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第一章 灰かぶり
001.魔女
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私の名前はシンデレラ。
一応、貴族の娘だ。
一応と言ったのには理由がある。
私は家の中で貴族の娘としての扱いを受けていない。
その扱いの理由は、ものすごく単純なものだ。
父親の後妻である義理の母親のイジメだ。
義理の母親がそうする理由も想像がついている。
要するに自分の娘、つまり私にとっての義理の姉妹に家を継がせたいのだろう。
義理の姉と義理の妹、そのどちらに継がせたいのかは知らないし興味もない。
私には関係のないことだからだ。
私が家を継ぐことはないだろう。
教育とは名ばかりの掃除などの雑用。
私は物心ついた頃から、それしかやっていない。
そんな人間が貴族としてやっていけるわけがない。
つまりは、私の人生は現時点で詰んでいるというわけだ。
それに反抗するつもりは無い。
私のことを庇ってくれない父親には愛着はないし、家を継いだとしても、どうしたらいいかわからない。
贅沢な生活をしたい気持ちが無いわけではないが、物心ついた頃から雑用ばかりの生活だったから、それに慣れきっている。
幸い食べるのには困らないから、この生活から逃げようという気も湧いてこない。
鬱陶しいのは義理の姉妹からの暴力だが、雑用で鍛えられた私の精神と身体は、それを大して脅威だとは感じない。
そんなわけで、私は現在、無駄に広い庭の掃除をしている。
この掃除は、雑用の中では割と好きな方だ。
なぜなら、鬱陶しい義理の姉妹がやってくることが滅多にない。
陽に焼けず肌の色が白いほど健康で美しいと思い込んでいる連中が外へ出る機会など、城へ行くために馬車へ乗り込むまでの数歩くらいだろう。
いつものように、どうせ翌日には増えているであろう枯葉を掃いていると、少し離れた場所に黒い塊を見つけた。
どう見てもゴミだ。
面倒に思いながらも近づいていくと、どうやらそれは人間らしいことに気づいた。
「おばあさん、こんなところで寝ていられると困ります」
それは黒いローブを着た老婆だった。
面倒ごとは御免だが、放置しておくと、さらに面倒なことになるのは分かり切っているので、声をかけた。
息はしているようだから、死んではいないだろう。
血の匂いもしないから、獣に襲われて怪我をしている可能性も低いはずだ。
何度か呼びかけるが、反応がない。
「おい、ババア。ここで寝ると迷惑だって言ってるだろ」
持っていた箒で頭をつつく。
倒れているお年寄りを叩くなんて酷いことはしない。
力だって、大して入れてはいない。
もっとも、箒の尖端がチクチクするはずだけど。
案の定、その老婆は力を振り絞るかのうように起き上がった。
「なにをするんじゃ!老人は労わらんか!」
「そんなに元気なら、とっとと起きろ」
こちらが話しかけると、思い出したように、へなへなと崩れ落ちる。
そして聞こえてくる、腹の鳴る音。
「なんだ、腹が減ってるのか?」
「もう三日も食べておらぬ。一歩も動けぬ」
「しょうがねぇな。ちょっと待ってろ」
そう言い残し、いったんその場を後にする。
向かう先は調理場ではない。
そんなところへ行っても、ケチくさい貴族が食べ物を分けてくれるわけがない。
第一、あの老婆は不法侵入者だ。
ここは仮にも貴族の屋敷。
そして老婆が倒れていた場所は、その敷地内だ。
なので、こっそりと対処しなければならない。
あの老婆を心配してのことではない。
私に面倒が降りかかるのが分かっているからだ。
「今の季節なら、アレが生っているはずだな」
向かう先は目的の樹が植わっている庭の片隅。
目当てのものを探すと、予想通りに見つけた。
赤い色をした小さな果実だ。
「食えないことは無いだろ」
観賞用の姫リンゴ。
はっきり言って、旨くはない。
だが、リンゴはリンゴ。
食べれなくはないはずだ。
私は採ったことがバレない程度にバランスよく間引きながら、果実を集めていく。
