シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第一章 灰かぶり

012.逃亡

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 屋敷を出た私は町を歩いていた。
 先立つものがないとどうしようもないので、ドレスはとっとと売った。
 足元を見られたのだとは思うが、しばらく生活するためのお金は手に入った。
 なるべく早く仕事を見つける必要はあるが、まずは今夜の宿を確保したい。
 お金が手に入ったとは言っても、毎日宿に泊まっていては、すぐに尽きてしまう。
 探すのは、なるべく安い宿だ。

「あのお屋敷にお城から人が来たみたいよ」

 そんな私の耳に、噂話が入ってきた。
 思わず立ち止まる。
 この町で噂になるとしたら、私が逃げ出した屋敷くらいのものだろう。

「あの人が消えるっていう、気味の悪いお屋敷?」
「そうそう」
「やっぱり、犯罪に手を出していたのかしら?ほら、他の国でもあったらしいじゃない。若さを保つために、夜な夜な処女の生血を浴びていたとか」
「ちょっと、止めてよ、気持ち悪い。それに、それって、ただの噂でしょう」
「それが、そうでもないみたいよ。貴族って、黒魔術や悪魔崇拝に手を出す人達がいるみたいだし。若さを保つためかどうかは別にして、生贄にするために人を攫うって言うのは、ありそうじゃない?」

 逃げ出した屋敷の噂話だという、私の予想は当たっていた。
 そして、噂話をしているご婦人の台詞も、ほぼ正解だ。
 消えた人間達は、生贄になった。
 その犯人がこんなに近くにいると言ったら、どういう反応をするだろう。
 少し気になるが、そんな厄介ごとを起こすつもりはないし、私が犯人だと名乗り出たとしても、信じはしないだろう。
 世間一般で言えば、私は年頃のか弱い少女だ。
 そして、貴族ではなく、平民に見えるだろう。
 そんなことを考えている間にも、ご婦人方の噂話は続く。

「でも、そういうのじゃないみたい。なんだか人を捜しているんだって」
「誰を?」
「あの屋敷のご令嬢らしいわよ」
「ああ、あの平民を見下している、いかにも貴族って感じの?」

 義理の姉妹は、町ではそんな風に言われているようだ。
 まあ、事実なので無理もない。
 だけど、城から来た人間が、義理の姉妹を捜すだろうか。
 彼女達は屋敷にいるはずだ。
 おそらくは違う。

「そっちじゃなくて、前妻のご令嬢の方よ。最近は見かけないけど、やっぱり、いなくなってたのね」
「病気の療養中って話だったけど、いなかったんだ。小さい頃は、お祭りのときに、この町に来ることもあったのに、ここ数年は全く見かけなかったものね」

 やっぱり、私の方か。
 それにしても、この町のお祭りか。
 小さいときにお祭りに行ったことを、うっすら覚えているけど、あれはこの町だったのか。
 もう、そんなことも、はっきり覚えないほど、私は何年も屋敷から出ていなかったのだ。
 実際には病気の療養中ではなく、短に義理の母親や姉妹に、こき使われていたわけだが。

「ひょっとして、もう殺されていたりして」
「滅多なことを言ったらダメよ。誰が聞いているか分からないんだから」

 本人が聞いています。
 まあ、私がその令嬢ですと言っても、信じられはしないだろうけど。
 その後も、ご婦人方の噂話は続いていたようだが、私は速足でその場を離れた。

「こんなにすぐに捜しに来るなんて」

 義理の母親や姉妹は、私のことなど捜さないだろう。
 おそらく王子が捜しているのだ。
 でも、あれだけはっきりと振ったのに、そんなに日も経たないうちに、またやって来るとは予想外だ。
 王子なら綺麗な女性はいくらでも寄ってくるだろうに、何故そんなに私に執着するのだろう。
 私は王子(弟)が嫌いなわけではない。
 むしろ、王族らしくないところに、好印象すら持っている。
 恋や愛かと言われれば、それは違うと答えるが、少なくとも嫌いではないのだ。
 でも、だからこそ、私のような人でなしに関わるべきではないと思う。
 どちらかと言えば、弟に向ける感情に近いだろうか。
 ずっと一緒にいられるわけではないが、幸せになって欲しいとは思う。

「町で暮らすのは無理かな」

 私はそう判断すると、保存が効く食糧と身体を包むマント、そして一本の大きめのナイフを買い込む。
 保存が効く食糧はしばらく町に入れないときのため、マントは森や山を歩くときのために必要だと考えたからだ。
 それらを入れる袋は、魔術書グリモワールと一緒に屋敷から持ってきている。

