13 / 37
第三話 女性たちを返せ! 残虐イケメン俳優
奇怪なタクシー
しおりを挟む
某テレビ局の楽屋。
神里晋一は手鏡で前髪の位置を調節していた。
二十代の頭にして二枚目俳優として映画デビューすると、各ドラマや映画、バラエティで演技の上手さや多才ぶりを発揮し、一躍世間の女性ファンを獲得した。今や街頭で名前を知らぬ者を見つけるのが難しい人気俳優だ。
それ故に彼は自身の美に繊細な意識を払う青年でもあった。
「うん、決まった」
前髪を整え終えて、満足の顔で鏡の自分に頷いた。
トントンと楽屋のドアがノックされる。
「神里さん、準備出来ました?」
ドアの外から少し舌足らずな女性マネージャーの声が尋ねる。
「準備万端だ」
神里はパイプ椅子から立ち上がり、楽屋の外に出る。
神里の腹ほどの小柄で子犬みたいな印象の女性マネージャー柴田のくせ毛が、彼が楽屋から出てくるとチョコンと犬の尾みたいにはねる。
「今日もキマッテますね」
「テレビ出演だからね。ドラマ撮影の時と差があってはいけないからね。外見だけでも綺麗にしておかないと」
「またまた―、ご謙遜を。どうせ昨夜も念入りにシミュレーションをやったんでしょ?」
「わかるかい? 柴田さんには敵わないな。何でもお見通しだね」
ははは、と神里は苦笑いする。
さあ行きましょう、と溌溂な調子で柴田が誘導するように歩き出した。神里は柴田の後に着いていく。
「あっ、そうそう」
歩きながら柴田が何やら思い出して、背後の神里に話しかける。
「今日あたし、用事があるから最後までテレビ局にいられないから。帰りは一人だけどよろしく」
柴田のくせ毛が露の重さでしなる草のように揺れるのに見入っていた神里は、寸分遅れて柴田の言葉に反応する。
「えっ、なんだって?」
「だから、今日あたし早く帰るってこと」
「ああ、そうなんだ。何かあるの?」
「まあね。たいしたことじゃないけど、外せない用事なんだよ」
「へえ、マネージャーもいろいろと大変なんだな」
彼氏彼女でもないので、それ以上を聞くのは憚った。
人様のプライベートには突っ込みすぎるな、とは神里なりの配慮である。
スタジオに入るドアが前まで来ると、柴田はドアの横に移動して神里を振り返った。
「それじゃ、いってらっしゃい」
神里は柴田に送り出されて、スタジオ入りした。
少しするとスタジオに現れた神里を目にして歓喜する、女性たちの黄色い声がドア越しでも柴田のところにまで響いて聞こえる。
「あたしも用事を済ましてきますか」
柴田はドアから離れると、近くにいた番組スタッフに挨拶をしてテレビ局を後にした。
彼女はまだ知らない、この時見た神里が神里本人たり得た最後の瞬間であると。
テレビ番組の撮影が終了し、撮影に関わった現場の人達に暇を告げると、神里は真っすぐに楽屋に戻ってきた。
楽屋に置いておいた手提げバッグを持って、スマホのカレンダーに書き込んだスケジュールを確認する。
「今日はもう仕事入ってないのか」
ほっとして呟いた。
神里は明日の仕事の首尾をシミュレートしながら、テレビ局を出た。
近辺の道路で走ってくるタクシーを見つけ、掌を掲げる。
彼の前にタクシーが停まり、神里は疲れた身を乗り込ませた。
後部座席に腰を落ち着けると、ハンドルを持った運転手が顔を向けずに訊いてくる。
「行き先は?」
その声が悪魔の囁きのように聞こえて、神里は少し胆が冷える思いがした。
「えっ、ああ。大島トレーニングジムの前で」
「かしこまりました」
運転手は了解すると、ステアリングを両手で握って発進させた。
夜を知らないかと思わせるほどに人口光に溢れた街の中を、神里の乗ったタクシーは進んでいく。
「お客さん」
「はい?」
底冷えのする声で運転手に話しかけられて、神里は何を言い出すのかと少し緊張して受け答えた。
「俳優の神里晋一さんですか?」
運転手の発した質問に、途端に口元を微笑ませる。
「ええ、ご明察です。俳優をやっている神里晋一です」
「テレビでよく見ますよ」
「そうですか、ありがとうございます」
お定まりな礼を返す。
その会話以降、運転手は無言で車を走らせ数十分が経った。
道行く人をぼんやりと眺めていた神里は、ふとツンとする異臭を覚えた。
クンクンと自ら鼻に匂いを取り込んでみる。やはり異臭がする。
「運転手さん、何か臭くないですか?」
神里は失礼を承知で訊いた。
運転手は何も答えない。
「運転手さん。聞こえてますか?」
「……」
言語を失してしまったかのように返事がない。
「運転手さん! 聞いてますか! 大丈夫ですか!」
身を乗り出して近づいて声をかけても、黙然と前方だけを見て運転している。
声掛けを続けているうちに、神里は次第に眠気を覚えはじめた。
頭の中に靄がかかっていくように、眠気は強くなっていき、神里は落ちた。
運転手は黙々と運転を続けたが、ルームミラーで眠った神里を一瞥した。
タクシーは車も人も気配のない路地に迷いなく入り込んでいった
