387 / 391
―目覚め、そして…―
386話 おかえり清人
しおりを挟む「アリシャ……!」
中庭への出入り口付近で、肩にかけられた白ローブを両手できゅっと掴みながら佇む彼女の名を、竜崎は口にする。
彼がこの中庭にくるまでは、そこそこの時間がかかった。その間にアリシャも目覚め、追ってきたのであろう。
その微かに震えるような立ち姿に、竜崎は言葉を詰まらせる。…なんと言えば良いか、わからなくなってしまったのだ。
感謝、お礼、告白、謝罪、報告、説得…勿論、言うべきことなんて山のように頭の中に浮かび上がってきていた。
しかし…そのどれを始めに口にすべきか、何を言えばアリシャを安心させることができるか、何を伝えれば詫びとなるのか。彼女の顔を見た瞬間、想いが一斉に噴き出し、まとまりがつかなくなってしまったのである。
「…ぁ…アリ…シャ……」
故に、竜崎が紡ぐことができたのは、再度の勇者の名。そして誠意を見せるために、ベンチに沈めていた身体を立て直そうとした…その瞬間であった。
「キヨト!!!」
「ぇ……ちょっ…!?」
佇んでいたアリシャは、まるで風のように走り出す。そしてあっという間に、慌てる竜崎の座るベンチへとたどり着き―。
「んっ……!」
「むぐっ…!?」
そのまま彼の胸に飛び込み、その唇同士を濃密に合わせた。
「っっ……。…っ…! ……っ……、…ぷはっっ…!!」
長い長い口づけで、呼吸困難となった竜崎はアリシャをタップ。なんとか解放され、一息つく。
――しかし、間髪入れず……。
むぎゅっ!
「むごっ!? むー…!? むー…!!」
今度は、以前もやられたような、顔面を思いっきり褐色の胸に埋められる行為。やっぱり呼吸が出来ぬほどに強く。
御褒美というよりも拷問に近いやもしれないその急襲連続アタックに、竜崎は目を白黒。そしてなんとか息を吸おうと、アリシャの胸の中で必死にもがく。
「っ…ふはぁっ…!」
二度目の息継ぎ。 結局アリシャが放してくれないため、彼は胸の谷間辺りから顔を出すことでなんとか窮地を脱した。
その時である――。
「……ぇ…?」
胸に捕らえられたまま上手く体勢を整えようとしていた竜崎は、その動きを俄かに止める。
何かが…。雨粒のような何かが、タッ、タッと頭に振って来たのである。
しかし先程までの天気は、青空映える晴れ。雨だとは考えにくい。訝しみつつ、竜崎が顔を上げると―。
「っ…!」
―彼は、息を呑むしかなかった。 何故なら…アリシャが、大粒の涙をボロボロとこぼしていたのだから。
「よかった…! キヨト…! よかった…!!」
歓喜と安堵で顔をぐちゃぐちゃにしながら、涙を流し続けるアリシャ。その感情が詰まった雫を受けながら、竜崎はゆっくりと口を開いた。
「アリシャ…」
「ん……」
涙を振り払うように顔を揺らしてから、アリシャはしっかりと竜崎の瞳を見つめる。竜崎はそれから目を逸らすことなく、続けた。
「ごめんね、心配させてしまって…。 そして…」
―と、そこで一旦言葉を切った彼は、片手をアリシャの背に回し、もう片方の手で彼女の腕による拘束を外す。
そして、褐色の背に置いた手で彼女を自らの胸に抱き寄せ、その身を、頭を、強く、それでいて優しく、ぎゅうっと抱きしめた。
「―ありがとう、助けに来てくれて。 大好きだよ」
「ん……!!」
言葉少なに頷き、濡れた顔を竜崎の胸に埋め、抱きしめ返すアリシャ。しかしそれは力任せではなく、恋人が愛しい相手を抱く時のそれ。
そんな彼女へ微笑み、頭を撫でる竜崎の首に、少し離れていたニアロンが再度背後から身を寄せてきた。
―全く…。本当にお前は、無茶ばかり…。残される者達の身になれっての…―
「…ごめんニアロン」
そう謝る竜崎。しかしニアロンは先程と同じく、彼の口に人差し指を当てた。
―何も言うな。…あと、こっち向くなよ…?―
「え?」
―…今の私の顔、見せたくないんだ…。察せ、バカ清人…―
背後から聞こえてくる彼女の声には、鼻をすするような音も。そして、竜崎は背に温かいものを感じた。アリシャから落ちてきたのと同じものが―。
