グラドル戦隊グラドルレンジャーズ

青キング

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第一話 選ばれた五人

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 楠手真希はとっくに寝静まった夜の住宅街を、深夜バイト帰りの疲れた足取りで歩いていた。

 時刻にして午前一時。二十四時間営業のカラオケ店のバイトも、初めて数か月になる。

 住まいは築二十年のわずか八部屋しかないアパート二階の一室。

 彼女は自宅のドア傍の郵便受けに、一封の封筒を見つけた。

 封筒を手に取って、送り主を調べる。しかし郵便番号や住所などは書かれていないまっさらな封筒だった。

「何、これ」

 送り主がわからないが中身も見ずに捨てるのは忍びなく、彼女は怪しげな封筒を持ったままで、鍵を開けて自宅に入った。

「ふぁあ」 

中に入った瞬間、気が抜けておのずと欠伸が漏れてしまう。

リビングのテーブルに封筒を置き、カラオケ店の制服の首元のリボンを緩めながら、入浴で疲れた身体を癒やすため湯船にお湯を張る。

 湯が溜まるのを待つ間にリビングで制服と脱いでキャミソール姿になると、テーブルに置いておいた封筒の口を開けて中を抜き出した。

 封筒には一枚の書状が入っていた。

「アルバイトのお誘いか。ほお」

 書状の内容は、楠手へのアルバイト勧誘だった。題目の下に労働条件を記した文章が続く。



アルバイトの労働条件について

1、労働時間は特に決まっておりません。

 2、緊急で仕事が入る可能性があります。

 3、仕事の際は必ず制服を着てもらいます。

 4、数人での仕事になります。

 5、着任後に提供される装身具は常時身に着ける、または手元に所持するようにしてください。

 6、給料は働いた時間に限らず、一月に一定額の三十万支払われます(所得税や社会税などは含まれておりません)



「ほお」

 楠手は条件の良さに驚いた。

 現在彼女がアルバイトをしているカラオケ店は、深夜帯で一時間千円の低くも高くもない給料だ。それと比べると勧誘してきたアルバイトは、なんと羽振りのいい。一定して三十万なら大手企業の正社員と大差ないはずだ。