神里晋一は手鏡で前髪の位置を調節していた。
二十代の頭にして二枚目俳優として映画デビューすると、各ドラマや映画、バラエティで演技の上手さや多才ぶりを発揮し、一躍世間の女性ファンを獲得した。今や街頭で名前を知らぬ者を見つけるのが難しい人気俳優だ。
それ故に彼は自身の美に繊細な意識を払う青年でもあった。
「うん、決まった」
前髪を整え終えて、満足の顔で鏡の自分に頷いた。
トントンと楽屋のドアがノックされる。
「神里さん、準備出来ました?」
ドアの外から少し舌足らずな女性マネージャーの声が尋ねる。
「準備万端だ」
神里はパイプ椅子から立ち上がり、楽屋の外に出る。
神里の腹ほどの小柄で子犬みたいな印象の女性マネージャー柴田のくせ毛が、彼が楽屋から出てくるとチョコンと犬の尾みたいにはねる。
「今日もキマッテますね」
「テレビ出演だからね。ドラマ撮影の時と差があってはいけないからね。外見だけでも綺麗にしておかないと」
「またまた―、ご謙遜を。どうせ昨夜も念入りにシミュレーションをやったんでしょ?」
「わかるかい? 柴田さんには敵わないな。何でもお見通しだね」
ははは、と神里は苦笑いする。
さあ行きましょう、と溌溂な調子で柴田が誘導するように歩き出した。神里は柴田の後に着いていく。
「あっ、そうそう」
歩きながら柴田が何やら思い出して、背後の神里に話しかける。
「今日あたし、用事があるから最後までテレビ局にいられないから。帰りは一人だけどよろしく」
柴田のくせ毛が露の重さでしなる草のように揺れるのに見入っていた神里は、寸分遅れて柴田の言葉に反応する。
「えっ、なんだって?」
「だから、今日あたし早く帰るってこと」
「ああ、そうなんだ。何かあるの?」
「まあね。たいしたことじゃないけど、外せない用事なんだよ」
「へえ、マネージャーもいろいろと大変なんだな」
彼氏彼女でもないので、それ以上を聞くのは憚った。
人様のプライベートには突っ込みすぎるな、とは神里なりの配慮である。
スタジオに入るドアが前まで来ると、柴田はドアの横に移動して神里を振り返った。
「それじゃ、いってらっしゃい」
神里は柴田に送り出されて、スタジオ入りした。
少しするとスタジオに現れた神里を目にして歓喜する、女性たちの黄色い声がドア越しでも柴田のところにまで響いて聞こえる。
「あたしも用事を済ましてきますか」
柴田はドアから離れると、近くにいた番組スタッフに挨拶をしてテレビ局を後にした。
彼女はまだ知らない、この時見た神里が神里本人たり得た最後の瞬間であると。
テレビ番組の撮影が終了し、撮影に関わった現場の人達に暇を告げると、神里は真っすぐに楽屋に戻ってきた。
楽屋に置いておいた手提げバッグを持って、スマホのカレンダーに書き込んだスケジュールを確認する。
「今日はもう仕事入ってないのか」
ほっとして呟いた。
神里は明日の仕事の首尾をシミュレートしながら、テレビ局を出た。
近辺の道路で走ってくるタクシーを見つけ、掌を掲げる。
彼の前にタクシーが停まり、神里は疲れた身を乗り込ませた。
後部座席に腰を落ち着けると、ハンドルを持った運転手が顔を向けずに訊いてくる。
「行き先は?」
その声が悪魔の囁きのように聞こえて、神里は少し胆が冷える思いがした。
「えっ、ああ。大島トレーニングジムの前で」
「かしこまりました」
運転手は了解すると、ステアリングを両手で握って発進させた。
夜を知らないかと思わせるほどに人口光に溢れた街の中を、神里の乗ったタクシーは進んでいく。
「お客さん」
「はい?」
底冷えのする声で運転手に話しかけられて、神里は何を言い出すのかと少し緊張して受け答えた。
「俳優の神里晋一さんですか?」
運転手の発した質問に、途端に口元を微笑ませる。
「ええ、ご明察です。俳優をやっている神里晋一です」
「テレビでよく見ますよ」
「そうですか、ありがとうございます」
お定まりな礼を返す。
その会話以降、運転手は無言で車を走らせ数十分が経った。
道行く人をぼんやりと眺めていた神里は、ふとツンとする異臭を覚えた。
クンクンと自ら鼻に匂いを取り込んでみる。やはり異臭がする。
「運転手さん、何か臭くないですか?」
神里は失礼を承知で訊いた。
運転手は何も答えない。
「運転手さん。聞こえてますか?」
「……」
言語を失してしまったかのように返事がない。
「運転手さん! 聞いてますか! 大丈夫ですか!」
身を乗り出して近づいて声をかけても、黙然と前方だけを見て運転している。
声掛けを続けているうちに、神里は次第に眠気を覚えはじめた。
頭の中に靄がかかっていくように、眠気は強くなっていき、神里は落ちた。
運転手は黙々と運転を続けたが、ルームミラーで眠った神里を一瞥した。
タクシーは車も人も気配のない路地に迷いなく入り込んでいった
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる