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― 奪われる』―
338話 天井の穴
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「えっ…」
―なっ…―
風の障壁を解除した直後、竜崎から投げつけられた言葉に戸惑うさくら達。先程の『ノウムで無差別攻撃』ですら承服しかねる命令だったのに、今度は『天井の穴から外に出ろ』とは。
それは、誰が聞いても『脱出しろ』と同義であろう。当然、さくら達もそう理解した。竜崎をこの場に残し、2人だけで抜け出せという意味なのだと。
そしてそれは、正しい。遠目からでも、竜崎がその覚悟を決めているのがわかってしまったのだから。
―嫌……!―
思わず叫ぼうとするニアロン。だがそれを、再度の竜崎の声が制した。
「『早くしろと…言ってるだろ…! もう…抑えきれない…!』」
彼が日本語で叫んだ通り、『禁忌の捕縛魔術』とされる拘束は弱り始めていた。上手く使い慣れていないからか、魔力が極端に弱ってしまっているからか、その両方か。理由は恐らく、先程の禁忌精霊術と同じであろう。
先程『血の精霊』は血だまりの中に溶け消え消滅したが、この捕縛魔術には別の症状が現れていた。堅牢かつ、弾性もある特殊な材質の拘束縄は、秒単位で黒みを増し、固まり歪み始めた。まるで乾き出した血のように。
もはやあと数分もかからぬ内に、弱っている魔術士ですら簡単に引き剥がせるものに変貌してしまうだろう。事実、獣人の方は拘束を千切りかけている。
もしニアロンが攻撃をしかけようとも、魔術士はともかく獣人は本気で拘束から外れ、立ち向かってくるのは明白。そこに気を取られればさくらが傷つくだけではなく、その隙に解放された魔術士が竜崎を殺すかもしれない。
故に、残された手段は…
「『今の内が…最後のチャンスだ…! 行くんだ…!!』」
―くっ…!―
竜崎の言葉を、『策がある』という台詞を信じ、従うことだけであった。彼の元に再び戻ってこられることを信じて。
「来やがるか…!」
動き出した空中のシルブに、警戒を強める獣人。しかし―。
「…あん?」
少女と霊体を乗せた風の上位精霊は、自分達に目もくれず一直線に飛んでいくではないか。
「ハッ…! 見捨てられたか…リュウザキィ…!」
同じくそれを見ていた魔術士は嘲笑う。しかし、竜崎は無言。そんな彼に向け、魔術士はハンッと鼻を鳴らした。
「…よくわからねえが、お前とあいつらが何かを会話してたのぐらいわかる…。何か、やる気だな…!」
そう睨み、魔術士は未だ竜崎の懐に入ったままの、魔導書を掴んだ手に力を入れる。すると、少し動いた。拘束がかなり緩くなってきているのだ。
魔導書さえ奪えば、全てが終わる。竜崎から何を仕掛けられようが、逃げるだけ。なんなら、『何か』が起こる前にブチ殺すことすら可能なのである。
全ては、この一手で決まる。魔術士は更に力み、魔導書を引っ張り出そうと試みる。と―。
「…! テメエ…!」
声を荒げる魔術士。魔導書を掴む自らの腕を、竜崎が掴んできたのだ。
しかし竜崎の腕は、獣人との戦闘で既にボロボロ。ほとんど握力をかけられない状態である。実際、魔術士の腕にかかっている竜崎の力は、か弱い少女未満であった。
正直、何の障害にもならないほど。だが、竜崎はそれでも抗った。引かれていく魔術士の腕を、自身の方向へと必死に引き寄せる。
「クソが…!無駄なことを…!」
苛立つ魔術士。もし拘束されていなければ、竜崎の呪いが周囲へ悪影響を与えるものでなければ、間違いなく手を出していただろう。
だが今はそれが出来ない。怒りを溜めるしかない魔術士だが…その時、妙なことに気づいた。
「リュウザキ…お前どこを見て…」
竜崎の視線が、おかしかった。睨み合うわけでもなく、背後で拘束を逃れようと暴れる獣人を警戒するでもない。彼が見つめているのは空中。
その先は魔術士が開けた天井の大穴。未だ幾体もの魔獣が落ちてくるそこを、丁度突風が…シルブが飛び出していった瞬間であった。
「よし…」
小さく笑う竜崎。そして一転、顔を引き締め…。
「『ノウム』!」
力尽きて動かぬはずの、土の上位精霊の名を呼んだ。
「…グ…ググググ…!」
直後、倒れていたはずの岩が…ノウムが動き出す。消えていた目は光り、猛り唸る。ひび割れ砕けかけの全身は、黄土色の輝きを放ち始めた。
彼は力を使い過ぎて倒れていたのではない。竜崎の密命により、わざと『死んだふり』をし、力を溜めていたのだ。
「なに…!?」
「生きてんのかよ…!」
未だ拘束されたままの魔術士と獣人は、俄かに慌てる。獣人は既に腕一本が自由となっている。どんな攻撃でもなんとか凌げるだろう。
だが、魔術士が防ぎきれるかは怪しい。獣人は彼を守るため、なんとか抜け出そうと足掻きを強めた…瞬間…!
「グググ!」
ノウムの4つの目が強く輝き、周囲へと放射的な光が放たれる。それはドーム全体を数秒包み…。直後―。
ゴゴ…ゴゴゴゴゴ…!!
なんと、転がっていた岩々が…浮き上がり始めたのだ。
魔術士達が砕いた屋根の瓦礫、壁の破片、床の大岩…あらゆる『岩』が持ち上がり、浮遊する。
それはノウムの意思、竜崎の命に従い飛んでいく。その先は…つい先程さくら達が抜け出した天井の大穴。
いや、それだけではない。魔術士が開けた破壊痕を、獣人が開けた侵入孔を、この場に入ってくる入口を。この広いドーム状空間に空いた穴…外界と通じる場所の悉くを埋め始めたではないか。
「は…!?」
「何してんだ…!?」
思わぬ行動に唖然とする魔術士達。あっという間に穴は全て塞がり…
「グ…グ…」
バキ…サラ…サラサラ…
ノウムは今度こそ力尽き、身を砂と変え消滅していった。
―なっ…―
風の障壁を解除した直後、竜崎から投げつけられた言葉に戸惑うさくら達。先程の『ノウムで無差別攻撃』ですら承服しかねる命令だったのに、今度は『天井の穴から外に出ろ』とは。
それは、誰が聞いても『脱出しろ』と同義であろう。当然、さくら達もそう理解した。竜崎をこの場に残し、2人だけで抜け出せという意味なのだと。
そしてそれは、正しい。遠目からでも、竜崎がその覚悟を決めているのがわかってしまったのだから。
―嫌……!―
思わず叫ぼうとするニアロン。だがそれを、再度の竜崎の声が制した。
「『早くしろと…言ってるだろ…! もう…抑えきれない…!』」
彼が日本語で叫んだ通り、『禁忌の捕縛魔術』とされる拘束は弱り始めていた。上手く使い慣れていないからか、魔力が極端に弱ってしまっているからか、その両方か。理由は恐らく、先程の禁忌精霊術と同じであろう。
先程『血の精霊』は血だまりの中に溶け消え消滅したが、この捕縛魔術には別の症状が現れていた。堅牢かつ、弾性もある特殊な材質の拘束縄は、秒単位で黒みを増し、固まり歪み始めた。まるで乾き出した血のように。
もはやあと数分もかからぬ内に、弱っている魔術士ですら簡単に引き剥がせるものに変貌してしまうだろう。事実、獣人の方は拘束を千切りかけている。
もしニアロンが攻撃をしかけようとも、魔術士はともかく獣人は本気で拘束から外れ、立ち向かってくるのは明白。そこに気を取られればさくらが傷つくだけではなく、その隙に解放された魔術士が竜崎を殺すかもしれない。
故に、残された手段は…
「『今の内が…最後のチャンスだ…! 行くんだ…!!』」
―くっ…!―
竜崎の言葉を、『策がある』という台詞を信じ、従うことだけであった。彼の元に再び戻ってこられることを信じて。
「来やがるか…!」
動き出した空中のシルブに、警戒を強める獣人。しかし―。
「…あん?」
少女と霊体を乗せた風の上位精霊は、自分達に目もくれず一直線に飛んでいくではないか。
「ハッ…! 見捨てられたか…リュウザキィ…!」
同じくそれを見ていた魔術士は嘲笑う。しかし、竜崎は無言。そんな彼に向け、魔術士はハンッと鼻を鳴らした。
「…よくわからねえが、お前とあいつらが何かを会話してたのぐらいわかる…。何か、やる気だな…!」