 緊急で仕事が入るにしても、本職であるグラビアアイドルの活動を控えれば支障はない。もともと彼女が本職から得る収入など雀の涙ほどだ。

「このバイトに乗り換えよう」

 彼女は深く考えもせずアルバイトを受けることにした。

 面接の日時と場所も書かれていて、明日の午前十時からになっている。

 時計を見て、そろそろ風呂の湯が溜まった頃合いだろうと、楠手は封筒をテーブルに置き戻して脱衣所に向かった。



栗山千春は自分は世間に嘘をついている、と思っている。

 彼女は大栗(おおぐり)マロンという芸名で、爆尻が売りの現役グラビアアイドルとして活動をしており、雑誌やビデオにも時々出ている。

 マロンなどと声に出して読むといかにも愛らしい芸名の彼女だが、実生活には愛らしさの微塵もない。

「ちっ、また負けた」 

幾列にも並んだ筐体の電子音が騒がしい店内で、彼女は誰知らず舌打ちした。

 開店してから午前十二時まで幾つかの絵柄の載った回る筐体の前に張り付き、時間を過ごしていた。

「なんで勝たせてくれねえんだよ」

 マスクの内側でぼやいた。

 周りの筐体からは銀の玉の吐き出される音がたびたび聞こえる。

「ここだけ確立操作されてんじゃねーのか」

 罪のない筐体を睨みつけて言い捨てた。

 擦り切れた革ジャンのポケットから財布を出して、所持金額を確認する。

 財布の中はすっからかんで、彼女はまたも舌打ちした。

「ちぇ、先週のギャラ全部すっちまった」

 何万もあった財布の中身は、たった数時間でお店の利益に換金されてしまった。

 大勝ちするまで続けたい、そう思いはするが銀の玉を入手できる資産がないのでは、どうにもならない。彼女は仕方なく重い腰を上げて店を出た。

 店の前の歩道を自宅のある方向へ進む。

 彼女の自宅は高層ビル群から少し離れた住宅地にある一軒家で、四十後半の会社員の父親とパート働きの母親と暮らしている。

「いま、帰ったぜ」

 玄関から栗山が帰宅を知らせると、彼女の母親がリビングから顔だけを出した。

「千春、またなの?」

 栗山がスロットを打ちに行っていることは、もはや母親の口から出てこない。

 ああ、とだけ答えて、栗山は二階の自室に向かおうとした。

「ちょっと待って、千春」

 階段に足をかけた栗山を母親が呼び止めリビングから出てくると、差出人のない一封の封筒を見せた。

「これ、あなたにって。差出人がないけど、誰から?」

「うちも知らねえ」

「知らない人から届くわけがないでしょ。はい、渡しとくからね」

 娘のいい加減な態度に、尖った声で言った。

 ほんとに知らねんだよ、と言い返したいのは山々だったが、余計に母の機嫌を損ねさせるのはわかっていたので、無言で受け取って二階に上がった。

 自室のベッドに横たわり封筒の中の書状を取り出す。

「どこの企業からだ、これ」

 書状の内容はアルバイト勧誘で、栗山の時とまるきり同文であった。

「ひと月で三十万……美味しいな」

 三十枚の紙幣の札束を想像して、涎でも垂らしそうな笑みを浮かべた。



 上司優香は甘司ゆうかという芸名の現役グラビアアイドルである。

 彼女は自宅の一軒家で、休日を気の赴くままにぐうたらして過ごす。

 朝起きるのは正午に近いし、食事は好きな時に好きなだけ食べるし、もとから身体を運動は好きでないから取り組まないし、就寝は日を跨いでからだし、要するに怠けた生活をしているということだ。

 この日も起きたのは十一時を超えていた。それでもきちんと朝食を食べる。

 テレビから流れる料理番組の解説する声を聞きながら、パジャマのままで寝乱れた髪を整えもせず、テレビのチャンネル片手に朝食の菓子パンにぱくつく。

 テレビの画面には、大写しに料理化の作った特製うどんが映っていた。

「朝からうどんなんて食べたくないです」

 上司は朝食が不味くなると言いたげにぼやいた。テレビ番組に非はなく、彼女の朝食時間が遅いのがいけないだけだが。

「あら、やっと起きたのね」

 廊下で掃除機をかけていた上司の母親が、次にリビングを掃除しようと入ってきて遅起きの娘を見つけた。

 そうだったそうだった、と母親は娘の顔で見て何事かを思い出して、掃除機をテーブルにたてかけ玄関へとスリッパ履きの足でパタパタと走っていった。

 リビングに戻ってくると、上司に封筒を差し出す。

「ゆうかにだって」

「なんだろう?」

 菓子パンの残り僅かを口に入れて、封筒の裏表に内容物の情報を求めた。

「何も書かれてないけど」

「とりあえず開けてみればいいじゃない」

 母親は警戒することなくお気楽に言う。

 上司は慣れない手つきで封を切って、中身を覗いた。

「紙が入ってる」

「うん? なんの紙?」

「ええっと」

 紙を取り出して、文面の一番上を読み上げる。

「アルバイトのお誘い、だそうです」

「不器用なゆうかでも、欲しがってくれるところがあるのね」

「条件も書いてある」

 上司は錦馬と大栗のもとに届いた書状と同じ文章を読んだ。

 6項に書かれた給料のアルバイトにしては高い額に目を疑い、つい読み返してしまった。

「お母さん?」

「うん、なあに?」

 紙から顔を上げて、信じられないような目をして母親に言う。

「このアルバイト、やってもいいです?」

「どれどれ、お母さんにも見せて」

 彼女も給料の額を見て驚く。

「これほんとにアルバイト? 今のあなたの収入より断然高いし、一定って……」

「ねえ、お母さん。このアルバイトやってもいいです?」

 再度、上司は許可を請う。

「やるのはゆうかの自由だけど、仕事の内容をちゃんと聞いてから。今より辛い仕事かもしれないじゃない?」

 常識的な理由で言い聞かせる。

「わかったです」

 ゆうかは素直に頷いた。



 西之森麻美はスズメも起き出さぬ早朝から、細身の身体に動きやすいスポーツウェアを着てマンションの四階にある自宅のくつぬぎで、これもまた動きやすいスポーツシューズに足を入れた。

誰に命令されるでもなく毎朝六時になると、スポーツウェアに着替えてジョギングに出掛ける。現役のグラビアアイドルである彼女にとって、プロポーション維持のために怠ってはならない習慣である。一時期にはくびれの女王として名を馳せてからは、なおさら自身の体型に関しては妥協しなかった。

