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―病院にて―

356話 教え子が伝える、治療終了

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「―ぅ…。 ――っあ…!」

さくらはハッと目を覚ます。寝てしまったということに、起きると同時に気づいたのだ。

「おはよう。さくら」

と、その瞬間、彼女の頭が優しく撫でられる。顔を上げると、そこには勇者アリシャの顔。


どうやら、ずっと抱かれた状態で眠っていたらしい。慌ててアリシャから離れようとするさくらだったが…それは、出来なかった。

ギュッ…
「わ…!」

寧ろ、アリシャに抱き寄せられたのである。ふと、さくらはあることに気づいた。

(え……、震えて…)

アリシャの腕…今自身を包んでいるそれが、小刻みに震えているのである。寒さからではないのは明白。それに、抱きしめる力もかなり強い。まるで…恐怖を抱き枕に逃がす時のような。



嫌な予感を感じ、さくらはアリシャの顔を再度見上げる。すると彼女は、さくらに視線を落とすことなく一点を見つめているではないか。その瞳には、明らかに不安の色が。

その目の先を、こわごわ追ってみる。そこには、当然の如く固く閉ざされた手術室の扉。そして、その天井付近には―。

(―っ!? ランプが…!)

そう…。未だ『手術中』を示す赤い光が煌々と点灯していたのだ。





別の人への施術が行われている…わけはないだろう。アリシャがここに居るのだから。間違いなく、中にいるのは竜崎。

ならば、どれぐらい…。一時間…二時間…?

「何時間…経って…?」

そう呟くさくら。その答えはすぐに、背後から返ってきた。


「だいたい半日…ってとこね…」



弾かれたようにさくらは首を動かす。そこに立っていたのはソフィア。だが、彼女もアリシャと同じように手術室の扉を見つめたまま。

そんな彼女の手には、折れ曲がった竜崎の杖。それを無意識的に弄りながら、うろうろと足を動かしている。

恐らく、座って待つに耐えきれず、立ち上がってしまっているのだろう。そして、一旦家へ帰るということをしていないのも窺える。

もし帰っているなら、今は必要なく、修理が必要な竜崎の杖を置いて来てもいいはず。それに、服装も変わっていないのだ。機動鎧のせいで若干ぼさぼさになった髪もそのまま。


ずっと、彼女達は待っていたのである。竜崎の手術が終わるのを。予想以上に長引いているそれに、不安を覚えながら。



(…私のせいで…。…っ…、もしかしたら…もしかしたら…)

自分を責めながら、さくらは最悪の想像をしてしまう。もしかしたら、このまま竜崎は…。手術の甲斐なく……。

「竜崎さん…!」

心が堪えきれなくなり、思わず彼の名を口にするさくら。と、その瞬間―。



フォンッ…
「「「あ…!」」」

赤い光が消えた。それ即ち、手術の終了を示すサイン。直後、扉が開き…。


ガララララララ…!
「勇者様、ソフィア様! 通ります!」

数人がかりで、ストレッチャーが運び出される。その上には、幾本もの管や魔法陣に繋がれた人…竜崎の姿が。

「キヨト…!」

アリシャは即座にさくらを横に降ろすと、立ち上がってそれを追いかける。そのまま、どこかの病室へと消えていった。






取り残されたさくら達。ソフィアは、声を少し震わせながら呟いた。

「…結局…キヨトはどうなったの…?」

当然の問い。それに答えたのは―、男女二人の声だった。

「ご安心を、ソフィアさん…!」

「リュウザキ先生の手術は、成功しました…!」


その聞き覚えのある声に、さくらはそちらを振り向く。手術着を脱ぎながら姿を現したのは…。

「シベル先生、マーサ先生…!!」






そこにいたのは、回復魔術講師である獣人族のシベルと、聖魔術講師であるシスターのマーサ。2人共学園で治癒魔術を教えている、竜崎の教え子。

彼らもまた、竜崎の治療メンバーとして駆り出されていたのだ。そして、さくら達への報告の任を請け負って出てきたのである。

現に彼らの背後の扉の奥からは、別の扉より出ていく十何名以上の声がガヤガヤと聞こえて来ていた。



「本当…!? シベルくん、マーサちゃん、本当にほんと!?」

念を押すソフィア。いつもはいがみ合っているシベル達は、全くの同時に頷いた。

「えぇ。出来うる限りは、完璧に。体中の傷は全て、完全に治癒が済んでいます」

「呪いは…流石に消せず、そこそこ大きいままですが…沈静、及び停止を確認済みです。解放魔術をいくらぶつけられても、再発動はしないでしょう」




「そう…。そうなの…」

シベル達の報告を聞き、そう言葉を漏らしながらふらりふらり動くソフィア。そしてさくらの横にドカリと座り、両手を突き身体を支え、壁に頭をゴンとぶつけながら天井を見上げた。そして…。

「よかっっっったぁぁ…………!!」

大きな、とても大きな安堵の息を吐き、彼女はへなへなと潰れる。と、ゆっくり口を開いた。

「…さくらちゃんの手前、『あれぐらいでキヨトは死なない』って啖呵切ったけど…。本当は心配で心配で仕方なかったのよ…。アリシャもね…。 いくらキヨトを信頼してても、不安なものは不安…。でも…本当に…良かったぁ…!」

