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―救いの手―
352話 漆黒の魔術紋
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眩しいほどに紫光を放っていた獣人の魔術紋。それが今や、僅かな塗り残しもなく、漆黒に染まっている。
加えて、彼の全身から湧き上がるはドス黒きオーラ。それは失った輝きを補うかの如く、巨躯を包みおぞましく揺れ動く。
ソフィアの機動鎧が黒曜石のような黒くも輝きを放っている外観ならば、獣人のそれはまさに『闇を秘めた』―。その言葉がこれ以上なく当てはまるほどの、禍々しさすら感じ取れる晦冥なる威容。
獣人は、まさに化物然とした姿へと変貌したのである。
「ガアォオオオッッッッ!!」
再度、咆哮を轟かせる獣人。と、彼はそのまま、勢いよくラケットを握る手を振り上げ―。
「フウッッ!!」
そのまま、地面へと叩きつけた。
ゴッッッッッッッッッッッッッ!!!
瞬間、堅い地面にクレーターのような巨大な凹みができる。賢者の障壁を容易くぶち破り、大穴を開けたのだ。
否、それだけではなかった。
ビキキキキキキキキキッッッッッッ!!
獣人を中心に、猛然とした勢いで地割れが周囲へと走っていく。それは先の激突で出来た亀裂群をも呑み込み、広きこの場全ての地面、及び壁の悉くを砕いた。
しかし、それだけにはとどまらない。
ボゴァッッッッ! ゴゴォォッッッ!
突如その地割れのあらゆる箇所から、光の衝撃波が次々と噴出しだす。まるで噴火時のマグマのようなそれは、割れた地面を軽々と噴き上げ、その場の光景を瓦礫の地へと変え始めた。
「むう…!?今の一撃で、竜脈が励起したのか…! なんという…!」
障壁を張り直しながら、大きく顔を歪ませる賢者。竜脈…魔力流れる地脈が異常をきたしたらしい。
「不味いの…。この勢いじゃと…いずれ巨大な爆発を引き起こすぞい…!」
先程まで悠揚気味であった彼も、俄かに焦った表情に。それほどまでに危険な状態であった。
「じ…い…さん…。俺の…ことは…いい…から…」
竜崎もその危険度を理解したのか、そう口にする。だが、それを遮るように―。
―ふざけたこと言うな!この馬鹿!馬鹿清人!―
叫んだのは、今まで治療に専念していたニアロン。流石に黙っていられなかったのだろう。今にも頬を引っぱたいてきそうな勢いで竜崎をキッと睨んだ。
「ニアロンの言う通りじゃ。さっきも言ったじゃろ、最優先事項はお前さんじゃよ」
賢者もまた、ニアロンに乗じる。と、彼はそらんじた。
「お前さんの肺には折れた肋骨が刺さり、背骨にも亀裂が入っておる。腕や足を始めとした各所もボロボロじゃ。腹部には大きな貫通刺傷があり、出血多量。極めつけに消すことの出来ぬ破滅の呪いが復活、全身を蝕みかけ、今や痛覚も麻痺し始めとると来た」
そこでふぅ…と息を吐いた賢者。そのままビシリと言い放った。
「ある程度応急治療こそ済んでおるが、とても転移魔法陣をくぐれるほどの余裕はない。下手すれば、転移中…いや、そこに移動するまでの間に力尽きるだけじゃぞ」
「…ぅ…」
「そのために保護魔術をかけようとしておる。…それが呪いに干渉し、成立が阻害されておるのは言った通りじゃ。もう少しなんじゃがな…!」
そう残し、再び治療へと戻る賢者。竜崎は血に濡れた顔を沈鬱に歪ませ、ただ勇者達の戦いを眺めることしかできない。
そして、それはさくらも同じであった。彼女もまた、何も出来ぬ無力感に潰されながら、事の成り行きを見るしかできないのだ。
「うっ…! しっかり鎧の調整機構は機能してるってのに…!とんでもない魔力の濃さ…! もう瘴気ってレベルじゃない…!」
機動鎧に乗るソフィアは、眉根を寄せていた。それは、周囲の魔力量についてである。
地下深くにある竜脈から直に噴き出した魔力。その量は凄まじいものであった。もはやその場の空気は、常人であれば咳き込んでしまうほどの淀みとなっている。
そして、ここまで濃い魔力の場合、警戒しなければいけないことがある。それは『魔力酔い』。高濃度の魔力を身体の許容限界以上に取り込んでしまった場合に起きる身体異常である。
ここに居る面子で、魔術を使えぬ『常人』であるソフィアはそれに最も注意しなければならなかった。魔術を使えぬ者は魔力の体内保持可能量が十中八九少なく、ソフィアもそれに当てはまっているからである。
このような時のために鎧に取り付けてある機構も、あまりの濃さに効果が弱っている。立ち回りによっては、戦闘不能になりかねない。どう動くべきか算段を立てようとする彼女だが…。
「―! ソフィア!」
アリシャの声がソフィアの顔を叩く。ハッと顔をあげた彼女が見たのは―。
「ガルゥウウアッッ!!」
常闇の拳を迫らせる獣人の姿であった。
ドガァッッッッッッ!!