 三か月ぶりにグラビア撮影があるこの日も、彼女はジョギングをかかさない。

 いつものように自宅の前の共通廊下で準備運動をするため玄関を出ようとすると、ドアの郵便受けに見覚えのない封筒があった。

「何、これ?」

 西之森は封筒を手に取り、送り主の名を探した。封筒に一切の情報はなく、感触的に中に薄い紙がわずかに封入されているだけのようである。

「不気味だけど、一応、中を確認」

 開封するだけで身構えている自分に言い聞かせるように声を出して、封筒の口を切って開けた。

 封筒には一枚の書状が入っており、彼女はそれを抜き取って見る。

 書状の内容は別の三人のグラビアアイドルに届いていたものと、何ら変わりなかった。

「書いてあることが都合良すぎ。どうせ何かの怪しい勧誘よね」

 労働条件の6項まで読んで、彼女は鼻で笑った。

 安定して月に三十万がもらえる仕事が、アルバイトなんかで存在するはずがない。内心送り主を見下す。

「そんな条件のいいバイトがあったら、誰も生活に困ったりしない」

 そう思ったことを言って、彼女はマンションの階段を駆け下り始めた。

 習慣のジョギングで走り始めたが、だがジョギング最中、好条件の勧誘書の項目が頭から消えなかった。



 新城綾乃はマンションの自宅の一室で、たわわな胸元が窮屈そうなスーツの裾をピッと引っ張った。

 装飾の控えめなハンドバッグを肩にかけ、姿見に映る自分を見て首を傾げた。

「どこがいけなかったのかしら?」

 新城は今日、職を探し始めてから四社目となる面接試験での不採用の通知を受け取ったばかりだ。

 彼女は現役で活動するグラビアアイドルだが、彼女と遜色ない巨乳の若手が次々と台頭したことと三十路を超えているという年齢的な事情もあって、引退を視野に入れている。

「やっぱり社会は若い子しか求めてないのかしら?」

 彼女は自分の二十代に思いを馳せた。大学生三年の頃に友達に促されて遊び感覚でグラビアのオーディションに応募し合格。デビュー後は恵まれた容姿と豊満な巨乳で人気を獲得し、とんとん拍子でトップグラドルにまで登りつめた。そうして芸能活動に奔走しているうちに二十代は過ぎてしまった。

 マンションの部屋も、絶頂期の時とは比べ物にならないほど安い。絶頂期にはビルマンションの一室を住まいにしていた。

「どうにかして条件の良い職にありつきたいわね」

 収入を著しく減らさないためにも就職を考える必要がある。

 姿見の前で思い詰める彼女の耳に、不意の携帯電話の着信音が響いた。

 びくりとベッドの上に置いた携帯電話を振り向く。

 不採用の取り消しを知らせる電話だと勝手に思い込んで、新城は電話に飛びついた。

「もしもし、新城です」

「ようやく通達することができる」

 電話の相手はソプラノとテノールの中間の声で言った。

 新城は聞き知らない声の相手に言葉に気を付けて尋ねる。

「どなたでしょうか?」

「そうだな……」

 相手はどう名乗ろうか考え出し、数秒して答える。

「Mr・Kと名乗っておこう。それより新城綾乃くん、君にいい知らせがあるよ」

「なんでしょう?」

「僕は君を雇いたいと思っている」

 新城は思わぬ要請に、自分の聞き違いでないかと尋ね返す。

「雇いたいって言いましたか?」

「そうだよ。そこで明日の午前十時に倉野書店に来てくれないか?」

「倉野書店の方なんですか?」

「…………」

 相手は急に押し黙った。

 新城があのう、と問いかけると、はっとして言葉を返す。

「そ、そうだ倉野書店の者だ。明日の十時、じゃあ」

 誤魔化すように口にすると、テノール声の主は電話を切った。

「あら、切れちゃったわ」

 相手の名前や倉野書店の住所など訊かねばならぬことが他にもあった。

「こっちからかけ直すにも、電話番号が非通知だわ」

 無音の携帯電話を見つめて、首を傾げた。

 新城は電話の相手を知るため、明日倉野書店へ行くことに決めた。

 新城と前後して錦馬、栗山、上司、西之森のもとにも、新城にかかってきた電話と同人物から同じ内容の電話がかかってきていた。
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