そして、両手に一杯になったところで、老婆の元へ戻る。
「ほら食え、ババア」
「もう少し老人を労わらんか」
文句を言いつつも姫リンゴを受け取る。
「むっ!すっぱい!しかも、しぶい!」
「仕方ないだろ。それしか無かったんだから」
老婆は文句を言いながらも、姫リンゴをどんどんと口の中に放り込んでいく。
「まあ、食べられないほどではないが・・・それにしてもリンゴか」
「なんだよ?」
「いや、暗示的だと思ってな」
「?」
やがて全てを食べ終わると満足したのか、老婆が立ち上がった。
食べたものが、そんなにすぐに身体を動かすエネルギーに変わるとは思えないのだが、おそらくは空腹で動く気力がなかっただけで、実際には動けたのだろう。
「動けるようになったのなら、とっとと出て行ってもらえませんか?」
私は、極上の笑顔とともに老婆にそう言い放つ。
そうそう、この老婆に時間もかけていられない。
雑用はここの掃除以外にもあるのだ。
「まあ、待て。おぬし、容姿はそこそこなのに、気が短いのう」
「そこそこって微妙な表現ね。それで褒めているつもり?」
「褒めていないからのう。褒めて欲しかったら、服装にも気を配ったらどうじゃ」
「・・・ふん」
私が容姿を引き立てるような服を持っているはずもない。
今着ている服も、使用人より粗末なものだ。
老婆がそんな私の状況を知るはずもないから、機嫌は悪くなったが当たり散らすようなことはしない。
「どうでもいいので、とっとと出ていってもらえませんか?」
「だから待てというのに。わしはこれでも義理堅くてな。礼をしようと思う」
「いらない」
食うに困るような老婆の礼とは何だろう。
ロクなものが思い浮かばないし、興味もない。
どちらかと言えば、とっとと去ってくれた方が、助かるくらいだ。
しかし、老婆は私の心情など知る由もなく、話を続ける。
「わしはこれでも魔女でな」
「魔女~?」
一気に胡散臭くなった。
だって、魔女ってアレだろ。
気持ち悪い材料を大鍋で煮たり、いーっひっひっひっひっ、とか奇声を上げて笑うような連中のことだろ。
あまり、お近づきになりたくない。
「じゃあ、私はこれで。早く出て行ってくださいね」
老婆を放って雑用に戻ろうとすると、老婆がしつこく食い下がってくる。
「待て待て待て!礼と言っているのだから、喜んで受け取らんか!」
「なら、とっとと渡せ。できれば、小さくて、かさ張らなくて、換金しやすいものがいいな」
「売る気マンマンじゃな!じゃが、売らない方がいいと思うぞ。これは、あらゆる願いを叶えることができる可能性を秘めたものじゃからな。むろん、対価は必要とするが」
「金があれば、だいたいの願いは叶うだろ。ほとんどの人間は、その金を手に入れられないから、願いを叶えられないだけだ」
「みすぼらしい服装の割には、哲学的じゃのう」
みすぼらしい服なのは、義理の母親からの、ただの嫌がらせだ。
それに、雑用で身体が空いていないといっても、頭は別だ。
思考に回す余裕くらいはある。
大抵は他愛もない内容を考えているだけだが、たまには哲学的なことを考えることもある。
だから私は、学は無いが、哲学的な思考なら、ただ贅沢をして日々を過ごしている貴族達よりは、行っているのではないだろうか。
「ほら、これじゃ」
「本?」
老婆が渡してきたのは、一冊の古びた本だった。
豪華な装飾が施されているようだが、古いのでボロボロだ。
あと、その装飾も、豪華ではあるが、どこか気味が悪い。
古本としてよりは骨董品として売った方が、高く売れるだろうか。
そんなことを考えながら本を見ていると、頼んでもいないのに老婆が説明をしてくる。
「それはな、魔術書と呼ばれるものじゃ」
「魔術書?もしかして、あれか?高い金を払わせて、大して役に立たない教材を売るっていう、あの商売か?」
「人を詐欺みたいに言うな!それは礼じゃ。タダでやるわい」
「なら、いいけど・・・・・なにが書かれているんだ、コレ?」
パラパラと流し読みする。
学は無いが、文字くらいは読める。
これでも義理の母親が来る前、物心つく前は貴族としての教育を受けていた。
その頃の名残だ。
