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―魔の手―
297話 贖罪の掃除
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―痛てて…。腕がもげるかと思った。 ん? おい清人、私達の部屋が…!―
竜崎の身体に戻りながら腕をさすっていたニアロンは、自分達の部屋の異常に気付く。さくらは竜崎に抱きつき訴えた。
「竜崎さん! タマちゃんが…タマちゃんが…!」
扉が壊れた部屋を指さすさくらを見て、おおよそを察したのだろう。竜崎は俄かに顔を戦慄させ、向かおうとする。と―。
「クソがぁ…!また邪魔をしやがってリュウザキィ…!」
壁まで吹っ飛ばされた盗賊魔術士がふらつきながら立ち上がったのだ。片手に神具の鏡付きラケットを握り、最後の力を振り絞り詠唱し始めた。しかし…。
ドッ!ドッ!
「ぐえっ…!」
魔術士の喉をニアロンが突き、竜崎が彼の腕を叩いてラケットを奪い返した。あっという間の対処である。
そして床に崩れ落ちた盗賊魔術士を一瞥することもなく、竜崎はラケットをさくらに手渡して部屋に急ぎ入っていった。
「タマ…! タマ! 大丈夫か!?」
扉や壊れた家具の残骸を掻き分け、竜崎はタマの元へ。さくらも少し遅れて部屋に入ると、そこには普通の猫サイズに縮み、瀕死となったタマが撒き散った書類の上で倒れていた。
「コヒュー…コヒュー…」
主人である竜崎達に返事すら出来ず、苦しそうな呼吸を続けるタマ。竜崎はそれを素早く、優しく抱きかかえ叫んだ。
「ニアロン!」
―わかってる! 応急処置はやっとくから走れ!―
その言葉を聞くや否や、竜崎は即座に回れ右。さくらを押しのけるように部屋を飛び出した。
「あ…」
思わずさくらは竜崎へ手を伸ばす。しかし彼は全く気付かず、駆け付けた他教員達に後処理を託し疾風の如く寮を走り出て行ってしまった。
ただ一人、竜崎の部屋に取り残されたさくら。彼女の胸中には、二つの感情が大きく渦巻いていた。
一つは命が助かったという安堵。身代わり人形を作って貰っていなければ、今頃ナイフで刺し殺されていたかもしれなかった。そして、あわや頭をかち割られそうな瞬間を竜崎に助けてもらえたという事実に、心は深く息を吐いていた。
そしてもう一つは、自分のせいでタマを怪我させてしまったという罪悪感だった。
さくらは返してもらったラケットをぼうっと見つめる。凶器となったのは、自分が今まで使っていたこのラケットなのだ。自分の身同然と思えていたその武器が、今はどこか邪悪さを孕んでいるようにも見えてしまう。
あの時、これを奪われなかったらタマを傷つけることもなかったかもしれない。もしかしたら、それが原因となり彼は命を落としてしまうかもしれない。自分のせいだ、自分のせいだ。
「う…」
次第にさくらの胸からは安堵の心が薄れ、罪悪感と恐怖が包み始めた。彼女はその場にしゃがみこむ。ラケットを放り投げ、涙が滲み始める目を擦った。しかし…。
「…!」
彼女の目にまざまざと映ったのは、血まみれの書類。それがタマの血であることは明白だった。物言わぬ紙、そして血のはずなのに、さくらはそれからタマの、そして竜崎の恨みの『圧』を感じた。
最もただの書類にそんなものが宿るわけがなく、そもそも竜崎達はそのような思いは持っていない。しかし、さくらは自らの罪悪感を投影させてしまったのだ。
廊下からはがやがやと声が聞こえる。恐らく倒れた魔術士を兵に引き渡そうとしているのだろう。
その騒めきと反比例するような部屋の寂然さは、さくらの背をナイフのように突き刺した。彼女にとって、今の竜崎の部屋は牢屋のようであった。
「そうだ…片付けなきゃ…」
さくらは突然立ち上がる。そしておもむろに散らかった書類を拾い始めた。
学園に戻りネリー達と共に授業を受ける、自室で休む、外の手伝いをする…彼女が行える選択肢は幾つかあったが、選んだのは『竜崎の部屋の後片付け』だった。
自らが負った罪を少しでも拭うため、恨みの圧を掻き消すため。…半ば無意識的な行動だと言ってもいい。そうでもしなければ心が押しつぶされそうだったのだ。
さくらは震える手で一枚、また一枚と紙を拾い上げ、重ねていく。飛び散った扉や壊れた家具の欠片を端に集めていく。
時折飛び出した木棘などが彼女の指を引っ掻くが、その度に身代わり人形の黒い靄が発生し傷を肩代わりしていった。その度に先程のことを思い出してしまい手を止めてしまうが、彼女はすぐに頭を振り作業に戻った。
ただ闇雲に、目に見える範囲から順々に、さくらは少しづつ片付け続ける。家具の下に吹き飛んでいってないかをも確認していく。
「ん…?」
ふと、さくらの目がぴたりと留まる。幾つかの書類や本の束が置かれたベッドの下、そこにちょこんと置かれていた、少し様子が違う薄い本に。
彼女は何とは無しにそれを引っ張り出してみる。瞬間、目を大きく見開いた。
「―!? これって…!!」
随分と色あせたその本は、さくら、そして竜崎が元いた世界で流通している大学ノート。そしてその表紙には、竜崎の字で、この世界に来て久しく見ていない日本語で、こう書かれていた。
『元の世界に帰れる可能性のあるもの』と―。
竜崎の身体に戻りながら腕をさすっていたニアロンは、自分達の部屋の異常に気付く。さくらは竜崎に抱きつき訴えた。
「竜崎さん! タマちゃんが…タマちゃんが…!」
扉が壊れた部屋を指さすさくらを見て、おおよそを察したのだろう。竜崎は俄かに顔を戦慄させ、向かおうとする。と―。
「クソがぁ…!また邪魔をしやがってリュウザキィ…!」
壁まで吹っ飛ばされた盗賊魔術士がふらつきながら立ち上がったのだ。片手に神具の鏡付きラケットを握り、最後の力を振り絞り詠唱し始めた。しかし…。
ドッ!ドッ!
