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―1人ぼっちの心の内で―

381話 ある男の回顧⑤

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―少し、自分竜崎の過去話となる。 かつて青年『リュウザキ』は、誰に対しても、『さん』や『くん』等を付けていた。


それは何故か。自身が異世界から来た部外者だという自覚があったからでもあるが…。それ以前に、元の世界での教育の賜物であった。





呼び捨てはしないようにしましょう、という道徳教育。 完全に身体に染み付いたそれは、下手に敬称を外すと、ちょっと悪い気持ちになってしまうほどであった。


だから詳しく知らない相手に対しては、幾ばくかの敬意を籠め、さん付けをしていた。それがルールであったから。 勿論、貴族王族へは様付けをしていた。



というかそもそも、当時は17歳。周りの人達はほとんどが年上。敬称をつけるのは至極当然のこと。故に、特に気にすることも、困ることもなかった。








―そして時は経て、青年リュウザキは【英雄】リュウザキとなった。 自分への敬称が、『くん』『さん』から『様』『殿』へと変わった瞬間であった。


それでも、別にあまり気にしなかった。様付けとなったのは面映ゆいが…結局は未だ子供の身。自分から相手を呼ぶ際は、やはりさん付けで全てが済んだのだから。










……それが変わり始めたのは、この世界に根を下ろし、各地を飛び回って幾年か経った後であった。


英雄リュウザキは大人となり、今度は【教師】リュウザキの肩書も得たのである。





無論、英雄となった後にも各国権威者には最大限の敬意を払った。そして初対面の相手には敬称敬語を用い続けた。


それは実績を笠に着ない品行方正さを示すポーズでもあったし…。そもそもがそういう生き方のため、そうしなければやっぱり気持ち悪さを感じたからでもあるが。


そして、それを変に思う事は当然なかった。元の世界でも、誰もがそうしてたのだから。






そう―、上や、同年代の相手にはそれで良かったのだ。 しかし…年を重ねるたび、呼び方に悩む相手が出てきた。


それは、自らより下の世代。 そしてその中でも…『自らの生徒達』であった。









他の一部の先生方がしているように、元の世界の先生達がしていたように、敬語ではなくとも敬称さん付けをつければ、それで良いだろう? 生徒のお手本なんだから?



…それが出来るなら、そうしたかった。だが、問題が発生したのだ。それは―。




……慕いに来てくれた生徒達を、無駄に恐縮させてしまったのである。












戦争と時を同じくしていない、または同じくしていても身を投じていない生徒達は、【英雄】という存在に酷く身を強張らせていた。



曰く『世界を救いし存在』
曰く『予言に選ばれた術士』
曰く『魔王や獣母を打ち倒し強者』
曰く『魔神とも呼ばれる高位精霊達との契約者』
曰く『復興に尽力せし聖人』
曰く『呪いと霊体を身に宿す怪物』
曰く『異世界から来た謎の人』

曰く――――。




世界に広まったそれは、多方面から見たリュウザキの紛れもない真実。そんな風に広まるのも致し方ない。


…だが、それを一心に聞いた子達は…リュウザキを『畏敬を払わなければならない相手』としてしまったのだ。




中には、『従わないとお仕置きを食らわせる怖い人』や『厳格極まりない戦士の極致のような方』など、明らかに意味不明な尾ひれがついた噂を信じ切っていた子達まで。



故に…自分が敬語敬称で生徒へ話しかけると…。誰もが肩をビクつかせ、ビシリと背を伸ばし、敬礼まがいなことをしだしたのである…。










いくら自分が、この世界の正しき住人ではないからと一歩引いている身だとしても…そんなのは望んでいなかった。


というか、普通に嫌だった。 できれば楽しく語らいあいたかった。 『優しいお兄さん(又はおっさん)』でいたかった。





―と、いうことで…一計を案じた。

【英雄】と固定されてしまった自身をなるたけフランクに見せるために、受け入れてもらうために、敬称敬語を取り払う事を決めたのである。







…正直最初は、むずがゆくて照れくさくて仕方なかった。それに接し方がよくわからず、逆に生徒達を怯えさせたこともあった。



けど、良い師がいた。 ニアロンである。 



存外尊大な彼女の口調は、敬語なしの話し方の参考となった。いつの間にか精霊術の師と弟子ではなく、気の置けない相棒として気さくに話せる仲となっていたのも大きかった。


そして、ソフィアやアリシャ達との話し方も多分に活用できた。開けっ広げに好き放題話せる関係は、そのフランク口調に上手く転用できたのだ。



あとは、ちょっとした教師らしさと、相手への敬意と、自分らしさを混ぜ合わせ…今の話し方ができたのである。









…しかし、それができたのにも、とある理由があった。それは、この世界が『苗字ではなく、名前を呼ぶ文化』であったこと。



これに関しては…異世界らしさというよりも、『海外らしさ』を感じていた。

苗字で呼ぶことがほとんどの母国日本とは違い、『Hi,Mike!』という英語の教科書の例文のようなイメージが強かったのかもしれない。



なら、よくテレビで見た、そういう国のフランクさを真似てみれば良いと考え…その文化に『従った』のである。


『郷に入っては郷に従え』―。 その言葉が示す通りに。







幸い、その敬称敬語略の話し方は快く受け入れられ、大いに好かれた。話しやすいし相談しやすいと評判になり、授業中以外はそれで通すことにした。 



なお貴族王族の御子息御息女には、流石に敬称敬語をつけるべきかと思ったが…。学園の方針でどの生徒にも格はつけないようにしているため、やはり敬称なしに。


とはいえ、彼らの公務の場に顔を出す際はしっかりへりくだるようにしていたため、誰からも特に不満は出なかった。


まあ英雄という肩書と、持っている力が大きすぎるからだろうが…。中にはその切り替えを称賛してくれる子もいた。 威を張って偉ぶっても良いのに、全くしないのが素敵だと。






――何はともあれ。自分はさん付けをなるべく減らすことで、生徒へ気安く接することを心掛けているのである。


自分の肩書を怖がらせないため、そして皆に受け入れてもらうために。









……だというのに。自分は未だ、さくらを常に『さん付け』して呼んでいるのだ。












齢37…もう40が目前に迫る歳の自分が、干支二回りほども離れた女の子をさん付けするなんて、おかしいことか?


――いや、なんらおかしい事ではない。寧ろ、礼儀正しい者にとっては当たり前のこと。

先に述べた通り自身にも、できれば生徒皆にさんくん付けしたい気持ちはあったのだから。



まあ、今や名前呼びでないと落ち着かなくなってしまった節はあるが…。








話を戻そう。この世界でも、さくらをさん付けで呼ぶ人々は沢山いる。街の人々に始まり、各国貴族王族、教員、彼女の友人…。



ある者は、詳しく知らない相手に幾ばくかの敬意を払うため。ある者は、自らが纏う権威の理論に従ったため。

ある者は、教育者として手本を見せるため。ある者は、単に距離感を詰める途中なため―。



理由は様々とはいえ、さん付け自体は全く変な事ではない。名を呼ぶ際のワンクッションであるだけなのだから。





そして…それは『元の世界』でもそうだった。同じような理由で、さん付けを行う人々がほとんど。


寧ろ、その呼び方がほとんどであろう。役職名があるならばいざ知らず、そうでなければ基本は『○○さん』である。






……ならば、何を気にしているのか? 何故、さくらに対してのさん付けに『思惑』なぞ抱いているのか? なんで、さん付けを気に病んでいるのか?







――それは、先の説明が。 


『元の世界』出身の…即ち同郷の者として、彼女の名は『ワンクッション』置かなければいけないというに他ならないのだ。



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