「狩りはしたことないけど、木の実くらいは取れるでしょ」

 ナイフの刃を確認しながら、そんなことを考える。
 他にも色々と必要なものがあるのは分かっていたが、残念ながら私には知識がない。
 それに、町に全く近づかない生活は考えていなかった。
 しばらく、身を隠すだけだ。

「山は知識がないと危険が多そうだし、やっぱり森かな」

 山は滑落の危険がある。
 それに対して、森であれば屋敷の周りにも広がっていたし、多少はどんなところかも知っていた。
 もちろん、ナイフ一本で生活できるとは思っていないが、いざとなったら引き返しやすいだろう。

「水の確保が一番大変そうだし、川に沿って歩いていくかな」

 私はそう決めると、森に向かって足を向けた。

 *****

「いない?」
「え、ええ」
「いないって、どういうことですか?」
「そ、それは・・・」

 母に王子(弟)が詰め寄っている。
 母は王子(弟)の勢いに押されているようだ。
 ただ、事実だけを答えている。
 すなわち、シンデレラがいなくなったということだ。
 いなくなった理由は、色々と推測できる。
 貴族とは思えない自分の待遇に耐えられなくなったのかも知れない。
 他の使用人達がいなくなったことで増した仕事の負荷に耐えられなくなったのかも知れない。
 本当のところは分からないが、理由はいくらでも考えられる。
 そう、考えられてしまうのだ。
 なぜなら、その理由を作っていたのが、他ならない母や妹、そして私なのだから。
 だけど、問題なのは、そこではない。
 もちろん、そこも問題ではあるのだが、王子(弟)の心証を考えると、もっと大きな問題がある。

「まあ、いいです」

 王子(弟)は、言い淀むだけで、求める答えを返さない母に落胆したような視線を向けると、別の質問に切り替える。

「それで、捜索状況はどうなっていますか?」
「え?」
「ご息女がいなくなったのですが、捜しているのでしょう?」
「い、いえ、ただの家出にそんなに大袈裟にしなくてもよいと思い・・・ひっ!」

 怒りの表情を露わにした王子(弟)を見て、母が小さく悲鳴を上げる。
 悲鳴こそ上げなかったが、私も同じ気持ちだ。
 目の前の人物は、その気になれば、この家を取り潰すことだってできるのだ。
 理由もなく横暴なことはできないだろうが、この家はシンデレラに関することで、後ろ暗いことがある。
 例えば、貴族は家族構成を城に届け出る義務がある。
 そして、領地を運営するために、貴族は自分の子供達に教育を受けさせる義務がある。
 もし、適切な教育を受けさせた上で、子供達が跡取りとして相応しくないのであれば、廃嫡などの対応を取って城に届け出なければならない。
 そうでなければ、領地の運営に支障が出るし、ひいては城に納める税に響くからだ。
 母は、シンデレラに関して、これらの義務を果していない状況と言える。
 とはいえ、通常であれば、大した罪に問われることはない。
 家の中の不祥事でしかないからだ。
 醜聞にはなるだろうが、精々が注意や軽い罰を受ける程度だ。
 しかし、シンデレラが王子(弟)にとって重要な人物だとすると、話は変わってくる。
 行方不明になった上に捜してもいないのだ。
 国に対して損害を与えたとして、重い罪を課してくる可能性がある。
 母は深く考えていなかったようだが、ようやく状況を把握して、顔を青ざめさせている。
 妹はそもそも、この場に呼ばれてすらいない。
 正直に言うといなくて助かっている。
 妹がいれば、さらに状況を悪くするようなことを言いかねないからだ。

「町で普段は見かけない少女が目撃されているようです。シンデレラの可能性があります」

 母に助け船を出すというわけではないが、私が代わりに王子(弟)の対応に入る。
 家を取り潰されてはかなわない。
 大々的に捜索したわけではなく、食材などを運ぶために家に出入りしている人間に聞いただけの話だけど、それでも王子(弟)に報告できる材料があって、助かったと思う。
 運がよかった。

「それがわかっていて、何故、連れ戻しにいかないんですか?」

 王子(弟)の言葉には責めるような響きがあったが、それでも先ほどよりは怒りが収まっているように見えた。
 ここからの回答が重要だ。
 下手な発言をすれば、さっきまでの状況に逆戻りすることになる。
 私は母が余計なことを言わないように祈りながら、口を開く。

