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斜陽館の不思議
しおりを挟む私たちの目の前に、切り立った崖の手前へと立つ「斜陽館」が見えてきた。
私の名前は
岩崎奈留美
東京F大学法学部に通う十九歳のシロガネーゼ予備軍。
ここへは、同学部二年生で、冬はアクアス キュータムの黒コートに、
初夏から夏にかけてはいつも黒いワイシャツを身に着けている白馬小路三世#はくばこうじさんせい#君の愛車ミニケンジントンで、やってきた。
そのミニの助手席に私は乗り、さらに、後部座席には、
目的地である「斜陽館」の主人の姪であり、同学部内の女性の中では一番背のある茨城弓子が乗車している。
今日は、「ミステリー研究会」の冬合宿と称して、山口県防府市の山中に建つ「傾斜館」を訪れたのだ。
ミステリー研究会と言っても、推理小説だけではなく、世界のオーパーツの謎にまで言及しているので、風変わりな人が多い。
そう私は、白馬小路君の付き合いで、時々参加している程度なんだけれどね。
季節は五月。
時刻は、午後四時。
「今日は、地震がない日でよかった」
「弓子、そんなに気になるの」
「うん、私の親類が、東日本大震災を岩手で経験してから、地震情報だけは毎日チェックしてるの」
「東京も凄かったけれど、岩手は酷かったよね」
私は彼女に、弱い眼差しを向けた。
「だけど、今日は地震が一つもない。珍しい日でよかった。この山口県は東京みたいに地震が多くないけれど、地震が無い日というのが嬉しいな」
「山口の情報までチェックしていたんだね」
「そうなの。今日はゼロ。最新情報まで、何もないし、揺れやすい外国も、ほぼなくて、本当によかった」
「それは、幸先良さそうだね。ところで、名産は?」
「やっぱり、フグよ」
「フグだけに、当たりたいね。いいことに」
そう言って白馬小路君は、笑みを浮かべた。
館に到着。
車から降りた私たちは、周囲には、何も建物がなく一軒だけ建っているこの白い館を見上げた。
「んっ、結構、綺麗だね」
「そ、そうかな」
弓子がそう返答をして、呼び鈴を押した。
「おかしい、どうしちゃったんだろう。応答がない。ちゃんと、家にいるって電話をもらってたのに」
弓子の表情が曇る。
「うん、トイレには長そうだし、じゃあ、買い物にでも出かけてるんじゃないかな?」
と、私は言ったが、それでも一分は過ぎても出てくる気配はないので、ちょっと心配になってきちゃった。
「叔父さんのスマホに連絡しては?」
「うん、そうする」
相づちを打った弓子は、スマホを手に、滑らかに指先を滑らせる。
んっ、美しい。彼女は、育ちが良さそうだ。
「……留守電になってる」
「留守電か」
白馬小路君が一言。
「どうしちゃったんだろ」
「まあ、弓子ちゃん、万事スケジュール通りにいかないのが人生ってものさ。車にでも戻って、しばらく待っていようよ」
白馬小路君が、そう私たちを促した。
三十分……いや、一時間はが経過した。
いつまでも留守電になっている電話に痺れを切らした弓子は、
「じゃあ、この合鍵を使うわ」
「えっ、合鍵があるの?」
「うん、一週間ほど前にね、何かあった時のために、送っておくと、郵送してくれてたの。でも、よほどのことがなければ、使えないし」
「確かに。叔父さんは、病気がちだった?」
「うん」
白馬小路君の質問に弓子は答える。
館の中へ入る。
「みんな、実はね」
「何だい?」
「実は私、ここへ来たの初めてなの」
「そ、そうなの」
私は、大丈夫、弓子と、思った。
「だけど叔父さん、どうしちゃったんだろう……」
「んっ、ここは人が住んでいる気配がしない気が?」
