シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第一章 灰かぶり

003.シンデレラ

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「い、いつの間に」

 唐突に魔法陣の上に現れた老執事に、私は警戒心を高める。

「これは異なことを。お嬢さんが呼び出したのでしょう?」
「じゃあ、あなたが・・・」

 魔術書グリモワールに書かれていた存在。
 そして、私が呼び出した存在。

「かつて私を呼び出したのは高名な錬金術師でした。お嬢さんは錬金術師?それとも魔女ですかな?」
「そう見える?」
「見えませんな。ごく普通のお嬢さんのように見えます」
「正解よ」

 私が答えると、老執事は何やら考える様子を見せる。

「ふむ。余程あなたの願いと生贄が、私と相性がよかったのでしょうか?」

 魔術書グリモワールによれば、魔法陣から呼び出す対象を選ぶことはできないらしい。
 ただ、相性がよい対象が呼び出される傾向にあるとは書かれていた。
 願い・・・せいぜい、義理の母親や姉妹、それに使用人達に仕返しを兼ねたイタズラをする程度のことしか考えていなかった。
 とすると、目の前の存在は小物ということだろうか。
 でも、以前に呼び出したのは錬金術師と言っていた。
 ということは、生贄がよかったのだろうか。
 メイド達の中には処女もいただろう。
 そこまで考えて、私は気づく。

「屋敷の使用人達・・・生贄はどうしたの?」

 私は嫌な予感を覚えながら、老執事に尋ねる。

「もちろん、美味しく頂きましたよ。私を呼び出した対価なのですから、かまわないでしょう?」

 老執事は何でもないことのように、そう答えてきた。
 だけど、私には何でもないことではない。
 そうなることを考えなかったわけじゃない。
 だけと、実際にそうなると、やはり後悔する気持ちがないわけじゃない。
 私は、反射的に部屋を飛び出し、使用人達の部屋を見て回る。

「誰もいない?」

 凄惨な光景を想像していた。
 残酷に破壊された死体。
 床や壁に飛び散った血液。
 そういったものだ。
 だけど、そういった光景はどこにもなかった。

「何を捜しているのですかな?」

 私の後ろについてきたらしい老執事が尋ねてくる。

「・・・生贄にした使用人達よ」
「ですから、その者達なら、美味しく頂きました。血の一滴に至るまで」

 その言葉でようやく理解した。
 生贄にされた人間達・・・私が生贄にした使用人達は、その存在の全てを食べられたのだ。
 血の一滴も残さずに、丸ごと飲み込まれたのだ。
 まるで、最初から存在しなかったかのように、容赦なく無に帰されたのだ。
 いっそ、凄惨な光景が広がっていた方が、まだ現実味があっただろう。
 なのに、この一見すると何でもない光景が、逆に怖ろしさをかきたてる。
 私は、今更ながらに自分のしたことの残酷さを思い知る。
 それと同時に、妙な高揚感が心を満たす。
 非現実的な事態を引き起こした優越感と、後戻りできない背徳感が、私に覚悟を決めさせる。
 人でなしとして生きる覚悟だ。
 もともと人間扱いされていなかったようなものだから、お似合いだろう。

「それで、あなたの願いはなんですか?」
「え?」
「願いですよ。そのために私を呼び出したのでしょう?」

 その通りだ。
 ちょっとしたイタズラのつもりが、想像以上の事態を引き起こしたとはいえ、願いがあってこの存在を呼び出したのだ。
 だけど、その1つ、使用人達への仕返しは、すでに叶えられているとも言える。
 なら、残る願いは決まっている。
 義理の母親や姉妹への仕返しだ。
 しかし、使用人達と同じように、この存在に跡形もなく消されるだけでは、願いが叶ったとは言い難い。
 それでは仕返しをしたとは言えない。
 なら、どうしようか。
 そう言えば、あの三人は今頃、王城の舞踏会に出席しているはずだ。
 今日はもう夜遅いから終わっているかも知れないが、舞踏会は三日間続く。
 明日も舞踏会に出席するのだろう。

「・・・・・」
「どうしました?」
「・・・王子を落とすことってできる?」
「落とすとは?」
「私に夢中にさせることはできるかってこと」

 あの三人は王子との婚姻を狙っていたはずだ。
 その王子が別の女に魅了されているのを見れば、悔しがるに違いない。
 王子と婚姻を結びたいわけではないが、あの三人の悔しがる様子は見てみたい。
 そう考えての言葉だった。

「ふむ。お嬢さんは素材は良いようですからな。美しいドレスや高価な装飾品でも身につけて、豪華な馬車で会いに行けば、可能でしょう」

 老執事はべた褒めしてくるが、それを真に受けるほど頭が緩くはない。
 私に不利になることがあるはずだ。

「しかし、良いのですかな?それらは金銭さえあれば、手に入るものです。あなたは貴族とお見受けしますが、貴族ならば手に入れるのは容易いでしょう。私が願いを叶えるためには対価を必要としますが」

 どうやら、この老執事は、わざわざそれを教えてくれるらしい。
 魔術書グリモワールには、この存在は契約に忠実だと書いてあった。
 そのためだろうか。
 しかし、同時に契約にないことには油断ができないとも書いてあった。
 気は許せない。