「領地内にいるのであれば、連れ戻すことはいつでもできます。シンデレラの意志を尊重して、町の者に様子を確認するまでに留めているのです。彼女が不満に思っていることがあるのであれば、無理に連れ戻しても、また家を出る可能性がありますから」

 嘘は行っていない。
 町の者にシンデレラらしき人物の様子を聞いたのは事実だ。
 連れ戻しても、再び家を出る可能性があるのも、あくまで推測なのだから嘘ではない。
 積極的に彼女の待遇を改善しようとしていたわけではないが、頭の中でどう考えているかなど、証明のしようもない。
 下手な嘘をつくよりは、事実だけを語って、なるべく心証が良くなるにすることが重要だ。
 だというのに、母が余計なことを言い出す。

「そ、そうです。そのうち、シンデレラを連れ戻すつもりで・・・」
「では、今すぐ連れ戻してください」
「え?だから、それは、彼女の意志を尊重して・・・」
「彼女に用事があります。今回は話をしたいという理由じゃありません」
「わ、わかりました」

 母は、少しでも心象を良くしようと、私の話に乗っただけのつもりなのだろうが、思いがけない依頼をされて動揺している。
 それでも、使用人に指示を出すべく、部屋を出て行った。
 すぐに行動に移すだけの冷静さは残っていたようだ。

「それで、本当のところはどうなのですか?」

 母の足音が聞こえなくなった頃、王子(弟)が話しかけてきた。

「・・・なぜ、わたしに?」
「あなたは比較的『まともそう』ですから」

 痛烈な皮肉だ。
 だけど、反論できない。
 母も妹も、前回、王子(弟)が訪ねてきた以降も、シンデレラに対する態度を変えなかった。
 私も大して変わらないけど、少しは気にかけるようにはなった。
 いなくなれば、町の人間にシンデレラを見かけなかったかと聞く程度には。

「最近、シンデレラは様子がおかしかったのは事実です。態度が不審ということではないのですけど、なにがあっても妙に落ち着いているというか。ちょうど王城で舞踏会が開かれた頃だったと思います」

 『なにがあっても』は使用人達が消えた件を指しているが、さすがにそれは口にはしない。
 調査が入ってもおかしくない、明らかな事件だからだ。
 王子(弟)が知っている可能性は高いが、それでも付け入られる隙は見せたくなかった。

「こちらもお尋ねしてよろしいでしょうか?」
「なんですか?」
「シンデレラとはお知り合いのようですが、どこで彼女と会ったのですか?」

 その質問は、話題を逸らすためと、少しでも情報を得るためのつもりだった。
 大方、シンデレラが小さい頃、まだ貴族の娘として扱われていた頃に出会ったとか、最近どこかで彼女に関する話題が出て思い出したとか、そういった答えを予想したのだが、王子(弟)の口から出てきたのは思いがけない言葉だった。

「先ほどあなたが言った舞踏会で初めてあったのですよ」
「え?」

 それはあり得ない。
 その頃、彼女は屋敷にいたはずだ。
 いつものように雑用を押し付けられて。

「遅れて到着した彼女のことを、あなたの母親は『知らない』と言って、会いもしなかったそうですけどね。家宝を身につけていてくれて助かりました。そのおかげで、僕と彼女が出会うことができたのですから」

 私はここにいない母に罵声を浴びせたくなった。
 もし、そのときにシンデレラと会っていたなら、状況が変わっていた可能性が高い。
 シンデレラが舞踏会に来るなど、普通に考えればあり得ない異常事態なのに、それを確かめようともしないなんて。
 もしかしたら、使用人達が消えたことを報告に来たのかも知れない。
 それを無視するなんて、彼女に見限られても仕方がない。
 私は屋敷に戻ったときに彼女が見せた笑みの理由が分かった気がした。

 でも、それはもう、どうしようもない。
 致命的な後手に回っている。
 だけど、他にも気になることがある。

「家宝?」

 そんなものは、この家には無い。
 あるのかも知れないが、少なくとも身につけるものでは知らない。
 そんなものがあれば、母が喜んで身につけているはずだ。

「ええ。ガラスの靴のことですよ」
「ガラスの靴?」

 私は、ぽかんと間抜けな顔を晒してしまった。
 そして、王子(弟)はその顔を見て、私はそれを知らないことを察したようだ。
 それ以降、王子(弟)がその話題について話すことは無かった。
 私も相当、迂闊だ。
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