【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

文字の大きさ
上 下
376 / 391
―見舞い客―

375話 皆の力を借りて

しおりを挟む

「だいたいお前はいつも空気を読まない発言ばかり…!」
「いい加減にしないと、賢者様や勇者様に頼んで追い出してもらいますよ!」

もはや幾度目かわからなくなってきた、エルフリーデ&ナディによるオズヴァルドへの説教タイム。ここに来てもいつもの事なのだろう。グレミリオ達も微笑みか苦笑いで見守るのみ。


だが、その中で…さくらのみが黙考の面持ちとなっていた。この喧騒の中、彼女は不意に一つの悩みに包まれたのである。




オズヴァルドによるKYな一言に気分を害したわけではない。確かにほんのちょっとだけ、うぇ…となったが、彼の天才性を知っているためにそこまで不思議ではなかった。

基礎魔術講師を務めている彼だが、他の魔術も軽々使える。霊獣の召喚、ゴーレムの召喚、浮遊魔術、そして上位精霊の召喚…。どれもこれも、一流の域に到達しているのだ。

極めつけはこの間の出来事。かつての戦争中に使われた小型の砦一つを単独で破壊しまくり、最終的にその砦の直径よりも大きい超巨大岩を作り出し、隕石の如く落下させ跡形もなく叩き潰し埋めたのである。


そんなチートのような相手になんて、勝負を挑む気すら起きない。本来チート持ちは異世界出身者の特権かもしれないが…。上には上がいるのだ。


それに一応だが、彼の言葉で『もしかしたら自分も、すぐに召喚できるようになるかも』と思えたのも事実。気分だけとはいえ、そのやる気は重要。



…いや、そのやる気が揺らいでいるのだ。今、さくらの胸中には―。


(そもそも…上位精霊を召喚できるようになって、竜崎さんは本当に喜んでくれるのかな…)


という不安が占拠していたのだから。










勿論竜崎の事だ、召喚してみせたら絶賛してくれるだろう。ただ、心の内はどうだろうか。


彼はそもそも、さくらを戦いに連れ出すのは反対だった。故に、異世界の観光をさせたい想いと、戦闘に巻き込んでしまう危険性を天秤にかけ、葛藤している様子が幾度も見られた。

なおほとんどの場合、ニアロン達やさくら本人に押し切られ、同行を許可してしまっていたのだが。


恐らく竜崎は、さくらを必要以上に戦いの場に曝すのを嫌がり、怖がっていた。かつての戦争を駆け抜けた彼だからこそ、その想いは人一倍強いはず。


そして推測だが…上位精霊の召喚術をあまり教えてこないのも、それが理由の一つなのであろう。




勿論、メインの理由は精霊術の習熟度だと思われる。先にも述べた通り、上位精霊召喚は一生かかっても成し遂げられない者もいる召喚術。さくらの腕でも、所謂レベルが足りない状態なのは明白。

しかしその難易度に見合うように、彼らの力は強力。上手く使えば万物を焼き、押し流し、吹き飛ばし、潰し砕くほどに。



…それほどの力、さくらに必要なのだろうか。武威の化身とも言うべき、彼らの暴力は。




竜崎がさくらに精霊術を教えている理由の一つ、それは『もし異世界出身者とバレた場合、自身竜崎の名声と比較されぞんざいな扱いを受けないようにするため』である。


中位精霊を自在に操れれば一流精霊術士とされる中、既にさくらは胸を張れるほどの実力を手に入れていると言っていい。日常生活でも、ちょっと非日常な問題に遭遇しても、それがあれば問題なく切り抜けられるぐらいの実力を。


しかし、逆に言えば『異世界を楽しむいたいけな少女』としてならば十分すぎる精霊術なのだ。竜崎や学園教員を始めとした戦闘に関わる者ならばいざ知らず、これ以上は過剰戦力となる。恐らくそれを、竜崎は望んでいない。


