シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第一章 灰かぶり

011.初恋

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 僕は王城に帰ってきていた。
 シンデレラに一緒に来ることを拒否されてからは、あまり部屋から出ていない。
 彼女は僕のことを引きこもりだと言ったが、そんなことはない。
 趣味に没頭するために、どちらかと言えば、部屋にいないことの方が多かった。
 しかし、最近はそんな気にはなれなかった。
 気付くと、彼女からもらったガラスの靴を見ていることが多い。

「振られたようだな。まあ、初恋は実らないって言うし、気にするな。なんなら、俺と女でも抱きに行くか?」
 兄が部屋を訪れて、そんなことを言ってきた。
 だが、そんな気にはならない。
 そもそも、僕は女性を抱いたことなどない。
 父があてがった筆下ろしのための女性すら断ったくらいだ。
 その理由は、別に女性が嫌いなわけでも、ましてや男性が好きなわけでもない。
 ただ、面倒そうだったからという理由だ。
 そんな時間があるのなら、趣味に時間を費やす方がよかった。

「・・・いかない」

 当然、そう答える。
 その答えは兄も予想していたらしく、それ以上は無理に勧めてくることは無かった。

「そうか。しかし、王子と知った上で、お前を振ったか。なかなか、骨のある女みたいだな。よい境遇じゃないようなのに」

 兄が感心したような声を上げる。
 そう言えば兄は、彼女のことを教えてくれた夕食のときも、彼女を気に入っているような口ぶりだった。

「・・・彼女に手を出すつもり?」
「それも良いかもな」
「兄上!」

 先ほど兄に言われたとおり、僕は彼女に振られたのだろう。
 だけど、それでも彼女が別の男のものになるのは嫌だった。
 それが、たとえ兄だったとしても。

「冗談だ。だが、お前に文句を言われる筋合いは無いぞ。お前は諦めたんだろう?」
「・・・・・」
「まあ、好きにしろ」

 それだけ言って、兄は部屋を出ていった。
 諦めたのだろうと指摘されて、僕は答えることができなかった。
 未練があることは認める。
 諦めたか、諦めていないかで言えば、諦めていない。
 正確に言えば、諦めることができない。
 でも、僕は振られたのだ。
 しつこく迫れば、嫌われる可能性がある。
 振られたのは仕方ないにしても、嫌われるのは避けたかった。

「女に振られたくらいで、随分と落ち込んでいるようだな」

 今度は父が部屋を訪ねてきた。
 心配して様子を見に来てくれたのだろう。
 人目があるところでは家族に対しても厳しい父だが、実は家族に対しては意外に甘い。
 でなければ、兄はとっくに廃嫡していてもおかしくないし、僕が趣味に没頭することもできないだろう。

「どれ、ここは一つ、息子に女の口説き方でも・・・」

 おそらくは励ますつもりだったのだろう。
 父にしては珍しく、気楽な口調で言いかけた台詞が止まる。
 気になって、そちらを見ると、父は彼女からもらったガラスの靴を、じっと見つめていた。

「・・・これは、どこで手に入れた?」
「その靴ですか?シンデレラから記念にと、もらいました」

 こちらの返事を聞いているのかいないのか、父は僕に許可を得ることもなく、ガラスの靴を手に取る。
 正直に言うと、彼女との思い出の品に、あまり触れて欲しくはなかったが、あの靴がガラスの食器のように割れやすいわけではないことを知っているので、そのまま反応を見る。

「その娘は、これを舞踏会に『履いて』きたのだな?手に持って来たわけではなく」
「え?ええ、そうです」
「ふむ・・・」

 父は何かを考えていたかと思うと、次に口を開いたときには予想外の言葉を言い放った。
 おそらくは、父自身も最初に話そうとしていた内容とは、変わっているはずだ。

「その娘を、口説き落として来い」
「父上?」

 父はシンデレラを妃にする許可を出していた。
 でも、それは、女性に興味を示さない僕が興味を示したのが彼女だったから仕方なく、といった程度のはずだった。
 だけど、今の台詞は違う意味を持つ。
 積極的に口説いてくることを求めているように聞こえた。
 それを証明するかのように、父が再び口を開く。

