百年人形物語

青キング

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第二部

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 島村はひとくさり話し終えると、ひとつ息を吐きました。

 手元のグラスにとうにぬるくなっていました。

「あなたが人形の雪子を誠意が歪むほど愛していることは充分理解できましたが、僕の質問の答えには沿っていないような気がしますが」

 僕は隠さず感想を述べた。ここで話が終わりとなると、どうにも中途半端な幕切れの気がしてならない。

 島村は微かに口元を緩めて、首を横に振る。

「こんなきりの悪い終わり方はしませんよ。自分の話はここからが二部なんです」

 二部とはまた物語として寄せた言い方だ。とはいえ続きがあるというなら、ぜひ耳にしておきたいものだ。

 彼の言い方を借りれば二部を、島村は呵責に堪えるような顔で語り出した。 



「次の日から自分は彼女の記憶回復に非協力になりました。その代わりに彼女を恋人のように扱いました。

 以前は外に彼女を連れ出す理由として記憶を取り戻してもらうこと、だったのが逢引を目的に彼女と出掛けるようになりました。いつ誘拐犯が連れ戻しに来るか危ぶまれたので、彼女は自分の家族誰か一人を伴わないと町へは出られない決まりになっていました。

 自分は残りの夏休みの間、彼女を町のあらゆるデートスポットへ連れて行きました。

 デートに飽きると、彼女の身体を求めるようになりました。

 夏休みが残り二日に迫った頃、自分は彼女を連れて二つ離れた町に出掛けました。目指したのはカラオケ店です。自分の住んでいたのは田舎でしたから、高校生の入れる個室はそこくらいでした。

 目的は最初から性交でした。

 田舎のカラオケ店だからか各室に監視カメラが設置されていませんでした。これ幸いと、自分はテーブルの上に彼女を押し倒しました。

 彼女は押し倒しされてすぐは抵抗したものの、和服の脱がし方がわからず強引に脱がしてやると、諦めて意のままに委ねてきました。

 指定した時間内、自分は彼女の貞操を貪りました。

 数回の性交ののち帰宅すると、快楽から一変現実を突きつけられました。夏休みでしたから学校から課された宿題が山とあり、手つかずだったのです。

 その日の夜から翌日の未明にかけて、自分は宿題の清算に追われました。

 追い込みをかけて宿題を済ました自分は、気が抜けてついうとうとと眠りに誘われました。

 初体験の疲れも相まって自分は机の上で眠り込んでしまいました。

 次に起きた時すでに陽は沈み、夜になっていました。時間は七時半を超えていたと記憶しています。

 開いたままになっていた教材を畳もうとすると、教材と机との間に紙片が挟まっているのに気が付きました。

 引き抜いて見てみると、流麗な字が鉛筆で縦書きにしたためてありました。

 

 一輝様へ

 

  蔵の中から私を救い出していただき、誠にありがとうございます。人形である私が動き出した時、さぞかし驚かれたことと思います。

 一輝様のご家族や町の人々のおかげで、私は自分の記憶を取り戻すことができました。特に貴方様との情事で、自分が本来何であるかどういう存在なのか、すべて思い出したのです。

 先日喜三郎という男の方が、私の父であることをお伝えしました。喜三郎お父様は貴方の高祖父にあたる男性です。喜三郎お父様は活人形職人であり、私は彼の娘、島村雪子の名を冠された活人形なのです。どうして喜三郎お父様が私をお造りになったのか、それは島村雪子にあるようです。島村雪子は今からちょうど百年前の一九一八年の八月三十日に、十七歳で肺結核により亡くなられました。喜三郎お父様は娘の雪子に百年生きて欲しいと願いを籠めて、私をお造りになりました。彼は私を完成させた後、病気がうつって結核を患い、私の完成直後の八月三十一日にこの世を去りました。

 喜三郎お父様の亡くなった日から百年が、雪子としての私の人生でした。お母様と弟には亡くなったはずの雪子が生き返ったと同じことですから、随分恐怖を与えてしまったと思います。

活人形の私が雪子としてあり続けることは、到底無理からぬことだったのです。しまいには弟に蔵の中へ閉じ込められてしまいました。そこから貴方様に会うまでの記憶はございません。

 ここまでの記したのが、百年雪子の全貌なのです。

 それではごきげんよう。



                 百年雪子より



 自分は文を読み終えて、部屋を飛び出しました。

 居間にいた母親に彼女がどこかに行ったか訊いてみましたが、知らないと首を横に振りました。

 家を出て、町中で彼女を探しました。そうして最後に行き着いたのは、夏祭りの時に花火観賞のために上った高台でした。

 眼下に町全体を望める柵の前に、微風に髪をたなびかせて彼女は立っていました。

 自分は彼女に背後から近づき「探したぞ」と声をかけ肩に手を置きました。

 彼女の肩は体温を持っていませんでした。生命のない物が持つ冷たさを帯びていたのです。彼女は元の姿である活人形に戻っていたのです」



 島村は物語の終わりを告げるように、グラスのワインを口に含んだ。

「今でも髪の毛だけは彼女の匂いがするんですよ」

「髪の毛だけ。もしかして髪の毛は島村雪子本人のものなんじゃないですか?」

 僕は推察して尋ねました。

 島村は切なげに笑い、また人形の髪を愛撫するようにすいた。

「島村も百年も自分には変わりありません。自分は雪子を愛しているのです」

 長い話を経て、ようやく問いに沿った答えが聞けた。

 僕は最後に「これからも人形での公演を続けていきますか」と質問した。

「雪子が好きですし、貞操を奪ったことを許してもらえるまでは続けます」と表情を引き締めて答えてくれた。
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