とはいえ、このままいけば、きっとすぐに竜崎は上位精霊召喚を教えてくれるだろう。そのために上位精霊と契約を結んだのだし、力がないよりはあった方が良いのは真実。現状、様々な厄介ごとに巻き込まれてもいるのだから。





…何が言いたいかというと―。竜崎が眠っている間に、上位精霊召喚術を身につけるのは、何かが違う気がするのである。


いや、竜崎が起きていたら推奨してくれるかもしれない。エルフリーデ達は信の置ける弟子であり、さくらの師の役を務めるには何も問題ない。

…しかし、そうではない。そうではないのだ。なんといえばいいか…。



(…多分、あんまりよくない…。『竜崎さんへの贈り物』としては、あんまり…)



心の中で独り言ちるさくら。上手く言葉に表せないが、そんな思いが渦巻いていた。


もっと詳しく補正するならば、『竜崎への贈り物として、自信満々に、力をつけたことを見せる』ことは、そこまで喜んでもらえない―。そんな気がしたのである。








もしこの世界に何一つ危険も不安もないならば、竜崎はさくらに魔術を教えず、楽しい暮らしだけを追求してあげただろう。最も、さくらが学びたいと言ったから教えているのだが…それは置いといて。


つまり彼は、さくらが必要以上の力…もとい『暴力』を身につけるのを良しとはしていない。今までのは、彼が必要だと判断したため、教えたのだ。



その想いを慮ると、上位精霊召喚を『披露する』のは宜しくない。竜崎は間違いなく喜んでこそくれるが、心の底では複雑な気持ちになっているだろう。


『自分が上手く戦えなかったから、さくらに責任を感じさせ、戦闘力としてのプレッシャー期待をかけてしまった』


きっと彼はそんな自責の念に駆られてしまうはず。そんなのは、絶対に嫌なのだ。








上位精霊召喚の修行は別に行うとして、それは竜崎へ贈るものに相応しくない。そう結論づけたさくらは、他に何かないかを考える。

もっと喜ばれて、もっと竜崎さんへの恩返しになって、もっと自分だけが出来ること…! そうひたすらに思い浮かべながら。



「うーん。さくらちゃんだけが出来ること…ねぇ」
「披露できて、さくらちゃんらしいこと…」


そんなさくらの胸中を知ってか知らずか、頭を捻ってくれるグレミリオとソフィア。賢者やエルフリーデ、ニアロン達も探ってくれる。


と―。そんな時だった。一人が、おずおずと手を挙げた。


「あ…あの…。さくらさん…、一つ、お聞きしたいことが…」


それは、ようやく顔の火照りが消えたメルティ―ソンだった。








「以前…さくらさんに基礎召喚術の個別講義をした際に…。…お花、作ってくださいましたよね…?」

挙げた手と同じように、おずおずと口を開くメルティ―ソン。彼女はそのまま続ける。

「あれ…とても綺麗でしたから…。何の花なのかって調べてみたんです…。ですけど…、該当するものがなくて…」

ちょっと残念そうな表情を浮かべた彼女は、それを掻き消すような希望の色を浮かべ、さくらへ問うた。

「もしかして…あのお花…。 さくらさんの出身の…リュウザキ先生の出身の世界のお花だったりしますか…?」




あぁ、そういえば…!とグレミリオも頷く。確かにその個別講義の場に、後からグレミリオも入ってきた。

さくらは改めて、その時のことを思い返す。確かに講義終了間際、自身のイメージを魔力で形成する『基礎召喚術』で、花を作り出した。あれは、確か―。


「あのお花、『桜』って言うんです。 私の名前と…同…じ…。 ……っ!!」


そうメルティ―ソン達に説明したさくらは、言葉の途中で弾かれたように竜崎を見やる。その瞬間、彼が目を閉じる前に発したあの一言が、鮮明に頭に響いた。


『君の名前の花が…『桜』が咲き誇る世界に、帰してあげられなくて…』ごめん。


と―。








「そうだ……。それが…あったんだ…!!」

天啓を得たかのように、さくらは身を震わせる。あった。あったのだ。 、贈り物が。