隠していた本音を漏らすほどに、ソフィアはぐでりと脱力。完全に溶け切っていた。


もし本当に大丈夫だと思っていたのならば、さっさと帰って作業に取り掛かっていただろう。なにせ、色んな物の改良に燃えていると言っていたのだから。

だが彼女はそれを一切行わず、ずっとここで待っていた。やはり、気がかりだったのだろう。


そして、それは勇者アリシャも同じ。眠ってしまったさくらを抱いたまま、微動だにせず、ずっと竜崎が出てくるのを待っていた。加えて、出てきた瞬間のあの素早い動き…。

やはり彼女達は、竜崎の身が心配で心配で仕方なかったのである。





「ありがとねぇ…2人共…。キヨトを助けてくれて…」

むっくり体を起こしながら、お礼を述べるソフィア。さくらも続いて最大級の感謝を込めた言葉と礼を送った。

「いえ…! 私達こそ、リュウザキ先生のお役に立てて…。…そう…、本当に…お役に立てれて…良かっ…た…」

ソフィアにそう返すマーサ。と、その瞬間であった。彼女はフラッと倒れかけたのだ。

「マーサ…、よく頑張ったな…!」

それをしっかり支えたのはシベル。普段なら悪口の一つでも言いそうな彼が、マーサを素直に褒めたのだ。そして彼女を反対側のベンチへと座らせ、自らもその横に腰かけた。


「…失礼を、ソフィアさん…。こいつは、ずっとリュウザキ先生の呪い沈静化に全力を注いでいたんです…。なにせ聖魔術は呪いと対を成し、沈静化に最も必要となる魔術ですので…」

自身の足をマーサの枕代わりにし、そう説明するシベル。なるほど、竜崎の全身の傷や血液不足からなる症状も酷いものだが、最も問題だったのは彼の『呪い』であろう。


今まで数多の医師や魔術士が力を貸しても消滅せず、ニアロンと賢者でさえ手を焼いた恐るべき呪い。それを安全な領域まで収めるのは至難の技。

きっと半日かかった手術中、彼女は片時も離れず聖魔術を行使をしていたのだろう。そして、そう言うシベルも。

無理やり気を張っているようだが、さくらの目から見ても、明らかに疲労の色が見えていた。今にも倒れて眠り始めそうなほどに。




「しかし…マーサの言う通りだ…。本当に、力になれて良かった…」

落ちかける首を、おでこに手をやることで無理やり支えながら、シベルはそう漏らす。さくらは、その言葉が少し気になっていた。


先程から2人揃って、それをやけに繰り返しているのだ。勿論彼らは竜崎の教え子。その思いは当然かもしれないが…。

「…そうか…。お前には、話したことなかったか…」

さくらの表情を読んだらしく、シベルは口を開く。そして深呼吸をし、教えてくれた。

「俺達が治癒魔術士を志した理由…。それは、リュウザキ先生の助けとなるためなんだ…。有事の際…丁度今回みたいな時に、治療に馳せ参じるために。今までの恩返しのために、な…」

そう語る彼の顔、そして伏しているマーサの顔は、疲れていながらも晴れ晴れとした、どこか嬉しそうな表情であった。






「そのおかげで助かったわい、2人共。見事な連携治療じゃった」

と、遅れて手術室から出てきたのは賢者ミルスパール。やれやれと凝った身体を伸ばし叩きながら。

「「賢者様…!」」

起き上がり姿勢を正そうとするシベル達を、彼は手で制す。そしてこう続けた。

「今日はゆっくり休んでくれい。ブラディ学園長のヤツには話を通してあるからの。なんなら、明日も休みでも構わんと」

「有難うございます…」

代表し、シベルが頭を下げる。と、ミルスパールは俄かに表情を引き締めた。

「お前さん達なら何も心配はないじゃろうが…一応、もう一度伝えておこう。先に勧告した通り、此度の件は他言無用。箝口令かんこうれいじゃ」


そのまま彼は、さくら達の方へと顔を向ける。そして同じ口調で続けた。

「さくらちゃん、ソフィア。お前さん達もじゃ。これは学院最高権力としてのワシの命令であり、学園長命でもあり、王命でもある。破るならば、投獄もあると心得よ」

…ま、そんなことしやせんじゃろうがのぅ。と、へちょっと表情を柔らかくするミルスパール。そして更に口を開いた。

「…事態が重すぎるんじゃ。【英雄】竜崎が瀕死の重傷を負い、一時的とはいえ危険な呪いが解放されてしまった。加えて禁忌の魔導書が一冊と、神具の鏡が奪われておる。下手に民へと漏らすと、悪戯に混乱と恐怖を呼ぶだけじゃからの」


「…っ…ごめん…なさい…」

ミルスパールの言葉に、さくらは縮こまり謝る。しかし、彼は笑った。

「ふぉっふぉっ。さくらちゃんに罪はないわい。悪いのはあの魔術士共じゃからの。そう気に病んではいかんぞい。それに…」

「取り返せば良いだけの事。よね、ミルスの爺様?」

「むぅ…、良いトコを奪ってくれるな…ソフィアよ……」







「さて。シベル、マーサ。その調子だとまともに帰れないじゃろう。仮眠室が開いておる、多少休んでから帰るがよい」

ミルスパールにそう促され、再度頭を下げるシベル達。と、彼らは恐る恐る手を挙げた。

「は…はい…。ですが…あの…」
「リュウザキ先生の容体確認を…お見舞いがてら…」

「また今度にせい。お前さん達まで倒れたらリュウザキが泣くぞい。それに…じゃろうからな…。ほれ、運んでやろう」

有無を言わせず、賢者は魔術詠唱。シベル達の身体を宙に浮かす。そのまま彼らはどこかへと飛ばされていってしまった。



「―よし、と。さ、ソフィア、さくらちゃん。リュウザキの病室へ行くとするかの」

そう言い、歩き出すミルスパール。さくら達も急ぎその後に続くのだった。

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