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―元の世界へ、帰そう―

303話 装置に施された魔術

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あれが待ち望んだ装置。元の世界に帰れるかもしれない方法。そして、どちらかが命を差し出さなければいけないモノ…。

古代の紋様が彫られた、それぞれ人より一回りから数回り大きい大小二つの台座からなる遺跡。それを見たさくらはゴクリと息を呑む。

竜崎を生贄に差し出すか、自身を生贄とするか、その選択の時は刻一刻と近づいていた。なのにも関わらず、彼女の内心は未だ迷うばかり。



そんなさくらから離れ、竜崎はゆっくりとその遺跡装置へと進み寄る。と、懐から取り出したのは古ぼけた魔導書。触るだけで壊れそうなそれを優しく捲りながら、杖を装置の各所へ向け詠唱を始めた。

「―――。―――。 ―――。」

かなり長く、丁寧な詠唱が続く。それはまるで雁字搦めにしてあった鎖と鍵を取り外しているかのようであった。

(あ…)

ふと、さくらは気づく。先程まで竜崎と共に罠を解除していたはずのニアロンが、今は手伝うことなく無言で彼にしなだれかかっていたのだ。

1人でしかできない詠唱の可能性はある。しかし、そうだとしても彼女の様子はおかしかった。普段ならば竜崎の傍にふよふよ浮いているはずなのに、今はいつも以上にぴったりとくっつき、彼の背に顔を埋めている。

そして、時折ちらりと見えるその横顔はとても儚げであった。まるで、竜崎が考えを改めてくれるのを心待ちにしているかのような…。




暫くし、竜崎は杖を降ろす。すると、今まで沈黙を保っていた装置の一部にぽうっと光が宿った。それを確認し、竜崎はさくらを手招き。近くの岩の上に座らせた。

「装置の覚醒は済んだ。後は魔力が臨界に達するのを少し待つ必要がある」

竜崎もまた、さくらの横によいしょと腰かけながらそう説明する。と、彼は一つ大きく深呼吸をした。

「…あの装置について、説明しなきゃね」

微かな音を立て始めるその遺跡装置を見ながら、竜崎はそう呟く。そういえば『元の世界に帰れる可能性がある』以外の情報を何も知らないと今更ながらに気づいたさくらは、彼の話に一心に耳を傾けた。



「あれがいつからここにあったのかはわからない。少なくとも数千年は経過しているのは確かみたいなんだ。そして、私があれの存在を知ったのは、賢者の爺さんに『禁忌魔術』の一例として紹介された時でね」

この魔導書も、あの装置と共に置かれていたらしいんだ。と、彼はボロボロの本をさくらへ見せる。紙は古ぼけ今にも崩れ去りそうだったが、不思議にも書かれている文字は薄れてもいなかった。

いやそれよりも…さくらは竜崎がさらりと述べた言葉に衝撃を受けていた。『禁忌魔術』―。さくらが知っているのは二つ。大量の人獣を生み出した『獣母』を作り出した魔術、そして幾人もの命を犠牲にし巨大竜巻を作り出した魔術。

そんな危険極まりない代物と、今目の前にある装置が一緒だと彼は言ったのだ。確かに、人1人が犠牲にならなければいけないのだから当然ではあるのか…。

そう内心怯えるさくらに気づかず、竜崎は禁忌の内容を明らかにした。

「あの装置に施された魔術。それは『それぞれの台座に乗った生物が同種族である場合、片方を犠牲にし望むべく場所に転移させる』というものだった」





「具体的な説明はかいつまむけど、術式の詳細、残された実験結果、そして追加で行った実験から、あれはそう結論付けられた。何分試行回数が極端に少ないから正しいかはわからないけど…」

そう続けた竜崎は、すっと装置を指さした。

「大きい台座のほうが、転移する側。場所さえ把握していれば、たとえ王宮の中や街のど真ん中、山中、水中、地中、閉じられた箱の中、鎧の中、塔の真上…まさに人界魔界問わずどこにでも飛ぶことが出来る」

そのまま彼は指先をずらす。そこにあったのは、小さめの台座。

「…そしてあっちが、『それ』だ」

極力濁されたその言葉に、さくらは口をキュッと縛る。『生贄』となる…。そういうことである。

―…あぁ、もう…!―

すると、今まで沈黙していたニアロンが竜崎の前にひょいと出てくる。そして、彼の口に手で塞ぎ、さくらをしっかりと見据え一息に話始めた。

―正確に言うぞ。小さい装置自体が光の壁に包まれ、台座から現れた無数の槍によってその身を串刺しにされるんだ。転移の代償と言わんばかりにな。鎧や保護のための魔術を身に着けている場合は起動すらしない。生贄側の命が助かったのは記録上ただ数例。運よく全ての槍の刺さりどころが良かった場合、そして転移する側が転移前に台座から降りた場合のみだ―

「ニアロン…! それを言う必要はないだろ…!」

彼女の手を引き剥がした竜崎はそう咎める。しかしニアロンはそれを無視し、さくらへと詰め寄った。

―そして…さくら、お前が元の世界に帰ることが出来る確証は一切無い―





―さくら、もう一度言う。お前が元の世界に帰ることが出来るかは、全くの不明だ。以前清人を転移させようとした時、どの人種、生物を乗せても起動すらしなかった。つまり、『清人と同じ種はいない』と判断されたといわけだ―

だから、あのノートには『同じ世界出身である必要がある』と書いてあったんだ…。震える声で、ニアロンは顔を伏せる。しかし彼女はそのまま、さくらの顔を両側からがしりと押さえた。

―仮に起動しても、世界の壁を越えられる保証はない。下手すれば向こうの世界ではなく、この世界の何処か、エアスト村やお前の部屋に転移するだけで終わるかもしれない…―

呟くような、それでいてさくらに言い聞かせるような震え声。次の瞬間キッと顔を上げたニアロンは、さくらとおでこ同士をぶつけんばかりに顔を寄せ、まるで咎めるかのような強い口調で問うた。

―それでもなお、お前は…!清人の命を賭けられるのか!?―
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