そう睨み、魔術士は未だ竜崎の懐に入ったままの、魔導書を掴んだ手に力を入れる。すると、少し動いた。拘束がかなり緩くなってきているのだ。
魔導書さえ奪えば、全てが終わる。竜崎から何を仕掛けられようが、逃げるだけ。なんなら、『何か』が起こる前にブチ殺すことすら可能なのである。
全ては、この一手で決まる。魔術士は更に力み、魔導書を引っ張り出そうと試みる。と―。
「…! テメエ…!」
声を荒げる魔術士。魔導書を掴む自らの腕を、竜崎が掴んできたのだ。
しかし竜崎の腕は、獣人との戦闘で既にボロボロ。ほとんど握力をかけられない状態である。実際、魔術士の腕にかかっている竜崎の力は、か弱い少女未満であった。
正直、何の障害にもならないほど。だが、竜崎はそれでも抗った。引かれていく魔術士の腕を、自身の方向へと必死に引き寄せる。
「クソが…!無駄なことを…!」
苛立つ魔術士。もし拘束されていなければ、竜崎の呪いが周囲へ悪影響を与えるものでなければ、間違いなく手を出していただろう。
だが今はそれが出来ない。怒りを溜めるしかない魔術士だが…その時、妙なことに気づいた。
「リュウザキ…お前どこを見て…」
竜崎の視線が、おかしかった。睨み合うわけでもなく、背後で拘束を逃れようと暴れる獣人を警戒するでもない。彼が見つめているのは空中。
その先は魔術士が開けた天井の大穴。未だ幾体もの魔獣が落ちてくるそこを、丁度突風が…シルブが飛び出していった瞬間であった。
「よし…」
小さく笑う竜崎。そして一転、顔を引き締め…。
「『ノウム』!」
力尽きて動かぬはずの、土の上位精霊の名を呼んだ。
「…グ…ググググ…!」
直後、倒れていたはずの岩が…ノウムが動き出す。消えていた目は光り、猛り唸る。ひび割れ砕けかけの全身は、黄土色の輝きを放ち始めた。
彼は力を使い過ぎて倒れていたのではない。竜崎の密命により、わざと『死んだふり』をし、力を溜めていたのだ。
「なに…!?」
「生きてんのかよ…!」
未だ拘束されたままの魔術士と獣人は、俄かに慌てる。獣人は既に腕一本が自由となっている。どんな攻撃でもなんとか凌げるだろう。
だが、魔術士が防ぎきれるかは怪しい。獣人は彼を守るため、なんとか抜け出そうと足掻きを強めた…瞬間…!
「グググ!」
ノウムの4つの目が強く輝き、周囲へと放射的な光が放たれる。それはドーム全体を数秒包み…。直後―。
ゴゴ…ゴゴゴゴゴ…!!
なんと、転がっていた岩々が…浮き上がり始めたのだ。
魔術士達が砕いた屋根の瓦礫、壁の破片、床の大岩…あらゆる『岩』が持ち上がり、浮遊する。
それはノウムの意思、竜崎の命に従い飛んでいく。その先は…つい先程さくら達が抜け出した天井の大穴。
いや、それだけではない。魔術士が開けた破壊痕を、獣人が開けた侵入孔を、この場に入ってくる入口を。この広いドーム状空間に空いた穴…外界と通じる場所の悉くを埋め始めたではないか。
「は…!?」
「何してんだ…!?」
思わぬ行動に唖然とする魔術士達。あっという間に穴は全て塞がり…
「グ…グ…」
バキ…サラ…サラサラ…
ノウムは今度こそ力尽き、身を砂と変え消滅していった。
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