365 / 391
―病院にて―
364話 教えられない理由
しおりを挟む「…教え…られない…?」
「そうじゃ。『秘密にさせてもらう』―。ということじゃの」
賢者のその言葉に、さくらは茫然となる。開きかけていた扉が、固く閉ざされてしまった。そんな感覚であった。
「なんで…ですか…?」
声を絞り出すように問うさくら。すると賢者は、諭すように語り始めた。
「まず―、この『秘密』もまた、ただの憶説に過ぎん。ワシの予測が事実だったという保証は、正確にはどこにもないんじゃ」
結局のところ真実かどうかは未だ不明のまま。そんなものを教えて混乱させるわけにはいかないからの。 彼はそう言い加え、さらに続ける。
「第二に、この憶説の流布を防ぐためじゃ。…さくらちゃんを信用していないわけではない。寧ろお前さんのことはキヨト並みに信頼しておる。良い子じゃからな」
そうさくらに微笑んだ後、賢者は残念そうに首を振った。
「そうだとしても、教えるわけにはいかない。なんの拍子で漏れだすかは本人にもわからぬものじゃ。ならば知らぬ方が、教えぬ方が、双方気が楽じゃろう」
…そうかもしれない…。さくらはぐっと黙りこくってしまう。人の口には戸が立てられないのだ。直接そのことを問われなくとも、ふとした時にポロっと話してしまうかもしれない。
しかし、そんなことを警戒するとは―。余程に重大なことなのだろう。そんなさくらの考えを見透かしたかのように、賢者は真剣な面持ちとなった。
「第三に…。『秘密』を語るには、とある歴史と事実を交えなければいけなくなる。…それは、できるだけ世間には秘密にするべき内容じゃ。さくらちゃんの出身地よりも、な」
「…ぇ…」
賢者の一言に、さくらは再度言葉を失う。自分の出身地―、それは言わずもがな『こことは違う別世界』。
とはいえ、さくらは結局のところ一般人。特殊な知識なんて持たず、転移してくる際に特別な能力を渡されたわけでもない。そこらへんの村人とほぼ同義な存在なのだ。
だから実のところ『ただ出身が珍しい』だけ。特段秘密にする必要はない―
―はずであった。竜崎が活躍していなければ。
予言の一節の証明もあり、竜崎は別世界から来たことを公言した。それは奇しくも、『別世界から来た人=英雄』を意味づけてしまった。
実際さくらの出身を知る僅かな人達も、初めてそれを耳にした際はこれ以上ないほどの驚愕を浮かべた。中には英雄視しなければいけないという考えを抱いた者や、予言の再来、戦争の再発生を危惧した者もいた。
ただの数人でさえ、その有様である。これが世界中に明かされた際にどうなるかは想像に難くない。…祭り上げられ、期待され、何もできないと知るや絶望され批判され、見捨てられるのだ。
竜崎はそれを恐れ、さくらに出身を内密にするように指示。それと並行し、仮にバレても『なるほど確かに』と言わしめるための力を持たせようとしていたのであるが…。
それを、賢者が理解していないわけがない。だというのに、そんな『別世界出身』の事実よりも危険だと彼は言ったのだ。
狂気的に崇められるか、失望されるか、あるいは恐怖が包むか。その『秘密』がどの道を歩むことになるかは不明だが、どれを辿ってもまともとはならないだろう。
そんな重々しき意味を察したさくらは、ただ立ち尽くす。―と、そんな彼女に賢者は、もう一つの『教えられない理由』を伝えた。
「そして最後に―。―これが、最大の理由じゃ。ワシらが勝手に『秘密』を教えることは、キヨトの想いを踏みにじることになるからじゃよ」
「先に述べた理由を無視し、教えること自体は容易い。さくらちゃんの出身地もじゃが、案外受け入れられる可能性だってあるからの」
少し願望が籠った笑みを浮かべる賢者。直後、彼は詫びるように目を閉じた。
「…じゃが、お前さんをこの『秘密』へと踏み入らせる権利は、ワシらには無い」
踏み入らせる…つまり、『秘密』を知るということ。 だが、『権利』とは…?
義務がないというのならばわかる。それは拒否の意となるのだから。しかし、権利―。それはまるで、誰かの…いや竜崎さんの許可を必要とするかのような…。
さくらがそう思っていると、賢者は眠る竜崎の横に。彼の顔を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「キヨトはの。お前さんをこの世界に馴染ませ、楽しんでもらうために砕身してきた。…それはわかっているじゃろう?」
賢者の問いかけに、さくらは首を縦に振る。幾度、彼に楽しませてもらったことか。学園生活、魔術習得、各地探訪…上げたらキリがない。
「ワシらが『秘密』を伝えたならば、そんなキヨトの努力が無に還るかもしれぬ。知る必要のないことを知れば、否が応でも元の状態には引き返せなくなるのじゃからな」
そう言い、賢者は改めてさくらへと向き直る。そして、優しい目を浮かべた。
「キヨトはそれを望んでおらん。さくらちゃんには、この世界で平穏で愉快な生活だけを送って欲しい。こやつはそう想っておるんじゃよ」
「…………。」
さくらは、口を閉じるしかなかった。明確な理由及び危険性を説明され、なおかつ竜崎の想いを伝えられたら、そうせざるを得なかったのだ。
この質問は、忘れよう。これ以上竜崎さんの想いを踏みにじるわけには―。
彼女がそう思った時だった。賢者は椅子に腰かけながら、呟いた。
「…じゃがのぅ。もしさくらちゃんが、『それでも』と―。好奇心からくる安易な欲求や、恨み辛みによる我を忘れた激情ではなく…『この世界の過去の遺物』を、キヨトと同じように知る覚悟があるのならば―」
そこで彼は言葉を一旦止める。そして顔を上げ、さくら、そして竜崎を見やった。
「キヨトが目覚めた後に、直接尋ねてみるが良い。 …こやつしか…、お前さんの保護者であり、唯一出身世界を同じくするキヨトにしか、お前さんを巻き込むか否かを決めてはいけないじゃろうからな」
賢者のその言葉に、ニアロン、ソフィア、そしてアリシャまでもが深く頷いた。
「さて。この話は一旦終いとしよう。 どうやら見舞い客が来たようじゃ」
ふと、賢者はさくらにアリシャの横へ座るよう促しながら、そう笑う。
見舞い客…? 竜崎さんの怪我は機密事項だったはず。一体誰が…? さくらが首を捻った時だった。
ドタドタドタドタ…バタバタバタバタ…!
部屋の外、遠くの廊下からだろうか。病院には似つかわしくないドタバタ音が聞こえてくる。そして、いがみ合うような声が。
「どけ! 何故お前が一番に入ろうとしているんだ! というか、何故先に着いていたんだ!?」
―と、気が強そうな若い女性の声。
「そうです! 賢者様の呼び出しはおろか、どこの病院に運び込まれたかも伝えてませんのに…!」
―と、気が強そうな女性に同調しつつも困惑している、敬語の若い女性の声。
「ふふっ!愚問だよ!リュウザキ先生の居場所は、勘でわかるさ!」
―と、爽やかめの若い男性の声。 するとその男性は、一切の悪気なく小首を傾げた。
「もしかして…2人にはわからないのかい?」
「「は……はぁああ!?」」
男性の天然で発せられたであろう無自覚な煽り?が、女性2人の癇に障ったらしい。揃ってキレる声が。
続いて若干引きつり怒声となった気が強そうな女性の声、そして訝しむような敬語の女性の声がそれぞれ。
「このっ…! わかるに決まっているだろう! 何年、先生の弟子をやっていると思っている!」
「オズヴァルド先生…もしかして、リュウザキ先生に何か魔術を…?」
そう問われた若い男性は、更にうざったいほどの爽やかさで笑った。
「ハッハッハ!そんなことをしなくとも、リュウザキ先生のことならなんでもわかるさ! だって、そもそも賢者様に相談するよう提案したのは私なんだから!」
「いいや!それは断じて違う! 私の方が先…くっ…同時だった! それに、先にナディが異変を察してくれたんだろうが!」
「そうですそうです!」
即座にそう言い返す女性2人。…しかし若い男性にはどこ吹く風らしく、彼の嬉しそうな声が。
「やっぱりエルフリーデ先生もナディちゃんもリュウザキ先生の事が大好きなんだね! あぁここだ! 失礼しまーす!」
「おい待てオズヴァルド!」
「ちょっと…!!」
ガラッ!
勢いよく、病室の扉が開け放たれる。そこから顔を出したメンバーの名を、さくらは思わず呼んだ。
「オズヴァルドさんとエルフリーデさんと、ナディさん…!」
そう。半ば揉みくちゃ状態で姿を現したのは―、竜崎の愛弟子である学園教師2人と現助手。そんな三人組であった。
0
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スローライフとは何なのか? のんびり建国記
久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。
ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。
だけどまあ、そんな事は夢の夢。
現実は、そんな考えを許してくれなかった。
三日と置かず、騒動は降ってくる。
基本は、いちゃこらファンタジーの予定。
そんな感じで、進みます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる