欲しい。
 ただ、それも目覚めてからだ。

「できれば医者に見せてあげてくれませんか。毒が使われている可能性があるので、町医者だと心もとないです。暗殺者が持っていたナイフを忘れないでください。毒の種類が分かるかも知れません」
「俺が責任を持って、医者に見せよう。命の恩人だ」

 王子(兄)が請け負ってくれる。
 義理の姉に対して私ができることは、ここまでだ。
 魔女から薬学を教わったから、応急処置くらいはできると思ったが、こうも症状が出ないと対処のしようがない。
 後は、挨拶をして立ち去るか。
 そう考えて、王子(弟)の方を向こうとしたところで、部屋の中に甲高い声が響いた。

「シンデレラ!なんで、あなたが、ここに!」

 義理の妹だ。
 私の姿を見て驚いていたようだが、すぐに憎しみのこもった視線を向けてくる。

「あなたのせいで、私たち家族は酷い目に遭ったのよ!」

 家族の括りの中に私が入っていないことが、よく分かる台詞だ。
 別にショックは受けない。
 家族の括りの中に入っていて、かつての扱いだったのなら、そちらの方がよっぽど酷い。
 義理の妹の罵声は続く。

「いえ、それよりも、この状況・・・あなたの仕業なんじゃないの!?」

 その台詞に、私は呆れる。
 大した責任転嫁だ。
 私が何も知らないと思っているのだろうか。
 まあ、思っているのだろう。
 仮に、私が見ていたことを知っていたとしても、責任を押し付けられると考えているのだろう。
 義理の妹の私に対する認識は、そんなものだ。
 それは別にいいのだが、気になるのは周囲の反応だ。
 事実、護衛の騎士は私に対して警戒する視線を向けている。
 だが、そんな雰囲気を変えたのは、王子(兄)だった。

「その娘は、暗殺者から俺とお前の姉を救ってくれた命の恩人だぞ。それを疑うのか?」
「そ、そんなつもりじゃ・・・。でも、暗殺者が現れたときに、たまたま姿を現すなんておかしいじゃないですか!一年も姿を消していたんですよ!」

 暗殺者と居合わせたのは、本当に偶然なので、何とも言えない。
 魔女から、その可能性を聞いていたのは確かなのだが。
 私が反論しないでいると、王子(兄)がさらにフォローをしてくれる。

「姿を消していた理由は弟が訊くだろうさ。どちらにしろ暗殺者とグルということはないだろう。俺に近づくための芝居だとしても意味がない。もともと、その娘には弟の方から声をかけていたんだからな」
「うっ・・・」
「お前も怪我をしているのだろう。手当をしてもらうといい」
「・・・わかりました」

 自分の意見に賛同するものがいないことが分かったのだろう。
 義理の妹が手当てを受けるために、部屋を出ていこうとする。
 けど、そのまま行かせるわけにはいかない。
 私は義理の妹が暗殺者を手引きしたのを目撃している。
 だけど、物的証拠がない。
 だから、一言、声をかけるだけにしておく。

「手当を受けるときに、毒も検査してもらってくださいね。『姉の方は毒で意識を失っているかも知れないのですから』」
「っ!」

 それは呪いの言葉だ。
 同じように暗殺者のナイフで怪我を負わされたのに、姉は意識を失い、妹は意識を失わない。
 おそらく、妹の方は自分で自分を傷つけたのだろう。
 自分も被害者であることを装うために。
 疑惑の視線が自分に向いていることに気づいた義理の妹は、足早に部屋を出ていった。