「それはな、かつて楽園に住んでいた二人の男女に、知恵の実を食べるように唆した存在を呼び出す方法が書かれておる」
「それって、神様の怒りに触れて、楽園を追放されるきっかけになったって言う、アレだろ?」
「なんじゃ、知っておったか」
「やっぱり、騙すつもりだったのか。タダほど高いものは無いっていうしな」
恩を仇で返す。
とんでもない老婆だ。
老い先短いだろうから、殴ったりはしないが、そんなことをされれば気分は良くない。
こちらの考えが分かったのか、老婆が慌てて補足してくる。
「騙すつもりなどないわい。アレは契約と対価を間違えなければ、利用できる存在じゃ。強大な力を持ち、人間には不可能な願いを叶えることもできる」
「そんなものを呼び出す方法が書かれた本を、ぽんと渡していいのか?」
「本の内容を全て覚えておるからな。わしにとっては、あまり意味のないものじゃ」
「廃品処分ってわけか。まあ、いいや、もらっておく。薪の代わりにでもさせてもらう」
「それは既におぬしのものじゃ。好きにすると良い。じゃが、燃やす前に読むことをオススメするがな」
「わかったよ。これで用は済んだだろ。早くここから立ち去れよ、ばあさん。メンドクサイ連中に見つかると、何をされるかわからないからな」
「ああ。世話になったな」
立ち去っていく老婆。
それを確認してから、私も雑用に戻ろうとする。
「・・・おぬしが何を選択するか、楽しみにしておるよ・・・」
「え?」
声が聞こえた気がして振り返るが、既に老婆の姿は見えない。
空耳だとは思ったが、なぜか頭の片隅にその言葉が残った。
「私が何かを選択することなんかないわよ。このまま飼い殺しの人生だもの」
せめて政略結婚にでも利用してくれれば幸せになれる可能性があるが、義理の母親はそれすらもするつもりはないようだ。
万が一、私が権力を持って復讐するのを怖れているのだろう。
「我ながら、つまらない人生だなぁ」
年頃の娘のはずなのに、既に終わりまでの道筋が決められている。
食うに困る人間と比べれば不幸ではないのだろうが、幸せというわけでもない。
「はぁ・・・」
自分で考えておいて、その考えにウンザリして、私は今度こそ雑用に戻った。
一応、貴族の娘だ。
一応と言ったのには理由がある。
私は家の中で貴族の娘としての扱いを受けていない。
その扱いの理由は、ものすごく単純なものだ。
父親の後妻である義理の母親のイジメだ。
義理の母親がそうする理由も想像がついている。
要するに自分の娘、つまり私にとっての義理の姉妹に家を継がせたいのだろう。
義理の姉と義理の妹、そのどちらに継がせたいのかは知らないし興味もない。
私には関係のないことだからだ。
私が家を継ぐことはないだろう。
教育とは名ばかりの掃除などの雑用。
私は物心ついた頃から、それしかやっていない。
そんな人間が貴族としてやっていけるわけがない。
つまりは、私の人生は現時点で詰んでいるというわけだ。
それに反抗するつもりは無い。
私のことを庇ってくれない父親には愛着はないし、家を継いだとしても、どうしたらいいかわからない。
贅沢な生活をしたい気持ちが無いわけではないが、物心ついた頃から雑用ばかりの生活だったから、それに慣れきっている。
幸い食べるのには困らないから、この生活から逃げようという気も湧いてこない。
鬱陶しいのは義理の姉妹からの暴力だが、雑用で鍛えられた私の精神と身体は、それを大して脅威だとは感じない。
そんなわけで、私は現在、無駄に広い庭の掃除をしている。
この掃除は、雑用の中では割と好きな方だ。
なぜなら、鬱陶しい義理の姉妹がやってくることが滅多にない。
陽に焼けず肌の色が白いほど健康で美しいと思い込んでいる連中が外へ出る機会など、城へ行くために馬車へ乗り込むまでの数歩くらいだろう。
いつものように、どうせ翌日には増えているであろう枯葉を掃いていると、少し離れた場所に黒い塊を見つけた。
どう見てもゴミだ。
面倒に思いながらも近づいていくと、どうやらそれは人間らしいことに気づいた。
「おばあさん、こんなところで寝ていられると困ります」
それは黒いローブを着た老婆だった。
面倒ごとは御免だが、放置しておくと、さらに面倒なことになるのは分かり切っているので、声をかけた。
息はしているようだから、死んではいないだろう。
血の匂いもしないから、獣に襲われて怪我をしている可能性も低いはずだ。
何度か呼びかけるが、反応がない。
「おい、ババア。ここで寝ると迷惑だって言ってるだろ」
持っていた箒で頭をつつく。
倒れているお年寄りを叩くなんて酷いことはしない。
力だって、大して入れてはいない。
もっとも、箒の尖端がチクチクするはずだけど。
案の定、その老婆は力を振り絞るかのうように起き上がった。
「なにをするんじゃ!老人は労わらんか!」
「そんなに元気なら、とっとと起きろ」
こちらが話しかけると、思い出したように、へなへなと崩れ落ちる。
そして聞こえてくる、腹の鳴る音。
「なんだ、腹が減ってるのか?」
「もう三日も食べておらぬ。一歩も動けぬ」
「しょうがねぇな。ちょっと待ってろ」
そう言い残し、いったんその場を後にする。
向かう先は調理場ではない。
そんなところへ行っても、ケチくさい貴族が食べ物を分けてくれるわけがない。
第一、あの老婆は不法侵入者だ。
ここは仮にも貴族の屋敷。
そして老婆が倒れていた場所は、その敷地内だ。
なので、こっそりと対処しなければならない。
あの老婆を心配してのことではない。
私に面倒が降りかかるのが分かっているからだ。
「今の季節なら、アレが生っているはずだな」
向かう先は目的の樹が植わっている庭の片隅。
目当てのものを探すと、予想通りに見つけた。
赤い色をした小さな果実だ。
「食えないことは無いだろ」
観賞用の姫リンゴ。
はっきり言って、旨くはない。
だが、リンゴはリンゴ。
食べれなくはないはずだ。
私は採ったことがバレない程度にバランスよく間引きながら、果実を集めていく。
そして、両手に一杯になったところで、老婆の元へ戻る。
「ほら食え、ババア」
「もう少し老人を労わらんか」
文句を言いつつも姫リンゴを受け取る。
「むっ!すっぱい!しかも、しぶい!」
「仕方ないだろ。それしか無かったんだから」
老婆は文句を言いながらも、姫リンゴをどんどんと口の中に放り込んでいく。
「まあ、食べられないほどではないが・・・それにしてもリンゴか」
「なんだよ?」
「いや、暗示的だと思ってな」
「?」
やがて全てを食べ終わると満足したのか、老婆が立ち上がった。
食べたものが、そんなにすぐに身体を動かすエネルギーに変わるとは思えないのだが、おそらくは空腹で動く気力がなかっただけで、実際には動けたのだろう。
「動けるようになったのなら、とっとと出て行ってもらえませんか?」
私は、極上の笑顔とともに老婆にそう言い放つ。
そうそう、この老婆に時間もかけていられない。
雑用はここの掃除以外にもあるのだ。
「まあ、待て。おぬし、容姿はそこそこなのに、気が短いのう」
「そこそこって微妙な表現ね。それで褒めているつもり?」
「褒めていないからのう。褒めて欲しかったら、服装にも気を配ったらどうじゃ」
「・・・ふん」
私が容姿を引き立てるような服を持っているはずもない。
今着ている服も、使用人より粗末なものだ。
老婆がそんな私の状況を知るはずもないから、機嫌は悪くなったが当たり散らすようなことはしない。
「どうでもいいので、とっとと出ていってもらえませんか?」
「だから待てというのに。わしはこれでも義理堅くてな。礼をしようと思う」
「いらない」
食うに困るような老婆の礼とは何だろう。
ロクなものが思い浮かばないし、興味もない。
どちらかと言えば、とっとと去ってくれた方が、助かるくらいだ。
しかし、老婆は私の心情など知る由もなく、話を続ける。
「わしはこれでも魔女でな」
「魔女~?」
一気に胡散臭くなった。
だって、魔女ってアレだろ。
気持ち悪い材料を大鍋で煮たり、いーっひっひっひっひっ、とか奇声を上げて笑うような連中のことだろ。
あまり、お近づきになりたくない。
「じゃあ、私はこれで。早く出て行ってくださいね」
老婆を放って雑用に戻ろうとすると、老婆がしつこく食い下がってくる。