「きゃぁっ!」
悲鳴をあげるソフィア。彼女乗る機動鎧は、先程神具の鏡に打たれた時以上に大きく吹き飛ばされる。
「っ…! 明らかに力が、大幅に上がって…! ―!?」
「ガァアアアッッ!」
立て直そうとした機動鎧に、獣人は追撃。―いや、それは追撃というよりも、獲物に止めを刺そうとする猛獣のそれ。
「ガルゥッッ!」
「ぐぅ…! ッ! 嘘…!?」
機動鎧の頭部を掴み、腹を穿ち抜かん勢いで殴りつける獣人。すると、次第に機動鎧の装甲が凹んだではないか。神具の鏡でようやく凹んだ、神樹の根のそれが。
「させない―!」
と、そこにアリシャが乱入。切り伏せる勢いで剣を振るが―。
「ガァッ!」
なんと、獣人は掴んでいた機動鎧を、軽々とアリシャへ投げつけたではないか。
「っ―!」
即座に攻撃を止め、機動鎧を受け止めるアリシャ。そこへ間髪入れず―。
「ガルルァ!」
神具を振り回す獣人が。アリシャは対処に動こうとするが、僅かに遅れ―。と…。
「『シールドシステム』最大出力っ!!」
先に出たのは、ソフィア。無事な片腕にある機構を最大限に発揮。反対側が見通せぬほどに厚い障壁を張った。
バキャアッッ!! バツンッ…
しかし神具の激突凄まじき。一瞬で極厚の障壁は砕け散り、大元の機構も叩き潰されてしまった。だが、それで充分であった。
「はっ!」
「グゥッ…!」
アリシャの剣が閃く。残念ながら獣人はガードしたものの、注意は完全に逸れた。またも怒涛の如く剣戟を交わし始める2人に、立ち上がったソフィアも加わっていく。
「ガァアアアアアッッッッ!!」
「くっ…!」
「なにこれ…さっきまでと桁違い…!!」
だが…戦況は芳しくなかった。先程まで弱り切っていたはずの獣人が、今や烈火暴風…否、それをも凌ぐ暴力の奔流のような気勢を誇っているのだ。
立ち回りも、大きく変わっている。先程までも力任せではあったものの、技と呼べる動きが幾度も見られた。
しかし、今はまるで獣そのもの。背にいる魔術士の存在を忘れ、断ち切られている腕すらも武器と化し、猛り狂っている。
踏みしめ、蹴りを出す足は激突する度に瓦礫となった地面を更に砕き、振り回される闇を湛えし4本の腕は、鎌鼬を引き起こす。不用意に近づけば、たちどころに木の葉の如く吹き飛ばされるであろう。
但し正気を失っているからか、動きに隙が増えている。だが、それは勇者達にとってほとんど利にはならなかった。
なぜなら、勇者に切られようと、機動鎧に殴られようと、獣人は一切怯まずに戦闘を続けているのだ。まるで、痛みという概念をどこかへと捨て去ったかのようでもある。
恐らく、手足の肉が削げ骨が潰れようとも、獣人は目の前の敵を屠るために暴れ続けるであろう。その姿は、呪薬で化物に変貌させられた動物達と重なっていた。
なんとか仕留めるには、急所を狙うしかない。しかし、攻撃はそこまで届かない。糸口を探し出せず、勇者達は次第に追い詰められていく―。
そんな折である。一人、動いた者がいた。それは―。
「さ…くらさん…」
倒れ伏す竜崎であった。
「…えっ…。 は、はい…!何ですか竜崎さん…!?」
呼ばれたさくらは、ビクッと背を震わせ答える。なにも出来ないと打ちひしがれていたところに声をかけられ、驚いたのだ。
一体何を、こんな私に何を…。ごくりと息を呑むさくらに向け、竜崎は握ってもらっていた、力が失われかけの手を伸ばした。
「指輪を…貸して…くれない…か…?」
加えて、彼の全身から湧き上がるはドス黒きオーラ。それは失った輝きを補うかの如く、巨躯を包みおぞましく揺れ動く。
ソフィアの機動鎧が黒曜石のような黒くも輝きを放っている外観ならば、獣人のそれはまさに『闇を秘めた』―。その言葉がこれ以上なく当てはまるほどの、禍々しさすら感じ取れる晦冥なる威容。
獣人は、まさに化物然とした姿へと変貌したのである。
「ガアォオオオッッッッ!!」
再度、咆哮を轟かせる獣人。と、彼はそのまま、勢いよくラケットを握る手を振り上げ―。
「フウッッ!!」
そのまま、地面へと叩きつけた。
ゴッッッッッッッッッッッッッ!!!