「これは王としての命令だ」

 その言葉で冗談を言っているわけではないことを知る。
 父は家族に対して甘いが、それでも王として何が優先かは分かっている。
 その父が自分の息子である王子に対して命令と言ったのだ。
 その意味は重い。

「どういうことですか?」

 僕は何が父に、そこまでの行動をとらせたのか分からなかった。
 だから、素直に尋ねる。
 この命令を軽々しく対応することはできない。

「お前は、これが、ただのガラスで無いことはわかるな」
「はい」

 シンデレラからもらったガラスの靴。
 おそらくガラスではないのだと思うが、とにかくガラスに似た材質の靴だ。
 その材質は、ガラスではありえない強度と柔軟性を持つ。
 透明度も一般のガラスよりも遥かに高い。

「靴の形に加工してあるから目に見えているが、加工する形によっては目に見えないようにすることも可能だろう」

 父の言う通りだ。
 例えば、平らな板状に加工すれば、見えない壁が作れるのではないだろうか。

「目に見えず、それなのに硬い材質。その価値がわかるか?」

 父の言葉に改めて考える。
 目に見えないということは、気づかれないということだ。
 そして硬いということは、身を護る盾になるということだ。
 しかも、それだけではない。
 鋭く加工すれば、敵を倒す武器にもなり得る。

「わかったようだな。それが口説き落として来いといった理由だ」

 初めてこれを見たときは、ただ珍しい材質だと思っただけだった。
 だけど、改めて考えてみると、この材質の持つ怖ろしいまでに高い価値に気づく。

「その娘の家が技術を秘匿しているのか、職人と知り合いなのかはわからん。だが、その娘と繋がりを持つことは重要な意味を持つだろう」
「父上は、この材質を軍事に利用しようと考えているのですか?」

 材質の価値は分かった。
 しかし、問題はその利用方法だ。
 軍事に利用するとなると、他国からも目をつけられることになるだろう。
 武器や防具といった、そのものを奪われるならまだいい。
 下手をすれば、それを作った職人が狙われることもある。
 それはすなわち、彼女も狙われる可能性があるということだ。

「正面切って戦う騎士や兵士に持たせるつもりはない。使うなら、もっと限定的な用途だ。これは切り札になりそうではあるが、大量生産できるものには見えないからな。おまえが心配するような危険は低いはずだ」

 警戒して目的を問う僕に対し、父は安心させるように返事を返してくる。
 しかし、その言葉を馬鹿正直に信じることはできない。
 父は騎士や兵士に持たせないとは言ったが、武器として利用することは否定しなかった。
 そして、切り札となる限定的な用途とすると可能性は限られてくる。
 兵器としての利用も可能性としてはあるが、父は生産量が少なくなるであろうことは認識している。
 となると、もう一つの可能性だ。
 父はこれを、暗殺部隊の武器として利用するつもりだ。
 暗殺部隊は、王子である自分でさえも見たことがないが、その存在は誰もが知っている。
 父の直轄部隊だ。
 政治は綺麗ごとだけでは成り立たない。
 国と国とが争う場合は特にだ。
 王族の暗殺は歴史上でも何度もおこっている。
 たとえ戦争中で無かったとしても、自国に不利になるような人物が他国の王族としていれば、暗殺の対象になり得る。
 むしろ、それこそが大規模な戦争を回避しているとも言える。
 各国の重臣も一枚岩ではないのだ。
 自分の不利益となる戦争を起こしかねない王族ならば、暗殺されても黙認する。
 むしろ、自分達が暗殺することさえあるだろう。
 当然、暗殺は犯罪である。
 褒められた行為ではないが、戦争回避の手段としての必要悪ではあるのだ。