「ぐえっ…!」
魔術士の喉をニアロンが突き、竜崎が彼の腕を叩いてラケットを奪い返した。あっという間の対処である。
そして床に崩れ落ちた盗賊魔術士を一瞥することもなく、竜崎はラケットをさくらに手渡して部屋に急ぎ入っていった。
「タマ…! タマ! 大丈夫か!?」
扉や壊れた家具の残骸を掻き分け、竜崎はタマの元へ。さくらも少し遅れて部屋に入ると、そこには普通の猫サイズに縮み、瀕死となったタマが撒き散った書類の上で倒れていた。
「コヒュー…コヒュー…」
主人である竜崎達に返事すら出来ず、苦しそうな呼吸を続けるタマ。竜崎はそれを素早く、優しく抱きかかえ叫んだ。
「ニアロン!」
―わかってる! 応急処置はやっとくから走れ!―
その言葉を聞くや否や、竜崎は即座に回れ右。さくらを押しのけるように部屋を飛び出した。
「あ…」
思わずさくらは竜崎へ手を伸ばす。しかし彼は全く気付かず、駆け付けた他教員達に後処理を託し疾風の如く寮を走り出て行ってしまった。
ただ一人、竜崎の部屋に取り残されたさくら。彼女の胸中には、二つの感情が大きく渦巻いていた。
一つは命が助かったという安堵。身代わり人形を作って貰っていなければ、今頃ナイフで刺し殺されていたかもしれなかった。そして、あわや頭をかち割られそうな瞬間を竜崎に助けてもらえたという事実に、心は深く息を吐いていた。
そしてもう一つは、自分のせいでタマを怪我させてしまったという罪悪感だった。
さくらは返してもらったラケットをぼうっと見つめる。凶器となったのは、自分が今まで使っていたこのラケットなのだ。自分の身同然と思えていたその武器が、今はどこか邪悪さを孕んでいるようにも見えてしまう。
あの時、これを奪われなかったらタマを傷つけることもなかったかもしれない。もしかしたら、それが原因となり彼は命を落としてしまうかもしれない。自分のせいだ、自分のせいだ。
「う…」
次第にさくらの胸からは安堵の心が薄れ、罪悪感と恐怖が包み始めた。彼女はその場にしゃがみこむ。ラケットを放り投げ、涙が滲み始める目を擦った。しかし…。
「…!」
彼女の目にまざまざと映ったのは、血まみれの書類。それがタマの血であることは明白だった。物言わぬ紙、そして血のはずなのに、さくらはそれからタマの、そして竜崎の恨みの『圧』を感じた。
最もただの書類にそんなものが宿るわけがなく、そもそも竜崎達はそのような思いは持っていない。しかし、さくらは自らの罪悪感を投影させてしまったのだ。
廊下からはがやがやと声が聞こえる。恐らく倒れた魔術士を兵に引き渡そうとしているのだろう。
その騒めきと反比例するような部屋の寂然さは、さくらの背をナイフのように突き刺した。彼女にとって、今の竜崎の部屋は牢屋のようであった。
「そうだ…片付けなきゃ…」
さくらは突然立ち上がる。そしておもむろに散らかった書類を拾い始めた。
学園に戻りネリー達と共に授業を受ける、自室で休む、外の手伝いをする…彼女が行える選択肢は幾つかあったが、選んだのは『竜崎の部屋の後片付け』だった。
自らが負った罪を少しでも拭うため、恨みの圧を掻き消すため。…半ば無意識的な行動だと言ってもいい。そうでもしなければ心が押しつぶされそうだったのだ。
さくらは震える手で一枚、また一枚と紙を拾い上げ、重ねていく。飛び散った扉や壊れた家具の欠片を端に集めていく。
時折飛び出した木棘などが彼女の指を引っ掻くが、その度に身代わり人形の黒い靄が発生し傷を肩代わりしていった。その度に先程のことを思い出してしまい手を止めてしまうが、彼女はすぐに頭を振り作業に戻った。
ただ闇雲に、目に見える範囲から順々に、さくらは少しづつ片付け続ける。家具の下に吹き飛んでいってないかをも確認していく。
「ん…?」
ふと、さくらの目がぴたりと留まる。幾つかの書類や本の束が置かれたベッドの下、そこにちょこんと置かれていた、少し様子が違う薄い本に。
彼女は何とは無しにそれを引っ張り出してみる。瞬間、目を大きく見開いた。
「―!? これって…!!」
随分と色あせたその本は、さくら、そして竜崎が元いた世界で流通している大学ノート。そしてその表紙には、竜崎の字で、この世界に来て久しく見ていない日本語で、こう書かれていた。
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