【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

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― 大切なものが ―

324話 変わり始めた旗色

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何故、このような事態に。竜崎達はおろか、精霊フリムスカですらも理解できずに顔をおののかせる。

確かに直前まで、さくらは近くにいた。僅かな一瞬、獣人が身を犠牲にするかのように突撃をして来た刹那の間、ニアロンが思わず竜崎の身に移ってしまったあの時から、さくらは離れた氷獄の中に囚われてしまったのだ。


一方のさくらもまた、凍てつく冷気に包まれながらつい先ほどのことを思い出していた。

獣人が身を翻し飛び込んできた際、自身は思わず目をつぶってしまった。しかしその瞬間、僅かに『何者かに触れられた』感触があったのだ。そして獣人の紫の輝きに混じるように、別の光も。

次に目を開けた時には、守ってくれていた竜崎達とは遠く離れた氷の、装置の中。当然、転移したくてここに来たわけではない。むしろ、まるで勝手に転移したかのような…

「―! まさか…!?」

ハッと顔をあげるさくら。その時であった。氷の外から、掠れながらも勝ち誇った、魔術士の笑い声が聞こえてきた。




「くっくっくっ…ハッハッハッ…! ハァ…ハァ…ようやくお前を出し抜いたぞ…リュウザキ…!」

疲労を顔に浮かべながら、にやりと笑う魔術士。その姿は今にも地に倒れそう。よほど魔力を使った様子。

「お前…もしかして…!」

竜崎もまた、それで何が起きたかを理解したらしい。それに応えるように、魔術士は自信満々に答えた。

「あぁ…!そうだよ…! お前らがそのケモノ獣人の戦っている間に、俺は装置の術式を弄った! そして、転移魔術の受付先にしたんだよ! そしてさっき…隙を見てガキをここに飛ばしてやった…!」

ざまあみろ、そう言わんばかりの魔術士は氷に包まれた装置を指さす。どうやら彼は獣人を囮にさくらの元へと赴き、装置の元に転移させたらしい。彼は更に言葉を続けた。

「お前らがこのガラクタ転移装置で何をしようとしてたかなんて興味すらねえが…これが『禁忌の転移魔術』だということは知ってる…なら、時間さえあれば中身の術式を書き換えることぐらい容易いんだよ…! でな…!」

獣人乱入後、矢継ぎ早に繰り広げられていた戦闘。竜崎達がその対処に追われている隙に、魔術士は策を練り、隠れながら動いていたということか。狙われないのを良いことに。

負わされた怪我、獣人の圧倒的な力とそれによる精神的な動揺…それらにカモフラージュされ竜崎達は気づくことが出来なかった。まさか…帰るための方法が逆手にとられてしまうとは…。



魔術士の言葉に強く唇を噛む竜崎。そんな彼に、ニアロンは恐る恐る謝った。

―すまん清人…お前の言う通りにしておけば…―

「いや…お前は悪くない。俺を守ってくれたんだから…」

そうニアロンを宥める竜崎。しかし彼は彼女の方を見ぬまま、拳を強く握りながら絞り出すように呟いた。

「俺はなんとかなったんだ…。さくらさんについていて欲しかった…」

小さな声ながらも、怒りと悲しみが入り混じっていることが雄弁に伝わってくる。普段、相手を責めることのない竜崎がここまで言うとは、それほどまでに憤りを感じているという事。

しかしながら自分の身を守ってくれた友に罵声を浴びせることなんて出来ず、かといえ呑み込むには余りにも重すぎる。故に漏れてしまった一言だということはニアロンにも理解できていた。

―すまない…―

彼女もただ、そう返すしかなかった。友を失いたくないがための行動が、こんな窮地を招くとは。そんな沈鬱になった空気を打破させるように、フリムスカは気丈に振舞った。

「大丈夫ですわ!リュウザキ、ニアロン。相手はかなりダメージを負っているのですから!」



フリムスカが言う通り、魔術士は息も絶え絶え。とても二度目が出来るような様子ではない。そして、獣人は―。

「あ…ぐぅぅ…ぃ…ぅ…チクショウ…!」

丁度魔術士の横に跳び戻ってきた彼は苦しんでいる。先程強く輝いていた腕は、今やだらんと垂れ下がり焦げているかのよう。

更に、大量の氷弾を食らったせいで、その半身は既に氷漬け。強めの力を加えればたちどころに割れ砕かれてしまいそうなほど。しかも、今もなお氷の侵攻は止まらない。このままいけば氷像となるのも時間の問題である。

少女1人を転移させるために払った犠牲としては、あまりにも甚大。とても割に合わない。


「おい…早くしてくれ…! 感覚が無くなってきやがった…!」

と、獣人が魔術士へ必死に訴える。すると次の瞬間…。

ボゥッ!

