【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

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―魔の手―

299話 ノートの中身

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「びっしり…」

ノートを一ページ、また一ページと捲りながら、さくらはそう呟く。綺麗に印刷された罫線の上には竜崎の文字が、この世界の言葉、そして元の世界の言葉双方を使って所狭しと書き込まれていた。

よく見ると、始めのページのほうは文字のインクがかなり薄れている。だいぶ前に書かれたものなのだろう。

当然ノートの終わりに近づくにつれ、インクの薄れは減っていく。しかしその代わりに元の世界の言葉…日本語で書かれることが減り、僅かに書かれたその文字もカクついていた。

対照的にこの世界の文字は格段に上手くなっている。まるでそれは元の世界を忘れ、この異世界に馴染んでいっている暗示のようにも思えた。



そして肝心の内容だが、それも様々であった。

どこかの村に伝わる伝承や口伝、謎の術式、魔導書の説明書き、古い遺跡の詳細…中には神隠しや転移魔術の仕組みも書かれている。

うち幾つかはしっかりとした図入りである。特に魔法陣や建物の絵が多かった。少し雑めに描かれたものから、綺麗にしっかり描かれたものまで。

中にはやけに精巧に、細部まで描かれたものもあったが、図の端に書かれたサインからどうやらソフィア…『発明家』によって代筆されたものらしい。

別にソフィアだけではない。ニアロンや賢者ミルスパールの文字も見受けられた。竜崎の書いた文にツッコミを入れるように、はたまた注釈を追加するように。さくらはそれに寄せ書きのような印象を感じた。


また、それら全ての内容には調べた年月日や場所、実験結果らしきものが事細かに書かれている。そして―。

×バツ印…」

あちらにも、こちらにも。赤いバッテンが至る所に引かれているのだ。時には、文字や図の上から大きくべったりと。

それが『元の世界に帰る方法ではなかった』ことを指し示しているのはさくらにもわかった。幾多の試行の末に失敗となった物もあったらしく、無念そうな竜崎の一言が添えてありもした。


ノートを読み進めるにつれ、さくらは内心安堵し、また、少し悲しい気持ちにもなった。

竜崎は隠していなかった。それどころか、この世界に転移してずっと元の世界に帰る方法を探し続けていたのだ。

しかしその努力虚しく、結果は芳しくない。それはノートのバツの数を見れば明らかであった。これでは元の世界に帰れることは望み薄―。

「あれ…?」

ふと、さくらの手が止まる。とあるページ、そこには遺跡のような図が書かれていた。小さな台座と大きな台座の二つ、それはまるで何かの装置のようにも見えた。

さくらが動きを止めたのはそれが理由ではない。その前後のページには赤いバツがついているというのに、ここだけそれが無かったのだ。

それ即ち、元の世界に帰れる可能性があるということ。さくらの目は期待を浮かべ、吸い込まれるように図下の説明書きに移った。が…。

「…わかんない」

そこに書かれているのは複雑な魔術式や魔法陣。多少魔術を習っただけのさくらには理解すらできない代物であった。

賢者達のコメントらしきものもあったが、専門用語なのかよく内容がわからない。もはや詳細不明の文字列にしか見えない。

読み解くのを諦め別のページに目を移そうとしたさくら。と、彼女は再度ピタリと手を止めた。

「…なんだろ?」

謎装置のページ下方に走り書きを見つけたのだ。文字からして竜崎の物だが…。

「えーと…『1人の命を生贄に、1人を元の世界に帰せるかもしれない。2人とも同じ世界の出身である必要はあるが…これを使う時は来るのだろうか?』 えっ…」

深く考えずその文をそらんじたさくらは、少しの間固まった。理解が追いつけなかった。


ベッド脇に控えていたナディの精霊達が不審に思い、さくらの頬を突く。それでハッと意識を取り戻した彼女は目をゴシゴシと擦る。そして何度もその文を読み返した。

だが、何度読んでもその文章に間違いはない。さくらはゴクリと息を呑んだ。

ここに書いてあるのは、全て竜崎がいた元の世界に帰ることができる可能性がある方法。その元の世界とは、勿論さくらもいた現代世界。つまり…この装置の条件、『2人とも同じ世界の出身』というのは


竜崎は悪意あって隠していたのではないのだろう。そうでなければ、転移したてのさくらを縛り上げこの方法を実行することも出来たはずである。

それなのに、彼はわざわざ頭を下げてまでこの場アリシャバージルに自身を連れて来て、こうも守ってくれている。神具と謳われる鏡がつくラケットや身代わり人形を与えてくれもした。

もしや、恩を着せて命を差し出させる作戦…ではないのは確か。竜崎さんは絶対にそういう事をする人じゃないとさくらは頭を振った。


しかし、想いは募っていく。目の前に帰ることが出来るかもしれない手段があるのだ。お母さんに、お父さんに、お祖父ちゃんにお祖母ちゃん、仲の良かった友達。皆心配しているだろうな…。そう思ってしまうと、途端に胸が寂しさできゅぅっと締め付けられる。

元の世界に戻れるかもという希望と、そのために1人が犠牲とならざるを得ないかもしれないという恐れ。その二つが葛藤となり胸中を埋め始め、さくらは無意識に小さくクシャリとノートの端を握り潰してしまった。

と、その時だった。



コンコン

ノックの音が響く。さくらは慌ててノートを枕の下に隠した。それと同時に、扉の外からは竜崎の声が聞こえてきた。

「さくらさん、いるかい?」

「あ…はい! どうぞ!」

さくらの返事を受け、竜崎は室内に入ってくる。その顔には怒りも恨みも全くなく、さくらを宥めるための優しい目をしていた。

「ごめんね、さっきはあまり気をかけられなくて。気分は大丈夫?」

「は、はい…あの…タマちゃんは…」

手を握りしめながら恐る恐る問うさくら。すると、ひょっこり現れたニアロンが口を開いた。

―知りたいか?さくら。あいつがどうなったのか―

その言葉に、さくらは顔を蒼ざめさせる。もしかして…。 と、その時。

ドスッ
「あ痛っ!」

ニアロンの頭に竜崎のチョップが刺さった。

「状況をわきまえろニアロン。安心してさくらさん、タマは無事だよ。首の骨を痛めたみたいだけど、後は脳震盪と鼻血ぐらいだから」

―曲がりなりにも霊獣だ、あの程度で死にはしないぞ。まあ数日入院だがな―

頭を押さえながらニアロンも竜崎に続く。それを聞いて、さくらは大きな大きな安堵の息を吐いた。よかった…最悪の結末は避けられた、と。
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