それは、桜の花。この世界には存在しない、美しき花。そして…竜崎が20年も観ることが叶っていない、自分達の出身の、伝統的な花。


無いものは、作ることができる。皆から教わった召喚術で。この世界だから、そして魔術を教わった自分だから出来る。そう―。



この世界でも、桜の花を、咲かせることができるのだ。










メルティ―ソンの一言から名案を思い付いたさくらは、思わずガッツポーズ。と、そこでふと考えを深める。


桜の花を咲かすのは実に妙案。それに花を召喚するのは、先輩生徒メストが薔薇でやっている。教えを乞えば喜んで参考にさせてくれるだろう。

そうでなくとも、ここには召喚術のスペシャリストが勢ぞろいしている。まさに無敵の布陣。一切の心配はない。


では、それを…桜を、どう竜崎さんに届ければ良いか。 そこが新たな問題となった。





花一輪を渡したところで、喜ばれないだろう。いや、多分彼は喜んでくれるが…もうそういうツッコミは一回どこかにやって、と。


ならば、一枝ひとえだ。枝を模した何かに咲かせて見せて渡す? いやいや、まだ弱い。 ならば、花束にして? うーん…それも何か違う気が…。




ああでもないこうでもないと思案するさくら。そもそも魔術で作った花は、魔力が消えれば消滅してしまうもの。

勿論籠められる魔力量で寿命は大きく変わるが…マリアの指輪のように一生残るものではないし、自身の腕だと通常の開花期間分持つかも怪しい。やって見たことがないのだから。


だから、花束とかにしても、すぐに散ってしまうのは明白。それならば一瞬だけでも、もっと綺麗で、美しい、立派な桜を届けたい。そう、咲き誇るかのような―。



「……あっ…!」



刹那、さくらの頭に電流走る。彼女は、ゆっくりと首を動かす。その先にあったのは、病室の壁。

当然そこには何もない。しかし、さくらはあるものを見通していた。


「あれなら…!」


俄かに喜ぶ彼女。そして、再びの黙考。

(あれなら、きっと竜崎さんを喜ばせられる…! …でも…多分、私一人の力じゃ…。 なら―!)

何かを考えた彼女は、不意に立ち上がり、何事かと目を丸くしている教師陣の前に。そして、深々と頭を下げた。


「先生方、お願いがあるんです…!」












「あらぁん♪ すってきぃ! 良いわよ良いわよぉ! 全然協力しちゃうわぁ!」

「はい…! そういうことならば…できると思います…!」

「私も勿論、お手伝いさせてもらうわね♡」


グレミリオ、メルティ―ソン、イヴの三人は諸手を挙げて協力表明。お茶会トリオはこれでok。もう一方は…。



「そんなことを思いつくなんて…。さくら、やるな…! 当然、助力は惜しまない」

「えぇ! 私も微力ながらお力になります!」

「任せて! なんなら私一人でもやってみせるよ!」


エルフリーデ、ナディ、オズヴァルドの三人も何一つ悩む素振りなく、承諾。なお、オズヴァルドは直後に『お前が全部やったら意味がないだろ、自制しろ』とエルフリーデ達に叱られた。





ともあれ、策は…竜崎へのお返しは、皆の力を借り確実に動き出した。その実現には相応の努力と練習が必要だが、さくらの顔に迷いはなかった。



彼女は、再度壁を見る。 その向こう側―、廊下を挟んだ中庭では、安らかな風を受けた一本の木がサワサワとそよいでいた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スローライフとは何なのか? のんびり建国記

久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。 ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。 だけどまあ、そんな事は夢の夢。 現実は、そんな考えを許してくれなかった。 三日と置かず、騒動は降ってくる。 基本は、いちゃこらファンタジーの予定。 そんな感じで、進みます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...