「うん、物が何もない。弓子、ホントに叔父さん、この館に住んでいるの?」
「あっ、そうそう、この館はね、完成してまだ数日しか経っていないのよ。だから、荷物も、主要家具以外、まだ運ぶ前らしいの」
「あぁ、それで気配が。だけど弓子ちゃん、それぐらい言っておいてくれよ」
「ご、ごめん、白馬小路君、実はね、ここへ入って、物がないところで、私達が来るまでここに物があったのに、
どうして、物が消えちゃったんでしょう?って、あなたになぞかけをしてみようと思ってたの」
「えっ、新築ってのを隠して?」
「そう」
「趣味悪いね。あっ、俺たち、推理研か、それぐらいは、想定内ぐらいでないと、駄目だな。
だけどちょっと洒落が強いな」
「ごめんなさい」
「私もそう思う。
けど、まさか、本当に人が消えるミステリーまで起きるなんて」
「冗談にもならないか」
白馬小路君が、苦笑いをする。
かは、これからだって、叔父さん確か、電話で」
リビングには、テーブルとソファーが二つだけが置かれた広い部屋。
本当に、広いというべきか、殺風景と言うべきか、表現に戸惑うような部屋を見渡す。
「そういえば、白馬小路君、この間、あなたが書いていた、館を舞台にしたミステリ小説のシチュエーションと似てる気がする」
「傾斜館のことかい?」
「うん」
彼のその小説は、傾斜している館で事件が起こるのだが、実はその館は、傾斜していなかったというようなお話で、
そういうのが好きな人には好さそうだけれど、私には、手品のような印象にしか思えず、
いつか、彼が朝ドラのような、アットホームな物語を書いてくる日を期待している。いや、今、そんなことを考えている場合か。
「とにかく、叔父さんの帰りを待ってみよう。君たちは少し休んで。俺は、この館内を散策してみる」
まるでプチ冒険家になったような顔つきで、白馬小路君は、姿を消した。
だけど、こういう時、私は、結局いつも彼の後を付いていっているし、今回もやっぱり付いていくことにした。
「弓子、休んでて、私は彼を追いかけるから」
「やっぱり、彼氏に一途だね。奈留美は」
「もぉ、そんなんじゃないって」
私は、手を大きく振って、彼の方に駆けていった。
「白馬小路君、待ってよ。私もお供するって」
「おっ、さすがは、警視総監のご令嬢」
「からかってるの?」
「ううん、やっぱり、俺には君がいないとね。半人前だからね」
「それって、この間、私が言った言葉、あの時、すぐ反論したくせに。俺は一人で充分、一人前だって」
「いや、映画館で出会った時からさ、何だか、他人のようには感じられなかったし、こうして君と再会できた今、
君と、一緒に何かをしている時は、何だか、自分らしくいられるんだよ。
だから、俺は、君といて、一人前だ、最近、そう思えた」
「そ、そうなの」
「あぁ」
「……なら、よかった。でも、こんなところで、どうしたの」
「うん、こんなところで、だから、言えたのかも」
「じゃあ、普通の時だと?」
「言えないよ、日常だと」
「そんなこと、日常で言ってよ」
「まっ、考えておこう」
「白馬小路君」
やっぱり彼はどこか、ひねくれている。
そして、二人して館内を歩いてみた。
わかったこと。
まず、この館の構造として、まず一階にはリビングと、洋間が二つ。
そして、キッチン、バス、トイレ。
窓はあるもの、数が少なく、用心深いのか、その窓は、見るからに頑丈そうな造りのようだ。
そういえば、テレビで見たことがある。多少の地震でも割れない特殊な窓。それを宣伝していたメーカーの物のような気がする。
だけど、本当に物がない。
キッチンでさえ、まだ道具類がなく、あるのは、冷蔵庫一つだけだった。
