【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

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―見舞い客―

369話 見舞い客二組目 箝口令の主達と、予言者②

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「えっ!?」
「なっ……」
「……っ!」

祈祷師シビラの突然の引退発言に、病室内は一時騒然。学園長や賢者でさえ、驚いた表情を浮かべていた。

かつて戦争終結の核となった勇者一行、その現れを予言…いや、彼女が予言したからこそ、勇者一行が組まれたと言っても良い。

そんな『予言者』と呼ばれるほどの彼女、シビラ・ノールトルムが、不意に祈祷師を辞すると言い出したのだ。



老王も、戸惑いに次ぐ狼狽。しかし彼は流石であった。全てを一旦呑み込み、一国の主として、悠然と問いかけた。

「…何故なにゆえか、言い開きはできるか?」


その言葉にシビラは頷き、跪いて王に礼を払ったまま、理由を口にした。


「…極めて個人的な理由となるのをお許しください。私は、常々、祈祷師として…そして『予言者』としての力量不足を感じていたのです」







「20年前のあの日。私は天からの啓示に等しい予言を降ろしました。…ですが、あれ以降、そこまでの正確な予言はできておりません」

「…世界を巻き込む戦争に並ぶほどの出来事は起きておらぬ。それも当然とは思えるが…」

王はそう宥める。しかしシビラは、無念そうに首を横に振った。


「いいえ。それでは意味がないのです。常にあの時のような予言を降ろせなければ、危険を取り除くことはできないのです。…リュウザキと、さくらちゃんを見ればお判りでしょう…」


傅いた状態のまま、竜崎達へと僅かに視線を動かすシビラ。王も流されるように彼らを見やり、そして押し黙るしかなかった。



シビラが竜崎達に予言を降ろしたということは、王も聞き及んでいた。それが、どんな内容なのかも。

故に、彼女が言いたいことを理解できていた。『予言は何の役にも立たなかった』―。そう伝えたいということを。

不明瞭な予言、そして不明瞭な対策案。その結果が、竜崎の惨状なのだ。では、来襲した危機を避けることはできなかったのである。



王が何も返せず顔を顰めているのを好機に、シビラは更に続ける。


「『勇者一行の予言』以降、私は常に精進を重ねてきました。陛下を始めとした皆様のご助力になれるよう、ひたすらに修行を続けてきました」

そこで一度言葉を切るシビラ。彼女は悲しそうな、そして悔しそうな表情で、顔を沈めた。

「…ですが、やはり朧げな予言しか降ろせぬまま。…それどころか、そのような低級の予言で、陛下や皆様を幾度危機に陥れてしまったことでしょうか…!」





「私の予言は、未来や過去を見るものではありません。祈祷の際に人や国事を取り囲む『気』の異常を感じ取り、経験に基づいて判断するものなのです」

シビラの行っている説明に、さくらは数日前の事を思い出していた。彼女の元に祈祷しに行った際のことである。

彼女は確かに、そのようなことを言っていた。何かが起きそうならば大まかなオーラのようなものがみえ、それと過去の経験を照らし合わせ、予言として進言していると。


そして、こうも言っていた。『見えない時は、何も見えない』。何も起きなければ、平和であれば、予言は降ろせないということ。

つまり、それを転じると―。


「その性質上、私の予言の大半は、異常…即ち、となってしまっております。陛下や皆様にそのような予言を降ろしたことは、両の指程度では到底収まりません」


「…そうで、あるな…」


シビラの言葉に、ゆっくりと頷く王。覚えがあるのだろう。彼女は更に一度頭を下げた。


「勿論その都度、全霊を以て祈祷を致しました。ですが…危険を完全に排除できた試しは一度もございません。皆、大なり小なり、何かしらの危機に見舞われております」

「…………」

王は、何も発さなかった。しかしその表情は、シビラの指摘が真実であることを理解している様子であった。

その沈黙を一身に受け、シビラは顔を上げる。そして、王を見つめ、涙を浮かべた。

「下手をすれば、私が不幸を呼び寄せているのではないか。そう思ったことすらも、あるのです…」


繰り返される災難の託宣。そんな只中に入れば、精神が参ってしまうのもむべなるかな。そして、自らの祈祷ではそれを払いきれぬ無力感が、長年彼女を蝕んでいたのだろう。


「…極めつけが、此度の予言です。私がもっと正確な予言を降ろせていれば、もっとリュウザキに詳細を伝えられていれば、もっと私に祈祷の力量があれば、彼は、あのような姿にはならなかったかもしれません…」

そう述べたシビラは浮かんだ涙を隠すように顔を下げる。そして、言い開きを締めた。


「…以上となります。私は…陛下のお傍にいられるほどの才なぞ、なかったのです…」







…もはや、誰も声を発することは出来なかった。どう声をかけるべきか、わからなかったのだ。場を読まないオズヴァルドですら、黙ってしまうほどに。


と、涙を拭い払ったシビラは再度顔を上げ、王へと向き直った。

「幸いにして、私の娘は、私の才を優に凌ぎます。…今はまだ学園に在籍している身ではありますが、必要とあればすぐさま卒業させ、私の跡を…!」

彼女がそう進言した、その時であった。





「シビラ・ノールトルムよ」

「…! はっ…!」

厳かに自らの名を呼んだ王へ、シビラは即座に礼を払う。王は、大きく息を吸い、ふぅっと吐いた。


「…お主の言い分はわかった。確かに思い返してみれば、真実であろう」

ゆっくりと、そう伝える王。シビラもまた、それを受け止め―。


「だが―。辞めることは、ならぬ」



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