【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

文字の大きさ
上 下
352 / 391
―救いの手―

351話 確固たる決意

しおりを挟む
何故、勇者アリシャは手を止めてしまったのか。難敵を、愛する者竜崎を傷つけた外道を、屠り去る絶好の機会だったというのに。

恐らくその直接の理由は、『アリシャが魔術士の顔を認めた』…つまり認識したことであろう。



確かに彼女は、戦闘開始から今まで魔術士の顔をまともには見ていなかった。獣人とのぶつかり合いに集中しており、そもそも接敵時点ではまだ魔術士の顔は幻惑魔術に覆われ隠されていた。

その後である。その戦闘の隙を突き動いたソフィアと賢者が魔術士を捕え、彼の顔を暴いたのは。その際アリシャ達は離れたところで戦闘していて、見える位置ではなかった。


但しそれ以降、幾度かアリシャが魔術士に接近をした瞬間はあった。獣人を追い込んだ際、ソフィアを守った際―。だがその時は、機動鎧や獣人の巨体に上手く隠され見えるものではなかった。

加えて、魔術士は顔を出来る限り顔を伏せ隠していたのだ。既に賢者達にはバレている顔を、何故か。



しかし実際のところ、アリシャは魔術士の顔はおろか獣人の顔も全く気にしてはいなかった。『竜崎に重傷を負わせた憎き相手』。それだけで戦うには充分であったのだ。

だから、奇妙にも自身と同じ強化魔術紋を浮かべる獣人に驚きこそすれ、魔術士のほうは無視に近い状態であったのだが…。



そんな彼女が、魔術士の顔を見て攻撃をストップしてしまった。勇者としての初戦闘相手だと気づいたからだろうか。

当時と毛色や顔の様子が変わり、異形へと転じた獣人。それと比べ、魔術士は20年前の面影をほぼ完璧に残している。ならば、その反応も頷ける…。


…いや、それにしては少々様子がおかしい気が。アリシャは『かつて戦った敵との再会への驚き』という理由だけで手を止めたわけではないように見える。

それこそもっと、反射的な…ともすれば何かの力に強制されたかのような…。





―ともあれ、勇者が動きを止めてしまった僅か数瞬。それが獣人達の命運を分けた。


「ッ! ぐぅおっらッ…!」

獣人は、手にしていたラケットの角度を無理やり変える。当然、鏡の反射向きも変わる。

すると、ソフィアの放っている簡易型収束魔導術砲が弾かれ細かくなった光の粒が、勇者へと襲い掛かった。


神具の鏡を以てして、獣人の巨体を容易く押し込む強力無比なレーザービーム。その欠片である光の粒もかなりの力が籠っていた。

周囲の壁や床にそれが当たる度、賢者の張った障壁にはビキビキビキと微細な亀裂が走っていく。当たれば散弾の如く身に刺さるであろうそれを、勇者は回避せざるを得なかった。


更に―。

「オォオ…どりゃああああッッ!」

大きく気合を入れ、獣人は紫光湛える腕…ラケットを握っている腕を真上に弾き上げる。当たっていたビームはある程度の形を残したまま、天井に激突。そのまま障壁ごと貫通し、穴を開けた。