結局、二つの洋間には人の気配はなかったので一階に誰かが隠れている様子もなさそうだ。
「二階へ行こう」
二階へ続く螺旋階段を彼は指さした。
私はうなづいて、彼の背に続く。
二階には、左右に一つずつ部屋があった。
一つの部屋は施錠されておらず、しかし、誰もいなかった。
もう一つのの部屋へ彼が手を掛ける。
が、開かない。
それにこの部屋のドア、少し妙だ。
「幻影の書斎」と、プレートが付けられてあり、何か造りそのものが古風なのだ。
あぁ、その前に、そのドアの近くに、一本のホウキが転がっていた。
「この部屋は、内側が施錠されている」
彼が緊張感ある声で呟いた。
「どういうこと?」
「しかもだ、このドア、何故か鍵穴もないんだ。
ドアにはドアノブしか付いていない。とすると、
内側から鍵が掛かる場合は、よくトイレに付いている『あおり止め』でも付けているのかもしれないな」
「ええっ?」
「とすると、考えられることは」
「ま、まさか」
「そのまさかだ、人が中にいなければ、施錠などする必要はないだろう」
「私、弓子を呼んでくる」
「あぁ」
私は階段へ向かい、階段を降りる途中から「弓子―っ」と叫んだ。
弓子はすぐに反応してくれて、二階へと上がってきた。
「どうしたの?」
「弓子ちゃん、この部屋だけが内側から施錠されている」
白馬小路君が尋ねる。
「ど、どういう意味?」
「通常、中に人がいれば、鍵をしていても人が来れば、開けるし、出掛けて鍵を掛ける場合、
ここの住人は一人なんだし、室内の鍵まで掛ける必要はないよね。と言うことは?」
「な、中に叔父がいるって言うの?」
「あぁ、そのまさかだ。もちろん、確率の範疇だけれどね」
彼の囁くような声は、冷静だ。そう、この間の事件の時もそうだった。
そして、こういう時に彼はよく、こんなことを口にする。
「こういう時こそ、冷静にならなきゃあ。目の前に隠れている謎の本質は、なかなか見えてこないものだよ」と。
では、この部屋の奥に何か謎が隠されているということなのだろうか?
「さて、この密室。何か仕掛けがあり、中に『あおり止め』
https://www.bing.com/search?q=%E3%81%82%E3%81%8A%E3%82%8A%E6%AD%A2%E3%82%81&cvid=4220f41a76bd4207901b3e32208001b6&aqs=edge..69i57&FORM=ANCMS9&PC=U531
という短い鉄の棒の丸めた先を、
輪の中に入れることによってドアを施錠する古風かつ
簡易的な鍵が掛けられている可能性が高い。
だけど、それが『あおり止め』なら、ドアの隙間から紐でも通せば、外側から紐によって、施錠は出来そうだ」
「まさか、弓子の叔父さんが、殺害されたってこと?」
「それは勇み足だよ。まぁ、話を聞いてくれよ」
「はい」
「だけどね、それも無理なんだ。このドア、本当に妙で、デザインが、古臭い造りなうえ、鍵穴もない。だけど、ドアとその枠の間に、
隙間もほとんどないんだ。今、メモ用紙を枠に通してみたけど、何故か、通らない。これでは、糸も通らないはずだ。
開く時も、ギスギス鳴って開くんじゃないか」
「そういえば、叔父さん、ホラー映画が好きで、館の中に一つ、変わった部屋を造ったとメールに会ったわ」
「だから、この部屋の名前が『幻影の書斎』ってわけか」
「なるほどね」
私はうなづく。
「じゃあ、今から中を確かめるためにも、俺がドアをぶち破るから、ホラ、二人とも後ろへ下がって」
「ぶち破る?」
「あぁ、行くぜ、一、ニ、三! 」
彼の体当たりで、ドアは開いた!
