【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

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―『何かに襲われ ―

312話 呪薬の魔獣

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鳴きも呻きもせず、だらんと力ない様子で紐に結わえられているネズミ達。十何匹かはいるそれらは、まるで露店でぶら下げられている干し肉のよう。しかし微かにピクピクと動いていることから、死んではいないということが窺える。

一方で、謎の魔術士がもう片方の手で持っているのは、さくらも幾度か見かけたことのある謎鉱物の注射器。今まで見てきたものより少し大きめのそれの中には、動物を豹変…というより化け物と変貌させる呪薬がチャプチャプと揺れていた。


彼がこの後どうするかなぞ想像に難くない。竜崎は阻止すべく動くが…。

「ハッ!もう遅い!」

謎の魔術士は先程も召喚していた黒闇の刃を持つ剣や槍を再度作り出し、竜崎に差し向ける。上位精霊達も動くが、彼らの大ぶりな動きでは転移し躱す魔術士を取り押さえることは出来ない。

そうこうしている間に、謎の魔術士はマッドサイエンティストのような笑いを浮かべ、注射器をネズミへと突き刺していった。

グサッ
「チュッ…」

小さく悲鳴をあげるネズミ。謎の魔術士は刺した端から物のようにネズミ達を放り投げていく。と、その瞬間だった。

ボコ…ボコボコボコ…

小さく、手乗りサイズのネズミの身体が急激に隆起していく。それは見る間に巨大な肉塊となり…

「ヂュッ…ヂ…ヂ…」

出来上がったのは強靭な手足を持つ巨大ネズミ。その大きさは大型犬と同じぐらいか。ただ、そのどれもが虚ろな目をしており、中には身体の肉の一部が削げ骨が見えている個体もいた。

「――。――!」

と、謎の魔術士は化け物ネズミに向け詠唱を重ねる。直後、ネズミ達の目は血走り、狂気を孕んだ。



「ヂヂヂヂヂッ!!」

狂戦士の如く、間近の敵へと飛び掛かって行くネズミ達。うち何匹かが竜崎へと襲い掛かった。

「ヂュウッ!」
―させるか!―

ニアロンが即座に対処に動き、攻撃を受け止める。が、彼女は少し眉を潜めた。

―うっ…手練れの兵士並みの力はあるな…。それに…―
ドガッ!

勢いよくぶん殴り、ネズミを吹き飛ばすニアロン。しかしネズミは何事もなかったかのように起き上がり、再度襲い掛かってきた。

―タフでもある、か。面倒だな…追悼式のとかより強いぞこいつら―




「ケエエンッ!」

一方のシルブ達も応戦する。風を、氷を、火を生み出し、相手に襲い掛かる。が―。

「ヂヂッ!」

その度にネズミ達は散開、機敏な動きで回避していく。そして、彼らは鋭く尖った爪や牙で精霊本体に攻撃を…。

ズバッ!
「ヂッ…!?」

忘れてはいけない。シルブ達は属性を司る精霊。その身も、濃い属性の力に包まれている。シルブに触れれば身を切り刻まれ、フロウズに触れれば氷結させられ、サラマンドに触れれば焼き焦げ…。

「ヂュッ!!」
ザグゥッ!

「ケエッ…!?」

…そのはずだった。だが今、悲鳴をあげたのはシルブ達のほうであった。




「なっ…!?」
―はぁっ!?―

攻撃を捌きながら、目を疑う竜崎達。正直言うと、彼らは少し驕っていた。

状況は違えど、このネズミのような暴走魔獣は追悼式やモンストリアで戦ったのだ。この何百、いや何千も倍の数と。

その際、呼び出した上位精霊達は何も問題なくそれらを蹴散らし、悠々と勝利を収めた。故に、問題ないと踏んでいたのだろう。


しかし、今回は違う。上位精霊達が悲鳴をあげたのだ。幸い傷は浅いらしく、尾や翼を活かし振り払い、再度戦い始めたが…。

一体なぜ。竜崎達と同じように、さくらもまた原因を突き止めようと目を凝らす。その理由はすぐにわかった。

「―! そういうことか…!」
―やはり、完全に『使い捨て』だな…―

苦々しい表情を浮かべる竜崎達。さくらは上位精霊達に振り落とされた化け物ネズミ達の様子を見て、思わず言葉を漏らした。

「顔が…ボロボロに…!!」


吹き飛ばされ、立ち上がるネズミ達の顔。それは、刻まれ、凍らされ、黒焦げにされているではないか。

いいや、顔だけではない。前足、後ろ足、胴体…精霊に触れたネズミ達の各部位が、軒並み大ダメージを受けていた。

だがそれでも、ネズミ達は蛮勇にも飛び掛かっていった。牙や爪、骨や肉が砕かれ、千切れ、折れ、使い物にならなくなってもなお、痛みを知らぬ機械のように上位精霊へと襲い掛かっていくその様子。それはまさに狂気そのものであった。

「酷いな…」
―全くだ。だが、問題ないだろう―

顔を顰めながらも、あまり気にする様子がない竜崎達。と、その時だった。


ガクッ
「ヂッ…?!」

突然、ネズミ達の動きが鈍くなる。身体を動かそうにも、動かせないと言った様子である。その様子に、さくらは見覚えがあった。

「もしかして…『魔力酔い』…!?」

高濃度の魔力に当てられることによって発生する『魔力酔い』。吐き気や視界不良などに加え、身体が上手く動かなくなるという身体症状が起こる代物である。

そして、それが起きやすいのは魔力の塊でもある上位精霊との戦闘時なのだ。


ネズミ達の体が急激に巨大になったことで許容量が増えたのか、それすらも無視するほどに狂化されているからかは不明だが、時間こそかかってしまったものの、ネズミ達はとうとう動けぬほどに酔ってしまった。

そうなってしまえば最早結末は明らか。上位精霊達は力を溜め―。

ドッ…!

放たれた属性の一撃は化け物ネズミを細切れにし、粉砕し、焼却せしめた。さしもの強化動物も、そこまでされてしまえば命は無い。

―ふんっ!―
「はっ!」

ニアロン達も自らに迫っていたネズミ達や黒刃を穿ち抜き、事なきを得る。と、謎の魔術士は舌打ちをした。



「チッ…使えない獣風情が…」

苛立ちを隠せない様子の魔術士。そんな彼に向け、ニアロンは肩を竦めた。

―獣母の遺骸を盗み出した時の人獣達より、この強化ネズミ強いじゃないか―

「当然だ。呪薬の濃度を変えてある」

そう言いながら、魔術士は懐からもう一本注射器を取り出す。先程と同じようなネズミの束二つと共に。

まだ隠し持っているらしい。竜崎もまた、ため息交じりに問いかけた。

「ここまで動物を変貌させるなんて、一体どんな凄い魔術を使っているんだ?」

すると、それを聞いた謎の魔術士はハッと鼻で笑った。

「この呪薬は、『生命力を強化、暴走させる』代物だ。かつて獣人や鬼人オーガ族魚人マーマン族を作りだした『禁忌魔術』が一つの応用なんだよ」

「何…!?」

目を見開き驚く竜崎。と、直後ニアロンの声が轟いた。

―清人、頭下げろ!―

反射的に従う竜崎。瞬間、彼の後ろからバチバチと音を鳴らす光弾が放たれた。ニアロンが不意打ちで放ったものである。が―。

ドムンッ

いつの間に召喚していたのだろうか。謎の魔術士の前には巨大スライムが現れ、光弾を呑み込み消滅させた。

「亡霊風情が、無駄なことを…」

魔術士はそう吐き捨てながら、呪薬を注入したネズミ達を―。

ズボッ

次々と、巨大スライムの中に突っ込み始めた。
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