【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

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―1人ぼっちの心の内で―

382話 ある男の回顧⑥

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ふと、自ら竜崎の眼前に浮かび上がるは1人の少女の姿。


名を『雪谷さくら』。齢14のうら若き、可憐なる年頃の女の子。



そして…自身と出身世界を同じくする、唯一人の存在。







あの日、初めて彼女と会った日。初対面であるさくらへ、当然の如くさん付けで名を呼んだ。そして出来るだけ怖がらせないように、生徒に話しかけるような口調で語りかけた。


見知らぬ世界で極度の不安に包まれている中、突然姿を現した白髪のおっさんが、常にガッチガチのですます調で話しかけてきたら変に警戒される。そう思ったからである。


…37でおっさん、と自分ではまだ思いたくはないが…。少女ならばそう感じるだろうし…。自分も当時はそう思ってたし…。 つまり、だいぶ年が離れている分、出来る限り自然に距離を詰めたかったのだ。




まさしく、生徒達と同じように―。









幸いさくらの年齢は学園の生徒達と同じぐらいであり、いつも通りの会話することで、円滑にコミュニケーションをとることができた。


その後、名実ともに学園の生徒となったことで、話し方についての心配は解決したと言っても良かった。



…だが、それならば…。彼女を『さくら』呼びにするべきであった。さくらより年上のメストや、公爵の子であるハルムやエーリカに代表される生徒の皆には、さん付けを取っ払って話しているのだから。




―だというのに、さくらへのさん付けだけは、外せなかった。 


大人と子供、教師と教え子、師弟という関係に加え…彼女を自らの娘のように感じていたほどであったのにも関わらず。









勘違いをしないでほしい。そもそも相手にさんをつけるかつけないかなんて、呼び手と呼ばれ手が暗黙的に、そして自然の流れで決めること。 そこに大仰な思索なぞ、普通は介在しない。


ほとんどの人が、その相手との関係や自分の立場などを無意識的に思い浮かべ、に呼び分けているはずなのだ。 事実、自分もそうしている。



そして、別にさん付け自体を嫌がっているわけではない。無理にさん呼びを止めたいわけでもない。


どうせ時が来れば勝手に外れるものだし、もしかしたらずっとこのままだったりするのかもしれない。


それならそれで良いし、必要とあらばこれからも彼女の事はさん付けで呼び続ける。そのこと自体に、特段の迷いはない。





……なら、何故? …その答えを、『思惑』の正体を明かすことにしよう。












さくらにさん付けしているのは、礼儀の他に理由があった。それは、複雑な感情であった。


元の世界へ帰る方法を見つけられていない罪悪感。20年越しに向こうの世界から来た相手への畏怖、及び敬意。

又は、『良い大人』として見てもらえるためのズルい策でもあった。フランク口調にさん付けを合わせることで、バランスをとろうとしていたのである。




――そして、なによりは…。慣れていなかったのだ。  ……何に?


ことに。









既述の通り、この世界は『苗字ではなく名を呼ぶ文化』。そして自分は、そのに『従った』。


それはある意味、思考停止だったのやもしれない。皆がそうしているから、そうするべきだという。

とはいえこの問題に関しては、寧ろそれで構わなかった。一人ぼっちの自分が、この世界に馴染むための方法の一つなのだから。




……しかしその『方程式』を、さくらへ当てはめるのは気が引けたのである。



元の世界から…『基本的に苗字で呼ぶ文化』がある同郷からやって来た彼女を名前呼びするのは、同じ地から来た者として、のだ。










この世界の人々へは、この世界のルールに従い名を呼ぶことにした。それに関しては問題なぞない。


しかしさくらは、あくまで元の世界の出身。本当ならば、同じ出身地のルールに戻し、苗字で呼びたかった。元の世界で、名の方を呼ぶことなぞ滅多にないのだから。




…別に気にせず、自分の好きな方で呼べば良いだろうって? 名前で呼ぼうが苗字で呼ぼうか、それこそ仇名で呼ぼうが、彼女本人が受け入れるものなら問題ないのだから?





……いや、事はそう単純ではない。 残念ながら…そうもいかない、のっぴきならぬ事情があるのだ。











それを説明するためには、再度自分の過去話を語る必要がある。 ―ただし、今度は敬称云々ではなく、『呼び名』について。




繰り返しているように、この異世界は名前の方を呼ぶ文化。どの者も基本的にはそれに則り、名を呼ばれ、名を呼んでいる。




……では、自分はどうなのか。確かに、皆を名で呼ぶのは果たしている。ならば、呼ばれる際は?



自身のフルネームは『竜崎清人』。 だというのに……皆からは『リュウザキ』と―。




そう、苗字で呼ばれているのである。









それは決して、『英雄だから敬意を払われている』という理由ではない。他の勇者一行のメンバー…アリシャ、ソフィア、ミルスパールも、名で呼ばれているのだから。


じゃあ何故なにゆえに? ―とある理由があるのだ。






この異世界での名乗り方は、『名・性』の順。『メスト・アレハルオ』や『ハルム・ディレクトリウス』のように。


それに倣うとするならば、自身も『キヨト・リュウザキ』と名乗るべきだったのだろう。



しかし、この世界に転移してきた直後はそんなことを知らず、『リュウザキ・キヨト』と名乗った。だってそれが、自分にとっての普通のことだったのだから。





そして英雄となった後も、そう名乗り続けた。各権威者に、世界の人々に。


すると―。ごく自然に、自らの呼び名は『リュウザキ』となってしまったのだ。









とはいえ…別にそれはなんら嫌なことではなかった。元の世界的にも違和感は無いため、何事もなく受け入れられた。

…正直な話、皆に名前で呼ばれるのは、中々にこそばゆい事でもあったし。





勿論、暫くこの世界で暮らしていると、リュウザキが苗字であることに気づかれ出した。しかし、その時には既に世界中に浸透していた英雄リュウザキの名、今更変えるのは難しかった。


