【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

文字の大きさ
上 下
345 / 391
―救いの手―

344話 機動鎧の素材

しおりを挟む
「…やったかしら?」

マジックミサイルが破裂し、もうもうと上がる煙の中を窺うソフィア。一応、狙いは逸らした。正しく狙ったのは、魔術士の乗騎である化物ネズミ。

肝心の魔術士に向けたのは、数発程度。それも急所を大きく外し、手足を狙った。上手くいっていれば、動けなくなった彼が地に転がっているははずである。

だが、そこに残っていたのは…魔術士の苦しむ姿ではなかった。



「…氷…!」

驚くソフィア。ミサイルが注がれていたのは、転移装置の瓦礫を包むフリムスカの氷にであった。いや正しくは…。

「中に…!」

氷に開いていた穴、そこを塞ぐように、絶命した化物ネズミの遺骸が。薄く見える内部では、魔術士が荒い呼吸を浮かべていた。



既にニアロンによる障壁が消えていた今、魔術士にとってフリムスカの氷穴は絶好の隠れ家となってしまった。彼は辛うじてそこに逃げ込むことに成功したのだ。

マジックミサイルも、高位精霊の氷を砕けるほどの性能はない。一部は凍てつく表面を撫で、残りは穴の入り口へと集中した。

それを防ぐように、魔術士は乗っていた化物ネズミを肉壁としたのである。これにより、全てのミサイルが防がれてしまった。




「ずる賢い奴ね…。ま、でも…追い詰めたわよ!」

肩を竦め、ガシュンと着地するソフィア。そう、彼女の言う通り。

ミサイルを対処するために、氷の中に身を隠したは良かった。確かに硬き氷は、盾のように魔術士を守ってくれた。

だが、それが終わった今、彼は閉じ込められたも同義。氷は檻の如く。転移して逃げようにも、彼にはその余裕が既にないのだから。


「よいしょっと…!大人しく捕まりなさいな!」

化物ネズミの遺骸を退かし、機動鎧の身をかがめ、中にいる魔術士を掴みとろうと手を伸ばすソフィア。これで完全決着…。

と、その時だった。


ドスッッ

「え…?」

思わぬ衝撃に、小さく声を漏らすソフィア。ゆっくりと視線を下ろすと…機動鎧の胸には黒槍が。竜崎の身を貫いたそれと、同じ物が。

魔術士が撃ち出したその槍は、ソフィアの身体を機動鎧ごと―。






「は…!?」

直後、素っ頓狂な声をあげたのは魔術士であった。槍は、機動鎧を貫けてはいなかった。

否、それどころではない。槍先が…肉をいとも容易く穿てるほどに鋭利なる箇所が…なんと、ではないか。




「あっぶなー…! 何すんのよ!」

まるでちょっとした石ころを投げられたかのような反応を示し、混乱している魔術士を引きずり出すソフィア。ギリギリと万力のように締められる機動鎧の手の中で、魔術士は言葉を漏らした。

「な…なんだ…オマケ女…! なんだその…ガラクタの…表面は…!」

「ハッ!ガラクタだなんて酷い事言うわねぇ! でも良いわよ、教えたげる!」

勝ち誇ったようなソフィアは、ガシュウと機動鎧を鳴らし、その問いに答えた。

「この機動鎧の素材は、『神樹ユグドルの根』。20年前の戦争時、エルフの国の周りに生やされた、あの巨大な牙のような根っこよ!」






エルフの国、『ラグナアルヴル』。かつての大戦時…竜崎達が活躍したあの戦いの時、かの国は種族の持つ特殊な事情で中立を保った。

その際、魔界軍も人界軍も国に近寄らせぬよう、一つの策を講じた。それが、『国の周りに防衛陣として、特殊な壁を張ること』である。

そこで使われたのは、ラグナアルヴルの中心に聳える天を衝く巨大樹、『神樹ユグドル』の力。かの樹の根を伸ばし、国の周囲全てを取り囲むように生やしたのだ。


茨姫の城よりも重厚に、巨大に、邪悪に生えたその根には、特別な力が籠められた。神樹ユグドルの持つ力、そしてエルフに伝わる魔術の合わせ技により、『物理攻撃を弾く堅牢さ』と『魔術攻撃を霧散させる特性』が付与されたのだ。 



だが、それが役立ったのも戦時のみ。既に戦いは終わり、根の防衛陣は無用の長物と成り果ててしまった。

ならば、壊すのみ。しかし、それは途轍もない難行であった。生半可な…いや、一流の腕、技、力、それらを持つ人や道具でも、簡単には砕けない。軍隊の総攻撃を受けてもびくともしないほど、それは頑強であった。

それ故に、勇者が…一流を凌ぐ、化物のような力を持つ彼女が解体作業を手伝っていたのだ。専用の魔術が備えられた特製の斧を手に。



…ここで一つ、疑問が生じる。叩き切られた根はどうなったか、である。

あらゆるものを弾くそれは、当然加工も碌にできない。つまり流通させることはできなかった。

それ以前に、そもそもが濃い魔術を湛えた危険物。エルフの王女主導の元、魔術の解呪を始めとした処理が行われていた。


だが、その一部はある者の手に渡っていたのだ。それがソフィア…『才気煥発たる巧の者』の元にである。




「えっらい苦労したわよ、加工するの。キヨトやアリシャ、ミルスの爺様達の力を借りただけじゃなく、他の技術屋面々にも助力をお願いしたし。エルフ達やドワーフ達なんかには国ぐるみでの協力をしてもらったしね!」

骨が折れたと言わんばかりに、そして実に嬉しそうに語るソフィア。その声は少女のような歓喜と、少年のような興奮が入り混じっていた。


…とはいえ、そんな匠泣かせの恐るべき代物を加工しきるのだから、やはり彼女は稀代の職人。予言に選ばし存在に相応しいのであろう。






「ク…クソアマがァ…!」

悶える魔術士。瞬間、機動鎧の肩部がジャキンと開き、大量のマジックミサイルが顔を覗かせた。

「ったく、減らず口は消えないわね。そのよく見えない顔、吹っ飛ばしてあげましょうか?」

ソフィアの言葉に応じるように、ミサイルは全て靄がかる魔術士の顔へと狙いを定めた。

と、その時だった。


「その必要はないぞい、ソフィアや。それはワシに任せい」

老爺の声と共に、機動鎧の上に誰かがスタリと降り立つ。それは、『賢者』ミルスパール・ソールバルグであった。

「へっ!?ミルスの爺様!? いつの間に!? キヨトは!?」

「ちょいと転移してきたんじゃよ。安心せい、とりあえずの応急処置は終えた。流れ出た血も、魔術である程度補填したわい。ただ、それも精々が数十分保つかじゃが…」

ソフィアにそう返した賢者は、一旦そこで言葉を切る。そして、杖を構え―。

「正体を見せよ!」

魔術士の顔をゾッと削るように、振った。すると…




ズズ…ズズズ…

彼の顔の靄が…ゆっくりと、消滅し始めたではないか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スローライフとは何なのか? のんびり建国記

久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。 ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。 だけどまあ、そんな事は夢の夢。 現実は、そんな考えを許してくれなかった。 三日と置かず、騒動は降ってくる。 基本は、いちゃこらファンタジーの予定。 そんな感じで、進みます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...