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―『何かに襲われ ―

318話 大人の嘘

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(うわー…)

一連の脅迫合戦を目撃したさくら。彼女は内心驚き、疑問に思っていた。

竜崎は魔術士に内心を気取られるどころか、寧ろ何も負い目がないかのように堂々としている。事情を知るさくらから見ても、一瞬錯覚してしまうほどに。それほどまでの覚悟と凄味を感じ取れたのだ。

それが、驚き。そして疑問はというと…その竜崎の嘘のつきっぷりについてである。



そういえば、以前からそうであった。すぐに思い当たるのは、他の人達にさくらの出身を嘘つく際か。

気心の知れた相手以外、誰に話す際も彼は平然と嘘で誤魔化してきた。さくらが転移してきたエアスト村近辺の出身だとか、自分にもわからない凄い潜在能力を秘めた子だから連れてきたとか、僅かに真実を含めただけの偽りを違和感なく通してきた。

他にもゴスタリアやメストの近所の村の件、それこそ自分さくらに『帰れる方法』を隠していたことなど…なんというべきか、竜崎は秘密を包み隠すのがやけにのだ。

彼が先の戦争にその身を投じ、戦後も各地を飛び回り数々の問題を解決したというのはさくらも聞いている。きっと一筋縄ではいかない相手をそのような搦め手で対処したことだっていくらでもあるのだろう。『大人の嘘』というものなのかもしれない。

だが、それにしても…。 実際、深く問われれば事実を渋々応えることも多いから、そんな嘘が得意な人じゃないなのはわかる。なのに、一体何故なのだろうか。

そう首を捻るさくら。その思考を中断させたのはニアロンだった。


―さて、さくら。ちょっと準備しておけ―

「準備…?ですか?」

―あぁ。人は脅された場合、大体2パターンの反応に分かれる。一つは、屈し従うパターン。そしてもう一つは、逆上し僅かな可能性に賭けて出るパターンだ。そして、ああいう輩が選ぶのは勿論…―





「さあ、早くしろ。 これが燃えてもいいのか?」

煽る竜崎。既に魔導書からは僅かだが煙が上がり、表紙に小さく穴が開き始めた。もはや、燃え盛るのは時間の問題。と…。

「ふっ…」

小さく声を漏らす謎の魔術士。だがそれは笑い声ではない。わなわなと震えるような…。直後―。

「ふざけんじゃねえ!舐めやがって! ならテメエを仕留めて奪えば良いだけだ! 装置もぶっ壊してやる!」

血の唾を飛ばしながら怒り狂う魔術士。自分を脅した仕返しとばかりに、彼は魔導書を開き即座にスライムへ指示を送った。

「そのガラクタを潰せ!」


装置を包むスライムは、声に応じその身をプルルと震わせる。そして、中に取り込んだものを押し潰さんと力を籠め…。

「あぁ……?」

不信な声を漏らす魔術士。装置が、潰れないのだ。バキリとも、ミシリとも言わない。

「馬鹿な…!強化したスライムだ、あんな古ぼけた遺跡なぞ簡単にぶっ壊せるはず…!」

そう愕然とする魔術士に、竜崎は顎で軽く示した。

「よく見てみろ。スライムの奥、装置の表面だよ」




彼が示した転移装置の表面。魔力充填により変わらず光が灯っている―。

おや? よく見ると先程までとは別の輝きが見える。幾つもの細かな点滅、色とりどりのそれらは装置を包む膜のよう。あれは…。

「ザコ精霊共だと…!?」

魔術士が驚いた通り、そのカラフルな光の点滅の正体は全て精霊。光の玉のような下位精霊、妖精のような姿をした中位精霊、そんな彼らが大量に集まって装置の周りを取り囲んでいた。

そう、つまり…いつのまにか、精霊達がスライムの中に潜り込んでいたのだ。


しかし、ただ潜り込んでいるだけではなさそうである。先程も述べた通り、装置の周りを取り囲んでいる。そして、スライムの圧から守るように、何かバリアの様なものを張っているではないか。

「そうやって逆上することは読めていた。だから、精霊に壁を張って貰ったんだ。スライムが圧し潰せないぐらいのね。中位精霊達じゃあのスライムを倒すことは出来なくとも、ああやって守ることぐらいは出来る」