それに自分も特に気にはしていなかったし、リュウザキという呼び名のままでと促したのだ。 



―そうして、晴れて『リュウザキ』と呼ばれるようになったのである。




…まあそれが、『この世界の正しき住人ではない』という考えへと影響しているやもしれないが…。先に言った通り、嫌ではない。

自分が異世界人だということと、予言の選ばれし徒であるということをひしひしと感じさせてくれたから。








そして今や名前で…『キヨト』という名で呼ぶのは、自身と最も親しい数人のみとなった。



まずは、勇者一行。勇者アリシャ、発明家ソフィア、賢者ミルスパールの三人。


開幕の顔合わせでソフィアが気を利かせてくれたから、彼女とアリシャは名前で呼んでくることが普通になった。最も、当時はそれが気恥ずかしくあったが。



賢者ミルスパールは当時も今もリュウザキ呼び。だが、それは戦場や公の場、学会などでその方が通りが良いため。

何分そのような場には、魔術士又は英雄として2人揃って召集されることが多く、そこで下手に呼び名を変えると、混乱することがあるからである。


…実は、稀に賢者も名前で呼んでくれる時がある。かなり酔っぱらった時や、親子又は祖父と孫のように会話を交える時。そう言う時だけ、あのお爺ちゃんはキヨト呼びをポロリと漏らしてくれるのだ。






また、自分を最初に救ってくれたクレアも、名前呼びをしてくれている。


数か月は密接に関わり、言葉を教えあっていた彼女は、元の世界の漢字『清人』の字面と意味を理解し、正しい発音で呼んでくれている。






そして……、ニアロン。 常に身を共にする、少女姿の霊体。 

呪いの持ち主と、その生贄。奇妙な関係からから始まった仲は、今なお親密に続いている。


彼女はクレアと同じように『清人』の名の意味を知り、自分竜崎がその名に相応しくあり続けられるために、心から協力してくれているのである。


まさに、一心同体というに相応しいように。 ……文字面通りでゆくと、二心同体、というべきなのかもしれないが。










―――これが、自分の名前についての顛末。別に誰に話す気もなかった、誰にだってある、秘密とも言えぬ真実。


自分は、それでいい。慣れてしまったのだから。変える気もないのだから。







…しかし、さくらはどうか。『普通の少女』な彼女は。







元の世界に帰る方法が不確かな今、自分がさくらに為すべきことは『この世界に馴染ませる』ことだと考えた。


そしてそのためには、名前呼びを定着させる必要があったのだ。それが、この世界の『普通』なのだから。




…先に述べた通り、自分はさくらのことを『雪谷さん』と呼ぼうとしていた。元居た世界のルールに合わせて。


そうでないと、失礼な気がしてしまった。名で呼ぶのは妙に恥ずかしかった。他の者達へはさも当然のようにさん付けを外した名前呼びをしているのに、同郷な相手には畏まってしまったのである。






だが…その気持ちはなんとか堪えた。もし自分がさくらの事をそう呼べば、周りの人に彼女の名前が『ユキタニ』だと思われてしまうかもしれなかった。特に転移事情を隠しているのならば猶更。


自分ならまだしも…一歩引いていると自覚している身ならまだしも。全ての関係が消失してしまっている彼女が、あらゆる人から1人だけ苗字呼びされたならばどう感じるか。



…きっと、強い疎外感を味わうことになるだろう。距離を置かれている、そう考えてしまうだろう。


そして…この世界は私を受け入れてくれないと、絶望に身を沈めてしまうかもしれない。





それだけは、絶対に避けなければならなかった。この世界を…終の棲家となるかもしれないこの異世界を愛して貰わなければいけなかった。


だから、気恥ずかしいのを我慢し、彼女のことを名前呼びにした。 そしてその代償…不慣れな気持ちを誤魔化すための折衷案こそが、『さん付け』だったのだ。



そうでもしなければ、とても自らの『思惑』を通せなかった。苗字で呼ぶ世界にいた者として、さん付けというワンクッションを置かなければいけないという思いに駆り立てられていたのであった。






…下手すれば自身の娘としても通じるほどの年齢の子への、ただの名の呼び方に、そんな深い思考を交える必要はないのではないか。そう言われるかもしれない。



だが、自分は必死だったのだ。彼女の安心できる拠り所になりつつ、この世界に馴染ませるために、あらゆる面から兼ね合いを探っていたのである――。









(だけどそれも…。無駄な…余計なおせっかいだったのかもな…)



息を大きく吐きつつ、肩を力なく落とす。なにせ、彼女に…さくらに、『元の世界に帰りたい』と言わせてしまったのだ。全てが無に帰した気分だった。


…自分の稚拙な策謀程度では、彼女を誘導しきれなかったのである。




とはいえ彼女は、自分に問われて恐る恐る口にしただけ。大きな声で騒いだわけではない。迷いつつであったのは確かであった。 


しかし…『まあ別に、すぐに帰らなくても良いです!』とでも言わせられなければ意味がなかった。元の世界に未練こそあるものの、決断の天秤がそちら側に傾かないぐらいには。





…こんなことならば、さっさと転移装置を起動しに向かえばよかった。さくらが自身に、そしてこの世界に必要以上の情を寄せる前に。


ほとんど他人であったあの時に、パッと済ませれば良かったのかもしれない。それならば、双方気が楽に済んだであろうから―。




もっとも…幾ら思いを巡らせようが、その転移装置は砕け散ってしまっているのだが…。







――――あぁ…しかし…。



「もう…生贄にならなくても…良いんだな……」

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