「キャーッ」
弓子の悲鳴が、私の鼓膜を強く叩く。
そこには、倒れていた、弓子の叔父と見られる中年男性が、うつ伏せで倒れていた。
そして、内側に付いていたのは、彼の言う通り、『あおり止め』であった。
そして、それだけしか、鍵が付いてはいなかった。
やはり、この鍵で施錠していたようだ。
白馬小路君は、いつも携帯している手袋をはめて、少しだけ、遺体に触れた。
いや、よくはないよ、よくは。
私はとっさに、父親のスマホに、連絡を入れた。
「……もう亡くなっているかもしれない……。とすると、死因は、後頭部殴打だろうか……」
七畳ほどの洋室のまだ空の本棚の前に立つ白馬小路君は、
左端の白壁の前に倒れる弓子の叔父を見下ろした。
部屋には空の本棚と、その横にある何も置かれていない一つの机だけが置かれてあり、それ以外には何も無かった。
「だけど、何故、叔父さんは、何もない部屋にいて、そして、倒れているんだろう?」
「あれは、腕時計じゃあないか!」
弓子の叔父が倒れる一メーターほど後ろに、腕時計が転がっていた。
位置は、今破ったドアから見て、左端にあたる。
その腕時計を前に、左手の人差し指と親指を顎に添えた白馬小路君は、考え込んでいる。
「何故、彼は部屋にいるのに、鍵を掛けていたのだろう?転倒死だろうか?
病弱だったようだし。
何故、腕時計が外れていたんだろう?うつ伏せた額の側からは血が流れているが、後頭部も、頭から近い身体には血痕はない。
そして、部屋にいて、転倒死でなければ、そう、他殺の線ならば、犯人は、彼を後ろ側からではなく、前から額を鈍器で殴る以外、
考えられそうにもない。
血痕は額の前に広がっていることから、そして、もし他殺であるのならば、部屋を出た後、
どうやって、部屋を施錠したのだろう?
ドアの枠には糸でさえ、通らない様子なのに。
さらには、玄関ドアの方の鍵を外側から掛けた方法は?
しかし、何だろうか、
誰もいない家なのに、書斎に鍵を掛けた理由は?
まったく不可解だ。
常識で計るのには無理がある」
独り言を口にしながら彼は、またしばらく歩きながら考え込んでいた。
「んっ、何だ、このあおり止め。普通の鍵ではないな」
「どういうこと」
「いや、普通の鍵よりも軽いし、それに、特殊な形態をしている。普通、輪に引っ掛ける鍵の部分は、輪から離すと、そのまま下に向かって垂れるものなのに、このあおり止め。
輪に入れて施錠してから、また輪から離してみると、
下に垂れないように、
0度の位置に留め具が施されている。
これなら、確かに、手に持ちやすく、輪にも近いけれど……。
しかし、妙な作りだ」
図
通常の施錠
-----------
|
|
○
輪から外すと、下へ垂れる
○ |
|
|
|
|
|
|
―――
何故か、下に垂れずに輪から離しても
留め具にて0度の位置で固定される造り
↓
|
|
---------
◆ 留め具
○
彼は、また、部屋の中を見渡しながら考え込んだ。
そして、しばらくして、一人部屋を出ていった。
どこへ行くのだろう?
私はこっそりと、彼の後を追う。
館を出た彼はスマホを手に、どこかへ連絡をしている様子だった。
内容からして、消防への連絡のようだった。そういえば私は父親には連絡しても、まだ消防には連絡を入れていなかったんだ。
あっ、彼が歩き出した。
「待って、どこに行くの」
「奈留美。ちょっと周囲を観てくる」
「私も行く」
まず彼は、館の隣にある物置小屋へと入った。
そして、出てくると、肩には登山用ザイルを担いでいた。。
「白馬小路君、あなた、この先の崖へでも降りようというの? ちょっと危険よ」
「いや、大丈夫さ」
そう言うと彼は、十数メーターほど先にある、崖の手前に立つ一本の木へとザイルの端を括り付けた。」
そして、崖を少し降りていく。
私には彼の行動が、理解できない?