「・・・・・捕縛しますか?」

 護衛の騎士が王子に指示を仰ぐ。
 だが、その言葉に王子(兄)は首を横に振る。

「ひとまずは監視だけにしておけ。どうせ、この屋敷に来るのは今回が最後だ。後は任せていいな」

 王子(兄)が王子(弟)に主導権を渡す。
 そして、王子(弟)が私の方に向き直る。

「もう夜も遅いですが、お茶でも飲みながら、話をしましょうか。付き合ってくれますか、シンデレラ?」
「・・・わかりました」

 どうやら、逃げ損ねたようだ。
 とりあえず、また笑っておいた。

 *****

 僕はようやく彼女と再会することができた。
 その彼女は、以前とは少し雰囲気が変わっているように思う。
 襲撃を受けた直後だというのに笑みを浮かべる彼女は、どこか蠱惑的な魅力を醸し出している。
 それに飲まれそうになりながらも、先に口を開く。
 後手に回って、再び彼女を見失うようなマネはしたくない。

「暗殺者から兄を護ってくれて、ありがとう。礼を言うよ」
「どういたしまして」

 王族の命を護ったのだ。
 願えば褒美だってもらえるだろう。
 だけど彼女は、ただ礼を受け入れるだけだ。
 言葉以外の報酬を期待している様子はない。

「また、会えて嬉しいよ、シンデレラ」
「私もです」

 よかった。
 少なくとも嫌われているわけではないようだ。
 そのことに、ほっと安心する。
 だけど、気を引き締めなきゃいけない。
 前回は、一緒に来て欲しいと願ったのを断られ、姿まで消されたのだ。

「色々と話したいことはあるんだけど、まず言わなきゃいけないことがある。一緒に城へ来て欲しいんだ」
「それは・・・」
「今回は僕だけの希望じゃない。僕の父である王の希望でもある」
「・・・王様の?」

 実際には父は命令を撤回したのだけど、それは彼女が見つからないからだ。
 見つかってしまえば、話は変わってくる。
 少し卑怯だとは思ったけど、王の威光を借りさせてもらった。

「前にくれたガラスの靴を覚えている?」
「ええ、もちろん」

 あれを見たから僕はシンデレラに話しかけた。
 あれが僕とシンデレラを出会わせてくれたとも言える。

「王があれに興味を持ってね。製造方法を知りたいらしい」
「製造方法?」
「あれに様々な用途があることに気づいたんだ。職人を紹介してくれるだけでもいいんだけど、僕はシンデレラにも一緒に来てもらいたいと思っている。王城で暮らすのが嫌なら近くに家を用意するし、困ったことがあれば言ってくれれば、僕がなんとかするよ」
「・・・・・」

 もちろんこれは建前だ。
 王の目的は製造方法だろうけど、僕の目的はそうじゃない。
 本当の目的は、シンデレラに一緒に来てもらうことにある。
 なるべく彼女が負担に思わないように、暮らす場所を妥協し、困ったときに面倒を見ることを約束する。
 そうして、製造方法を教えてもらうという理由で来てもらっている間に、彼女を口説くつもりだ。
 今はときかく、彼女が逃げないようにして、時間を稼ぎたい。
 僕の言葉を聞いて、シンデレラが考える素振りを見せる。
 僕は彼女が期待通りの返事をしてくれるのを待った。
 もし、彼女が断ってきたとしても、他にも色々と彼女を引き留めるための提案は考えてある。
 なにしろ、一年も彼女を捜してきた。
 考える時間は山のようにあったのだ。
 期待と不安で高まる緊張に耐えられなくなったきたとき、ようやく彼女が口を開いた。

「わかりました。製造方法を教えます」

 そう笑顔で返事を返してきた。
 それを聞いたとき、僕は飛び上がって喜びそうになった。
 でも、彼女のぴくりとも揺れない笑みを見た瞬間、背筋が凍るような嫌な予感がした。
 そうだ。
 彼女は『教える』と言ったのだ。
 『一緒に来る』とは言っていない。
 教えるために一緒に来る、という意味かも知れないが、楽観視するのは危険だ。
 確認しなければならない。

「あ、あの・・・」

 僕が確認のための言葉を口にしようとしたところで、彼女が再び口を開いた。
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