察した竜崎は、アリシャを抱いていた内の片方の手を、自らの背後へと回す。そして、ニアロンの頭を、感謝をこめて柔らかに撫でる。
「ありがとうニアロン。 約束した通り、お礼は―…」
―何も言うなっての…。勿論それは、後で存分に返してもらう…。 けど、今はこうやって頭を撫でてくれるだけにしてくれ…―
これ以上何か言われると、本格的に堪えきれなくなってしまう。そう言わんばかりのニアロンの台詞に、竜崎は口を閉じる。
胸のアリシャと、背のニアロン、双方を愛し労わり続けながら。
少しして、竜崎の背後で涙を拭ったような微音が。そしていまだ涙声を残しつつも、普段の調子を少し取り戻したニアロンが、静かに口を開いた。
―…清人、一つだけ言わせてくれ―
その言葉に、竜崎は首を縦に動かす。それを確認したニアロンは、先程以上に身をぎゅっと竜崎にくっつけ、彼の耳元で愛おしそうに囁いた。
―おかえり、清人。もう私達を置いていこうとするなよ?―
ふと、竜崎は目を動かす。ほんの僅かに見えたニアロンの顔は、艶めくほどに想いに満ちていた。
そして、抱きしめているアリシャもまた、上目遣いで答えを待っている素振り。
…ただ、そんな貌を見なくとも、竜崎の返答は決まっていた。 彼は2人を一際強く抱き寄せ―。
「――あぁ…!」
そう、確固たる意志で頷いたのであった。
暖かな日の光と、心地よい風が中庭を包む。ベンチに腰掛ける竜崎達三人はそれを、そして睦びを享受する。
なお…アリシャにかけられていた白いローブは、今や竜崎が着させられていた。
風邪ひくからとニアロンとアリシャに半ば無理やりに纏わされていたのだ。おかげで普段通りの恰好に。
加えて、その2人それぞれに両腕を抱き留められていた。そんな状態に苦笑いを浮かべつつ、竜崎はポカポカとした陽気の中、微睡みかけてゆく。
―と、そんな折…。
「…ん。 来た」
―案外早い到着だな。 ちょっと残念だが…あいつらもそれだけ心配だったってことだぞ―
顔を上げ空を見るアリシャと、何故か竜崎を小突くニアロン。 事態が良く呑み込めず、とりあえず彼が目を覚ましたのと同時であった。
「ごしゅじーんっ!!」
勢いよく、しかし軽やかに中庭へ降り立つ巨影が。それは真っ白な長毛で包まれた巨大毛玉…もとい、巨大猫。
「タマ…!」
竜崎はそんな彼の名を呼ぶ。霊獣『白猫』であるタマ。怪我を負い入院させていたはずの、そして自分が眠っている間に完治し、さくらの護衛を務めてくれているはずの彼である。
「ご無事に目覚められて何よりです! ご主人がいつ起きてくださるか、私達ずーっと心待ちにしていたんですよ!」
「ごめんねタマ、心配かけて…」
「で・す・が! 一番心配していたのは残念ながら私じゃないでしょう」
竜崎の言葉を遮るように、白く長い毛を揺らすタマ。そしてその場にストンと腰を落とした。
すると、そのふわふわな背から誰かが現れる。 先程までは毛に埋もれて上手く見えなかったが、何者かが乗ってきていたようだ。
そしてその人物は、感極まったような声で、竜崎の名を呼んだ。
「竜崎さん…!!」
「さくら…! …さん…!!」
竜崎も、彼女の名を呼ぶ。 そこにいたのは髪をポニーテールに纏めている、愛しき1人の少女。
そう―、雪谷さくらであった。
0
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スローライフとは何なのか? のんびり建国記
久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。
ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。
だけどまあ、そんな事は夢の夢。
現実は、そんな考えを許してくれなかった。
三日と置かず、騒動は降ってくる。
基本は、いちゃこらファンタジーの予定。
そんな感じで、進みます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる