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第一章
ラムダの街
しおりを挟むジェームズさんから買い取ったアンティークなトランクケースにウサギ皮を入るだけ入れた俺はスライムと共に霊園を後にした。
次に戻ってくるのは向こうで事業を立ち上げた後だ。
「いくらの値がつくかわからねぇけど、スライムの努力が報われると良いな!」
首元に隠れているホーリースライムがふるりんと蠢く。
「クレイの役に立てばそれで良い?……複雑な気持ちになる事言うねぇスライム~」
指で撫でるようにポヨると、スライムは嬉しそうにうねっていた。
霊園の外は風車地帯だ。風が入り込みやすい地形なのか、止まっているのを見た事は無い。
風車は近くに流れている川から水を汲み上げて長く長く作られた石造りの水路に流し入れている事から近隣の街に水を送り込む為の物である事が伺える。
「どの水路が良いかこの枝で決めるか!」
そこら辺に落ちていた細っこい枝を地面に立てて指を離す。
「夜通し走れば着くかねぇ?スライム、老廃物と服の汚れは任せたぞ!」
ふるりん!と威勢の良いスライムを肩に乗せて全力疾走を始める。
人の手が入った街道に獣が出ようとお構いなしに走り続ける事数時間、日はすっかり落ちて月明かりが俺の歩く道を静かに照らしていた。ホーンラビット以外の獣を貪りたくはあるが、街についてからやる事をやれば良いのである。
疲れを知らず眠ることを忘れた俺は、娯楽を求めて駆け抜けていく。
そして、辿り着いた。
朝日が登り、街が動き始めた。
煙突から煙がもくもくと上がり出し、様々な顔をした人々が外へ赴き開店準備を始める。
城門の跳ね橋が動いて目覚めた街に多くの旅人を引き入れ始めた。
「スライム、ここからはしっかり隠れるんだぞ」
俺たちは特に何事も無く門を通過した。
「そこの旦那~!ラムダ名物のアミュレット、お土産にどうだ!」
「ラムダ産の羊肉を使ったベリーソースステーキは如何ですかー!!」
ここはラムダという街らしい。アミュレットを取り扱っている店は呉服店も併設しているようだ。とりあえずここで話を聞こうと試みる。
「こんにちは、店主さん」
「おう、いらっしゃい!……観光かい?」
「あぁ、失礼しました。私皮売りのクレイというものでしてね。道中良い皮を仕入れられたので、販売したくこの街に来たんですよ」
「そうなのかい?何の皮を扱ってるんだ?」
「ホーンラビットの皮なんですが、損傷が殆ど無く立派な舐めしが施されてましてね。生きてるのかと錯覚する程の、柔らかい毛並みなのですよ」
そう言って襟巻きをサラリと撫でると髭の生えた店主は片眉を上げた。
「……ちと見せてくれないかい?」
商品の完成度で見られると厄介なので襟巻きを渡さずにトランクケースからウサギ皮を一枚取り出す。
「この街の販売流通するギルド等、元締めの方をご存知であればそちらに持ち込みたいのですが」
「ほう、なめし液特有の突っ張りやごわつきが無いな、近年殆ど見ない良品だ。……ギルドだが、あまり良い噂はないから、俺としては個人的な取引をお客さんとしたいんだがなぁ」
ウサギ皮を褒められて嬉しかったのかスライムがプルプル震えている。
それ以外にも気になる情報が出てきたのは上々だ。
「ラムダにもギルドがあるんですね。情報は多い方が望ましいので、詳しく教えていただけませんかね?お礼と言ってはなんですが、ウサギ皮2枚お渡ししますよ」
「金貨1枚分はちと多すぎるチップだ。
本当はあまり話したくはないんだが、誠意には答えなくちゃなぁ……。
冒険者ギルドなら下手したら買い叩かれる。そう確信出来るから、俺はこの皮一枚に銀貨5枚の値を付けるぜ。向こうの提示金額が低かったらウチに下ろしてくれ。
今から聞く話はなるべく触れ回らねぇように……」
「えぇ、もちろんですよ!」
ラムダの足掛かりとなる貴重な情報だ。
その為ならウサギの皮の2枚や3枚出すさ。
スライムはプルプルと楽しそうに襟巻きの下で震えていた。
店主は非常に有益な情報を教えてくれた。
「あまり大きな声じゃ言えねぇんだが、この街にいるギルドなんだがねぇ……特に冒険者ギルドには気をつけた方が良いんだ。盗賊ギルドと裏で繋がってて、冒険者ギルドで買った装備は盗賊ギルドで情報を共有後に盗賊共に強奪され、また冒険者ギルドで売られるんだ。
衛兵もいるんだが、通報しても苦情を出してもどっかで腐ってるのか全く捕まらねぇのよ。盗賊に襲われたらその品が冒険者ギルドにあった、なんて事もある。ラムダの街に来る旅人がいなくなったら俺たちも売り上げが下がっちまうから、大っぴらに解決する訳にも行かなくて迷惑してんだ」
「……ほう?」
「お客さんも冒険者ギルドでその品を見せる時は気をつけな、大体の商人や新人冒険者がその手段で身包み剥がされてる……。……つーわけでそんな恐ろしい冒険者ギルドで売り買いせず俺の所でやらねぇかい?」
「大丈夫、これでも腕に自信はありますから」
「ん~、まぁ最初はそうだよなぁ。んじゃあ俺からの忠告なんだが、取られたくない分は宿屋に預けてから売りに行きな。売り渋った奴は皆、ギルドから帰る時に巻き上げられてるからよ。……俺も含めてな」
そう言って店主は顎髭を物憂げに撫でると真っ直ぐ俺を見た。
「やけにお詳しいと思ったらそういう事でしたか。忠告感謝します。……因みに店主さんが信頼出来るお宿はあったりしますか?」
礼をしつつ、宿の場所も尋ねると店主は親切に教えてくれた。
「ここの中央通りを少し裏に入った所に"紳士の紅茶亭"って店がある。ちと値は張るが荷物をちょろまかされたりする事は一切無いって保証するよ、勿論口も固い」
「わかりました、親切にどうも、それでは」
「おう、待ってるぜ」
店主と握手を交わして早速"紳士の紅茶亭"に歩みを進めた。
……じゅる、ゴク。
店主を背にした途端、堪えていた唾液が口外に溢れそうになるのを慌てて飲み込む。
あの店主も良い匂いがすんなぁ……。
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