シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

文字の大きさ
上 下
5 / 240
第一章 灰かぶり

005.王子

しおりを挟む
「招待状をお見せください」

 馬車は王城の入口までは、何事もなくやってくることができた。
 だけど案の定、城に入る前に、門のところで止められた。
 門番の兵士は、馬車を引く馬、というかユニコーンに驚いたようだが、それでも職務に忠実だった。
 貴族の馬車といっても、無条件に通してくれることはなかった。
 招待状はない。
 御者を務める老執事は任せろといったが、どうするつもりなのだろう。

「招待状は先に入った奥様方が持っております。お嬢様は用事があり一日遅れて到着したのです」

 老執事が説明をする。
 これは事実だった。

「そうですか。では確認して来ますので、お名前を教えてください」
「わかりました」

 老執事は、私の家名を答える。
 なんで知っているのかと思ったが、屋敷に現れたのだから、知っていてもおかしくはないか。
 それに、問題はそこじゃない。

「ちょっと!」
「なんですかな?」

 私は馬車の窓から顔を出して、老執事に文句を言う。

「どうするの?兵士の人、確認に行っちゃったわよ。あの女が勝手に来た私を身内だと認めるわけないでしょ」
「そうでしょうな」
「なら、なんで・・・」

 言い争いをしていると、兵士が戻ってきたので、仕方がなく私は馬車に引っ込む。

「確認したのですが、娘達は一緒に来ているから、そのような者は知らないとの回答だったのですが」

 当たり前だ。
 あの女なら、そういうだろう。
 しかし、兵士も豪華な馬車に乗った貴族と思われる人間に不審者と言うこともできないのか、困った顔をしている。
 そこへ老執事が言葉をかける。

「困りましたな。『新しい』奥様は、お嬢様と仲が良くはないのですが、そんな嫌がらせをしてくるとは」
「『新しい』・・・ですか。なるほど」

 すると兵士は、どう解釈したのか、何故か納得したような様子を見せる。
 まあ、貴族は一夫多妻が普通だ。
 似たような醜聞は、よくあることなのだろう。
 何やら考えていた兵士が口を開く。

「なにか、身分を証明できるものはありますか?」

 そんなことを言ってきた。
 これは、それを見せれば通してくれるつもりのようだ。
 しかし、そんなものを持っているわけがない。
 どうするつもりかと思っていると、老執事がこちらに視線を向けてきた。

「お嬢様は家宝を身につけておられます。それで証明になりますかな」
『家宝?』

 私と兵士の声が重なる。
 私の反応に不思議そうな視線を向けてくる兵士に対して、私は視線を逸らす。
 家宝なんか知らない。
 そんな視線を向けられても、どうしようもない。
 黙っている私に、兵士が声をかけようとしたとき、老執事が口を開いた。

「お嬢様、申し訳ありませんが、馬車から降りていただけますかな」
「わかりました」

 私は、なるべく貴族の令嬢っぽく見えるように、ゆっくりと馬車を降りる。
 兵士は私の全身を眺めていたかと思うと、足元を見て視線を止める。

「お嬢様は普段から身につけているので、ぴんと来なかったのでしょう」
「そうだったのですか。わかりました。通っていただいて結構です」
「ありがとうございます。さあ、お嬢様、馬車にお戻りください」
「え、ええ」

 怪しまれないように、慌てつつもゆっくりと馬車に乗り込む。
 そのまま馬車が進み、兵士から充分に離れたところで、私は老執事に声をかける。

「どういうこと?」
「なんのことですかな?」
「なんであの人、納得したの?」

 家宝など、私は身につけていない。
 なにを見て、あの兵士は納得したのだろう。

「靴ですよ」
「靴?・・・ああ、そういうこと」

 この透明でガラスのように見える、珍妙な靴のことか。
 確かにこれは一般には出回っていない非常識なものだ。
 希少性という意味で、家宝と言っても通じるだろう。

「ご理解いただけましたかな?」
「ええ。助かったわ」
「どういたしまして」

 そして馬車は進む。
 運命の舞台は、もう目の前に迫っていた。

 一度門を潜ってしまえば、先ほどのように止められることは無かった。
 あとは、舞踏会の会場に入るだけだ。
 老執事は会場の中までついてくるつもりはないようだ。

「それでは健闘を祈っております」

 見事なまでの貴族の礼をして、私を送り出す。

「もちろんよ」

 老執事の言葉に応えると、私は会場へ足を踏み入れた。

 眩しいまでの光に、一瞬目の前が真っ白になる。
 数舜後に見えてきた光景は、別世界だった。
 きらびやかな装飾と、着飾った人の群れ。
 女の子なら一度は憧れる世界じゃないだろうか。
 でも、私は貴族がどんなものか知っている。
 私には、腹黒い本心を隠した、仮面を被った道化の群れにしか見えない。

「さて、王子様は・・・」

 普通の女の子なら、この光景に見とれて夢見心地にでもなるのだろうが、私にその余裕はない。
 さっそく、目的の人物を捜す。
 すると、その人物はすぐに見つかった。
 捜すのに苦労することはなかった。
 なにせ一番目立っている。
 しかし、その人物を見つけた瞬間、私は思った。