「対価は払ったんじゃないの?」
「それは私を呼び出す対価でしょう。願いを叶えるための対価とは別です」

 なるほど、そういう理屈か。

「じゃあ、対価を払えば、必ず願いは叶うの?美しいドレス、高価な装飾品、豪華な馬車・・・それがあれば、確実に王子を夢中にさせることができる?言っておくけど王族は目が肥えている上に、恋愛感情で結婚相手を決めたりはしないわよ」
「ふむ・・・可能とは言いましたが、確実とは言えませんな。確率を高くすることはできますが」
「それじゃあ、対価なんて払えないわよ。だって、金銭でも叶えられる願いなんでしょ?なら、あえて、あなたにお願いしなくちゃいけないわけじゃないし」
「むっ・・・いえ、そうですな。その通りです。ならば、お試し期間といきませんか?」
「お試し期間?」
「今から24時間。つまり、明日の午前零時まで、先ほど言ったものをお貸ししましょう」

 24時間。
 明日の舞踏会に参加するのがギリギリな時間だ。
 つまり、チャンスは1回。

「もし、私が24時間以内に王子を夢中にさせた場合は?対価が必要?」
「その場合は、あなたの魅力が私の予想を上回っていたということでしょう。対価はいただきません」
「ふーん、ずいぶんと気前がいいのね」
「以前、錬金術師にやりこめられてから、契約には誠実になったのですよ。契約にないことを後から請求するようなことはしません。その代わり、あなたにも誠実であることを求めます」

 どんなことがあったのか知らないが、かなり悔しかったのだろう。
 紳士的な話し方だけど、無言のプレッシャーが凄い。
 もし、私がこの存在を騙そうとすれば、容赦のない報復がおこなわれるであろうことが分かる。
 おそらくは死ぬよりも怖ろしいこと、殺してくれと願うようなことだ。
 私は、ごくりと唾を飲み込む。

「わかった。それでお願い。私が契約したくなるようなお試し期間を期待するわ」
「かしこまりました」

 老執事は一礼すると、おもむろに私に近づいてくる。

「な、なに?」
「まずは、ドレスですな。失礼します」

 あまりにも自然な手つきで、私が身につけている粗末な衣服を脱がせてくる。

「・・・私一応、年頃の娘なんだけど」

 呆気に取られて反応が遅れたが、下着を脱がされたところで、なんとかそれだけを口にできた。
 羞恥心を覚えないではないが、目の前の存在が人間でないことを知っているので、生娘のように悲鳴を上げたりはしない。
 いやまあ、生娘処女ではあるのだけど。

「貴族なら他人に衣服を着せてもらうこともあるでしょう」
「私は貴族の血を引いているだけで、貴族としての扱いを受けていないからね」
「そうでしたか」

 老執事は、大して興味がないことが分かる返事を返しながら、今度は豪華な下着とドレスを着せてくる。
 あいかわらず、自然な手つきだ。

「どうでしょう?」

 私を鏡の前に立たせ、感想を求める。

「豪華なドレスね。金遣いが荒いって思われそう」
「気に入りませんか?」
「浪費家が好かれるとは思わないんだけど」

 絶世の美女なら、それでも夢中になる男はいるかも知れない。
 しかし、私は自分で言うのもなんだが、そこそこの美人ではあると思うが、絶世というほどではない。
 それに、豪華なドレスを着た貴族の女など、貴族にはいくらでもいるだろう。

「違うドレスを試してみましょう」

 そう言うと、私の返事を待つこともなく、再び脱がせて、別のドレスを着せてくる。

「色っぽいドレスね」
「気に入りましたか?」
「微妙。こういうドレスは、若さで勝てなくなった年増が、男を誘うときに着るものじゃないの?」
「ふむ。私は好きなのですが」
「あなたの性癖なんか知らないわよ」
「むぅ。ならば、どういうドレスがお好みですかな?希望をおっしゃってください」

 希望か。
 王子であれば、周囲に綺麗な女性はいるだろうし、女慣れしてそうだ。
 不用意に子供を作る行為は周囲が止めるだろうが・・・いや、王族には筆下ろしの習慣があるんだっけ。
 女に言い寄られたくらいで浮かれて利用されないように、女に慣れさせるためだとか。
 その相手は貴族の未亡人とか、病気の心配も無く、後腐れもない相手が多いと聞く。
 あとは、王族なら権力目当てで言い寄ってくる女には、ウンザリしているだろう。
 とすると狙い目は、若くて清純そうで、それでいて性欲を刺激するような感じだろうか。
 そういう女には免疫が低い気がする。

「なんかこう・・・童貞をイチコロにできそうなドレスはない?」
「なかなか難しい要求ですな。第一、王子は童貞なのですかな?」
「知らないけど、筆下ろししただけの男なんて、童貞みたいなもんでしょ。中途半端に女の味を知っているせいで、かえって性欲を持て余しているんじゃない?」
「それは、なんとも言えませんが・・・言いたいことは、なんとなく分かりました」

 しばし考えた後、老執事は再び私を着せ替え人形にする。

「このようなドレスはいかがでしょうか?」

 そのドレスは、私が言った要求を満たしているように見えた。
 貴族のドレスにはあまり見かけないタイプだが、舞踏会に着て行ってもドレスコードに引っかかったりはしないだろう。

「いいわね。女に夢を見ている男が寄ってきそう」
「ただし、ドレスはあくまでも着る者を彩る飾りでしかありません。中身がそれに見合っていなければ、逆に滑稽に映ることでしょう」
「深窓の令嬢っぽく、口数を少なくしておくわよ。下手に言い寄るよりも、向こうから声をかけて来るのを待った方が、印象に残るだろうし」
「目に留まらないまま終わらないように」
「わかっているわ」

 ドレスは決まった。
 あとは、高価な装飾品と豪華な馬車だ。
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