【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

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― 大切なものが ―

327話 化物

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「がぁっ…!?」

腕を断ち切られた獣人は顔を苦悶に歪める。手先はラケットを握りしめたまま、溢れ出る鮮血と共に地に落ちた。

大将首竜崎の突出に気を抜いたのが悪かった。返ってきたのは手痛い反撃。いくらラケット型に改良されているとはいえ、原型である鏡を今まで使ってきたのは竜崎なのだ。どこにどう攻撃を当てれば反射されまいかは熟知している。


だが、そんな竜崎も無事では済んでいない。

「ぐっ…」

彼は杖を取り落とし、腕を押さえる。相手獣人は絶好調の上位精霊を拳一つで穿つ豪傑。受け流しをしたとはいえ、諸にその一撃を食らったのだ。

当然、腕の骨はイカレる。杖を持てないほどに。だが竜崎は、それを承知で攻撃を受け、自身の腕を犠牲に獣人の片腕を落としたのである。

まさに、『肉を切らせて骨を断つ』。自己犠牲の果ての荒業であった。



ともあれ、作戦は成功。後は獣人の反撃に気を配り、ラケットを回収するだけ。その反撃の対処のため、竜崎は即座に手を無理やり形作りガードを固め警戒する。

気をつけるべきは、もう片腕の一撃と、足蹴。それさえ凌げば離脱は可能…。

が、その刹那の出来事であった。



「あ…ぐぅう…ぐぅおおおっっら!!!!」

獣人の咆哮ともとれる叫びと共に、彼の赤いローブが背からビリリと裂けていく。そこから姿を現したのは…。

「…!!? 腕…!?」

見開かれた竜崎の目に映ったのは、同じく筋骨隆々の、紫の術紋走る一対の腕だった。


『複腕』…!獣人のガタイの良さには、そんな理由が…! 化物…! 突然雪崩れ込んできた事象に思考を逸らしてしまう竜崎。そこへ無情にも、新たに現れた腕が弧を描き―。

「しまっ…!」
ドゴッ!

竜崎の身体を凶悪に殴りつけた。



「がっ…!」

無事な片腕でも、足でもない、思わぬ方向からの一撃。竜崎は反応間に合わず、胸に直撃を貰う。

その威力は凄まじく、またも彼その身ごと吹き飛ばされた。フリムスカによって巻かれた、氷のギプスを粉にして散らしながら。



「嘘…リュウザキ…!!」

主の惨事に、フリムスカもまた大きな隙を曝してしまう。そこを―。

「余所見してんじゃねえぜ!」

獣人が、腕の一本を紫に輝かせ殴り掛かる。その手には拾い上げた、先程切り落とされた腕付きのラケットが。

「…!!」

フリムスカは急ぎガードを試みるが、時は既に遅し。張られた氷の障壁はラケットにより全て打ち砕かれ…

バギャァ!
「きゃあっ…!」

フリムスカの片腕から、胸の中心に至るまでを容易く砕き飛ばした。


「リュウザキ…お逃げに…!」

フリムスカは顔を歪めながら、主へと言葉を残す。直後―

「トドメだ!」

ゴッッ

返す刀で振られたラケットにより、フリムスカの頭は消し飛ばされる。彼女の身体は氷の破片となり、消滅していった。





「ハァ…ハァ…ハァ…勇者のヤロウに…とっておきたかった奥の手を使わせるたぁ…! 伊達に予言の存在に選ばれたわけじゃねぇってか…!」

召喚体とはいえ、高位精霊を叩きのめしたのだ。勝ち誇っても良いだろう。しかし、獣人は呼吸を荒くしたまま。

それもそのはず、彼も被害が大きい。片腕は切断され、片腕は超強化により暫くは使えない。そして、隠し玉である複腕までもお披露目してしまった。

されども、神具のラケットはその手にあり。彼は痛む腕に千切ったローブの端で応急処置を施し、ラケットにしがみついていた自分の腕を懐に丁重に仕舞った。



「やってくれるじゃねぇかリュウザキ…。あん時ガキがこうも強くなるか…!」

肩で呼吸をしながら、ズチャリズチャリと歩む獣人。行く先は、離れた地面に転がった竜崎の元。


「ぐっ…がはっ…」

地に這いずるようにしながら、竜崎は血を吐いていた。幸い、フリムスカ製の胸ギプスによって最悪の事態は免れた。しかし、その衝撃で折れていた肋骨が肺にでも刺さったのだろうか、呼吸もまともに出来ないほどになっていた。

「今回は俺の勝ちだ…兄弟の欲しがってるブツ、貰ってくぜ」

そんな彼に、獣人は手を伸ばす。懐にある、魔導書を奪い取るためである。が…

「くっ…」
パシッ

その手を、竜崎は弱弱しく叩く。獣人は気づいた。弱っているはずの彼が僅かに向けた目に、未だ反抗の意志が色濃く残っていることを。

「…へっ、大したもんだぜ…。 …殺しゃあしねえよ、お前も、あのガキさくらもよ。『戦士へ敬意を表す』ってやつか? お前をそんだけ痛めつけりゃあ、勇者のヤロウの怒りを誘うには充分だしな」

もし兄弟が殺そうとしても、止めてやるからよ。そう言いながら獣人は再度手を伸ばす。しかし、その度に竜崎は弾く。なんとしても渡さないと言わんばかりに。

「…はぁ。しゃーねえなぁ…。ちょっと気を失ってろ」

仕方なしと肩を竦め、ラケットを握り直す獣人。竜崎の頭に狙いを定め…。

と、その時であった。


―それ以上清人に触れるなっ!!―

ドゴッ!
「うぁっ…!?」

突如、背後から声が響き、獣人の横っ面は殴られる。軽くふらついた彼が見たその正体は、、大人姿のニアロンであった。
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