「アレは・・・ダメだ」

 思わず感想が口から漏れる。
 貴族の令嬢らしくない言葉遣いだったが、幸い誰にも聞かれなかったようだ。
 私は、なるべく目立たないように壁際まで移動する。

「はぁ」

 溜息をつきながらも、視線は目的の人物への向けたままにする。
 その人物の周りには、多くの取り巻きがいた。
 主に見目麗しい女性達が。
 女性達に言い寄られ、満更でもなさそうな様子だ。
 というより、明らかに喜んでいる。
 アレは女慣れしているどころじゃない。
 女遊び慣れしている。

「まさか、王子様があんなのとは」

 王族としての教育を受けていて、どうやったら、ああもチャラくなれるんだろう。
 よく周囲の人間が許しているものだ。
 しばらく様子を見ていると、王子は片っ端から好みの女性に声をかけているようだった。
 確かにこういう場は、男女の出会いの場でもある。
 だけど、それ以上に、王族や貴族にとっては縁を繋ぐ場としての意味合いが強い。
 つまり、人脈形成の場なのだ。
 それを、ああも女性にばかり声をかけていては、ろくな人脈など作れはしないだろう。
 それに、言い寄ってくるのも、王子の権力目当ての女性ばかりになるのは、想像に難くない。
 王子に純粋に好意を向ける女性もいるかも知れないが、そんな女性は権力目当ての女性達に排除されるのが目に見えている。

「アレを夢中にさせてもなぁ」

 例えば、王子に見初められて一夜を共にしたとしても、それは多くの愛人の中の一人になるという意味にしかならないだろう。
 義理の姉妹を悔しがらせ、仕返ししたことにはならない。
 それどころか、下手をすれば、乱交要員にされて、姉妹丼にされる可能性すらある。
 義理の姉妹と竿姉妹になるなんて、想像したくもない。

「はぁ」

 私は再び溜息を吐く。
 屋敷の使用人達を生贄にしたときよりも、絶望したくなった。
 色々と覚悟を決めて、地獄に落ちることも受け入れて乗り込んでみれば、これだ。
 私は、どうやら生まれたときから、運に見放されているらしい。
 それでも諦めきれずに、壁の花になりながら王子の観察を続ける。

「お嬢さん、私と踊っていただけませんか」
「ごめんなさい」

 珍しいドレスと珍妙な靴を履いた私が珍しいのか、たまに声をかけてくる男がいるが断り続ける。
 もともと王子以外の男は目的じゃないし、よく考えたら、私は踊り方を知らない。
 ・・・私、なんでここにいるんだろう?
 帰りたくなってきた。
 そんなことを考え始めた頃、私は声をかけられた。

「お嬢さん、変わった靴を履いていますね」
「ごめ・・・え?」

 踊りの誘いではなかった。
 そのことに驚いて、断りの返事が途中で止まる。
 というか、正面からかけられた声ですらなかった。
 でも、声をかけられたのが、私だということはわかった。
 変わった靴を履いているのは、私くらいのものだからだ。
 興味を引かれて声が来た方向を見ると、私と同じく壁際に避難している一人の青年がいた。

「透明の靴ですか・・・興味深いです」

 私と同じくらいの年齢だろうか。
 分厚い眼鏡と、少し乱れた髪の毛が印象的だ。
 眼鏡は、まあ、いいだろう。
 眼鏡に使われているガラスは貴重品だ。
 高価な装飾品と言えなくはない。
 でも、髪の毛が乱れているのは、どうなんだろう。
 舞踏会に相応しくないように思える。
 服装はきちんとしているのに、微妙にこの場に馴染んでいない。
 ある意味、私と同類だ。
 少しだけ親近感を持ち、話に付き合うことにする。

「この靴に興味があるの?」
「ええ。最初はガラスかと思ったのですが、違いますよね。ガラスで靴なんか作ったら、すぐに割れるはずですが、その様子がない」
「わかるんだ?」
「そういうものに興味があって。この眼鏡も自作です」
「ふぅん。ずいぶん分厚いみたいだけど重くない?」
「・・・少し重いです」
「素直に職人に作ってもらったら?もっと薄く透明に作ってもらえるでしょ。自分が作ったものを自慢したい気持ちはわかるけど、完全な透明じゃないみたいだし、目を悪くするわよ」
「耳が痛い」

 話していると、どうやら青年は、貴族にしては変わりものらしいことがわかった。
 普通の貴族は眼鏡を自作したりしない。
 だが、こういう貴族が全くいないわけではない。
 所謂、趣味人というやつだ。
 暇を持て余した貴族が、学問や芸術に傾倒するという話は稀に聞く。
 女遊びや男漁りに精を出す貴族よりは健全だろう。
 貴族の中には不倫は文化だという者もいるが、そういう輩は大抵の場合、噂話の格好のネタになっている。
 そういう連中よりは、まだマシだと思えた。
 だからだろうか、私は王子を観察するのも忘れて、青年と会話を続けた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...