グラドル戦隊グラドルレンジャーズ

青キング

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第三話 女性たちを返せ! 残虐イケメン俳優

最後の夜

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 神里は夜九時から九時半のラジオ番組の出演が終わると、番組スタッフや他の出演者への挨拶もそこそこに、楽屋で荷物をまとめた。

 ドアがノックされた後、耳に馴染んだ気軽い声音が彼に話しかける。

「神里さん、用って何すか?」

 普段はスタジオ内で神里と別れて個別に帰宅する柴田が、ラジオ放送の前に神里から話があるということで帰らずに待っていた。

 柴田にしても近頃の神里の異変には気付いていた。

 武道家のごとき反射神経、時々覗く画用紙を容易く貫けそうな鋭利な犬歯、女性を見る時の剽悍な眼、など他にも言い表すのが難しいが、確然とした違和を感じていた。

 だからだろう、柴田は仕事上だけの近しい他人として彼の事を心配し、つい不要と思われることまで口にしてしまう。

「神里さん、無理しちゃダメっすよ」

「僕は無理なんてしてないよ」

 神里はマネージャーの心配には気付いていないように笑って言った。

 しかし内心、ほくそ笑んでいる。

 言うまでもない、マネージャー柴田こそシキヨクマーの怪人と化した彼の『婦女忠犬化計画』の第一段階最後のターゲットなのである。

「でも、相談したいことがあるんだ」

「なんすか?」

「ここじゃ話せないから、僕の知ってる店に行こう」

「それどこすか?」

「あまり知名度のあるお店じゃないよ。でも、客が少ないから相談にはいいかも」

「そうっすか」

 他の人の耳目を気にするということは、深刻な相談ではないかと柴田は気が気でない。

「おまたせ」

 柴田の憂慮とはかけ離れて屈託ない調子で神里が、楽屋から出てくる。

「それじゃ、行こう」

 二人はテレビ局から辞去すると、満月が夜の闇に光を落とす街中のガードレールを挟んだ車道沿いを並んで歩く。

 しばし沈黙していた二人だったが、不安を紛らしたい一心で、柴田が日頃と同じ声音で話を振る。

「それにしても明日は雨っすね。神里さんが飲みに誘ってくれるなんて」

「雨が降るほど珍しいかな?」

「珍しくないっすか? もしかして女優さんとかすでに誘っちゃったりしてるんすか」

 ニヤニヤと口を笑ませて冷やかす。

 神里はどっちとも取れない微笑を浮かべた。

「さあ、柴田さんにわかるかな?」

「さっぱり、わかんないすね」

 軽く肩をすくめて、柴田は答えた。

 歩きながらいつもの掛け合いを始めること数分、大通りから遠ざかり人気がめっきり減ってくると、フロントのライトを点けてガードレールに寄って停まっている一台のタクシーが目に入る。