瞬間、堅い地面にクレーターのような巨大な凹みができる。賢者の障壁を容易くぶち破り、大穴を開けたのだ。
否、それだけではなかった。
ビキキキキキキキキキッッッッッッ!!
獣人を中心に、猛然とした勢いで地割れが周囲へと走っていく。それは先の激突で出来た亀裂群をも呑み込み、広きこの場全ての地面、及び壁の悉くを砕いた。
しかし、それだけにはとどまらない。
ボゴァッッッッ! ゴゴォォッッッ!
突如その地割れのあらゆる箇所から、光の衝撃波が次々と噴出しだす。まるで噴火時のマグマのようなそれは、割れた地面を軽々と噴き上げ、その場の光景を瓦礫の地へと変え始めた。
「むう…!?今の一撃で、竜脈が励起したのか…! なんという…!」
障壁を張り直しながら、大きく顔を歪ませる賢者。竜脈…魔力流れる地脈が異常をきたしたらしい。
「不味いの…。この勢いじゃと…いずれ巨大な爆発を引き起こすぞい…!」
先程まで悠揚気味であった彼も、俄かに焦った表情に。それほどまでに危険な状態であった。
「じ…い…さん…。俺の…ことは…いい…から…」
竜崎もその危険度を理解したのか、そう口にする。だが、それを遮るように―。
―ふざけたこと言うな!この馬鹿!馬鹿清人!―
叫んだのは、今まで治療に専念していたニアロン。流石に黙っていられなかったのだろう。今にも頬を引っぱたいてきそうな勢いで竜崎をキッと睨んだ。
「ニアロンの言う通りじゃ。さっきも言ったじゃろ、最優先事項はお前さんじゃよ」
賢者もまた、ニアロンに乗じる。と、彼はそらんじた。
「お前さんの肺には折れた肋骨が刺さり、背骨にも亀裂が入っておる。腕や足を始めとした各所もボロボロじゃ。腹部には大きな貫通刺傷があり、出血多量。極めつけに消すことの出来ぬ破滅の呪いが復活、全身を蝕みかけ、今や痛覚も麻痺し始めとると来た」
そこでふぅ…と息を吐いた賢者。そのままビシリと言い放った。
「ある程度応急治療こそ済んでおるが、とても転移魔法陣をくぐれるほどの余裕はない。下手すれば、転移中…いや、そこに移動するまでの間に力尽きるだけじゃぞ」
「…ぅ…」
「そのために保護魔術をかけようとしておる。…それが呪いに干渉し、成立が阻害されておるのは言った通りじゃ。もう少しなんじゃがな…!」
そう残し、再び治療へと戻る賢者。竜崎は血に濡れた顔を沈鬱に歪ませ、ただ勇者達の戦いを眺めることしかできない。
そして、それはさくらも同じであった。彼女もまた、何も出来ぬ無力感に潰されながら、事の成り行きを見るしかできないのだ。
「うっ…! しっかり鎧の調整機構は機能してるってのに…!とんでもない魔力の濃さ…! もう瘴気ってレベルじゃない…!」
機動鎧に乗るソフィアは、眉根を寄せていた。それは、周囲の魔力量についてである。
地下深くにある竜脈から直に噴き出した魔力。その量は凄まじいものであった。もはやその場の空気は、常人であれば咳き込んでしまうほどの淀みとなっている。
そして、ここまで濃い魔力の場合、警戒しなければいけないことがある。それは『魔力酔い』。高濃度の魔力を身体の許容限界以上に取り込んでしまった場合に起きる身体異常である。
ここに居る面子で、魔術を使えぬ『常人』であるソフィアはそれに最も注意しなければならなかった。魔術を使えぬ者は魔力の体内保持可能量が十中八九少なく、ソフィアもそれに当てはまっているからである。
このような時のために鎧に取り付けてある機構も、あまりの濃さに効果が弱っている。立ち回りによっては、戦闘不能になりかねない。どう動くべきか算段を立てようとする彼女だが…。
「―! ソフィア!」
アリシャの声がソフィアの顔を叩く。ハッと顔をあげた彼女が見たのは―。
「ガルゥウウアッッ!!」
常闇の拳を迫らせる獣人の姿であった。
ドガァッッッッッッ!!