「待て待て待て!礼と言っているのだから、喜んで受け取らんか!」
「なら、とっとと渡せ。できれば、小さくて、かさ張らなくて、換金しやすいものがいいな」
「売る気マンマンじゃな!じゃが、売らない方がいいと思うぞ。これは、あらゆる願いを叶えることができる可能性を秘めたものじゃからな。むろん、対価は必要とするが」
「金があれば、だいたいの願いは叶うだろ。ほとんどの人間は、その金を手に入れられないから、願いを叶えられないだけだ」
「みすぼらしい服装の割には、哲学的じゃのう」
みすぼらしい服なのは、義理の母親からの、ただの嫌がらせだ。
それに、雑用で身体が空いていないといっても、頭は別だ。
思考に回す余裕くらいはある。
大抵は他愛もない内容を考えているだけだが、たまには哲学的なことを考えることもある。
だから私は、学は無いが、哲学的な思考なら、ただ贅沢をして日々を過ごしている貴族達よりは、行っているのではないだろうか。
「ほら、これじゃ」
「本?」
老婆が渡してきたのは、一冊の古びた本だった。
豪華な装飾が施されているようだが、古いのでボロボロだ。
あと、その装飾も、豪華ではあるが、どこか気味が悪い。
古本としてよりは骨董品として売った方が、高く売れるだろうか。
そんなことを考えながら本を見ていると、頼んでもいないのに老婆が説明をしてくる。
「それはな、魔術書と呼ばれるものじゃ」
「魔術書?もしかして、あれか?高い金を払わせて、大して役に立たない教材を売るっていう、あの商売か?」
「人を詐欺みたいに言うな!それは礼じゃ。タダでやるわい」
「なら、いいけど・・・・・なにが書かれているんだ、コレ?」
パラパラと流し読みする。
学は無いが、文字くらいは読める。
これでも義理の母親が来る前、物心つく前は貴族としての教育を受けていた。
その頃の名残だ。
「それはな、かつて楽園に住んでいた二人の男女に、知恵の実を食べるように唆した存在を呼び出す方法が書かれておる」
「それって、神様の怒りに触れて、楽園を追放されるきっかけになったって言う、アレだろ?」
「なんじゃ、知っておったか」
「やっぱり、騙すつもりだったのか。タダほど高いものは無いっていうしな」
恩を仇で返す。
とんでもない老婆だ。
老い先短いだろうから、殴ったりはしないが、そんなことをされれば気分は良くない。
こちらの考えが分かったのか、老婆が慌てて補足してくる。
「騙すつもりなどないわい。アレは契約と対価を間違えなければ、利用できる存在じゃ。強大な力を持ち、人間には不可能な願いを叶えることもできる」
「そんなものを呼び出す方法が書かれた本を、ぽんと渡していいのか?」
「本の内容を全て覚えておるからな。わしにとっては、あまり意味のないものじゃ」
「廃品処分ってわけか。まあ、いいや、もらっておく。薪の代わりにでもさせてもらう」
「それは既におぬしのものじゃ。好きにすると良い。じゃが、燃やす前に読むことをオススメするがな」
「わかったよ。これで用は済んだだろ。早くここから立ち去れよ、ばあさん。メンドクサイ連中に見つかると、何をされるかわからないからな」
「ああ。世話になったな」
立ち去っていく老婆。
それを確認してから、私も雑用に戻ろうとする。
「・・・おぬしが何を選択するか、楽しみにしておるよ・・・」
「え?」
声が聞こえた気がして振り返るが、既に老婆の姿は見えない。
空耳だとは思ったが、なぜか頭の片隅にその言葉が残った。
「私が何かを選択することなんかないわよ。このまま飼い殺しの人生だもの」
せめて政略結婚にでも利用してくれれば幸せになれる可能性があるが、義理の母親はそれすらもするつもりはないようだ。
万が一、私が権力を持って復讐するのを怖れているのだろう。
「我ながら、つまらない人生だなぁ」
年頃の娘のはずなのに、既に終わりまでの道筋が決められている。
食うに困る人間と比べれば不幸ではないのだろうが、幸せというわけでもない。
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