獣人の身体が、火に包まれた。





「「「は…!?」」」

竜崎達は唖然。獣人が纏うローブよりも赤い業炎を放ったのは、魔術士であったのだ。

―あいつ…仲間を…!―

「いや…氷を溶かすためだろう…。だけど…」

ごくりと息を呑む竜崎。凍ったところだけをピンポイントで溶かすのならばわかる。だが、未だ凍っていない部分をも含んだ身体全体を燃やしたのだ。まるで焼却処分を行っているが如く。

あちい…! ぐおおっ…!」

揺らめく炎の中から獣人の悲鳴が響く。仲間を仲間と思わないような行動。このまま続ければ氷が解けるより先に身が焼け焦げるであろう。

が、その時であった。


「こんなもんで良いか…」

懐をゴソリと探る魔術士。取り出したのは…あの呪薬入りの注射器。それを―、燃え盛る獣人に向け突き刺した。

ドスッと音の次に、中身が獣人へと注入されていく。獣へと投与すれば、瞬く間に異形の怪物へと姿を変えるそれを、平然と。

「う゛…う゛ぉおおお…!」

直後、獣人は身体をガクガクと震わせる。火も同時に激しく揺れ、化け物への変貌が…

「ふんッッ!」

ゴォッ!

否、違う…! 気合一閃。強大な威圧の風が巻き起こり、獣人に纏わりついていた火が、残っていた氷が、全て吹き飛んだではないか。そこにいたのは―。

「あー…。 ったくよぉ兄弟…お前、もうちょっと俺に気を遣えっての」

首をコキコキと鳴らし、先程まで動かなくなっていた腕をぐりんと回す獣人であった。



「「「……!」」」

怪物化することはなく、寧ろ最高のコンディションに変貌した獣人に、もはや言葉すらも失う竜崎達。

加えて身体も多少増大したのか、獣人が纏う赤いローブの肩が張っているではないか。

「あーあ…とうとうクスリ投与まで追い込まれちまったぜ…効果が切れると数日は寝込むんだよな…」

ぶつくさ言う獣人。ニアロンは警戒しながら問うた。

―…何故怪物にならないんだ…?―

「あん? 俺は専用の改造を施されてるからな、寧ろ強化に―」

「おい…!」

魔術士に睨まれ、口を噤む獣人。ま、そういうことだと言うように彼は肩を竦めた。



予想外の展開である。弱っていたはずの脅威が、強化し復活するとは。冷や汗をにじませる竜崎を励ますように、フリムスカは宣言した。


「それがなんだというのです? その装置を包んだ氷は最硬級。いくら強化したとはいえ、人の身で壊せる代物ではありませんわ! 溶かせるのは、ワタクシだけ。寧ろさくらちゃんは安全ですわよ!」

たとえ砕けたとしても、壊しきるより先に新しく生成するだけですの。そう煽るフリムスカ。しかし、魔術士から思わぬ返答が返ってきた。

「壊す必要すらない。リュウザキ、よぉーく見ておけ」

その言葉と共に、彼の魔導書が輝く。その時であった。



ニュル…

「え…?」

氷の中、閉じ込められていたさくらは異音に気づき目を下にやる。そこにいたのは…。

「ー! スライム!」

先程の生き残りか、あるいは新たに召喚したのか。ずるりずるりと這っているのはさくらの手のひら大ほどの小さいスライム。それはペトリと身体にくっついてきた。

「やっ…!」

慌てて引き剥がそうとするさくら。しかし、あっという間に服の中へと。掻き出そうとも、手は呑みこまれ無効化される。そうこうしているうちにスライムは彼女の身体をまさぐり登り―。

「うもっ…!?」

口に滑り込み、喉へと。なんと、かかってきたではないか。
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