私も恐る恐る、崖の下を覗く。
「白馬小路君、私もロープ持っているから、早く上がってきてね」
「あぁ、大丈夫さ、もう上がるから」
「あっ、その辺り、なに、あれは?」
「おそらくは、機械。羽根のような残骸が散らばっているから、飛行機だろう」
「飛行機」
「おそらくは、セスナ機じゃないか?」
「こ、この付近で墜落したの?」
「そのようだね」
「えっ、えーっ」
私は、妙なことの多い今日という日に、動揺してしまった。
崖をそんなに降りないまま上がってきてくれた白馬小路君の体の汚れを払い、私は、
「あんまり心配させないでね」
と、彼を見つめた。
「ありがとう、心配。か、君が心配してくれる時は優しいからね。もっと心配してくれるといいよ」
「なんだか、ひねた言い方ね」
「悪い悪い。ごめんよ、奈留美」
彼は私の額にキスをした。
「キャッ、こんなところで」
私の頬はまっかっか。になる。
私たちは、弓子のところへ戻った。
その途中、彼が、
「セスナだろうと思うけど、その羽根らしき破片の一つを触ってみたんだ。すると、まだ熱があった」
「そうなの。じゃあ、まだ墜落をして、間が無いというわけ」
「そうかもしれないね?」
「じゃあ、ま、まさか、弓子を殺害した犯人は、そのセスナ機でここを立ち去ろうとして、そのまま墜落してしまった?」
「おっ、さすがは我がF大のマドンナ候補。いや、名探偵。君の推理は、冴えているね」
「白馬小路君、それは、私の推理が、当たってると、認めてくれているの?」
「いや、まだもう少し考えてみよう、だけど、その可能性もゼロではないかもしれない」
彼は、小さくウィンクをした。様子に見えた。
「弓子ちゃん、待たせたね」
一階リビングのソファーに腰かける弓子に、彼は、額にかいた汗を拭いながら、そう言った。
そういえば、彼はワイシャツの第一から第二ボタンまで外していた。んっ、彼の胸元が、ちょっと気になってしまってる。
「白馬小路さん、何か、わかった? これ、冷蔵庫に唯一あった缶ジュース。あなたが飲んで」
「一本だけ?」
「うん」
彼女が、申し訳そうに答える。確かに、さっき冷蔵庫を開けた時、何も入ってなかったけれど、何故か横にして、
ぶどうジュースが一つだけ置かれてあったのを、思い出した。
「じゃあ、ここに持ってきた紙コップがあったから、ホラ、バッグに入れてる。
それで三人で分けて飲もう」
「ありがとう」
「ありがとう」
私たちは、輪唱した。
「今、彼女と、崖を観てきたんだが、あることが頭の中で絵となったみたいだ」
白馬小路君は、そう切り出した。
「どういう意味?」
彼女が、そう言う。
「あぁ、この付近で、どうも、セスナ機が墜落をしていてね。この岩崎刑事によると、
犯人は、それで逃走しようとしたと、推理をされた」
「誰が刑事ですか?」
私は彼の腕を突く。
「いや、まだ刑事にはなっていないが、それも一理あるかもしれないね」
確かに私は、刑事になるように、親に言われているし、でもまだ迷いはあるんだ。
「さて、少し整理していこう」
彼は、そう言って、ソファーに掛けた。
ソファーは、テーブルを挟み、二つ向かい合わせに並んでいる。その一つの方に。そして私は彼の隣に腰かける。
「まず叔父さんは、掃除中だったのかもしれない」
「掃除中? 白馬小路君、ホウキはね、二階の廊下側にあったわよね。で、どうして掃除中だったってわかるの」
私は、彼の二重の目に視線を投げる。
「俺の推測では。まず、叔父さんはね、あの部屋を掃き掃除していた可能性がある。そしてね、掃き終えた直後、部屋を出た彼は、
そこで思い出したのかもしれない」
「なにを?」
「掃除の前に、腕時計を外していたことを。
外した理由は単純に、掃除をする際に、邪魔だったから」
「外した」
「あぁ、自然だろ」
彼は、私の疑問に即答した。た、確かに。
「そして、掃除を終えてから、部屋を出たのさ。で、部屋に忘れた腕時計を取りに戻ろうと、廊下にホウキを置いて、ドアを開けた」
「中に戻ったのね?」
「推測だけれどね。そして、中へと戻った時に、事故は起きたのさ」
「事故?」
「おそらくは」
