【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

文字の大きさ
上 下
380 / 391
―1人ぼっちの心の内で―

379話 ある男の回顧③

しおりを挟む

この世界で、自らが生誕したわけではないこの別世界で、血の繋がる存在がいないこの異世界で、骨を埋める。


それは、いつしか自身竜崎の胸に確固たる意志として現れた、いつか必ず訪れる最期のための決意。





何故そう考えだしたのか。それには幾つも幾つも理由がある。そして、その内の一つは…贖罪のためであった。



かつての戦争。その際に、自分は幾人手をかけただろうか。確かに、出来る限り命を取らないようにはしていた。


…しかし、それは子供の努力程度で完遂できる代物ではなかった。数多の思惑、そして剣戟が無限に交差する戦場の中、不殺なぞ不可能であった。



一体、幾人を死へと向かわせただろうか。自らが魔術を撃ち、吹き飛ばした者。精霊達で薙ぎ払った際に、命を落としたであろう者。友を守るために、直接手を下さざるを得なかった者…。





暗闇の心空間に広がる絵は、その当時の絵を映し出す。そして…幽鬼の如き手が、その映像から、暗き虚空の底から、自らを掴んでくる。




…縛られていた。もはや物言わぬ、魂だけとなった死者たちに、雁字搦めにされていた。『我らを殺した罪、如何にして贖うのか』、そう問われ続けていた。








―無論、それは幻。実際に囚われ、責められているわけではない。だが…自らの心が許さなかった。



故に、世界をことに尽力した。各国王に頭を下げ助力を頼み、戦禍受けた地を巡り、手にした力を皆のために揮った。



それでも…赦された気分にはならなかった。自らの心は、治り切らなかった。







…誰にも言ってはいないが、自分には未だ、『この世界の正しき住人ではない』という思いが漫然としてあるのだ。


所詮、異なる世界から来た身。つまりは、部外者同然。自らは異質な存在であると考えてもいた。



言語の違い、身に残った呪い、ニアロンという霊体の存在。それらの特異な状況もまた、その考えに拍車をかけていたのかもしれない。


まあ最も、それを嫌になった覚えは全く無いが…。無意識的に、世界から一歩引いた身でいたのは確かであった。






だから、直感的にわかっていたのだ。きっと贖罪は…自分が手にかけた人々を育んだこの地へ、は、完全に果たされるものではないと。



元居たあの世界に戻ること。それ即ち、逃げることに等しい。 仮に元の世界に帰れたとしても…最期には、この異世界の地で。



それしか、償う方法が無い。死こそ救済となんて言う気も、だから死に場所を求めていると言う気もさらさらないが…それで初めて、この世界の人の命脈を断った贖いが完結する―。そう考えていた。





…そして…。




(人殺しが…大手を振って親の元に帰れるわけない…しな…)












世界の英雄、リュウザキ。だがその本質は、人殺し。自分自身には、そうとしか思えなかった。


…正直な話、その事実を誇りこそしないものの、余儀なきことであったと考えてはいた。そうでもしなければ、万余の人々が更なる犠牲となったのだから。




しかし…それはあくまでこの世界の話。元いた世界には関係のない出来事。仮に向こうに戻れば、残されるのは『人殺しをした』という感覚のみ。



そんな身で、生みの親の前に立つことなぞできない。『行方不明だった20年、その間に私は人を大勢殺して英雄と崇められていました』なんて、言えるわけがない。



顔向けが、出来ないのだ。白いローブを纏っているこの身の内が、返り血で赤く染まっている気がして…とても親の前に姿を出せない。出したくなかった。



『清人』…清い人であれ、と名付けられた自らの名に、血泥を塗ってしまった気がしていた。





……もしかしたら、本当に、死に場所を探していたのかもしれない。この世界での、自らの墓となるべき瞬間を。

自分の総力をあげ、誰かを守り、『英雄』として語り継がれるような…名に恥じず、親が、かつての自分を知る皆が喜ぶような、最期のための。










―そんな決意が、確かにあった。しかしそれが、俄かに揺れた。



装置を壊された時、強く想った。 さくらを帰せぬまま、両親に自分の安否を伝えられぬまま、終わりたくないと。


呪いが蠢き出した時、刹那に理解した。 このままでは、英雄として死ねないと。


飛槍が眼前に迫った時、純粋に感じた。 まだ、死にたくはないと。








(……結局のところ、死ぬ覚悟はおろか…何もかも、決められてなかったのかもしれないな…)



ふと、そう息を吐いてみる。ただ、場に流されていただけだったのかもしれない。




いつだって、決断は突然だった。呪いの生贄を肩代わりすると決断した際も、賢者に頼まれ戦争に身を投じるのを決めた時も、人の命を奪うあの瞬間も。


そして―。さくらを元の世界に帰すため、再度生贄となることも。




その『突然』に、完璧に覚悟を決められたことなぞただの一度もない。常に迷い惑っていた身を、ひと時の感情で、無理やり押し出した。そう言っても良いのかもしれない。


あの際は、周囲の目に耐え切れず。あの時は、必要とされたことが嬉しくて。あの瞬間は、ただ必死で。


そして…。さくらのあの目に、胸を締め付けられて。






―そう。あのさくらの瞳も、忘れることはできない。命を狙われる恐怖に怯え、藁をもすがるように震える、か弱き少女の憂いを。



あぁ…。あの可愛らしい顔に、あんな表情を浮かばせたくなかった。出来ることなら―。




(…彼女には…『平和で楽しい異世界』だけを見せ続けてあげたかったのに…)

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スローライフとは何なのか? のんびり建国記

久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。 ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。 だけどまあ、そんな事は夢の夢。 現実は、そんな考えを許してくれなかった。 三日と置かず、騒動は降ってくる。 基本は、いちゃこらファンタジーの予定。 そんな感じで、進みます。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

処理中です...