「きゃぁっ!」
悲鳴をあげるソフィア。彼女乗る機動鎧は、先程神具の鏡に打たれた時以上に大きく吹き飛ばされる。
「っ…! 明らかに力が、大幅に上がって…! ―!?」
「ガァアアアッッ!」
立て直そうとした機動鎧に、獣人は追撃。―いや、それは追撃というよりも、獲物に止めを刺そうとする猛獣のそれ。
「ガルゥッッ!」
「ぐぅ…! ッ! 嘘…!?」
機動鎧の頭部を掴み、腹を穿ち抜かん勢いで殴りつける獣人。すると、次第に機動鎧の装甲が凹んだではないか。神具の鏡でようやく凹んだ、神樹の根のそれが。
「させない―!」
と、そこにアリシャが乱入。切り伏せる勢いで剣を振るが―。
「ガァッ!」
なんと、獣人は掴んでいた機動鎧を、軽々とアリシャへ投げつけたではないか。
「っ―!」
即座に攻撃を止め、機動鎧を受け止めるアリシャ。そこへ間髪入れず―。
「ガルルァ!」
神具を振り回す獣人が。アリシャは対処に動こうとするが、僅かに遅れ―。と…。
「『シールドシステム』最大出力っ!!」
先に出たのは、ソフィア。無事な片腕にある機構を最大限に発揮。反対側が見通せぬほどに厚い障壁を張った。
バキャアッッ!! バツンッ…
しかし神具の激突凄まじき。一瞬で極厚の障壁は砕け散り、大元の機構も叩き潰されてしまった。だが、それで充分であった。
「はっ!」
「グゥッ…!」
アリシャの剣が閃く。残念ながら獣人はガードしたものの、注意は完全に逸れた。またも怒涛の如く剣戟を交わし始める2人に、立ち上がったソフィアも加わっていく。
「ガァアアアアアッッッッ!!」
「くっ…!」
「なにこれ…さっきまでと桁違い…!!」
だが…戦況は芳しくなかった。先程まで弱り切っていたはずの獣人が、今や烈火暴風…否、それをも凌ぐ暴力の奔流のような気勢を誇っているのだ。
立ち回りも、大きく変わっている。先程までも力任せではあったものの、技と呼べる動きが幾度も見られた。
しかし、今はまるで獣そのもの。背にいる魔術士の存在を忘れ、断ち切られている腕すらも武器と化し、猛り狂っている。
踏みしめ、蹴りを出す足は激突する度に瓦礫となった地面を更に砕き、振り回される闇を湛えし4本の腕は、鎌鼬を引き起こす。不用意に近づけば、たちどころに木の葉の如く吹き飛ばされるであろう。
但し正気を失っているからか、動きに隙が増えている。だが、それは勇者達にとってほとんど利にはならなかった。
なぜなら、勇者に切られようと、機動鎧に殴られようと、獣人は一切怯まずに戦闘を続けているのだ。まるで、痛みという概念をどこかへと捨て去ったかのようでもある。
恐らく、手足の肉が削げ骨が潰れようとも、獣人は目の前の敵を屠るために暴れ続けるであろう。その姿は、呪薬で化物に変貌させられた動物達と重なっていた。
なんとか仕留めるには、急所を狙うしかない。しかし、攻撃はそこまで届かない。糸口を探し出せず、勇者達は次第に追い詰められていく―。
そんな折である。一人、動いた者がいた。それは―。
「さ…くらさん…」
倒れ伏す竜崎であった。
「…えっ…。 は、はい…!何ですか竜崎さん…!?」
呼ばれたさくらは、ビクッと背を震わせ答える。なにも出来ないと打ちひしがれていたところに声をかけられ、驚いたのだ。
一体何を、こんな私に何を…。ごくりと息を呑むさくらに向け、竜崎は握ってもらっていた、力が失われかけの手を伸ばした。
「指輪を…貸して…くれない…か…?」
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