【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

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― 大切なものが ―

323話 硬き氷は檻となりて

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フリムスカの涼やかな指の音が辺りに響く。次の瞬間、驚くべきことが起こった。

パキキッ! ピキィッ!

離れた位置にあるはずの装置の下から、音を立て何かが生えてくる。それは、またもや氷。地下から獲物を丸呑みにする化物のように怒涛の勢いで現れたそれは、瞬く間に装置全体を包みあげた。

「あなた方、ワタクシを舐めておりませんこと? ワタクシは氷の支配者。望む場所に氷を作り出すこと程度、ケーキを頂くよりも簡単ですのよ!」

地面が水に濡れているから猶更ね。そうフリムスカは高笑いする。獣人達は地面を這い迫ってくる氷から逃げるため、その場から走り去るしかなかった。




「やっぱり駄目じゃねえかっ!」

氷弾飛び交い、氷刃襲い来る中を魔術士を抱えながら、跳び回る獣人は吼える。次第に追い詰められていく彼には焦りが見え始めていた。しかし、一方の魔術士は意外にも落ち着いていた。

「いいや……! 後は気取られないようにしろ…!」

「あぁ…? 何がだ?」

「その無駄にでかい耳で良く聞け…!」

「なんだよ……えぇ…?マジかよ…! わぁったよ、やるよ。ったく…」






「うーん…。意外とすばしっこいですわね…。アリシャ勇者のようですわ…」

追撃を続けているフリムスカは眉を潜める。相手が案外素早いのだ。氷の生成、方向指定、射出…流石にその全てをノータイムで行う事は出来ず、毎度すんでのところで躱されてしまう。

加えて、ニアロン達から『魔術士は確保して』と頼まれている。あまり大仰な攻撃は出来ないのだ。

と、そんな時だった。

「気をつけてフリムスカ! 奴ら、こっちに来る!」

いち早く気づいた竜崎が警鐘を鳴らす。その場にいた全員がハッと見ると、直前までこちらを窺うように動いていた獣人が烈火の如き勢いでこちらへと迫ってきているではないか。

「同じ手で来ても無意味ですわよ! 今度は氷の牢に閉じ込めてから、確実に撃ち抜いて差し上げますわ!」

フリムスカが手を振ると、空中に氷の檻が現れる。そしてそれは、獣人の道を塞ぎ閉じ込めるように降り注ぐ。

だというのに…獣人は全く足を止めないではないか。そして大きく片腕を引き、そのまま自ら檻の中へと。

「ったく…!これ使うとよぉ…腕が暫く使いもんにならなくなんだよ!」

その瞬間だった。獣人の引いた手が強く輝く。先程よりも強く眩いその紫光は、まるで鎌のように歪んで―

「オラァ!」

ザンッッ

檻を構成する氷の柱を、いとも容易く切り裂いた。




「「「なっ…!」」」

竜崎達は目を疑う。しかし、誰よりも驚いていたのはフリムスカであった。

「嘘…! さっき砕けなかった氷柱と同じ硬度ですのよ…! そんな…!」

―フリムスカ! 気を抜くな!―

ニアロンの声にハッとなったフリムスカ、檻を抜け出した獣人に対し即座に攻撃に転じる。だが…

「ぐぅ…! うおおおおっ!」

彼は氷弾をいくら身体に喰らっても、怯まずに突貫してくるではないか。あっという間に先程のように接近し、フリムスカも同じく対策のガトリングを―。

「狙いはテメエじゃねえんだよ、高位精霊サマ!」

「えっ…!」

獣人が直線コースならば間違いなくその身を細切れにしていたはずの氷弾幕。それは虚しく地を穿った。なんと、獣人は直前で足にも強化紋様を浮かばせ、勢いよく身を翻したのだ。

そのまま紫電を走らせつつ、身体を氷に蝕まれつつ向かった先は―。

「リュウザキ!テメエの首貰い受けるぜ!」

フリムスカの背後にいた竜崎だった。




「くっ…!」

フリムスカの氷の柱を叩き切った一撃に対し、障壁を張り防御を試みる竜崎。 と、その時だった。

―清人をこれ以上傷つけさせるか!―

さくらについていたニアロンが飛び出し、竜崎の身体へと戻る。そして、彼を守るために前に出た。

ギィンッ!

盛大な激突音が響き、バチバチと火花が散る。間一髪、ニアロンは防ぎ切った。直後、フリムスカの援護が入り、獣人は大きく退いていった。

―ふぅ…無事か清人…ついでにさっきしそびれた治療を…!―

息を吐き、くるりと竜崎へと向き直るニアロン。しかし、彼の表情は…

「嘘だろ…!」

これ以上ないほどに焦りに歪んでいた。


―どうした清人…! な…!?―

数瞬遅れ、ニアロンも理解する。事の重大さを。竜崎を守るため、竜崎の指示を破った結果を。何故ならば…

―さくらが…消えた…!?―

先程まで身を小さくし震えていた守るべき対象さくらが、自身らの背から忽然と姿を消していたのだから。




―どこだ、さくら!―

目を皿のようにし、辺りを見回すニアロンと竜崎。しかし、呼べども返答は帰ってこず。

と、そんな折、警戒を強化していたフリムスカが苦虫を嚙み潰したような声で訴えた。

「リュウザキ…あの装置を…」

フリムスカが指さす先…今は氷の鎧に包まれている、転移のための装置。その中に―。

「…………なんで」

神具ラケットを持ったまま放心状態の、さくらがへたり込んでいた。
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