「待たせておいたんだ。タクシー」

 柴田がタクシーに気付くと、神里が周到さを誇らしげに主張した。

「私と飲みに行くためだけにですか?」

「僕から誘ってるんだからね。これくらいのもてなしはしないと」

 言いながら後部座席のドアを開けて、紳士みたいに柴田に乗車を勧める。

「さあ、先乗って」

「はあ、ありがとうございます」

 こんな気の回る人だったかな、と柴田は心の内でまたしても神里に違和を覚えつつも、タクシーに勧められるままに車内に入った。

 彼女が座席に着くと神里も乗り込む。

「『ウルフ』まで」

 ドアを閉めるなり運転手に告げた。

 運転手は神里の告げた行き先を知っているらしく、一つ頷いてタクシーを発進させた。

「オオカミなんすね」

「バーの名前だね。どうしてだろうね?」

 夜の街中を進んでいくタクシーの車内で柴田が発した呟きに、神里が疑問符を付け加えた。

「私は知らないっす。店名さえ聞いたの初めてっすよ?」

「あまり知られてないお店だからね。だからこそ、人目を気にせずにいられるんだよね」

「そこ、どんな雰囲気っすか?」

「細い路地の途中にあって隠れ家みたいかな。何回か行ってるんだけど、他の客を見たことがないよ」

「それ、生計立ってるんすか?」

「さあ、僕にも店の経済状況まではわからないよ。マスターが無口だから、内部事情とか聞き出すのも気が引けるし」

 マスターの顔を思いだして苦笑する。

 神里の話を聞いてマスターの顔が見たくなり、柴田は小さく笑みをこぼした。

 他愛もない会話を交わしているうちに、タクシーは夜の賑やかさから取り残されたような狭い路地に入っていく。

「一気に暗くなったすね」

 タクシーのライト以外光がない夜闇に包まれ、柴田はちょっとワクワクする。

 路地を進むと右手に軒灯の点いているお店が、暗闇からぼんやりと浮かび上がってくる。

「ここがそうだよ」

 店の前にタクシーが停車すると、神里は柴田越しに店を指さす。安普請のモルタル住宅を無理矢理バーに改修したような映えない外観。

「オオカミ感、何もないっすね」

 詰まらないという顔で柴田が店構えを評した。

 ずばりと物を言う柴田に神里は苦笑いを禁じ得ない。

「でも、中は立派だよ」

「ほんとすか?」

「ほんとだよ。入ると多分驚くよ」

「驚かなかったら、また今度パフェ奢ってもらうっすよ?」

「パフェか代償が安いね。いいよ保証する。じゃあ入ろうか」

 柴田は安いと言われてムッとするが、ほんとにパフェが食べたかったので言い返すことはしなかった。

 神里に続いて入り口を潜ると、大人しい情趣のオレンジの照明と後ろに数多くのボトル棚を設えたカウンターテーブルが出迎えた。

 期待していなかった柴田は、外観とのあまりの差に入り口で立ち止まってしまった。

「どうしたの?」

 すでにカウンター席の椅子に腰掛けようとしている神里に不思議そうに声をかけられ、驚きで開いた目をそのまま彼に向ける。

「想像以上にいいっすね」

 柴田の言葉を聞き、神里は思った通りだと言わんばかりにニンマリと微笑む。

「そうだろう」

「でも神里さん、よくこのお店見つけたっすね。路地の奥にあるっすのに」

「いやあ、この前柴田さんが用事で帰った時あっただろう。その日の夜、気晴らしに散策してたら見つけたんだよ」

「あの日っすか。もしかすると私がいなかったから、見つけられたのかもしれないっすね」

「ははは、そうかも」

 ふざけて恩を着せるように言う柴田に、神里は笑いを返した。

 出入り口で立って話している柴田を、カウンター越しにマスターが窺う。

 マスターの視線を受け、柴田は詫びる会釈をしながらカウンターに歩み寄った。

「隣、座りなよ」

 神里が右隣のスツールに手を置いて促した。

 小柄な柴田はひょいとスツールに飛び乗る。

「マスター、いつものカクテル二つ」

 慣れた口ぶりで神里は注文する。

 マスターは無言で承諾すると、二人に背を向けて棚からボトルを取り出す。

「カクテルっすか。神里さん、いつも飲んでるんすか?」

 柴田は意外そうに訊く。

「いつもじゃないよ。ここに来た時だけ」

「じゃあ、神里さんも頻繁には飲まないんすか」

「アルコールに強くないからね。すすんで飲むのはここの店だけだよ」

 さりげなく店を特別に扱われても、マスターは一言も発さずに、カウンター上で二人のカクテルをグラスに注いでいる。

 注文のカクテルが出来上がると、マスターはグラスを二人の前に押し滑らせた。

「さあ、飲んでみて」

 自分の分のグラスを取らずに柴田は勧める。

 柴田はグラスの中の透き通る桃色のカクテルをじっと見下ろし、どう飲むのが作法に則っているのか頭を捻った。

「どうしたの、飲まないの?」

「どう飲むのが正解っすか?」

 上目で助けを求めて訊き返す。

 神里は優しい表情をして、自分の側のグラスと向き合う。

「僕は細い所をつまんで飲んでるよ」

 言ったようにグラスを持ち上げてみせる。

 なるほど、と柴田は理解して、グラスの細い部分を慎重な手つきでつまんだ。

 カクテルに含ませた睡眠剤を飲ませようという神里の思惑にも気づかず、グラスを口に近づける。

 その刹那、店内のバッグヤードで地面を揺るがすような轟音が響き、人間の聴覚の域を出た神里の耳が聞き取った。

「なんだ?」

「ど、どうしたんすか?」

 物々しく呟いた神里に、柴田が飲み方に間違いでもあったのかと怯え気味に訊く。

「黙ってろ」

 粗暴に言い、柴田の頬を挟み掴んで口を噤ませた。

 急変した神里の様子に、柴田は肌を粟立たせた。

 マスターは轟音の後に鳴り始めたサイレンを聞いて、バッググラウンドへのドアを開けて中へ駆けていく。

 神里は聴覚を鋭敏にして、バッググラウンドの音に耳をすます。

 乱れる聞き覚えのない多人数の足音――イチ、ニ、サン――両足着地――ヨン、ゴ、敵の数は五人。来たか。

 自ら敵陣に突入してくるとは胆が据わってるな、と神里は残酷な笑みで口元を歪めた。

「お前はここで待っていろ。片付いたら戻る」

 底冷えのする声で言い付けると、柴田を乱暴に椅子から押し倒す。

背中を強く打って小さく呻いた彼女を気にも掛けずに 足音のした方へ歩みを進めた。
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