「ぐっ…!いつの間に…! さっきまで何も…ハッ!」

魔術士の顔は、何かを見つめる。それは先程自身が命令し手放させた、地面に刺さっている竜崎の杖であった。

「ご明察。地面を通して精霊を送り込ませてもらった。バレなくてよかったよ」

「ク…クソが!クソが! ガフッ…」

竜崎の解説に悪態をつき、吐血する魔術士。頭痛もするのか、頭を押さえへたり込む。と、破れかぶれに言い放った。

「ハア…ハア…だが、守り続けるのにも限界はあるだろ…このままじゃただ悪戯に魔力を消費するだけだぞ…?」

「確かに、中位精霊では抑えるのが手いっぱいかもしれない。でも、

そう言い、竜崎は手にしていた火の精霊石に力を籠める。瞬間、それはボゥッと発火。魔導書の表紙にも火が移り始めた。

「や、止めろ…!」

魔術士は必死に手を伸ばす。竜崎は軽く肩を竦めた。

「最初からスライムで私を狙えばよかったな。対生物最強の人造魔物なんだから、有無を言わさず仕留められただろうに」



「クソ…クソッたれがぁああ! なら望み通り、スライムでぶっ殺してやる!」

完全にキレた魔術士は必死に魔導書を開き、装置を包むスライムに指示を出す。命を聞いたスライムはすぐさま装置から離れ、一目散に竜崎へと襲い掛かった。

「おっと…!」

竜崎は魔導書を鎮火させ、懐に。そして急ぎ杖を掴み…立ち向かうでも、逃げるでもなく身を勢いよく低くした。その瞬間であった。


ブワッ…!

竜崎の背へ、一際強い風がぶつかってくる。直後―!

「えーーーーい!!」

少女の声と共に、竜崎の真上を影が通過。その影の持ち主は、手にした『何でも弾く』神具がついたラケットを、襲い来るスライムの一片に力いっぱい叩きつけた。

カッ! パパパパパッ!

閃光が輝き、スライムは弾けるように細切れになり、吹き飛び、消滅していく。その様子は水泡の如し。

その場にいる全員がそれを唖然と見送る中、少女についていた霊体が愉快そうに笑った。

―ほほぅ。予想以上に効いたな!―




「ニアロン、なんでさくらさんに危険な役目を任せた!?」

―良いじゃないか。私が片付けるより、神具の方が効果的だろ? 見た通りな―

怒る竜崎をどうどうと宥めるニアロン。その様子をぼーっと眺めていた謎の魔術士ははたと気づいた。

「まさか…嵌めやがったな…!」

―なんだ、今更か。挑発に乗って装置からスライムを剥がしてくれたおかげで、特に不安なくスライムを片付けることができた。ありがとな―

嘲笑うニアロン。魔術士はギリリと歯ぎしりをした。

せっかく天井に穴を開け魔物を引き入れたが、彼らは上位精霊に攪乱され、呪薬を投与しようにも届く距離にはいない。スライムも消滅させられてしまった。転移しようにも、まともに術式が練れない。

せめて、あれさえあれば…と魔術士は先程吐き出した鉱物と花に手を伸ばす。が―。

ドッ!

「ぐぅっ…」
竜崎に杖で叩かれ、それも叶わない。とうとう万策尽きてしまった様子である。


「これまでの罪状は牢獄で聞こう。  …ごめんねさくらさん。帰るのはこの魔術士を捕まえてからにさせてね」

「はい! 勿論です!」

さくらの言葉に有難う、と微笑み。竜崎は封印魔術の詠唱にかかる。

―その時だった。




バゴオッッッ!

轟音を立て、天井の一部が抜ける。いや、ブチ抜かれたというべきか。何故なら、そのすぐ後にドスンッという着地音が響いたからだ。

「ハッ! 帰りがおせえと思って来てみれば、まさかそこまでボロボロにやられてるたぁな。舐めちゃいけねえ相手だって言っただろ兄弟?」

土煙の中、カンラカンラと笑いながらそんな台詞が聞こえてくる。と―。

ボッ!

瞬時に煙が晴れる。そこには、突き出された獣人の拳。どうやら拳を振った風圧で吹き飛ばしたらしい。

そして、その拳の持ち主は…赤いローブを纏った、巨躯なる人物であった。
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