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―1人ぼっちの心の内で―
379話 ある男の回顧③
しおりを挟むこの世界で、自らが生誕したわけではないこの別世界で、血の繋がる存在がいないこの異世界で、骨を埋める。
それは、いつしか自身の胸に確固たる意志として現れた、いつか必ず訪れる最期のための決意。
何故そう考えだしたのか。それには幾つも幾つも理由がある。そして、その内の一つは…贖罪のためであった。
かつての戦争。その際に、自分は幾人手をかけただろうか。確かに、出来る限り命を取らないようにはしていた。
…しかし、それは子供の努力程度で完遂できる代物ではなかった。数多の思惑、そして剣戟が無限に交差する戦場の中、不殺なぞ不可能であった。
一体、幾人を死へと向かわせただろうか。自らが魔術を撃ち、吹き飛ばした者。精霊達で薙ぎ払った際に、命を落としたであろう者。友を守るために、直接手を下さざるを得なかった者…。
暗闇の心空間に広がる絵は、その当時の絵を映し出す。そして…幽鬼の如き手が、その映像から、暗き虚空の底から、自らを掴んでくる。
…縛られていた。もはや物言わぬ、魂だけとなった死者たちに、雁字搦めにされていた。『我らを殺した罪、如何にして贖うのか』、そう問われ続けていた。
―無論、それは幻。実際に囚われ、責められているわけではない。だが…自らの心が許さなかった。
故に、世界を治すことに尽力した。各国王に頭を下げ助力を頼み、戦禍受けた地を巡り、手にした力を皆のために揮った。
それでも…赦された気分にはならなかった。自らの心は、治り切らなかった。
…誰にも言ってはいないが、自分には未だ、『この世界の正しき住人ではない』という思いが漫然としてあるのだ。
所詮、異なる世界から来た身。つまりは、部外者同然。自らは異質な存在であると考えてもいた。
言語の違い、身に残った呪い、ニアロンという霊体の存在。それらの特異な状況もまた、その考えに拍車をかけていたのかもしれない。
まあ最も、それを嫌になった覚えは全く無いが…。無意識的に、世界から一歩引いた身でいたのは確かであった。
だから、直感的にわかっていたのだ。きっと贖罪は…自分が手にかけた人々を育んだこの地へ、同じように命を還すまでは、完全に果たされるものではないと。
元居たあの世界に戻ること。それ即ち、逃げることに等しい。 仮に元の世界に帰れたとしても…最期には、この異世界の地で。
それしか、償う方法が無い。死こそ救済となんて言う気も、だから死に場所を求めていると言う気もさらさらないが…それで初めて、この世界の人の命脈を断った贖いが完結する―。そう考えていた。
…そして…。
(人殺しが…大手を振って親の元に帰れるわけない…しな…)
世界の英雄、リュウザキ。だがその本質は、人殺し。自分自身には、そうとしか思えなかった。
…正直な話、その事実を誇りこそしないものの、余儀なきことであったと考えてはいた。そうでもしなければ、万余の人々が更なる犠牲となったのだから。
しかし…それはあくまでこの世界の話。元いた世界には関係のない出来事。仮に向こうに戻れば、残されるのは『人殺しをした』という感覚のみ。
そんな身で、生みの親の前に立つことなぞできない。『行方不明だった20年、その間に私は人を大勢殺して英雄と崇められていました』なんて、言えるわけがない。
顔向けが、出来ないのだ。白いローブを纏っているこの身の内が、返り血で赤く染まっている気がして…とても親の前に姿を出せない。出したくなかった。
『清人』…清い人であれ、と名付けられた自らの名に、血泥を塗ってしまった気がしていた。
……もしかしたら、本当に、死に場所を探していたのかもしれない。この世界での、自らの墓となるべき瞬間を。
自分の総力をあげ、誰かを守り、『英雄』として語り継がれるような…名に恥じず、親が、かつての自分を知る皆が喜ぶような、最期のための。
―そんな決意が、確かにあった。しかしそれが、俄かに揺れた。
装置を壊された時、強く想った。 さくらを帰せぬまま、両親に自分の安否を伝えられぬまま、終わりたくないと。
呪いが蠢き出した時、刹那に理解した。 このままでは、英雄として死ねないと。
飛槍が眼前に迫った時、純粋に感じた。 まだ、死にたくはないと。
(……結局のところ、死ぬ覚悟はおろか…何もかも、決められてなかったのかもしれないな…)
ふと、そう息を吐いてみる。ただ、場に流されていただけだったのかもしれない。
いつだって、決断は突然だった。呪いの生贄を肩代わりすると決断した際も、賢者に頼まれ戦争に身を投じるのを決めた時も、人の命を奪うあの瞬間も。
そして―。さくらを元の世界に帰すため、再度生贄となることも。
その『突然』に、完璧に覚悟を決められたことなぞただの一度もない。常に迷い惑っていた身を、ひと時の感情で、無理やり押し出した。そう言っても良いのかもしれない。
あの際は、周囲の目に耐え切れず。あの時は、必要とされたことが嬉しくて。あの瞬間は、ただ必死で。
そして…。さくらのあの目に、胸を締め付けられて。
―そう。あのさくらの瞳も、忘れることはできない。命を狙われる恐怖に怯え、藁をもすがるように震える、か弱き少女の憂いを。
あぁ…。あの可愛らしい顔に、あんな表情を浮かばせたくなかった。出来ることなら―。
(…彼女には…『平和で楽しい異世界』だけを見せ続けてあげたかったのに…)
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