そしてその隙を利用し、獣人は身を横に閃かせる。多少毛が焼かれたものの、ビームからの脱出を果たしてしまった。




「やばっ…! うっ…しかも丁度照射終了…!」

泡を食うソフィア。それと同時に片腕から放たれていたビームは細り、消えていく。

「どうせ腕は壊れてるし…!冷却を後回し、機動鎧再起動。マジックミサイル粘着弾装填、発射!」

即座に対処に移った彼女は、機動鎧からマジックミサイルを放つ。それは天井に開いた穴へとぶつかり、弾頭のトリモチで蓋をした。


「クソッ…!」

一旦距離を取る獣人。天井に開いた穴は自身が通るには小さく、面倒な封をされてしまった。それにビームを耐えた影響で、極度の疲労が襲っていたのだ。


その隙に、ソフィアはアリシャと合流。と、彼女は少し驚いた。何故かアリシャが、少し呆けていたのだ。

「えっ、どうしたのアリシャ!?」

ソフィアの問いに、アリシャは答えない。ただ、ぼーっと獣人達を見つめるだけ。しかし、数秒後―。

「……でも、キヨトを傷つけたんだから…」

そう静かに呟くアリシャ。そして、キッと表情を変えた。

「今度は…逃がさない…!!」

確固たる決意を感じられる台詞を残し、彼女は剣を手に突撃。ソフィアは困惑しながら、急ぎ後を追うのであった。







「く…クソがあッ…阿婆擦れがぁっ…! あんな男に…リュウザキの野郎に…股開きやがってぇ…!!」

再度迫りくる勇者に対して、中傷の言葉を吐き散らす魔術士。そのまま更に幾つかの黒刃を展開した。

獣人も先程の余りを呼び寄せ、戦闘態勢をとる。だが―。


「はっ!」
「いい加減、倒れなさいよ!」

「ぐおっ……」

片や五体満足+怒りを身に宿した勇者。片や片腕が使用不可だが、まだそれ以外は無事な強固なる機動鎧。そんな強敵相手に、武器代わりの巨大氷を壊され疲労し始めた獣人は防戦となるしかなかった。


しかし、彼はただ疲れていただけではなかった。






「ぐっ…! うおおおおおっ!」


一際大きく神具の鏡を振り回し、勇者達を弾く獣人。そのまま彼は大きく距離を取る。と―。


「―ごっ…ゴフォッ…」

突然片膝をつき、うずくまる獣人。なんと、口から血を吐いたではないか。

「…ぐぅ…う…。…もうそろ…限界かよ…。クスリ…やり過ぎたぜ……!」

彼はそう呟く。一本で手のひらサイズのネズミ達を人間大の化物へと変貌させる『生命力強化暴走』の呪薬。それの投与など、元々危険な行為であったのだ。

いや、それでも数本程度ならば、後日反動あれども問題はなかった。少なくとも獣人達はそんな口ぶりだった。


問題は、竜崎との戦闘で既に何本か使用していたこと。そして勇者と相対した際に、大量の呪薬を同時投与したということ。ぶっ続けで戦っていた彼にも、とうとうドーピングの悪影響が出てしまったのである。



「ハァ…ハァ……。 チッ…!せっかくの…勇者との決闘だっつのに…! やっとの…念願だっつのに…!!」

ギリィと歯を鳴らす獣人。その隙間から漏れ出している血が、まるで彼の悔しさを表しているかのようにポタリポタリと垂れる。

そんな口腔を、彼はカッと開く。そして、確固たる決意が籠った大声を放った。

「兄弟ぃい……! を…使うぜ…! 後は…託したぞ!」






「なっ…! 待てテメエ…!」

「クスリで身体が不安定になっている今がチャンスだからなぁ…! 正気で勇者のヤロウを倒せねえのは癪だがよ…!」

魔術士の制止を流し、狂気的な笑みを浮かべる獣人。次の瞬間、彼の上半身はだらりと力なく崩れる。

気を失ったかのようにも見える、あからさまな隙。勇者達がそれを逃すわけなく、剣と剛腕の一撃が襲い掛かり―。


と、その瞬間だった。






「グ…ルルル…グルルルォオオオッッッ!!!」

突如響き渡るは、猛獣の咆哮。それと同時に、獣人の全身からは神具同士の激突に比肩するほどの波動が放たれた。

「…っ!」
「なっ、なにっ…!?」

受け身を取りつつ、アリシャとソフィアは距離を取る。その間に、獣人はゆっくりと身体を戻し―。


「「「―っ!?」」」

この空間にいる、魔術士以外の全員が驚愕した。やや前屈気味の獣人の顔からは人らしさが消え、まるで獣のように。瞳の色も消え、白目の如く。

これだけでも正気を失っているということがわかるのだが、それ以上に異質さを放っている箇所があった。


それは、獣人の全身に走る魔術紋。勇者アリシャと同じそれが、紫の輝きを放っていたそれが…。


「黒…に…!?」

思わず、さくらは口にしてしまった。そう、黒に―。


獣人の魔術紋は、光を呑み込まんばかりの漆黒へと変貌していたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スローライフとは何なのか? のんびり建国記

久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。 ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。 だけどまあ、そんな事は夢の夢。 現実は、そんな考えを許してくれなかった。 三日と置かず、騒動は降ってくる。 基本は、いちゃこらファンタジーの予定。 そんな感じで、進みます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...