「じゃあ、事故なのね?」
「で、どんな事故なの、白馬小路君」
しばらく黙っていた弓子が、肩を起こして彼を見つめた。
「事故はね、最初、地震じゃないかと思ったんだけど、弓子ちゃん、さっき言ってただろう、今日はこの山口県まで、地震一つ無い日だって」
「は、はい」
「しかも最新情報とまでね」
「そう言えば、弓子言ってたわ」
「だからね、地震による揺れが影響して、叔父さんは転倒死したのではない。そう仮定が出来る」
「そ、そうね。自らの転倒死で、あるなら」
私は即座にそう反応した。
「そこで、次の仮説を立ててみた」
「次の仮説」
「あぁ、奈留美、俺たちがさっき崖で見かけた、あれさ」
「セスナ?」
「そう。セスナ機だよ」
「ど、どういうこと」
「叔父さんが、部屋に戻った時、そのセスナ機が、おそらくは、このすぐ傍の崖へと激突したんだ」
「えっ、えーっ」
「キャッ」
最初が私、次が弓子の声。
「だから、破片が熱かったと、俺は言ったろぅ」
「そ、そういえば」
「そして、その激突の衝撃があまりにも大きく、おそらくは、この館ごと、大きく揺れたはずだ。
だから、叔父さんが、外して机の上に置いたと考えられる腕時計は、机から転がり落ちて、叔父さんは、転倒死してしまった」
「あっ、だから、腕時計が床に転がっていたの?」
「そう。そして、余りにも衝突した崖が近いために、この館の揺れが激しく二階の特殊な部屋に掛けた古風な『あおり止め』
https://www.bing.com/search?q=%E3%81%82%E3%81%8A%E3%82%8A%E6%AD%A2%E3%82%81&cvid=4220f41a76bd4207901b3e32208001b6&aqs=edge..69i57&FORM=ANCMS9&PC=U531
の鍵の方が、その衝撃でジャンプ。
押し上がり、そのまま、輪っかへと、鍵の先を収めてしまった。
しかも、そのあおり止めは、金具により0度の位置に固定されているから、その位置から輪を目指したので、下に垂れた状態よりも、その揺れで、
輪に入り込みやすいはずだ。
ということさ。
論理が飛躍し過ぎているかもしれないが、その可能性は、あり得るはずだ」
「私、頭が混乱するぅ」
まったく、白馬小路君の発想には、付いていけない。
で、でも、確かにそう考えると辻褄は合うには合うわね。
「白馬小路さん、確かに、確かに、そう考えることは出来そうかもしれないわね」
弓子が、声を上げた。
「そうだろう、それに、セスナ機の墜落の衝撃が大きければ館に入った時に、あらゆる物が散乱しているはずだけれど、
あの館は、家具と冷蔵庫ぐらいしかなく、散乱する物がなかった。だから揺れた後だって、わからなかったんだ。そして、だから、
冷蔵庫の中の缶ジュースは、横になっていたんだ」
やっぱり彼はジュースが横になっていたことまで観ていたんだ。
いや、そう考えると辻褄は合うわ。
「それに窓も少なく、その窓も相当頑丈な物であるために、割れなかったのかもしれない。
そうだ、事故が起きた時刻はおそらく、俺たちが来る数時間前だろう。
何となくの見た目だけれど、死後硬直も始まっていないような気がするしね」
そう口にした白馬小路君が目を閉じると、遠くからサイレン音が響いてきた。
傍らの弓子は、部屋を出てキッチンで、声を上げた。
どうやら、泣いている様子だ。
そこに、オルゴールの音色が響いた。
この曲。
これは、彼が
ムソルグスキーの「展覧会の絵」
をモチーフにして、自分で作曲した曲を、オルゴールにした音色。
(小説 春を呼ぶ指揮棒を、参照)
あぁ彼は、弓子のために、その音を響かせたんだ。
私にも思い出深い絵だけれど、いつもバッグに入れているあのオルゴールを、
音の無いさみしい部屋に鳴らしてあげようと、きっと鳴らしてあげたんだわ。
だけど、この音色、どこか物悲しくも、それでいて美しい。
そして、同時に弓子の叔父へは、レクイエムとして、彼は捧げようと、鳴らせたのかもしれない。
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