 それはともかく、気付かれないうちに相手を殺傷することが役割である暗殺者が持つ武器としては、あの材質は最適だろう。
 しかも、暗殺者は自分が所属する国が分からないようにする。
 あの材質と我が国の繋がりは特定しづらいだろう。
 だが、それでも噂を止めることはできない。
 政治的に争っている国があれば、疑いの目を向けられる。
 たとえ証拠が無かったとしても、疑いの目を向ける理由としては充分だ。
 だから、父が言ったように、あくまで可能性なのだ。
 僕は彼女が危険に巻き込まれる可能性が、最も低い方法を考える。
 彼女は既にあの材質を手に入れる持っている。
 僕が彼女を諦めたとしても、あの材質が狙われる可能性は変わらない。
 彼女があの材質の靴を舞踏会という人目につく場所に履いてきたことで、むしろ可能性は高まっているかも知れない。
 だが、彼女には自分の身を護る手段がないように思う。
 彼女の家族は当てにできない。
 もし、父が気づいたように、あの材質の価値に気づくものが現れれば、彼女に待っているのは拉致や監禁、そして拷問だろう。
 そこまで考えて、僕の方針は決まった。

「シンデレラを口説いて、連れてこいという命令は、わかりました。それで、どのような形で連れてきましょうか?」
「妃でも妾でも侍女でもかまわん。好きなようにしろ」
「なら、妃として連れてきます」
「よかろう」

 我ながら卑怯だとは思うが、これで再びシンデレラに会う理由ができた。
 今度はただ会いたかったという理由じゃない。
 強引に連れ帰って来ることも視野に入れた理由だ。
 もちろん彼女が嫌がることをするつもりはない。
 だけど、明確な理由があるというのは、僕の勇気を奮い起させるのには充分だった。

 *****

 王子(弟)が帰ってから数日が過ぎた。
 義理の母親は、私と王子(弟)が二人きりで部屋にこもったことで、繋がりができたのかと期待していたようだが、何も無かったことを伝えると露骨に見下す視線を向けてきた。
 まあ、いつものことだ。
 義理の妹は王子(兄)と一夜を共にしたらしく、それが叶わなかった私に対して、随分と自尊心を満足させていたようだ。
 これも、どうでもいいことだ。
 義理の姉は何も言って来なかったが、心の中では似たようなことを考えているのだろう。

「潮時なのかな」

 使用人達を消したことで、私が屋敷から追い出される可能性や、家が没落する可能性までは予想できた。
 だけどまさか、王子と繋がりができるとは予想できなかった。
 それが狙いで舞踏会に行ったのは確かなのだが、その狙いは失敗したはずだった。
 それなのに、まさか私を連れていこうとするくらい強い繋がりができるとは思わなかった。
 一応は引き下がってくれたが、女に慣れていなさそうなのに私を押し倒したところを見ると、いざとなれば強引な手段に出てくる可能性もあり得る。
 屋敷を追い出されるのは、まだいい。
 貴族の身分に未練は無いし、もともと平民よりも粗末な生活をしていたのだ。
 仕事を選ばなければ、生きてはいけるだろう。
 あまりやりたくは無いが、容姿はそこそこのはずだから、身体を売ることだってできるはずだ。
 だけど、王子に連れていかれるのは、マズい。
 舞踏会に行ったときは、あの老執事がいたから、そこまで深く考えていなかったのだが、王子が一目惚れで連れてきた女の行く末など、容易に予想できる。
 夢見る少女なら、幸せな結婚生活を考えるだろう。
 でも、実際には違う。
 国を憂いた重臣か嫉妬に狂った女からの暗殺に怯えるか、人目に付かないような軟禁生活を余儀なくされるのがオチだ。

「ドレスは当面の生活費を手に入れるために売るとして、魔術書グリモワールはどうしようかな。町に行きながら考えよう」

 その日、私は屋敷から逃げ出した。
 もう、戻らないつもりだ。
 ガラスの靴は王子に渡した。
 ドレスと魔術書グリモワールだけが、私の私物だった。
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