【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

文字の大きさ
上 下
348 / 391
―救いの手―

347話 氷牢の逆用

しおりを挟む
「ゼエりゃあアアアアッッ!!!」

ビリビリと響き渡る雄叫びをあげ、地を裂きながら巨大氷を引き抜く獣人。中に溜まっていた元転移装置の瓦礫は、空いた下の隙間からガラガラと零れだしていく。


氷の高位精霊フリムスカが作ったその氷の柱は、何人をも寄せ付けぬほどの硬度を誇る。それが一切の繋ぎ目なく、氷塊となっていたのだ。恐らく、今の獣人が破壊しようと試みても、そこそこの時間は必要とするだろう。

…だが、地面はどうか。確かに常人では砕けぬほどに固くはあるが、先程までの戦闘が示す通り、獣人の彼ならば容易く割ることが可能。

加えて賢者の障壁も、数秒前の神具の激突により亀裂が入った。フリムスカが消滅し、氷の権能も消え去った今、もはや獣人にとって氷の柱は柔らかな土に刺し込まれている杭の如く。引き抜くのは他愛もないことであった。




「でっけえがよ…!こりゃあ良い武器になるぜェ!!」

意気揚々と吼える獣人。彼はただでさえ巨躯…今ソフィアが動かしている、人ひとりの身体が容易く入るサイズの機動鎧とほぼ同等の体躯をしている。

そんな彼を優に凌ぐほど、氷の柱は大きい。内部が空洞となっているとはいえ、重量もかなりのものとなるだろう。人を簡単に圧殺できるほどに。

だがそれを、獣人はいとも容易く振り回す。両手で、片手で、まるで大剣の使い心地を確かめるように。

…さくらや装置を守っていた『氷牢』たる氷。それが今や、獣人の武器となってしまったのだ。それ即ち、あの恐るべき硬質さが敵に回ってしまったということである。





「オラァ!」

直後である。動きの兆候が視認できぬほどの勢いで、手にした巨大氷で周囲を薙ぎ払う獣人。その広い攻撃範囲の中には、怯んでいた賢者が。

「ぬうっ…!」

間一髪、身を地へつかんばかりに避け躱す賢者。が―。

「ウオリャァ!」
「ぬ…!? くっ…!」

ドゴッ!

重量のある氷の遠心力を利用し、獣人は回転蹴りを放つ。それにより賢者は宙に蹴り上げられる。更に…!

「おぅらよっっ!」

カッッッッ!!

「ぐぉっ…!!?」

追撃とばかりに飛んできたのは、神具の鏡の一撃。回転する独楽のような動きの連続攻撃である。強かに打たれた賢者は、そのまま壁へと吹き飛ばされた。





「ミルスの爺さまっ!?」

少し遅れ、身の竦みから解放されたソフィアは叫ぶ。壁に激突する直前に魔術で急ブレーキをかけた賢者の様子にホッと息を吐いた…その瞬間であった。

「余所見してると死ぬぜェ!」

「はっ!!?」

彼女の目の前に、獣人が手にしていた巨大氷が投げ飛ばされてきていた。




「ちょっ…! し、『シールドシステム』!」

魔術士を握り遠ざけていた腕を使うのは間に合わない、そのことを一瞬で判断したソフィア。空いていたもう片椀の障壁発生装置を緊急再起動させる。

ゴッッッ! ガガガガガッッ!

「ちょおおおおおっ…!!!」

氷は勢いよく激突し、機動鎧は一気に押し込まれる。が、質量的には同程度であること、反射的に吹かしたブースターが幸いし、ソフィアはなんとか事なきを得た。


「ふぅ…。 ――!どこに…!?」

安堵の息を半分ほど吐いた彼女は、あることに気づき残りの息を呑んだ。岩を投げてきたはずの獣人の姿が、視界のどこにもないのだ。と、刹那―。


「中に腕が通ってんなら、引っ込めときなぁ!」

背後付近から響き渡る獣人の声。ソフィアが弾かれたように機動鎧の顔を動かした…その瞬間であった。

「どぅらア!」

魔術士を掴んでいる機動鎧の腕。そこに向け、獣人が神具の鏡を振り下ろしていた。




ビキィッッ!

かち合った瞬間、盛大な音を立てる機動鎧の腕。数瞬遅れ、肘から先がバキリと折れ落ちた。が、何故か獣人は驚愕の声を漏らした。

「おぉ!? 結構力籠めたんだが…!」

魔術士ごと地に転がった機動鎧の腕、そこの一部が、僅かに凹んでいた。神具の鏡が叩きつけられた個所である。

対戦争用にエルフが編み出した防壁の素材。それにソフィアの加工技術が加わった装甲は、神具の一撃にも耐え抜けるほどであった。…しかし、耐え切れなかったのは関節部分。

操作用の神経代わりとなる魔術糸を通すため、駆動域を広げるため。当然ながら関節部分の装甲、及び強度は極端に低くならざるを得ない。

故に、折れてしまうのは必定であった。寧ろ、あらゆるものを砕き跳ね返す神具&岩や上位精霊の硬質な鱗や高位精霊の盾すらをも穿ち抜く剛力を前に、それだけで済んだことを褒め称えるべきであろう。





「いよっと。無事か兄弟?」

「テ…テメエ…!」

「喋れるなら問題ねえな」

動力を失い拘束が弱まった機動鎧の折れ腕から、即座に魔術士を引きずり出す獣人。悪態をつく魔術士に、彼は肩を少し竦める。


「このっ…!」

と、その隙を突きマジックミサイルを撃ち出そうとするソフィア。が、発射口が開くよりも先に―。

「遅えよ!」

獣人による紫光の力を湛えた神具の鏡ラケットが、機動鎧の胴を勢いよく打擲ちょうちゃくした。


ドカアッッッ!
「うぐっ……!」

重装甲の機動鎧が、まるで大人に蹴り飛ばされた子供の如く地へと転がる。なんとか起き上がろうとするソフィアの元に、巨大氷、神具ラケット、そして魔術士を掴んだ獣人が瞬時に迫り―。

「ブンブン飛び回られても邪魔だしな。寝ときなぁ!」

巨大氷をハンマーのように振り下ろした…その瞬間であった。






「させないっ!!」

ガキッッッ!!


突如乱入してきた小さな影に、氷の一撃は防ぎとめられる。その正体は勿論―。

「アリシャ…!」


声をあげるソフィア。そう、彼女を守るように間に入ってきたのは、『勇者』アリシャ。そして…その巨大氷を止めた神具の剣には、燃え盛る炎が宿っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スローライフとは何なのか? のんびり建国記

久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。 ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。 だけどまあ、そんな事は夢の夢。 現実は、そんな考えを許してくれなかった。 三日と置かず、騒動は降ってくる。 基本は、いちゃこらファンタジーの予定。 そんな感じで、進みます。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...