【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

文字の大きさ
上 下
339 / 391
― 奪われる』―

338話 天井の穴

しおりを挟む
「えっ…」
―なっ…―

風の障壁を解除した直後、竜崎から投げつけられた言葉に戸惑うさくら達。先程の『ノウムで無差別攻撃』ですら承服しかねる命令だったのに、今度は『天井の穴から外に出ろ』とは。

それは、誰が聞いても『脱出しろ』と同義であろう。当然、さくら達もそう理解した。竜崎をこの場に残し、2人だけで抜け出せという意味なのだと。

そしてそれは、正しい。遠目からでも、竜崎がその覚悟を決めているのがわかってしまったのだから。



―嫌……!―

思わず叫ぼうとするニアロン。だがそれを、再度の竜崎の声が制した。

「『早くしろと…言ってるだろ…! もう…抑えきれない…!』」


彼が日本語で叫んだ通り、『禁忌の捕縛魔術』とされる拘束は弱り始めていた。上手く使い慣れていないからか、魔力が極端に弱ってしまっているからか、その両方か。理由は恐らく、先程の禁忌精霊術と同じであろう。

先程『血の精霊』は血だまりの中に溶け消え消滅したが、この捕縛魔術には別の症状が現れていた。堅牢かつ、弾性もある特殊な材質の拘束縄は、秒単位で黒みを増し、固まり歪み始めた。まるで乾き出した血のように。

もはやあと数分もかからぬ内に、弱っている魔術士ですら簡単に引き剥がせるものに変貌してしまうだろう。事実、獣人の方は拘束を千切りかけている。

もしニアロンが攻撃をしかけようとも、魔術士はともかく獣人は本気で拘束から外れ、立ち向かってくるのは明白。そこに気を取られればさくらが傷つくだけではなく、その隙に解放された魔術士が竜崎を殺すかもしれない。

故に、残された手段は…

「『今の内が…最後のチャンスだ…! 行くんだ…!!』」

―くっ…!―

竜崎の言葉を、『策がある』という台詞を信じ、従うことだけであった。彼の元に再び戻ってこられることを信じて。





「来やがるか…!」

動き出した空中のシルブに、警戒を強める獣人。しかし―。

「…あん?」

少女と霊体を乗せた風の上位精霊は、自分達に目もくれず一直線に飛んでいくではないか。


「ハッ…! 見捨てられたか…リュウザキィ…!」

同じくそれを見ていた魔術士は嘲笑う。しかし、竜崎は無言。そんな彼に向け、魔術士はハンッと鼻を鳴らした。

「…よくわからねえが、お前とあいつらさくら達が何かを会話してたのぐらいわかる…。何か、やる気だな…!」

そう睨み、魔術士は未だ竜崎の懐に入ったままの、魔導書を掴んだ手に力を入れる。すると、少し動いた。拘束がかなり緩くなってきているのだ。

魔導書さえ奪えば、全てが終わる。竜崎から何を仕掛けられようが、逃げるだけ。なんなら、『何か』が起こる前にブチ殺すことすら可能なのである。


全ては、この一手で決まる。魔術士は更に力み、魔導書を引っ張り出そうと試みる。と―。

「…! テメエ…!」

声を荒げる魔術士。魔導書を掴む自らの腕を、竜崎が掴んできたのだ。


しかし竜崎の腕は、獣人との戦闘で既にボロボロ。ほとんど握力をかけられない状態である。実際、魔術士の腕にかかっている竜崎の力は、か弱い少女未満であった。

正直、何の障害にもならないほど。だが、竜崎はそれでも抗った。引かれていく魔術士の腕を、自身の方向へと必死に引き寄せる。

「クソが…!無駄なことを…!」

苛立つ魔術士。もし拘束されていなければ、竜崎の呪いが周囲へ悪影響を与えるものでなければ、間違いなく手を出していただろう。

だが今はそれが出来ない。怒りを溜めるしかない魔術士だが…その時、妙なことに気づいた。

「リュウザキ…お前どこを見て…」


竜崎の視線が、おかしかった。睨み合うわけでもなく、背後で拘束を逃れようと暴れる獣人を警戒するでもない。彼が見つめているのは空中。

その先は魔術士が開けた天井の大穴。未だ幾体もの魔獣が落ちてくるそこを、丁度突風が…シルブが飛び出していった瞬間であった。

「よし…」

小さく笑う竜崎。そして一転、顔を引き締め…。

「『ノウム』!」

力尽きて動かぬはずの、土の上位精霊の名を呼んだ。





「…グ…ググググ…!」

直後、倒れていたはずの岩が…ノウムが動き出す。消えていた目は光り、猛り唸る。ひび割れ砕けかけの全身は、黄土色の輝きを放ち始めた。

彼は力を使い過ぎて倒れていたのではない。竜崎の密命により、わざと『死んだふり』をし、力を溜めていたのだ。


「なに…!?」
「生きてんのかよ…!」

未だ拘束されたままの魔術士と獣人は、俄かに慌てる。獣人は既に腕一本が自由となっている。どんな攻撃でもなんとか凌げるだろう。

だが、魔術士が防ぎきれるかは怪しい。獣人は彼を守るため、なんとか抜け出そうと足掻きを強めた…瞬間…!


「グググ!」

ノウムの4つの目が強く輝き、周囲へと放射的な光が放たれる。それはドーム全体を数秒包み…。直後―。

ゴゴ…ゴゴゴゴゴ…!!

なんと、転がっていた岩々が…浮き上がり始めたのだ。




魔術士達が砕いた屋根の瓦礫、壁の破片、床の大岩…あらゆる『岩』が持ち上がり、浮遊する。

それはノウムの意思、竜崎の命に従い飛んでいく。その先は…つい先程さくら達が抜け出した天井の大穴。

いや、それだけではない。魔術士が開けた破壊痕を、獣人が開けた侵入孔を、この場に入ってくる入口を。この広いドーム状空間に空いた穴…外界と通じる場所の悉くをではないか。


「は…!?」
「何してんだ…!?」

思わぬ行動に唖然とする魔術士達。あっという間に穴は全て塞がり…

「グ…グ…」

バキ…サラ…サラサラ…

ノウムは今度こそ力尽き、身を砂と変え消滅していった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スローライフとは何なのか? のんびり建国記

久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。 ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。 だけどまあ、そんな事は夢の夢。 現実は、そんな考えを許してくれなかった。 三日と置かず、騒動は降ってくる。 基本は、いちゃこらファンタジーの予定。 そんな感じで、進みます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...